町を作ろう ♯.13
一度の爆発は次の爆発を引き起こす。
視界の全てを覆う爆炎の中でそれを見ていた俺は、その起点が例の緑色の物体なのだと気付いた。巻き起こる爆炎が別の物体に触れたその瞬間に別の物体が爆発する。
これを繰り返したことで砂浜の至るところにあった全ての緑色の物体が爆発して、砂浜に大小様々なクレーターをいくつも作り出していた。
「ユウ! 無事か!?」
俺の名前を叫び呼ぶムラマサの声がする。
爆発の中心部にいた俺がまだHPを全損させていないことはその視界の端に並ぶHPバーを見れは一目瞭然なのは言うまでもない。しかし全損していないからと言って無事である保証などどこにもないのだ。
現に俺のHPはこの爆発のせいで七割近く減少してしまっているのだから。
幸運だったのは爆発を受けてもなお、部位欠損などの状態異常が一つも現れなかったこと。これは俺が〈ブースト・アタッカー〉を発動していたおかげなのだろう。物理的な攻撃力と防御力の上昇がこのダメージの減少に繋がっているはずだ。
「問題ない。回復すれば直ぐにでも戦線に戻れるから、っていうかこの爆発は何なんだ? さっきまでそんな音聞こえてこなかったぞ」
「あーそれはムラマサさんのおかげだよっ。爆発が起こる前に土壁を作って爆風を抑え込んでくれてたから。その時に爆音も封じ込められたんじゃないかなっ」
「すまない。今はユウが近過ぎて間に合わなかった。それに先に言っておくべきだった」
「別にいいさ。死ななかったからな。それに自分の身で体験したほうが理解できるってものさ」
そう言いながらストレージから取り出した回復量の高いHPポーションを立て続けに使用する。
MPとは違いHPは回復できる時に全快しておくべきだ。僅かでも減少したままでは、いざという時そのせいで負けたなんてことになりかねない。
「改めて言っておく。サハギン・キングの攻撃後に稀に落とされる緑色の物体はヤツの鱗だ」
「鱗!? もしかして攻撃する度に爆発するんじゃ」
「それはない。ヤツの身体から剥がれ落ちたものだけが爆発するようになるらしい。でなければ普通に攻撃することすらできないからね」
「ま、それもそうか」
深く考えなくても解かりそうなものだが、鱗が爆発したという事実に思考を引っ張られてしまっていた。
「――ッ! 避けろ!」
ムラマサが叫ぶ声を聴きながら俺は突然暗くなった自分の周りに気付いた。それがサハギン・キングの攻撃なのだと分かったのも同様にムラマサの声だった。
HPが回復しきる前に動き出したサハギン・キングが俺たち目掛けてトライデントを突き出したのだ。
俺は回復の最中。咄嗟に移動することなどできはしない。
「間に合わないかッ」
襲い来る衝撃に備えるように剣銃を盾の代わりにして身構える。
それでダメージがどれくらい減らすことができるのかなんてことは解るはずもないが、何もしないよりはマシというものだ。
「ぐっ、オオオオオオオオオオオオオ」
迫るトライデントと俺の間に立ち塞がったハルが俺と同じように武器を盾の代わりにして防御した。
「ハル!?」
「はやく……そこから退けッ!」
ハルバードの石突きとトライデントの矛先。
ぶつかり合う武器同士が発生させる衝撃と轟音。
砂場の上に立っているせいで踏ん張りがきかず押し込まれ始めたハルがちらりと俺の方を見て叫んでいた。
先んじて左右に分かれたフーカとムラマサはそれぞれに安全圏へと逃げ延びている。それに続くように俺もハルの近くから離れサハギン・キングの攻撃が届かない場所にまで走って行った。
「セイヤッ」
呼吸を合わせてハルバードで払い退けたトライデントがハルの真横をすり抜ける。
攻撃の余波を受け舞い散った砂の中から飛び出してきたハルがストレージを操作しながら俺が先程使ったのと同様のポーションを取り出していた。
「今度も鱗があるのか!?」
一度目の爆発がトラウマのように脳裏を過った。
しかし何処を見渡し探してみても今度は鱗一つ落ちていない。
「何か法則があるのか?」
ハルに守られサハギン・キングの攻撃から避け切ったことで稼ぐことの出来た時間でHPを回復しきった俺は幾許かの冷静さを取り戻し始めてた。
俺は冷めた頭でサハギン・キングの分析を始める。
攻撃手段は主にトライデント。
防御手段は不明。けれど盾や鎧のようなものがないためにおそらくは自分の身体で受けるだけ。
こちらの攻撃を回避する速度もまた見ていないために不明のままだが、あの巨体故にそう速くは動けないはずだ。
言ってしまえば、攻撃に極振りしたパラメータをしたトライデントを使うプレイヤーのようなもの。
問題となるのはその巨大な体躯とそれに付随する膨大なHP。
「最大の問題は爆発する鱗が何時ばら撒かれるか解らないってこと、か」
ここが一番注意しておくべきポイントだろう。
何よりもサハギン・キングの攻撃の後にばら撒かれるのか、それともこちらの攻撃を受けたリアクションの一つとしてばら撒かれるのか。そしてその爆発のタイミングは何時なのかと気になることは山のようにある。
「ハル! 指示をくれ。俺はどんな感じで動けばいい?」
どんなに想像を巡らせて考えてもそれを見て戦ってきた仲間の体験には及ばない。だからこそ俺はこの戦闘における指揮官とも呼ぶべき役を担っているであろうハルに問いかけた。
「ん? そうだな。出来ればユウはムラマサと一緒にキングの攻撃をキャンセルさせて欲しい。出来るか?」
ボスモンスターの攻撃を止める。言うのは簡単だが、それを実際に行うことは言うほど簡単ではないことは理解していた。
何よりも要求されるのは攻撃の正確さと威力。
「やってみるさ」
攻撃の威力を補うのは≪強化術式≫スキルのアーツ〈ブースト・アタッカー〉。これは現在も発動させているからこのまま維持すれば問題ないだろう。
残る攻撃の正確さという点に関しては多分、剣銃を銃形態にすることでクリアできるはずだ。剣形態に比べてある程度の距離を保つことの出来る子の形態ならば、近距離で剣を振るう時よりもこちらの攻撃の回数を増やすことができる。その中に一発だけでも攻撃をキャンセルさせられる一撃を放つことができれば問題がないのだから。
「いけるかい?」
「問題ないさ。けど一応攻撃のタイミングをムラマサに任せてもいいか?」
「勿論さ。ユウが慣れてくるまではオレが指示を出そう」
「助かるよ」
あくまでも指示を送るのは俺が慣れるまで。それ以降は自分でタイミングを見極めて攻撃を加えろということだ。
望むところだと俺は手元で剣銃を変形させた。
サハギン・キングの攻撃の範囲外からハルとフーカの攻めを見守る。
大振りになる強攻撃のアーツは使用せずに、小さなダメージを細かく蓄積させる戦法を選んでいるおかげで二人は反撃を受けることもなく、プレイヤーが優勢のまま戦闘が進んでいた。
しかし相手はボスモンスター。
単純な攻撃力という点ではプレイヤーとは比べ物にもならず、その一撃がもたらすダメージは下手をするとこちらのHPが全損してしまいかねない威力を秘めているのだ。
先ほど見せてきた一撃はトライデントを突き出す刺突攻撃。その威力もさることながら俺が気にしているのはその後に起きた連続した爆発。この爆発までを含めた一連の動きの全てがたった一度の攻撃なのだとしたら至近距離で攻撃している二人の危険性は後ろに控えている俺とムラマサの比ではない。
ミスが許されないと思ったその瞬間に剣銃を持っていない方の手にじんわりと汗が滲むのがわかった。
「そう固くなる必要はないさ。ここはミスをしないための距離なんだからね」
ムラマサが俺を励ますように告げる。
サハギン・キングの攻撃を自分たちの一回の攻撃で止めれなくても、連続で行えればチャンスが残されている。
わかっていたつもりのそれをもう一度胸に刻み込むことで自然と全身を襲っていた緊張が解けていた。
「そろそろかな……」
サハギン・キングの動向を見守っていたムラマサが呟いていた。
「行くぞ!」
「おう!」
今はまだハルとフーカに対して通常攻撃のみで反撃しているサハギン・キングだというのにムラマサは駆け出していた。
俺はこの瞬間が最適のタイミングと見極めたその基準が解らずも、ムラマサの判断を疑うつもりはない。
銃形態の剣銃を構えたまま俺はムラマサの後を追うようにして走り出す。
「来るぞ!」
ムラマサが叫ぶ。
その声に反応して後ろに下がるハルとフーカの目の前でサハギン・キングがトライデントを天に掲げている。
これが攻撃の事前動作なのだと俺が気付いたその刹那、振り抜かれるトライデントが見えた。
「これを止めるんだ!」
俺にそう告げたムラマサはまず大太刀を横一文字に振り抜いた。
氷の属性が付与された斬撃はその斬撃の軌道をそのままに飛んでいく。ガラスが割れるような音を伴って砕ける氷の斬撃がトライデントの勢いを僅かに削いでいた。
「結構、無茶じゃないか?」
確かにサハギン・キングの攻撃が俺たちに届くまで僅かに時間は残されているのだろう。
しかし、その間に攻撃を止められる保証が無いのもまた事実なのだ。
「〈アクセル・ブラスト〉!!」
近接特化の〈ブースト・アタッカー〉で伸びるのは俺の物理攻撃力と防御力、それとスピード。
だが、銃形態の攻撃、それもアーツを発動させた場合で参照されるのは魔法攻撃力の方。
現時点で銃撃アーツに威力の補正が掛からないのが気になるところだが、これは明らかな俺の判断ミスだった。
連続して攻撃するために通常攻撃に補正が掛かればいいと強化を変えなかったことがここにきて裏目に出てしまっていた。
「それでも!」
急所を的確に射抜くことができれば与えられるダメージは増加する。
俗に言うクリティカルというものだが、それを狙わざる得なくなったのは困難の極みだった。
連続攻撃の為に速度強化の銃撃アーツを使ったが、思ったほどの成果を上げることは出来ない。たった一つのミスからもたついている俺をカバーするかのようにムラマサの放つ氷の斬撃の勢いが増した。
五回、俺が銃撃アーツを放ったのとムラマサが何度目の氷の斬撃を放つのが重なったそのタイミングで迫り来るトライデントの矛先が外れ、誰も居ない砂浜に突き刺さった。
「…攻撃を止められた…のか?」
先ほどのことを思い出せばこの後にあるのは、そう……鱗の雨。
「これが全部爆発するってのかよ!?」
「大丈夫さ。〈大地よ〉!!」
大太刀を振るうムラマサが鱗の突き刺さった範囲を覆う土壁を発生させた。
「ユウ!」
これで爆発が起きてもこちらに被害は出さないで済む。そう考えていた俺をムラマサが呼んだ。
「何だ?」
「足場は作る。鱗を爆発させてきてくれ」
「はあ!?」
どういう意味だ、と問いかける間もなく、俺の足元が隆起してムラマサが自分で出現させた土壁よりも高く俺を持ち上げていた。
「う、うおおおお! たかい、たかい、たかいい!」
高所恐怖症だった覚えはないが、それでも突然自分の立つ場所が盛り上がり、高度が変われば驚きもするだろう。
戦場の全体を見下ろせる高さで止まった足場の上で俺はようやくムラマサの意図が読み取れた。
「ここから狙えってことか。それなら〈ブースト・ブラスター〉」
今度は強化を間違えないように。
銃撃用の強化を施したその瞬間から俺のMPの自動回復速度が増した。
「一発づつ確実に。〈インパクト・ブラスト〉」
狙いを定め撃ち抜いた鱗が爆発する。
等間隔で設置された鱗が最初の爆発によって引火されて次々と爆発していく。
モクモクと立ち込める爆炎が空へと伸びるが、今回の爆発による俺たちのダメージはゼロ。
攻撃を止めるタイミングの見定め方はまだ不明だが、これで勝てる目途が立った。
俺は一人高い場所で、小さく拳を作り確かな手応えを感じていた。