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町を作ろう ♯.5

 頭を下げ懇願する少女という物珍しいものを目の当たりにして即座に俺が出来ることとなど一つなかった。

 何せ自分の置かれた状況というものすらいまいち理解できていないのだ。一拍の間をおいてようやく思考が働きだしたとき、俺の口から出たのは疑問だけ。


「どういうことだ?」


 全てとまでは言わないが、それでもある程度の事情を知っているであろうハルに俺は無意識のうちに詰め寄っていた。


「どういうことだと言われてもな。ユウのとこに申請が届いたんだろ?」

「ああ。その意味が解らないって言ってるんだけど」

「まあ、それは、文字通りの意味だな。俺の時も同じ申請が届いたんだけどさ」

「同じって、ハルはギルドに入って無かったはずだろ?」

「そうなんだよ。っつても俺個人では一応家を持っていたんだぜ」

「ならどうして俺たちをそこに呼ばなかったんッスか。自分の家を持っているならその方が話しやすいと思うんッスけど」

「それはだね。つい先日売ってしまったからさ」

「何でなのよ?」

「うーん、理由はいろいろあるんだけどね。一言でいうなら自分の家を持ってみてやっぱり必要なかったなって。ほら俺は基本的にエリアに出ているからさ。家を買ってから家に帰ったのだって数えるほどだったんだよ。それで維持するのに金を払うのって無駄かなーと思ってさ」


 生粋の戦闘職であるハルがいうと妙な説得力がある気がしてくる。


「ともかく、一度家を持っていたもんだからさ、それでシステム側も俺を土地持ちだと認識したみたいでさ。それで…」

「この娘のクエストが始まったってわけか」

「正確にはクエストじゃないみたいだけどな」

「どういう意味ッスか?」

「今回のこれはクエストというよりももっとシンプルなNPCのお願いごとの範囲らしい。だから受注中のクエスト一覧には追加されなかったし、それにユウの進行中のギルドクエストってやつにも内包されたんじゃないのか?」

「へえ、良く分かったな」

「尤もアリアの話を聞く限りじゃクエストでいいような気がしなくもないんだけど」

「アリア?」

「この娘の名前だよっ」


 フーカがアリアという名の真紅のNPCの少女を抱き寄せながら答えた。


「この娘などではない。妾はそなたらよりもはるかに年上なのだぞ」


 じたばたと動き回り逃げようとするアリアをフーカはしっかりと抱きかかえたまま放さない。

 細腕の少女のように見えても流石は高レベルの戦闘専門職のプレイヤー。筋力を示すパラメータのATKはNPCなんかとは比べ物にならないくらい高いようだ。


「妾はぬいぐるみではないぞ、放せー」

「えー、だってアリアちゃん抱っこすると丁度良いんだよっ。それに良いニオイもするし」

「えーい、鬱陶しい」


 逃げ出すのを諦めたかのように見えたアリアは次の瞬間その瞳の輝きを強くする。そして真紅の髪が燃えるかのように輝いた瞬間、視界を遮るほどの閃光が起こった。


「何ッ」


 警戒も何もしてなかった俺はその閃光をまともに受けてしまう。

 一時的とはいえ視覚を奪うバッドステータスは気を付けて然るべきなのだが、いまさら何を言っても後の祭り。

 機能しない視覚が回復するまでの間にアリアはフーカの腕の中から抜き出て離れた椅子の上へと移動したのが音で想像できた。


「アンタ…アリアだっけか。この力はただの人族じゃないってことだな」

「そもそも妾が人族などとは言った覚えはないぞ」

「…そうか。アンタは魔人族…それもモンスターハーフなんだな。だからリントやアイリを連れてくるようにハルに頼んだんだ」


 時間で言えば数十秒だろうか。それが俺が視覚を回復させるまでに要した時間だった。同様にハルたちも同じ程度の時間で視覚を回復させていた。


「ふむ。そなたは中々に聡いのかもしれぬの」

「ここまで状況が揃っていて解らないほうがどうかしてる」

「そうかそうか」

「ハルも気づいていたなら先に教えておいてくれてもよかったんじゃないか?」

「実際に自分の目で見た方が早いだろ」


 ニヤニヤ笑うハルはそれまでに見せていた疲れ切った表情から一変し、俺がよく知るそれになっている。

 溜め息を吐き出しつつ俺は再び自分の目の前に現れたコンソールに視線を移した。ギルドクエストの項目の一つに追加された居住申請という一文を見つめ思考を巡らすのだった。


「アリアは俺たちがギルドクエストで町を作ろうとしているのを知っているのか?」

「いいや。ハルがそなたならばどうにかしてくれると言っていただけだ」

「ハル?」

「ん? あ、いやな、ユウがギルドを作ったのは知ってたからなにかしら自由にできる土地はあるだろうと思ってな」

「お前、ギルドに入ったこと無いだろ」

「まあな! βの頃からずっと気ままなプレイヤーが信条だ」

「普通ギルドを持ってもそんな広い土地を持つことはないんッスよ」

「そうなのか?」


 リントが訂正した言葉にハルは驚いて見せる。

 俺はその様子から妙な感じを受けて一人首を傾げていた。


「どうかしたの?」


 そんな俺を気遣いライラが声を掛けてくる。


「ハルは俺と違って色々と調べることに抵抗がないように思ってたんだけどさ。ギルドを持つ俺からすれば当たり前のことを知らないなんて変だと思って」

「それはそうねえ。ハルくんにしてみれば全く関係ないことだと思ってたからじゃないかしら」

「でもでも、ユウさんもそう思うよねっ。モンスターの情報なら無駄なことまで知っているハルさんがギルドのことだけは全く知らないのっておかしいよねっ」

「二人の言い方だと敢えて見ないようにしていたって感じだな」


 リントにギルドのことについて尋ねているハルを見ながら俺はライラとフーカと話していた。残されていたアイリはいつの間にかアリアと仲良さげに話をしているようだ。


「二人はどうなんだ? ギルドに入ったりしていないのか?」

「それを聞いちゃう?」

「話したくないなら話さなくてもいいんだぞ」

「別に隠してることじゃないんだけどね。わたしとフーカは前に入っていたギルドを最近抜けたばかりなの」


 困ったように笑いながらライラが告げた。


「前のギルドはね、最初の頃こそ気楽な雰囲気で楽しかったのよ」

「けど、一度ギルドランキングってのに挑戦するってなってから変わったんだ」


 フーカが悲しそうに声のトーンを落として呟いた。


「一度目の挑戦で失敗したのがいけなかったんだ。次のランキングには載ろうと必死になるのは理解できるんだけどさ、それでメンバーに無理気味なノルマが課されるのは意味が分からないよ」

「ノルマが提案された段階でね、ギルドを抜ける人が目立ち始めたの。でも人数が減ればその分ノルマは増えるでしょ。だから日を追うごとにギルドを抜ける人が増えていったわ。そして時間が経つごとにギルドの雰囲気も悪くなっていった」

「あたしたちがギルドを抜けたのもその頃だよ」

「聞いた話じゃわたしたちのいたギルドは今はもう存在はしているだけで機能していないみたいなの」


 ギルドの終わりゆく様をぼんやりと語るライラとフーカの話を聞いて俺は自分のギルドの行く末というものを考えていた。

 いつかは、そういつかは俺のギルドも終わりを迎える。

 それがゲームの終了の時になるのか。それとも俺たちが一人また一人とこのゲームから離れていった時になるのか。

 どちらにしても永遠に存在するものでは無いのは間違いないはずなのだ。


「っと、それよりもだ。ユウ、お前さ、今、町を作ってるって言わなかったか?」


 しんみりしかけた空気を変えるようにハルが明るく聞いてきた。


「ああ。ギルドクエストでやることになったんだ」

「そんなクエストがあるのか?」

「ハルはギルドに興味が無いみたいだからな。知らないのも無理はないさ」


 そうは言ったものの俺だって自分がこのギルドクエストに係わらなければ知り得なかったことだろうとは思う。

 大々的に開催が発表されるイベント事や全てのプレイヤーを対象としたクエストの発表などに比べ、今度のはギルドに入っているプレイヤー、それも三つの条件が満たされたギルドのみが対象とされているクエストなのだ。それに加えて受注期限も達成期限もない長いスパンで進行するクエストの様相を呈するこのギルドクエストはある意味ではいつ開始してもいいとすらされているように思えるものだった。


「あったっ。これだね」


 フーカが調べ出したそれをコンソールに表示させる。それは先程俺も見たこのギルドクエストのことが記された毎日複数の情報が絶えず追加される公式のお知らせページの画像だった。

 コンソールを覗き込むハルとライラがそれを読み込んでいる最中、俺は目の前に来たアリアの顔を正面から見つめ返した。


「どうした?」

「そなたの町は住人が多いのか?」


 やはりアリアは俺に対して縋るような視線を向けてきている。

 切羽詰まっている。そう思わせてくる瞳を持つ少女はその小さな体に一体どんな問題を抱えているというのだろう。


「今は誰も居ない。というよりは町すらできていないんだ」

「どういうことだ?」

「あー、解りやすく言うとだな。土地はある、けど建物も住人もいない。今から作り始める町って感じなんだ」


 俺がそう告げるとアリアはまたも何かを考え込むように黙ってしまった。


「決めた。妾はそなたらを手伝う」


 暫く無言でアリアが何を言うのか待っていたが、告げられたのは意外な提案だった。


「無論ハルたちも手伝うのだぞ」

「俺たちも!?」

「あらあら」

「でも、ユウさんたちが断ったらだめじゃない?」


 フーカの一言でこの場に居る俺以外の全ての視線が俺に集まった。


「ハア、俺が決めるのか」

「ギルドマスターなんだから当然よ!」

「多分、他の皆もユウさんの判断に反対はしないと思うッスよ」


 なんとも熱い信頼だと笑うしかない。

 目を閉じ、一つの決意をする。

 そして次はその決意を言葉にする。


「問題が一つある」

「問題?」

「…って何?」


 ゆっくりと話す俺にハルとフーカが反応する。


「三人が俺のギルドメンバーじゃないってことだ。アリアはNPCだからさっきの申請を受ければ問題ないと思うけど、三人はこのままじゃ部外者扱いのままのはずなんだ。ギルドクエストとなっている以上は協力すると言っても今の段階だと無理の可能性が高いと思う」

「今の段階じゃないと大丈夫なの?」

「そうだな。多分だけど町の基盤が出来てからなら問題ないはずだ。他の町や村との交流を考えればギルドメンバーに限ることはありえないはずだからさ」


 それこそ他のギルド、例えばリタのいる商会ギルドの店舗を俺たちが作った町に置くとなればギルドメンバーに限るという前提条件は意味を成さなくなる。島という土地柄、いつかは確実に他のプレイヤーやNPCとの交流が必要となる俺たちが俺たちだけで出来るのは基礎となる部分を作り上げるまで。

 活気に溢れた人々が暮らす町を理想とするならいずれは自分たちの手を離れる。そう思っておくべきなのだろう。


「だったらわたしたちがユウくんのギルドに入ればいいんじゃないかしら?」


 そう言ってライラが俺にギルド加入申請を送ってきた。俺がそれを承認するかどうか迷っている間にフーカがライラと同じようにギルド加入申請を送ってきた。


「あたしもいいよねっ?」

「わかったよ」


 状況的に断ることなどできやしないと諦め、俺は二つの加入申請を了承した。


「さ、後はハルくんよ」


 ライラが同じようにギルド加入をハルに促すがどういう訳かハルは固まったままその手を動かそうとはしない。


「どうしたの?」

「あ、いや。ユウは突然こんなことになって良かったのかと思ってな…」

「二人も三人も変わらない。それこそ今更ってヤツだ」

「そうか。ならよろしく頼むよ」


 最後にハルが申請を送ってきて、俺がそれを了承する。

 こうしてギルド『黒い梟』に新たなる仲間が三人加わったのだった。



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