町を作ろう ♯.9
この島の未踏区画の大半は森の区画。
山区画はその先にある、というよりも山の周りに森が広がっていると言った方が正しいだろう。
そしてここが島である以上海は全体を覆っているのだけど、実際に海岸区画と設定されているのは草原を挟んで森とは正反対に位置する場所だけとなっていた。
「けっこう遠いんだねっ」
「もう嫌になったのか?」
「全然っ。それよりここは何て言う区画になるの?」
「見た限りだと、ここは平原だね。草原よりも広い分安全ではなく、あのようにモンスターが出現する場所さ」
そう言ってムラマサが見上げた先には巨大な鳥のようなモンスターがここは自分の空だと主張するように飛び回っていた。
「手を出さなければ襲ってはこないみたいだな」
一瞬身構えたハルがその警戒を解きつつ呟いた。
「初期エリアにもいたようにノンアクティブモンスターのようだよ」
「ってか、あんなに離れた距離にいられると俺たちの攻撃が届くとはとてもじゃないが思えないんだけど」
「そんなことはないだろ。ライラの魔法とか、それこそユウの銃撃でも届くんじゃないのか?」
「多分、無理だな。あれだけ遠いと正確に射撃できる自信なんてないし、そもそも射程外だと思うぞ」
「そうなのか?」
「まあな。ライラの魔法はどうなのか知らないけど……」
「多分できるよっ」
自信満々に言い切るフーカに俺たち三人の視線が集まる。
距離があるとはいえモンスターの近くで呑気に話しているのはどうかという指摘を受けそうだが、一応は安全そうな距離を保っているつもりだ。
それに、こちらの攻撃が届かないほどの距離ならばあの鳥モンスターの攻撃が俺たちを捉えるまでに幾許かの時間の余裕がある。その間に自分たちの動向を決めることが出来るはずなのだ。
「ライラお姉ちゃんが長距離攻撃用の魔法が使えるの知ってるし。それに≪射程増加≫スキル取ってたような気がするんだよねっ」
「≪射程増加≫って、これか」
フーカの言葉に出てきたそれを俺は自分の習得可能スキル一覧から確認した。
「えっと効果は魔法及び射撃武器の射程を伸ばす、か。そのまんまだな」
「けどユウにとっては有効なスキルなんじゃないか?」
俺の持つ武器剣銃の銃形態は言わずもがな射撃武器だ。
≪剣銃≫スキルが≪ガン・ブレイド≫に変化したことでスキルの補正が上がったとはいえ、別のスキルを併用することで伸ばしているステータスも確かにある。
基本的な能力は大概そういうスキルの恩恵を受けているといって過言ではない。その中でも命中率や器用さに関係しているDEXは生産職も兼ねている俺にとっては大事なパラメータとも言えた。
「俺はこのスキルを取るくらいなら≪DEX上昇≫スキルのレベルを上げるかな。生産スキルを持っている俺の場合はそっちの方が良いだろうし、そもそも銃形態だけを使って戦うつもりはないからさ。そっちの方面に特化させるのも違う気がするんだよな」
「まあ、別にユウの好きにすればいいけどさー」
有効なスキルなのだから取るべきだとかなんとかハルがぶつぶつと呟いている。
俺とムラマサはそんなハルを無視して進む。
平原区画では空を飛んでいる鳥型モンスター以外には滅多にモンスターを見かけなかった。加えて言えばそのモンスターも積極的に攻撃を仕掛けてくるタイプではなかった。
結果、俺たちは戦闘をすることなく、こうして歩くことができているわけだが。
「フーカじゃないけどさ、確かに遠いな」
普段の大掛かりな移動を転送ポータルやクロスケに頼っていたツケが回ってきたような気がする。
エリアの攻略のための移動と、そこに辿り着くまでの移動。同じ移動でもその二つにかかる精神的な疲労は比べるまでもない。
「とはいえ、ここでは休憩をする場所もないのだけどね」
「そう…みたいだな」
見渡す限りの平原には腰を付けて休めそうな場所など見当たらない。それこそ切り株やそれなりの大きさの石でもあればいいだけなのだが、残念なことに見えるのは山吹色をした原っぱだけ。
「もしかしてだけどさ、海岸エリアに出ても同じなんじゃないのか?」
「うーん。確かにその可能性は高いかもしれないね」
「椅子なんて持ち歩いてないよー」
「ちゃんと休憩するなら椅子だけじゃ足りないけどな」
未だぶつぶつ言っているハルの横で俺たちは海岸区画について話し合っていた。
戦闘中ならまだいいが、それが終わった後、あるいは想定以上にHPやMPが減少し回復を待っている間にそのまま地面に座っているのでは休めたりはできないだろう。
となれば俺の持つテントを展開することを提案するべきなのだろうが、あのテントは休憩するには適していないような気がする。前にアイリたちに使ってみせた時よりもテント内の道具類の数が増えたおかげで誰かを招くようなテントではなくなってしまっていたのだ。
「つっても≪木工≫スキルは持っていないんだよな」
自分の装備に使えないスキルを覚える必要はない。今から習得しようとしてもモノになるまで時間がかかり過ぎる。
「お!? そろそろ見えてきたみたいだ」
ハルがようやく会話に加わったその時、長かった平原の道が途切れ、その先に広大な海が広がっているのが見えた。
「すっごーい。ホントに海があるんだー」
「ここは島だからね。海は四方にあるさ」
「それはそうだけどっ」
船も何も通っていない海は自然溢れているまま。海水は透明で、その下には色彩鮮やかな珊瑚礁。
出来ることならこのまま手付かずでそっとしておきたいが、自分たちがこの島に町を作ればほぼ確実にその規模は縮小してしまうだろう。
「海岸区画に下りれそうな場所を探そう」
海に見とれていたフーカを呼び、ムラマサが告げた。
俺たちは四人揃って歩く。
歩く最中、見下ろす海沿いの崖はどこも切り立っていて到底海岸区画には下りれそうもない。しかし海岸区画へ行こうとするのならばどうにかしてこの下に行かなければならないのだ。
困ってしまったというように歩幅が狭くなるフーカを元気づけることもできないままに俺は黙って海岸区画に下りることの出来る場所を探し続ける。
「あ、あそこ何てどうだ?」
そうして暫く崖沿いを歩いていったある地点で自然が作りだしたであろう階段を見つけハルが告げた。
ハルに問いかけられて確認したそこには坂状の地面に石や既に枯れてしまった木の根っこなどが並んでいる。
段の高さや幅こそバラバラで歩き辛さがあるのは否めないが、それでもこれまでの切り立っていた崖に比べると十分に下りられると判断できる場所となっていた。
「そうだな。ここなら大丈夫そうだ」
「だったら、身軽なオレが先に下りてみるよ」
そう言ったのはムラマサだ。
全身を重い鎧で覆ったハルや軽装とはいえ鎧を着たフーカに比べるとムラマサは金属部の無い和服のような防具を使っている。だからといっても着物のように足元が動き辛そうな形をしているわけではなく、あくまでも洋装に和服の印象を含ませている防具は動きやすさという点でも問題はないだろ。
「俺でもいいんだぞ?」
「大丈夫。それにATKならオレの方が高いからね。誰かが足を滑らせて落ちたとしても受け止めてあげるよ」
「いや、落ちないから」
軽口を叩きつつ自然の階段を下りていくムラマサはその口振り同様に軽い足取りで海岸区画へと辿り着いていた。
「大丈夫。案外しっかりとした階段だったよ。これならハルも安心して下りて来れるはずさ」
距離が離れた事で大声で話すムラマサの言葉を受けて次に歩を進めたのはハルだった。
階段の段の広い場所は楽そうに、反対に狭まっている箇所は恐る恐るといったように階段を下りていくハルはそのでかい図体も相まってか俺の目には少しだけコミカルに映った。
「次はあたしっ。いいかな?」
「ああ。別にいいぞ」
ハルが階段の半ばまで進んだ辺りでフーカが行った。
一人残った俺はフーカがある程度進むまで崖の上から海と空を見る。
青い空も、青い海も、現実では見たことのない程に綺麗だ。
ここがどこかのリゾート地だと言われても納得してしまいそうな景色に、俺はこの島の進むべき方向性の一つの形を感じ取っていた。
これまでこの島に作ろうとしている町は多くのプレイヤーが行っている交易の流れの中に入れればいいと思っていた。それが一番この島を栄えさせて自分たちにも利益がありそうだからだ。
けれど、この自然を目の当たりにするとあまり人の手が入らない方が良いのではないかとも思ってしまう。自然を生かしたリゾート島として売り出してもそれなりに繁栄させられるのではないかと考えてしまうくらいだ。
「さて、行くかな」
フーカが階段の半分くらい進んだのを見届け俺も同じ自然の階段を下り始める。
自然の階段は俺が想像していたよりもしっかりとした階段だった。
長年自然の雨風に晒されていたとは思えない程、劣化の形跡がない足場となっている石や枯れた木の根はどんなに乱暴に踏んでも壊れる気配すら無い。
これならば手すりを付けたりするなどの少し整備しただけでもすぐにちゃんとした階段として利用出来そうだ。
「よっと」
最期の段から下りるとそこに広がっていたのは白い砂浜。
ブーツの靴底越しに感じる感触は以前に足を踏み入れた砂漠を彷彿とさせる。
「でも砂漠の方がしっかりしてる感じだな」
その場で何度か足踏みをして感触を確かめている俺は不自然なほど辺りが静かなのに気が付いた。
先に下りているはずのムラマサもハルもフーカもなぜ黙っているのだろうと辺りを見渡したその瞬間、俺はこの静寂の正体を知ることになった。
顔を引きつらせるフーカの前に立つハルはいつの間にか兜を被り、ハルバードを構えている。
ムラマサは腰を下ろし、刀の柄に手を置きいつでも攻撃に移れるように警戒心を露わにしていた。
「何が……」
あったのかと声を掛けようとして止めた。
三人が見つめる先、海の中に怪しげな光が浮かぶのが見えたからだ。
「まさかッ、何かがいるのか?」
俺も海中に目を凝らす。
そこにいる存在の正体を見定めるべく銃形態の剣銃を構えたその瞬間だった。
凄まじい水飛沫と共に十数体のモンスターが飛び出してきた。
「強襲!?」
「みんな応戦を!」
驚くフーカと即座に指示を送るハル。
懐かしいチームワークを目の当たりにした気がして自然と顔が綻んでくる。
「ユウ!」
「わかってる!」
俺がいることに気付いていたムラマサが呼ぶ。
それに応えるように俺は止まっていた自分の動きを再開させた。
剣銃の照準に捉えられたモンスターの頭上に浮かぶ一本のHPバーと『シー・リザード』という名称。
その名の通り、海に棲む巨大な四足歩行の蜥蜴の姿をしたモンスターは湿らせた体を這わしながら俺たちに襲い掛かってきたのだ。