町を作ろう ♯.11
「道はオレが作る。だから行け、ユウ!」
戦闘が始まってすぐ、ムラマサはそう言って≪魔刀術≫スキルを用い風を巻き起こす斬撃を放った。
サハギンの群れの中を縦一閃に切り開かれて出来たそれは正しく道と呼ぶに相応しい。
「ああ。皆、ここは任せたぞ」
俺一人がムラマサの作った道を使い駆け出した。
サハギンの群れの中にいるサハギン・メイジというモンスターは大量の通常のサハギンの後ろに隠れるようにして攻撃の機会を窺っている。
サハギン・メイジと同じように俺は遠距離攻撃の出来る俺がそれを倒すべく乗り出したというわけだ。
「邪魔だッ!」
ムラマサの攻撃によって作られた道だとしても、サハギン・メイジのいる場所に辿り着くまでの間にはまだダメージの少ないサハギンが残っている。
俺は剣形態の剣銃でそれらを斬り付けながらも前へと進んだ。
ダメージを与えれば少なからずノックバックを引き起こし次の攻撃までの余裕が生まれる。その間に俺は先に進めばいい。俺が倒しきれずとも、この場に居るサハギンを掃討するのはムラマサたちの役割だ。
一体、また一体と斬り付けて進む俺の視界に魔法を発動しようとしているサハギン・メイジが入ってきた。
一メートルくらいの長さの木の棒に紐代わりにした蔦を使い魔法の発動媒体となる魔力を含んだ石を括りつけているだけという、プレイヤーにとっては即席の杖以下のそれには、仄かな青い光が宿っている。
光の色から推測するに海岸に出現するモンスターだからなのだろう。サハギン・メイジが使う魔法の属性もまた水のようだ。
「〈ブースト・ブラスター〉! でもって〈アクセル・ブラスト〉!」
剣銃の銃口から発射された弾丸は速度強化のアーツのライトエフェクトを伴い、サハギン・メイジの胴体を射抜く。
衝撃と共にダメージを受けたサハギン・メイジがその場で地面に沈むと、同じように魔法を発動しようとしていた他のサハギン・メイジに動揺を与え攻撃を中断させることに成功していた。
光の弾丸が来た方を見るサハギン・メイジたちが俺の姿を捉えた気がした。そして次の瞬間には何やら言葉になっていない呪文のような物を口ずさみ始めたのだ。
「いまさら唱えたって遅い!」
一番近い場所にいるサハギン・メイジに向かって引き金を連続して五回引いた。
響き渡る五回の銃声。
その身に弾丸を受ける度にHPを減らすサハギン・メイジの一体が前のめりに倒れる。
俺は地面に突っ伏したサハギン・メイジを踏み台にして跳び上がり、残るサハギン・メイジの数をさっと数えた。
青く光る杖を掲げている個体が六体。そしてその後ろで緑色の光を放っている形状の違う杖を掲げている個体が四体。
「もしかしてあっちはヒーラーか?」
戦闘中の自分の問いに答えてくれる人はいないのは知りつつも俺は声に出さずにはいられなかった。
着地をミスるわけにはいかないと気を引き締めて空中で体勢を整えると、俺は地面に着くまでの僅かな滞空時間を使って別のサハギン・メイジに向かって射撃を行った。
倒しきれるとまではいかなかったが、それでも多少ダメージを与えることができたと思った矢先、弾丸を受けたサハギン・メイジの一体の身体を緑色の光が包み込んだ。
「チッ、面倒な」
自分の想像が当たったことを喜ぶべきとは到底思えないような事態が起こった。せっかく減らしたサハギン・メイジのHPが瞬く間に回復したのだった。
「倒すならあっちが先ってことか!」
剣銃の照準をサハギン・メイジの奥にいる形の違うの杖を持つ別種のサハギンへと向ける。
見えていたHPバーの他に現れたその名称は『サハギン・クレリック』聖職者を意味する名を冠すかの個体は俺の予想の通り群れの中では回復役を担っているようだ。
「邪魔だ!」
俺がサハギン・クレリックを狙ったのに気が付かれたのか、それともサハギン種の群れの特性なのか、いきなり現れた通常種のサハギンが立ち塞がった。
「貫かせてもらう。〈インパクト・ブラスト〉!!」
威力強化の銃撃アーツを発動させた俺の攻撃が立ち塞がった通常種のサハギンを纏めて貫く。
自分の口で貫くと言ったもののそれができるとは思っていなかった俺は戦闘の真っただ中だというのに呆気に取られてしまった。
「弱くなった…ってわけじゃなさそうだな」
目の前で砕ける通常種のサハギンは残骸を残し崩れてしまった。
普通モンスターの消滅というものは光の粒子となって消えるようになっていることを鑑みれば、今急に現れた通常種のサハギンが普通のモンスターではないことが解かる。
ならば目の前のサハギンは何者なのか。
その答えを出すための手掛かりは崩れたサハギンの残骸の中にあった。
「ゴーレムみたいなものなのか?」
土塊と魔法を使って作り出されるモンスター、ゴーレム。
敵としてこのゲームにも存在するそのモンスターは≪召喚≫と呼ばれるスキルを持つプレイヤーの喚び出す僕としての一面もある種類のモンスターだった。
それとよく似た存在であろうと予測できる先程のサハギンは、その体を土塊の代わりに剥がれ落ちたサハギンの鱗とサハギン・クレリックかサハギン・メイジの使う魔法によって作られているようだ。
作られた存在だから、異常なほど脆弱。
それが俺のアーツの弾丸が貫通した理由だ。
「弱くても逃げる時間は稼ぐことができるってわけか」
憎々し気に姿を隠したサハギン・クレリックを探す。
せめて回復の魔法を使おうとしてくれればその際に見られる緑色のライトエフェクトで場所を特定できそうなものだが、残念なことに辺りに見られるのはサハギン・メイジの放とうとしている水属性の魔法の光だけだった。
「回復される前に倒すしかないってことかよ」
魔法が放たれる前に俺はサハギン・メイジの一体に目掛けて剣銃の引き金を引いた。
攻撃を中断させることができたのは銃撃を与えた一体だけ。それも倒しきるまでには至らず、その他のサハギン・メイジたちの魔法が俺の頭上から降り注いできた。
「嘘、だろ…」
一撃くらいなら受けたとしても大したダメージにならないだろうと思っていたのだが、驚いたことに複数体のサハギン・メイジによって放たれた魔法は綺麗に俺が立っている場所を狙って一点集中と言わんばかりに襲ってきた。
最初の一撃を受けて足を止めたその瞬間に残る全ての魔法が当たってしまうだろう。
俺は咄嗟の判断で回避を選択して、その場から離れた。
ドドドッと音を立てて砂浜を抉った魔法の連続攻撃は俺の目の前に巨大な水柱を作り出す。
そしてそのタイミングを狙ったかのように銃撃を与えたサハギン・メイジを回復の光が包んでいた。
「回復されたか……まあ、狙い通りだな」
先程の攻撃で倒しきれなかったのは残念で仕方ないが、それならばと俺は狙いを切り替えていた。
回復魔法を使う時というものはどういう時だろうかと考えたことで得た結論は至極当然の場面。自分か仲間がダメージを負った時だ。
隠れてしまったサハギン・クレリックにダメージを与えるよりも、今まさに魔法で攻撃を仕掛けてこようとしているサハギン・メイジを狙った方が俺が考えていた展開に持っていきやすい。
そして結果として俺はサハギン・クレリックが居るであろう場所をつきとめることに成功していた。
「そこだッ!」
水飛沫を浴びつつ飛び出した俺は砂浜と海岸の間にある岩陰に隠れていたサハギン・クレリックの射線上に辿り着いた。
「〈インパクト・ブラスト〉!!」
威力強化の銃撃アーツがサハギン・クレリックを射抜く。
「一発で足りないのなら何度でも撃つまでだ。〈インパクト・ブラスト〉!!」
二度三度と繰り返し放たれる銃撃アーツをその身に受けてサハギン・クレリックの一体は瞬時に光の粒に成り果てた。
「さて、クレリックはあと三体か。全く、何処に隠れてるんだろうな」
対峙している全ての相手をHPが回復される前に倒すということを強いられる現状、やはり俺が先に倒すのは回復役であるサハギン・クレリックの方であるのは変わらない。
しかし、それが姿を現さない以上、俺が攻撃の矛先を向けられる対象はサハギン・メイジの方のみということになる。
「向こうを気にしてられる状況って訳でもないんだろうな」
大量の通常種サハギンと戦っているムラマサたちはどうなったのだろうという懸念が浮かぶ。しかし目の前に自分が戦う相手がいる以上、俺がムラマサたちにできるのは心配や懸念を抱くことではなく信頼するだけのはず。
「――っ。攻撃の間隔が短くなった、だと!?」
俺の立っている場所に再び水の柱が出現した。
この攻撃が俺に対して最も有効だとサハギン・メイジたちが判断したのだろう。
「確かにっ。威力は十分なんだろう、けどなっ」
当たらなければ意味はない、そう言ったのは誰だっただろう。
実際、どんなに強力な攻撃も当たってこそ意味を成す。
そういう意味では威力の低い攻撃を確実に当ててくるモンスターの方が煩わしいと思ってしまうのは当然だともいえるのだろう。
「そこだっ。〈アクセル・ブラスト〉」
今度は速度強化の銃撃アーツを放つ。
この一撃は魔法攻撃を放っていたサハギン・メイジの一体に違わず命中し、その動きを僅かに止めた。
「続けて、〈インパクト・ブラスト〉」
動きを止めて的と化したサハギン・メイジに威力強化の銃撃アーツを命中させた。
目に見えて減少するHPバーはあと少しという所で止まった。
一瞬俺は迷いを抱いた。
このまま倒しきるべきか、それとも残りのサハギン・クレリックの居場所を割り出すべきか。
しかし、俺が迷っている間にも事態は変わっていく。
「何だ?」
ズシンッという音が連続して聞こえ始めたその方向を見ると、通常種のサハギンの身長を大きく超えた巨大なサハギンが出現していた。
「あれは…サハギン種のボスモンスターか?」
これまでに倒せたのはサハギン・メイジが二体とサハギン・クレリックが一体。
自分が任されたというのに倒せたのは合計しても僅か三体。これでは役割を果たしているとは言えない。
けれど、このままサハギン・メイジたちと戦っていられる状況では無くなっているらしい。
「ユウ! 聞こえているか?」
ムラマサの声が轟く。
「どうした?」
「あのデカいのはオレたちが引き付ける。その間に残りの魔法を使う種類を掃討できるか?」
「できるかって…やるしかないんだろ」
「その通りだ」
「できるだけ早く来てくれよ。あのデカブツ相手に三人はキツイかもしれないからな」
「ハルでもそう思うのか?」
「今戦っているサハギンの強さを考えると、どうしてもな」
「同感だ」
ボスモンスター強さを推し測ろうとするのなら、その比較対象となるのは同種の雑魚モンスターだろう。
それ故にあの巨大なボスサハギンはかなりの強さを誇っていると判断できるのだ。
「ポーション類は俺が後で作ってやる。だから死ぬなよ」
「わかってるってばっ」
俺が合流する前に死なれては元も子もない。
何よりも俺が担当するサハギン二種を倒しきる前にその攻撃の矛先がこちらに向けられた場合――いや、違うな。
俺が担当している二種の内の一種。回復魔法を使うサハギン・クレリックがボスサハギンと合流してしまった場合、それはそのままボスモンスターのHPが回復してしまうのと同義だ。
それは俺たちの勝利が遠退いてしまうこととも直結していて、最も避けるべき事態であることも理解すべきだ。
「さて、今度は全力だ」
これまで余裕を見せて遊んでいたと言うつもりはないが、それでも今度は確実に一体づつを倒しきらなければならないだろう。
それはそれで中々に高難度の戦闘になったと思うだけだ。