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町を作ろう ♯.7

 ムラマサが取り出したタブレット端末を操作してく様子を俺は、いや俺だけではなくこの場に居る全てのプレイヤーが真剣な面持ちで見つめていた。

 この端末で何が出来るのか。そもそもこの端末は何なのか。ムラマサが端末を操る手に注目している俺の頭を占める疑問はこの二つ。

 そしてそのうちの一つの答えが正にこの瞬間に出ようとしていた。


「うーん、これは使える人を限ったほうがいいかもしれないな」


 困ったようにムラマサが呟く。

 それはそうだろう。

 何が出来るかと試しにとしたたった一つの行動がこうして草原の一部をチェスボードのように様変わりさせたのだから。


「どうやらこれはこの島を管理、操作するための端末のようだね」

「ま、まあ、それは見たからわかるけどさ、使える人を限定するってのはどういう意味なんだ?」

「それは簡単なことじゃないか。今はまだ何もないからいいけど、これから先、ここに町を作るつもりなら誰でも簡単に町を操作できるようにはしない方がいいってことだろ」


 少し考えればわかることだとしても反射的に訊ねていた俺にハルが答える。


「俺は操作できなくても構わないぞ。このギルドでは新入りだし、何より皆がどういう町を作るのか知らないからな」

「それならわたしも同じでいいわよ」

「あたしもっ。別に町を操作しようなんて思わないし」


 操作権というものがあったとしてハルに続きライラとフーカがそれを放棄したのだ。


「私はちょっと興味あるかなぁー」

「姉さん…どうせ何も考えてないんッスよね」

「ちょっ、そんなことないってば」

「あー、こういう感じッスから俺たちも放棄するでいいッス」

「そんなぁ、私だってやってみたいのに」


 リントが権利の放棄を告げるとアイリが不満を露わにする。


「いいから落ち着くッスよ」

「まあまあ。ほらアイリちゃん、これを飲んで落ち着いて」


 ライラがアイリを落ち着かせようとアイリの使う空になったカップにお茶のおかわりを注いだ。

 お茶をカップに注ぐだけなら≪調理≫スキルが無くてもできることだと知るとライラが積極的にそれぞれのカップにお茶を注ぎ始めたのだ。そのおかげで俺はこの短時間で既に三杯ものお茶を飲まされていた。


「んぐっ、んぐっ」

「どうかしら? 少しは落ち着いた?」


 コクリと首を縦に振るアイリが申し訳なさそうにリントを見た。


「あの…その……」

「いいッスよ。わかってるッスから」

「ありがとう。それと、ごめんなさい」


 素直になったアイリを見て生暖かい視線を送るボルテックが意を決したように話しだした。


「僕はまだその権利を放棄するとは言えないかな」

「どうしてッスか?」

「町を作る時に、誰か一人が思い通りにするのはよくないと思うからさ。そうだね。僕がその権利を放棄する時は町が完成した後ということになるのかな」


 自分の考えを語るボルテックの言葉を俺は黙って聞いていた。

 それはボルテックの考えがこの場にいる誰にも否定することも肯定することもできない、そう感じたから。


「どうかな? それでいいかい?」

「オレは構わないよ」

「俺もだ」

「良かった。それで二人はどうなんだい? 町を操作することの権利を放棄するのかい?」


 まだ明確な意思を示していない俺とムラマサにボルテックが問いかけてくる。

 ギルドマスターとサブマスターという立場にいる以上、俺とムラマサはその権利を放棄すべきではない。それが普通の事で、当たり前のことなのだろう。

 しかしボルテックはそんな常識よりも俺たちの気持ちを尊重すると言っているように思えた。


「オレは…そうだな。やっぱりこの権利を持ち続けることにするよ」

「そうか。ユウはどうするんだい?」

「俺か? 俺は…」


 瞬時に返答できないのは俺がこの町をどうしたいのかという明確なビジョンを持っていないからだろう。そんな俺の迷いを感じ取ったのかアリアが話に割って入ってきた。


「そなたはこの者達の長なのだろう? ならばその責を放棄すべきではなないと妾は思うぞ」


 アリアが告げるその一言には不思議と実感の込められた重みのようなものがあった。


「それに、使うつもりのない権利だとしても人の集まりの長が何の権利も持たないのでは下の者たちが不安がるというものだ」

「下って…みんなは俺の仲間で部下とかじゃないんだけど」

「そなたがどのように思っていてもギルドという枠組みの中で最も高い地位にいるのは間違いないのだろう。ならば最終的な決定権を持っているのもまたそなたということになるのではないのか? 長というものは例えどんな事態になったとしても最後は自分が何とかする、そう言い切れるくらいの気概を見せてみるものだ」


 何故かアリアに人の上に立つ者の矜持を教えられているように思え、俺は自然とその言葉を聞きながら背筋を正していた。


「わかった。俺もその権利を持つことにするよ」

「うむ。わかればいいのだ」

「後はヒカルとセッカだね」

「私は別にそんな権利要らないですよ」

「……私も」

「そもそも、この町をどうしていくのかは皆で相談して決めるんですよね?」

「ああ。そのつもりだ」

「だったら尚更、私にそんな権利は必要ないです」

「……右に同じ」


 こうして俺たちのギルドメンバーの中で町を操作する端末の使用者が決定した。

 皆がそれぞれ自分の意思で使わないと決めたそのすぐ後にムラマサが端末に使用者制限という項目があることに気が付き、即座にその項目に俺とムラマサとボルテックの名前を打ち込むと端末の操作権はこの三人に限られたという旨が表示された。

 試しにハルが端末を操作しようとしてもロックが掛かり画面が動かない。それは現実のタブレット端末のロック機能と同じで、普段からタブレット端末やスマホを使い慣れている俺たちとってはゲーム世界であっても慣れたものだ。


「なあ、その端末でできることって何があるんだ?」


 権利が持たされたとはいっても、それを使って出来ることを知らなければ宝の持ち腐れ。そう思った俺は真っ先にその端末を操作していたムラマサに問いかけた。


「そうだね。機能自体はこのギルドクエストの進行具合によって増えるみたいだよ」

「だったら今の段階で僕たちができることはなんなんだい?」

「さっきオレがやったようにこの島の地盤操作が端末を使ってできる機能の一つだね。と言ってもこれはここの草原のような拓けた地形に限られてるみたいだけど」


 芝を刈りチェスボードのような模様が出来た場所は草原全体で考えれば一割にも満たない。

 今は自分たちが立っている場所を中心にしてこの模様が付いているからそれなりの広さをしているように見えているが、手元のマップで見たのと、俺たちのギルドに当たったのが島だということ。それに作ろうとしている町の規模を考えた限り、この草原自体もそれなりの広さがあるはずなのだ。


「他には?」

「そうだね…」


 続けてそう問いかけるボルテックの後ろで権利を放棄した人たちによるお茶会が再開しているのが見えた。さっきは出されなかったお茶菓子も用意されてお茶会のグレードは一気に上昇しているようだ。

 ちなみにそこで出されているお茶菓子は俺が作ってギルド専用のストレージに保存していたものだ。


「一度自分の目で見てみたほうが早いのかもしれないね」


 ムラマサが端末を俺とボルテックの前に置く。

 すると俺は自然とその画面へと注目してしまっていた。

 端末の画面を縦に二分して表示されているのは草原となっている区画の画像。左側にはテクスチャが貼られる前の3D画像のように草原を升目で区分けした画像が、右側にいくつかの地面の模様パターンが10/230という数字と共に表示されている。


「この数字は何なんだ?」


 模様パターンに触れ表示されている画像を変えてもそこに付随している数字に変化は訪れない。これに関しておおよその想像はついていたが答え合わせはしたい。


「その数字の右はオレたちのギルドが持つこの島を改造するためのポイント、左は消費するポイントだね」


 想像していた通りの回答に俺は頷き、次いで出てくる疑問を声に出す。


「このポイントはどうやって取得したんだ?」

「この島で行動した内容によって獲得できるらしい」

「ユウたちが戻ってくる前に僕とムラマサ、それとセッカが未踏区域を探索したのは覚えているかい?」

「ああ。そこで見つけたことも話してくれるんだったよな」

「といっても見つけたモノなんて何もないのだけどね」


 苦笑しながら告げるムラマサが俺にも見えるように可視化させたストレージを差し出した。

 ソートされ入手順になっているその一覧の最後尾にまでスクロールバーを動かすことで一番新しい入手アイテムが表示される。

 それ自体は普通のことで当たり前のことだ。しかし、ムラマサがわざわざこうして見せてくるからには何かがあるはずなのだ。


「これが何だ?」

「気付かないかい? ここには島で手に入れたアイテムは何も載っていないんだよ」

「モンスターがいないわけじゃないよな?」

「そうだね。珍しいモンスターとか新種が見つかっていないだけで、モンスター自体は存在しているし、僕たちはここ戦いもしたよ」

「何もドロップしなかったってことなのか?」

「いや。普通の素材アイテムや換金アイテムは通常通りドロップしたよ」

「だったら、どうしてさ」


 当然のように湧き出てくる疑問をそのまま声に出していた。


「このギルドクエストに参加しているプレイヤー、つまりは『黒い梟』のギルドメンバーにはこの島でアイテムを手に入れた時にこういう画面が表示されるようになるみたいなのさ」


 そう言ってムラマサが表示されているコンソールの画面を所持アイテム一覧から保存してある画像のアルバムへと切り替えた。アルバムとは普段、ホームページの内容をスクショした時の画像とか、ゲーム内で保存した画像とかが収められているそれは俺も良く使っているコンソールの機能の一つだ。

 この画像には戦闘終了時に得たアイテムをどうするのかという確認の瞬間が収められている。

 通常時そこにあるのは売却と廃棄。今回はその他に変換が追加されていた。


「この変換がアイテムを先程のポイントに変換させる機能のようだね」


 俺の知らぬ間に増えていたポイントはこうして貯められていたもののようだ。


「他には先ほど言った通り、僕たちの行動がポイントを得るための項目があるみたいだ」


 ムラマサが端末を操作するとチェックリストが表示された。この項目は数百にも及びわざわざどれか一つを狙わなくても何かしらクリアできるようになっているらしい。


「これをクリアすることでもポイントが貯まるってわけか」

「そのようだね」

「で、これを使うことで島の内装を変化させられると」

「他にも出来ることはあるみたいだよ」


 ポイントの貯め方と使い方を覚えた俺が自分の記憶に残すように呟くと、それにボルテックが付け加えてきた。


「例えば島の施設の増設だね」

「成る程な。これを使えば町の建物を……って、なんだこの消費ポイントは!?」


 驚く俺の目に飛び込んできたのは一般的な家屋一つにつき消費ポイント200。家屋を一つ建てるだけで現時点で俺たちが持つポイントの大半を消費する必要があるということになる。

 それに比べて地面の整備に掛かるポイントは草原の一区画につき10ポイント。広大な土地の全てを整備する必要があるというのが理由なのは解るがそれにしてもこの家屋一つを建てる消費ポイントの量は異常だと思ってしまう。


「特殊な施設。それこそ転送ポータルを置くための建物なんかはその何倍ものポイントがいるみたいだね」


 この島の場合転送ポータルを置くための建物は神殿となるらしい。それを建てる為に必要な消費ポイントは6000。家屋一つの30倍ものポイントが必要らしい。

 途方も無いとはこの事だと、大きくため息を吐きながらテーブルに肘を付く俺は呆れたように呟いた。


「まずは区画の整備をしながらポイント集めをするってことになるのか」

「そうみたいだね」

「まあ、急ぐ必要は無いはずだからさ。のんびりやろうじゃないか」


 現実同様長い事業になると言いたげなムラマサが苦笑交じりでそう言うと、突然机を叩く音と、草原に椅子が倒れる音が聞こえてきた。

 俺たち全員の視線が音のした方へと集まる。

 そこには焦ったように立ち尽くすアリアがいた。


「……どうしたの?」


 テーブルの上で転がっているカップを起こしながらセッカが訊ねる。


「ダメッ。それじゃ、間に合わない」

「……何が?」

「それは――」


 不意にアリアの髪が光る。

 一度それを目にした俺は咄嗟に目を瞑りさらに自分の手で顔を覆った。

 次の瞬間、視界を奪う閃光が迸る。


「きゃッ」

「うおっ」


 閃光のことを知らないムラマサたちはまだしも一度それを見たはずのヒカルやハルたちまでそれの影響を受けてしまうとは。


「……何も見えない」


 セッカが目を瞑り困ったような表情を浮かべる。


「アリア」

「申し訳ない」

「はあ、まあいい」


 奪われた視覚が時間で回復するのは自分の身体で実証済みだ。


「何がダメなんだ?」

「え!?」

「ついでに間に合わないっていう言葉の意味も教えて貰おうか」


 アリアには何か目的がある。

 それはハルに紹介された時から解っていたことだ。

 話さないのも何か理由があると思って聞きはしなかったが先程のアリアの様子を見る限りもはや無視していていい感じでは無くなっているように思える。

 だから俺は訊ねた。

 その答え次第でアリアの扱いがどうなるのかが決まる。

 一瞬で張り詰めた空気を感じ取ったアリアはそれまでの緩んでいた表情を改め、一気に鋭い視線を俺へと向けてきた。


「ふむ。気を付けて語らねばならないようだな」


 腕を組み俺を見上げてくるアリアが微笑む。

 それに促されるように俺もまた微笑み返していた。



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