町を作ろう ♯.16
「なっ、え、うええええええええええ!?」
ハルが解りやすいほど顔を青ざめさせてフーカの後ろに隠れる。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもあるかっ! 何で鎧を脱がせようとするんだよ、お前は!」
「何でって、重いからに決まってるだろ」
「へ!?」
ぽかんとした顔つきになったハルが恐る恐るとフーカの後ろから顔を覗かせた。
「ハルも知ってると思うけどさ、俺たちのキャラクターには重さが設定されているだろう。余程体格に違いでも無い限り男女でもそれほど差がないけど、装備はそうじゃない。俺やムラマサ、鎧部分が少ないフーカもそんなに特出して重くはないはずだ。でもハルは見た限り重量級の鎧を使ってるだろ」
「ああ……そういうことか。安心したよ」
「ま、単純に重すぎるってことだな」
空を飛ぶ以上、重さが許容量を超えてしまえば問題だ。飛べなくなるというだけならまだいいが、仮に飛び立てたとして、その後に落下してしまうなんてことにでもなれば、折角サハギン・キングというボスモンスターとの戦闘で勝利を収めたというのに無駄に死んでしまう可能性があるのだ。
「だから脱げ」
「ここでか?」
「それ以外に場所があるのか」
真剣な眼差しで互いの顔を見る俺とハルは無言になって動かない。
「ちょっと待ってっ。ハルさんって予備の防具持ってるの?」
「…あ」
「流石に裸装備になるのはどうかと思うよ」
装備を外そうとするハルを慌てて止めようとするフーカと困り顔を浮かべるムラマサの視線から逃れようとして俺を見てくるハルを前に俺は自分のストレージを漁った。
捨てた覚えはないが、常に持ち歩く類の物でもないそれが俺のストレージの中にある確率は低い。とはいえ、前にギルド倉庫の中身と自分の持つストレージ、それと個人の倉庫の中身を整理した時に取り出したような覚えがあった。
自分の記憶が確かで、今もそのままならば今はその低い確率の中にいるはずだ。
「よし、あった」
ストレージの中から取り出したのは俺が過去に使っていた、初期装備の防具。
「使うか?」
「あ、ああ。いいのか?」
「ハルが嫌じゃなければ」
防具のサイズなんかは装備したキャラクターの体格に合うように自動的に微調整される。だからこそ俺の使っていた防具であろうと、それが例え違う性別のキャラクターに向けられた装備であろうとも問題なく装備できるというわけだ。
尤も似合うかどうかは別の問題なのだが。
「それじゃあ、借りるぞ」
「ああ」
パーティを組んでいるからこそアイテムの受け渡しの度にトレードを申し込む必要はない。それはプレイヤーショップの店主と客という関係性でも同じことが言える。
「クロスケの陰で着替えるといいさ」
ムラマサの言葉の通りにクロスケの背に隠れるようにしてコンソールを操作して装備を変更したハルが現れた。
「似合ってるな」
「嘘つけ」
俺が選んだ初期装備はハルが選んだ初期装備とは全くと言っていいほど違う。
簡単に言ってしまうなら、俺のは服でハルのは鎧。
「普段着を来たハルってのは珍しいな」
「これを普段着なんて言えるのはお前くらいだろうが」
「そうか?」
藍色の服は金髪金眼のハルにも似合っていないわけではない。ただそれまでに感じられていた力強さや頑丈さなんてものは微塵もなく、それこそ本当に普段着のハルという印象しかないのだ。
「とにかく、これでいいんだよな?」
「ああ。問題ないはずだ。どうだ、行けそうか? クロスケ」
フサフサの羽毛の体を撫でながら問いかけるとクロスケは大きく鳴き問題ないと告げてきた。
「ってなわけだ。二人とも準備はいいか?」
「ああ」
「もっちろんっ」
頷く二人を見届け、俺はクロスケの背中に飛び乗る。
俺に続いてムラマサは慣れた様子で俺の隣でクロスケの背中に掴まった。
「掴まれ」
「ありがとっ」
フーカを引き上げ、ムラマサの後ろに座らせる。
「ハルも、ほら、掴まれ」
「お、おおう」
ハルは俺の後ろに。
「落ちないようにしっかり掴まっているんだよ」
「わかったっ」
ムラマサに抱きついたフーカがしっかりとその体に掴まっている。
「ハルも俺に掴まる……か?」
「い・や・だ」
「やっぱりお前はそう言うか。それならクロスケにしっかり掴まっていろよ」
「おう」
フーカがそうしたようにハルも俺に掴まったほうが安全なのだが、クロスケから手を離さなければ問題はないだろう。
まあ俺だってハルに抱きつかれたいとは微塵も思っていないのだが。
「クロスケ。向かう場所はここだ。頼んだぞ」
コンソールに浮かべたこの島の地図。その中にある俺たちの拠点となっている地点を指差してクロスケに指示を送る。
程なくして翼を広げて飛び上がったクロスケはその翼で風を掴み、自由に空を飛んでいる。
暫く飛行しているとムラマサが思い出したように問いかけて来た。
「そういえば、平原区画の空にもモンスターがいた気がするのだけど」
「忘れてはないさ。けど、下から見た感じだとノンアクティブモンスターのように見えたからな。同じモンスターのクロスケを警戒する可能性はあるけど、基本的にこちらから手を出さない限りは安全なはずさ」
「それでも、戦闘になった場合はどうするのっ?」
「その場合は全力で戦線を離脱する」
「離脱?」
「ああ。俺たちの武器がこんな状態ってのもあるけどさ。この足場での戦いに慣れていない、というよりも初体験の二人がいては無理は避けた方が賢明だろうな」
例えそこがクロスケの背の上でなくとも空と地上では戦う感覚は全くと言っていいほど違う。
現実でも空中に留まって行動するなんてことが無い俺たちは練習を幾度もこなして出来るようになるかどうかという問題なのだ。
「ってか、フーカは平気なんだな」
「え? 何が?」
「空を飛ぶのが、さ。モンスターに乗って飛ぶのって、結構分かれるもんなんだよ。フーカみたいに全く平気な顔をしているか、ハルみたいに怯えて固まるかは」
先ほど俺に掴まるのは嫌だと言った手前、俺に掴まることはどうにか堪えているが、ハルはクロスケの背中に全身を使って抱きついて離れない。
このせいでクロスケが若干飛び難そうな目をして訴えてくるが、ハルにとってまだ慣れない飛行だからと我慢してもらう以外にはない。
「だって気持ちいいじゃん」
「もしかしてフーカは絶叫マシン好きかい?」
「うんっ。大好きっ」
「それでハルは苦手と」
「あー、俺に確認されても困るんだけどな。一緒に遊園地に行こうなんて話になったことはないし」
「苦手だったと思うよ。ライラお姉ちゃんと一緒に遊園地に行った時も頑なに乗らなかったもん」
リアルとゲームは違う。だからハルは大丈夫だと考えたのだろう。
俺と一緒に行動する以上、クロスケを使った移動はこれから何度も経験することになるはず。無理に慣れる必要はないが、それでも少しは慣れて貰った方がいいのも事実だ。
「さて、運の良いことに空でモンスターに出会うことは無かったからな。そろそろ着くはずだ」
この俺の言葉にハルが少しだけ反応を見せたが、それでも体を起こそうとはしなかった。
眼下に見えてくる平原と草原の境界。
草原の緑と平原の薄黄色。
二色のコントラストが綺麗なのだと空から見たことで初めて気付くことができた。
さらに飛び続けること数分。
草原にある俺たちの拠点があるべき場所に辿り着いた――はずだった。
「何か景色が変わっている気がするね」
「気のせいじゃなければだけど」
「気のせいじゃないよっ」
「…だな」
緑の中にある広範囲の灰色。
それが草原の植物が燃え尽きて溜まった灰の山ではなく、同じ形と大きさの石が等間隔で敷き詰められているそれは紛れもなく石畳。
海岸区画に行くことを決める前に話し合いの中に出た町の基盤となる地面の整備。
これほどまでに広範囲に及ぶとは想定外だが、町を作る以上、最低限この程度は必要となるのだろう。
「降りるぞ」
ゆっくりと円を描きながら降下するクロスケは石畳の敷き詰められた範囲を避け、草原の緑が残っている足場に降り立った。
石の堅い地面ではなく、草原の植物の下の程よく柔らかい土の上に下りたのはクロスケなりの配慮。自分の背中から降り慣れていないハルとフーカを気遣ってのことだ。
「よっと」
真っ先に俺が下りて手を伸ばす。
俺の手を掴んでムラマサが降りて、さらにムラマサの手を取りフーカが降りてきた。
「おい、おいっ、ハル。起きてるか?」
反応がない。
気絶の状態異常を示すアイコンが浮かんでいるわけではないようだから、これは純粋に体が恐怖のあまり固まってしまっているだけのようだ。
それほど怖かったのだろうかと思いもしたが、クロスケの背に乗った最初の人物、ヒカルも初めは似たようなものだったと思い指示を送る。
「クロスケ。振り下ろせ」
安心しろ下は柔らかい地面だと付け加えるとクロスケがその体を震わせた。
攻撃では無くあくまでもクロスケのような動物のモーションの一つ。それ故にダメージを受けることはなく、ハルは両手を開いた格好で地面に仰向けに倒れ込んでいた。
「ハッ!! 夢か」
ビクッと体を震わせたハルがようやくその体の硬直を解いた。
「どんな夢を見てたんだよ」
「えっと、絶叫マシーンに無理矢理連続して乗せられる…夢?」
「俺に聞くなよ」
決して全てが嘘ではないかもと思いながら、溜め息交じりに答え、俺はクロスケを小さなフクロウの姿に変化させた。
肩に乗り目を細めるクロスケにご褒美だと燻製にしておいた肉をあげた。これは試しに保存食を作ってみようと思って作成したものだったが、味はともかく硬さが想定以上になってしまい、今ではクロスケ専用の餌となっているものだ。
その小さなクチバシで肉を啄むのが面白いのかフーカがクロスケを見つめている。
「あげてみるか?」
「いいのっ?」
「まあ、あと一つ二つくらいなら大丈夫だろ」
フーカに燻製肉を渡すと俺の肩に掴まっていたクロスケが素早くフーカの腕に移動した。
はむはむと肉を啄むクロスケを満面の笑みで見つめるフーカを横目に俺は石畳が広がっている方を見た。
広大だと思う。
何せここからでは彼方が見通せないくらいなのだ。
「皆がいるのはどの辺りなんだ?」
手を目を上において、遠くを見渡そうとする。
しかし、困ったことに何も見当たらなかった。
「少し探さないといけないかもしれないね」
少々落胆の色を見せた俺をムラマサが励ましてくる。
「大丈夫。そんなに広くは無いはずだから、直ぐに見つかるさ」
「ってか、先に皆に連絡を取ってみたらいいんじゃないか?」
「それもそうだな」
コンソールを操作してフレンド通信を使う。
相手はヒカルで良いだろう。
『はい? どうかしたんですか?』
数回の呼び出し音の後、ヒカルが応答した。
「一度戻ってきたんだけどさ、ヒカルたちは何処にいるんだ?」
『どこって…さっきと同じ草原区画ですけど』
「いや、ここから見た限り誰もいないんだけど」
『誰も? ああ、それなら森区画の方向へ進んでくれませんか?』
「…森?」
フレンド通信を繋いだまま俺はムラマサたち三人を手の動きだけで呼んだ。
そして進む方向を一緒に行こうという意図を伝えると四人並んで歩き出した。
『どうです? 見えてきませんか?』
「見えてって…まさかあれは、館なのか」
『この島――というか、この町を収める領主の館をイメージして作ってみたんです。私たちはそこにいますから……ってちょっと待ってください。あーもうっ、解りました。みんなに聞こえるように設定を変えますから』
通信越しのヒカルがフレンド通信をギルド単位で繋がる設定に切り替えることを了承するための確認画面が浮かぶ。
別段秘密の会話をするつもりが無かった俺は即座にそれを受け入れた。
『聞こえているかな?』
「ああ。その声はボルテックか」
全員が参加できるフレンド通信では一対一のフレンド通信の時に比べてその声だけで相手を判断しなければならない。
仲の良いプレイヤーが集まるパーティやギルド内での会話なのだから問題ないように思えるが、声の質が似ている人がいるパーティではちょっと困ったことになるのかもしれないなどとぼんやり考えながらボルテックから発せられる次の言葉を待っていた。
『少し話をしたいことがあるんだ。探索直後で休みたいだろうけど、いいかな?』
どんな話があるのだろう。
石畳が敷き詰められた草原区画の一角にある館を目指す俺たちはボルテックの言葉に対して似たような疑問を浮かべながら歩いていた。