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町を作ろう ♯.8

「妾はモンスターハーフと呼ばれる魔人族でも稀な血を持つ種族なのだ」


 アリアが自身について明確に話すのはこれが初めて。

 状況と推測からそうであるだろうと思っていたこともこうして本人の口から語られてようやく事実であると理解できた。


「そしてそれは…魔人族の間でも嫌悪されている存在だ」

「どういうことッスか?」


 自虐的なことを平然と話すアリアに問いかけたのは同じモンスターハーフであるリントだった。

 プレイヤーであるリントにとってはキャラクターの種族などというのはあくまでも個人のキャラクターの個性を強調する要因の一つに過ぎない。三つある種族の中の一つ、魔人族。その中にある希少種族モンスターハーフといえど、その枠から出ることはない。


 それはプレイヤーにとって種族というもので大事なのは見た目と性能の二つのみであるからだ。


 純粋に力の強い獣人族。

 魔法に長けた魔人族。

 そのどちらでもない平均的な能力の人族。


 プレイヤーが自分の思い描くキャラクターになるようにそれらを選び、選んだものからさらに選び細部を決めていく。

 魔人族ならばそのモチーフとなった神話や昔話に出てくるモンスターの特徴。獣人族ならば動物の特徴というように。

 人族だってそれは変わらない。

 身長に体形、目の色から鼻の形に至るまでおおよそ決められるところは全て自分で決めることが出来るのだ。

 しかし、この世界の住人であるNPCは違う。

 生まれた種族もその顔形すら自分の意思で決めることなどできやしない。それは俺たちの現実と同様で、変え難い無情な現実とも言えた。


「そなたたちの中には存在しないのか? そうなのだとしたら妾からすれば羨ましいことこの上ないな」


 その言葉は俺には想像以上に重く聞こえてきた。


「そんなことはないよ。僕たちの世界にも差別や迫害は数え切れないほど存在しているのさ」

「…ほう」

「ただ、この世界が自分たちにとって自由になることが現実よりもほんの少しだけ多い為に平穏なだけなのだよ」


 ボルテックの言葉を俺たちは黙って聞いていた。

 学校や会社。時には近所の人たちとの井戸端会議に至るまで、時に人は生きるためにコミュニティに属することを強いられ、そこには理不尽な出来事も無数に存在していた。


「自由か。妾にはそれが羨ましいとは言い切れないね」

「同感だ」


 肩を竦めるボルテックがアイリの呟きに短く答えていた。


「そなたがそのように感じているのであれば、先程の妾の言葉の意味も解るのだろう」

「まあね。けどその場合、君は一人なのかという疑問が出てくるのだけど」

「勘がいいんだな」

「それなりにはね」


 アリアとボルテックが含みを孕んだ笑みで笑い合っている様を俺はどことなく気圧されながら見ていた。


「さて、妾が一人なのかどうかということだったな」

「あ、ああ。教えてくれるか?」

「勿論だとも」


 俺たちは固唾を飲んでアリアの言葉を待った。

 それは自分たちのギルドクエストに大きく関わっていることだと、理解していたからに他ならない。


「妾は一人ではない。妾の後ろには大勢のモンスターハーフの同胞がいる」


 このアリアの言葉は俺が想像していたことをそのまま現実に昇華させたようなもの。

 最初ハルに紹介された時、口に出していた「妾たちを助けてくれ」の一言には明らかに自分以外の存在がいることを示唆している感じがしていたのだ。


「それじゃあ、他の人たちは何処にいるんだい?」


 俺たちを代表してムラマサが問いかける。


「言えない」

「……何故?」

「それは…」

「まだ僕たちを信用しきれてはいない、ってことかな」

「え!? そうなの?」


 驚くアイリがその視線をアリアに向けた。

 複雑そうな表情を浮かべているアリアは口を閉ざしたまま。

 それは一見すると俺たちに対し心を閉ざしているとも取れる。しかしその実際はアリアなりに誠実であろうとしてのことなのだろう。

 告げなければならないが、それを告げることは出来ない。

 何らかの事情があるからなのだろうと推測しても、その事情に思い当たる節が無いために、やはり理解するには及ばない。


「まあいいじゃないか。それでアリア君はどうしたいんだい?」


 言いたくないことは言わなくてもいいとボルテックが暗に告げ、別のことを問いかける。


「妾の最大の望みは同胞全てに安住の地を与えること。誰に後ろ指を指されることも無く、自由に暮らせる場所を」


 夢を語るアリアは未来の光景を思い浮かべているのだろう。

 問題はそれが実現できるかどうかということだけ。

 目を閉じ夢想するアリアを横目に俺は気になり始めたことをハルに訊ねた。


「知ってたのか」

「あー、何かあるとは思ってたけど、こういう事情があるとは知らなかったな」

「それで、どうするんですか?」

「……アリアをここに住まわせるの?」


 ヒカルとセッカの質問に俺は答えることが出来ずにいた。

 いつの間にか自分に注目が集まっているのに気付きつつも俺は迷いを振り払えなかった。アリアや仲間たちに誠実であろうとすればするほど、きっぱりと言い切れない、ここで軽率なことを言ってしまえばこれまでに築いてきた信頼を裏切ってしまう。そう思ってしまったのだ。


「アリアたちをこの町に住まわせるにしてもしなくてもだ。ここがこのままでは無理だとしか言えないんじゃないかい」


 端末を使い整備したのは草原の一区画のみ。

 草原全体を整備して、その上に町の基盤を作る。

 住居となる建物を作るのはその後のこと。

 そして、作られた町で暮らせるようになるのはさらにその後。


「解っている。だから妾たちが住むのはその後で構わない。それまでの間は自分たちでどうにかできる。これまでもどうにかやってこられたのだからな」


 俺の心配を察してか、アリアがそう言った。


「いいんですか?」

「そもそも町が出来ていないのだろう。だったら仕方のないことだ」


 本当ならすぐにでも町に住みたいと言いたいはず。

 けれど現実問題それは叶わない。だからこそ自分にも向けられた理由を言い訳にして納得させようとしているように見えた。


「ならばまずはこの町を完成させることから始めようか」


 俺たちを奮起させるための一言はムラマサから発せられた。


「アリアも手伝ってくれると助かるのだけどね」

「妾もか?」


 戸惑い聞き返すアリアの言葉には俺たちとは違うのにというニュアンスが含まれているように聞こえた。


「出来ることは山のようにあるさ。まずは…そうだな。ここの整備を頼めるかい?」

「む? 一人では到底無理だぞ」

「……大丈夫。私も一緒だから」

「それなら俺も一緒にやるッスよ。同じモンスターハーフ同士、仲良くして欲しいッス」


 リントが握手を求め手を差し出すとアリアはちょっと困った顔をしてそれに応えていた。


「わたしも残るわよ。いいよね?」

「……構わない、よ」

「それならオレたちは町を作るためのポイントを稼ぎに行くとするか」


 俺の肩に手を置いてムラマサが告げる。


「だったら俺も行っていいか?」

「ハル?」

「久々のユウとのパーティ戦は楽しそうだからな。それにムラマサとも一緒に戦って見たかったし」

「それは光栄だね」

「わたしはここに残ろうかしら」


 共に行くと言ったハルの隣でライラがやんわりと言う。


「ボルテックさんも残るのよね」

「うん? そうだね。僕はそうするつもりだよ」


 机の上に置かれた端末を取りボルテックが答えた。


「これを使えるプレイヤーが一人はここに残った方がいいだろうからね」

「そうだな。オレたちがポイントを稼いでくるからそれを使ってこの草原を整備してくれるかい?」

「任せてくれたまえ」


 ムラマサの提案を快く受けたボルテックが端末を自身のストレージに収める。


「ライラはそっちを手伝うってことなんだな」

「そうねえ、戦闘とは違って滅多に出来ることじゃないと思うから、いいかしら?」

「もちろん。散策はこっちでやっておくから、草原の整備は任せるよ」

「あの…それは別にいいんですけど、どういう感じにするんです? あそこみたいにモザイク模様にするんですか? それとも別の模様にするんですか?」


 ここで任せるというのは無責任というものだろう。ならば俺は俺の考えを伝えるべきなのだ。


「草原をモザイク模様にするのでもいいんだけどさ、ここが町の地面になるなら動きやすい地面がいいかと思う。芝生状にするのも歩きやすいとは思うんだけど、石畳とかの方が荷馬車とかは走りやすいんじゃないかな」

「荷馬車ですか?」


「俺たちプレイヤーが使うだけの町ならそんなに気を使う必要は無さそうなんだけどさ…」


 言葉を区切り俺はアリアの顔を見た。

 そして意を決し、この後に続く言葉を紡ぎ出す。


「NPCたちが使うなら大事なことだと思うんだ」


 そういう俺にギルドメンバーの皆が微笑みを向けてくる。

 目を丸くして驚いているのは当人であるアリアだけだった。


「別に今すぐどうこうって訳じゃないぞ。俺たちのギルドにはNPCも居るし、最初のうちに出来ることはしておくべきだろってだけで…」


 にやにやと笑いかけてくる仲間たちの視線に耐えきれなくなって俺は椅子から立ち上がった。


「あー、もう! いいから、行くぞ。一緒に行くのはムラマサとハルだけでいいんだよな?」

「待って待って、あたしも行くよっ」

「フーカも?」

「あたま使うよりは体を動かしてた方がラクだもん。それにこの二人が一緒なら大概の敵には勝てそうじゃない?」


 フーカが送る視線の先には全身頑丈な鎧を着こんんだ重戦士キャラクターのハルと、大太刀を使う和装の剣士のムラマサがいる。

 この二人に共通するのは完全な戦闘ビルドのキャラクターだということ。そして、俺が知るなかでも指折りの実力を持っているということだ。


「まあ、余程の相手じゃなければ全滅することは無さそうだよな」

「だよねっ」


 パーティ参加人数の上限である四人が揃うと俺たちは慣れた様子でパーティを組んだ。

 視界の左端に追加される三本のHPバー。

 同じ長さで表されているそれは全員が満タン状態だ。


「回復アイテムは持っているよな?」

「勿論。抜かりはないさ」

「俺も大丈夫」

「あたしもっ」


 テントの下で冒険に向けたとりあえずの所持アイテムの確認を終えた俺たちはここに残るアリアを含めた七人に別れを告げる。

 そして手元に島のマップを出現させてこれから向かう先というものを考えた。


「ムラマサたちがさっき挑んだのは何処だ?」


 この島の草原区域に比べ未踏区域は遥かに広大。

 それも山と森、海岸と大きく分けても三種類進むべき道筋が記されていた。


「森だね。とはいってもあの短時間では全部を見て来られたわけではないのだけど」

「なら続きに挑んで、森を完全踏破するのも悪くないかもな」


 俺の問いに答えたムラマサの言葉を受けてハルが提案してきた。


「確かに。中途半端に色々行ってみるよりは…いい、のか?」

「フーカはどうなんだい? この中で行ってみたい場所はあるかい?」

「あたしは、海岸に行ってみたいかも」

「海岸? どうして?」

「ハルさんなら知ってると思うけど、これまであたしたちが言ったことのある場所って陸地ばかりだったよね」

「まあ、グラゴニス大陸ってのはそういう大陸だしな」

「だから海沿いの海岸がいい。そこに行ってみたい…ん、だけど……ダメ?」


 海岸も陸地といえば陸地なのだが、それでも海が間近に見えるだけでも気分が違ってくるのは理解できる。

 昔、親戚の家に行く途中、電車の窓から人の少ない海を見て、その海面に太陽の光が反射して輝いていたのを見て綺麗だと思ったのを俺は思い出していた。

 それに、大陸を渡るときに使った船の上から見た海ともこの島の海は違って見えるはず。ならばそれを見に行くのも悪くはない。


「一応言っておくけどさ、海には入らないぞ。専用の装備が無いからな」

「わかってるよっ」

「なら俺は海岸区域でもいいよ」

「ん。オレも別に構わないよ。どうせ全部の区域を踏破するつもりだからね」

「なっ…全部……」


 初めて聞いたムラマサの目標に俺は驚きを隠せない。

 無理なことではないだろうが、それでも町の建設と平行して行うには中々ヘビーなスケジュールを組まざる得ない気がする。


「分かったよ。俺もフーカの意見に賛成だ」


 そうして俺たちは森とは反対の方向を目指し歩き始めた。




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