町を作ろう ♯.4
「資金については納得したッスけど、これから俺たちはどうするんッスか?」
ヒカルが告げた死蔵していたアイテムの大半を買い取って貰ったという言葉に納得したリントは即座に考えを切り替えてこれからのことについて問いかけて来た。
「うーん、オレはもう少しこの島を探索しておきたいね」
考える素振りを見せる間もなくムラマサが答えた。
ボルテックもムラマサに続き即座に告げる。
「ならば僕はそれに同行するとしよう」
「いいのかい?」
「未踏の地には未知のモンスターがいる可能性があるのだろう? それなら未知のアイテムが手に入る可能性があるということだ。断る理由はないね」
「わかった。他の皆はどうするんだい?」
「……私も一緒に、行く」
「セッカちゃんも!? 珍しいね」
「……この島に興味あるから」
「それなら私は――」
ヒカルが考える人のポーズを取る隣で俺のもとに今朝と同じようにメッセージが届けられた。
ギルドメンバーは勢揃いしているのでこの中の誰かが送ってきたということはない。となれば別の知り合いが送ってきたものになるのだが。
可視化していないコンソールを操作する俺の手が止まる。
そこに記されていた名前はハル。
現実でも親友であり、俺をこの世界に誘った張本人でもある人の名前だった。
人知れず緊張感を増していく俺はそのままハルからのメッセージを読んでいく。
『送り主・ハル
本文・ちょっと手伝ってもらいたいことが出来た。一先ず連絡を返してくれ』
たった一文。それなのにこの一文が気になって仕方ない。
普段は直接フレンド通信をしてくるばかりでメッセージなど送ってこないハルが送ってきたものなのだ。何かが起きたと思って間違いはないだろう。
周りにギルドメンバーがいるにもかかわらず俺はハルにフレンド通信を入れた。
『ユウか。今大丈夫なのか?』
「それは俺の台詞だ。何かあったのか? いや、あったから連絡してきたんだよな」
『あー、まぁ、あったと言えば、あった、かな』
「何だよ随分と歯切れの悪い感じだな」
『その、なんだ。ユウはオルクス大陸にいるって言ってたよな』
「今はグラゴニス大陸に戻ってるけどな」
『そうなのか? いや、それなら好都合…か?』
「どうしたんだよ?」
『一人か?』
「いや。ギルドメンバーと一緒にいる」
『そっか…』
「だから何なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え!」
『困ったことになった』
「それは何となく解ってる」
『ユウの知り合いにオルクス大陸、違うな。魔人族のプレイヤーはいるか?』
「まあ、いるけど。っていうか前に話さなかったか? モンスターハーフの話。その当人たちが今一緒にいるんだけど」
『本当か!? それなら丁度良い。その人たちを連れておれのとこまで来てくれないか?』
「ホント、どうした?」
訝しむ俺は自然と視線をアイリとリントに向けていた。
『頼む。力を貸してくれ!』
見えないがおそらくこの会話している先ではハルが頭を下げているのだろう。そういう所が律儀なヤツなのは俺はよく知っていた。
「それでハルは今どこにいるんだ?」
『グラゴニス大陸にあるウィザースターの宿にいる』
「わかった。直ぐに行くよ。リントとアイリを連れて行けばいいのか?」
『頼めるか?』
「なんとか説得してみせるさ」
ハルとのフレンド通信が切れる。
そして俺はこれからの行動を話し合っている最中の二人に声を掛けた。
「ちょっといいか?」
「はいッス」
「どうしたのよ」
「俺の友達から連絡があったんだけどさ。どうやら何か問題が起こったらしい。俺たちがギルドクエストを始めたばかりなのは解ってる。けど、俺は友達の助けを求める声に応えたい」
真剣な声で話す俺をアイリとリントは真っすぐ見返してくる。
ハルには説得すると断言してみせたが、実際俺は二人を説得させられるような言葉を持ってはいない。だからひたすらに頭を下げるしかないなのだ。
「頼むッ。二人も一緒に来てくれないか?」
奇しくも俺はハルと同じように頼み込んでいた。
俺自身人に頼み事をするということがそう多くは無いことを自覚している。だからこそ突然頭を下げた俺を見て驚く二人、いやこの場に居る俺以外の全員が目を丸くしているの見ずとも感じ取っていた。
「ユウの友達と言うと前に迷宮の中で出会った全身鎧の彼のことかな?」
それぞれお互いの顔を見合わせている仲間たちの中で唯一ムラマサが記憶の中にあるハルを思い出して訊ねてきた。
「ああ、そうだ。リアルでも俺の友達だ」
「ふむ。オレは一緒に行かなくていいのかい?」
「解らない。けどハルが連れてきて欲しいと言っていたのは…」
視線をリントとアイリに向ける。
「彼らにしかない理由があるというわけだね」
「多分な」
「ギルドクエストならば気にしないでくれて構わないさ。ただし何日も離脱することだけは避けて欲しいが」
「わかってる。俺も向こうに掛かりっきりになるつもりはないさ。ただ、俺に助けを求めるほどの状況なんてそれほどないはずなんだ」
これまでハルと別れてから助けを求めてきたことなど数えるくらいしかない。
だからこそ、俺がグラゴニス大陸に戻ってきているこのタイミングでの連絡に何か重大な理由があると思ってしまうのだ。
「だそうだ。どうするんだい? 君たちはユウ君を助けるのかい?」
「ボルテック?」
「その彼がお呼びなのは僕では無いのだろう」
「どうかな。モンスターハーフっていう存在が欲しているのかもしれないぞ」
「ならば尚更、僕ではないよ」
戦闘中、アーツの発動の際に見られる骸骨の腕を有するアイリ。そしてリザードマンという見た目からして普通の魔人族やそれこそトカゲの特徴を持つ獣人族とも違うリントに比べボルテックは普通の人族と外見は大差がない。それ故に俺もまだボルテックがどのような種族なのかはっきりとわかっているわけではないのだ。
リントとアイリの口ぶりからボルテックもモンスターハーフであることは間違いなさそうなのだが。
「俺はユウさんと一緒に行ってもいいッスよ」
「私もリントが行くなら別に一緒に行ってあげてもいいわよ」
「いいのか?」
「別に急いでしなきゃいけないことなんて無いのよね?」
「ああ。今のところはだけどね」
確認するアイリにムラマサが答えた。
「……こっちには私も残るから、大丈夫」
「んーそれなら私はユウと一緒に行きましょうかねー」
「ヒカルも?」
「ユウの友達ってのもじっくり見てみたいですし、それに何か起こりそうなのはやっぱりユウの近くでしょ」
「んぐっ、そう言われるとなんか釈然としないんだけど」
ショックを受ける俺を見てアイリとリントが笑う。
なんにしてもこれでハルの望みは叶えられるはずだ。
「わかった。一緒に行こう。アイリ。リント。ヒカル」
「はいッス」
「わかったわ」
「勿論です」
グラゴニス大陸にある町、ウィザースターへと戻るメンバーが決まった。
どうせならと三人とパーティを組み、俺たちは元のギルドホームに戻ろうと野晒しに設置されている転送ポータルを起動させた。
淡い光に包まれてギルドホームのポータルの置かれている部屋に戻ってきた俺たちはそのままウィザースターへと転移する。
一瞬の間にウィザースターのギルド会館内に置かれた転送ポータルの間に出た俺たちはそのまま会館の外へと出て、街道に出た。
「島にもせめてポータルを置いていける施設くらいは建てないといけないかもなぁ」
独り言のように呟くそれに反応を返してくれる人はいない。
雑踏の喧騒にかき消された俺の言葉は虚しく消えた。
その代わりとでもいうのだろうか。俺たちを見て何か呟く不特定多数のプレイヤーの声が聞こえてきた。
「何だ?」
「多分俺のせいッス」
「リントの?」
「俺は見ての通りの外見ッスから、オルクス大陸に居ても目立ってしまうことはそう珍しいことじゃないんッスよ」
「まったく。だからあれほどその姿にするのは止めておきなさいって言ったのに」
「竜人は男の浪漫ッスよ。そうッスよねユウさん」
「や、俺に同意を求められても」
がくりと肩を落とすリントを余所に俺はハルから送られてきた現在地を示すマップを映した画像が添付されてきたメッセージを開く。
そこにあったのは人の多い表通りではなくウィザースターにある一般的な建物が並ぶ裏路地。どことなく懐かしく感じるそれは俺がこの町で自分の工房を持っていたのと同じ通りだからなのだろう。
手元に出現させたマップとメッセージに添付されてきた画像を照らし合わせながら俺たちはウィザースターの町を歩く。
程なくして目的の家屋が見えてきた。
俺が持っていた工房と外見は一緒だが、おそらくその内装は全く違っているのだろう。
以前に俺が工房を持つとき買うかそれとも借りるかという選択に迫られた。あの時の俺は自分が自由にできる場所を欲し購入することを決めたのだが、生産職でもなく一つの町に拠点を置く必要がないハルは買うのではなく借りるを選択したのだろう。当然のようにこの建物は借り物であるはずだ。
「ここであってるよな…」
メッセージを送って確認することも出来たのだが、それよりも早いと俺は扉をノックした。
ガチャリと音を立てて開かれた扉から顔を覗かせたのはここに居るとは思っていなかった懐かしい顔。
「驚いた。ライラもここにいたのか?」
「ユウくん。来てくれたのね」
青いローブを纏うライラが嬉しそうに顔を綻ばせる。
生産職の性なのだろう。俺はライラの使っている武器と防具に注目してしまう。防具として真っ先に目に入ってくる青いローブには金色の糸を使った刺繍が施されている。この糸だって普通の金糸などではないはずだ。なにかしらの能力を持った糸が使われ防具に何らかの追加効果をもたらしているはずなのだ。
ライラが使っている武器である木製の杖も俺が知るそれとは大きく形を変えていた。鳥の翼を模した杖の至るところにある金属製の装飾はそれぞれが杖の持つ性能を引き上げているようだ。
「ハルは…奥か?」
「ええ。直ぐに案内するわ。後ろの人たちも一緒に入って」
ライラに案内されるがまま俺たちは扉を潜り家屋の中へと入る。
四人全員が家屋の中に入ったその瞬間、扉が独りでに閉まり、鍵もまた自動で掛けられていた。
「奥の部屋よ」
そう言って歩くライラに続いて進むと程なくして奥の部屋、おそらくは客室であろうそこに続く扉が見えてきた。
ライラが扉のドアノブに手を掛け開くとその先には部屋の大半を占めるソファに浅く座り疲れた顔を浮かべているハルが居た。
「おお、早かったな」
力なく手を挙げそう告げるハルに俺は同様に軽く手を振った。
「先に紹介しておくよ。こっちのリザードマンがリントでその隣にいるのがアイリ、二人ともモンスターハーフだ。それでこいつがヒカル。三人とも俺のギルドのメンバーだ」
「おう。俺はハル。ユウの友達だ」
「わたしはライラ。ユウくんとは前に一緒にクエストをしたのよ。よろしくね」
「はい、よろしくッス」
「よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
ハルの装備は以前にリタが作った鎧を強化して使っているようで、所々差異は見られるもののデザインとしてはあまり変わった様子はない。もちろんこの多少の差異が性能という一点に置いて多大な違いを生み出しているはずなのは明白だが。
武器としているハルバード、戦斧は今、壁に建て掛けられている。これこそ俺の知るそれとは形を大きく変化させ、鋭さの際立つ刀身に力強さを感じさせる装飾が施されている石突きが目立つ仕上がりになっていた。
「で、俺たちを呼んだのはどういう理由なんだ?」
「ええ!? まさか知らずにここまで来たんッスか」
「ああ。詳しい説明はまだされていないな」
「なんていうか、ユウって随分とお人好しよね」
呆れたと言わんばかりに俺をからかうような視線を向けてくるアイリを無視して話を続けようと口を開きかけた途端、今度はライラが楽しそうに小さく呟いた。
「ユウくんは変わらないのね」
「そうなんですか?」
「そうよ。前に一緒に挑戦したクエストっていうのだってハルくんが無理矢理ユウくんを巻き込んだようなものだもの」
「それでも全力で協力してくれたんでしょ?」
「ああ。ユウの人の好さは現実でも変わらないさ。まあ本人は認めないだろうがな」
片目を瞑り、もう一方の目で俺を見てくるハルの顔は明らかに笑いを堪えている顔だ。
「いいから。俺たちを呼んだ理由を話してくれ」
生暖かく、俺にとっては居心地の悪い空気を振り払う為に声を張って問い掛ける。
するとハルがおもむろに立ち上がり、一瞬だけ真剣な目をしてみせた。
「この奥の部屋だ」
理由も告げず、ハルが客室から奥の部屋へと続く扉を示す。
「奥に何があるんだ?」
「直接見て貰った方が早いはずだ」
そう言ってハルバードを担ぎ歩き出したハルは数歩移動して奥の部屋へと続く扉を開いた。
扉の向こうに見えたのはキッチン。それもその場で食べる用のテーブルまでもが併設されている、ダイニングキッチンと呼ばれるそれだった。
このウィザースターにある建物は購入すれば内装をある程度自由に変更することができる。当然それにはそれなりの額のお金が必要になるのだが、借りた場合は変更できない仕様のようだ。でなければ玄関と客室、それからキッチンを一つ繋ぎにするメリットは無いはずなのだ。客室とは本来あまり使われない部屋であり、借りた人が使うのはリビングなどの部屋。それらの部屋と隣接してキッチンがあるのは珍しくは無いが客室と隣接して作られているのは稀だと思う。
実際問題、俺が使っていたこの町の工房は奥に工房、その隣に私室が一つ。そしてキッチンなどの部屋というような間取りだった。
「あれ? もしかしてユウさん?」
「フーカか。久しぶりだな」
「うんっ。久しぶりっ。どうしてここにって聞くまでもないのかな?」
「そうだな。俺がいるのはそこのハルに呼び出されたからだ」
懐かしい人物であるフーカとの会話に花を咲かせる最中、俺はやはりその纏っている装備品に目が行ってしまう。
フーカの纏う防具は淡い色合いをした長袖シャツの上から胸と肩、それと腕の関節など要所要所のみが覆われた金属製のプロテクターのような鎧を纏い、腰にはシンプルなデザインの片手用の直剣が鞘に収められて腰から提げられている。直剣はシンプルだがそれに反比例するように鞘には金と銀それに緑色の色付けされた金属を使い紋様が刻まれていた。
直剣自体は耐久度を高めるためにあえて余計な装飾は施していないのだろう。それを補うために装備している鞘の方に特殊な効果を発動させるための文様が刻まれている、と。自分の剣銃が収められているホルダーは使い勝手重視であまり手を入れてこなかったが思い返せばホルダーも装備品の一部なのだ。なんらかの強化を施すというのもいいアイディアなのかもしれない。俺は密かに今度時間を見つけて試してみようと心に決めていた。
フーカの下半身の装備は上半身よりも遥かにシンプルだ。膝上までのショートパンツに膝下までのロングブーツ。このどちらもが革製で出来ており、フーカの選んでいる装備品は全て動きやすさを重視した装備であることを象徴して物語っているかのようだ。
「で、何度も聞くが俺を呼んだ理由ってのは何なんだ? まさか懐かしい二人に会わせようとしただけ、なんてことはないよ、な…」
ハルにそう問いかけたすぐ後に俺はこのキッチン内にいるもう一つの人影に気が付いた。
その人影はわざと俺の目に入らないように棚の陰に隠れているようだ。
「その娘が俺を呼んだ理由なのか?」
思わず俺はそう問いかけていた。
隠れている人影は小さく、自分で身長の低いキャラを作ったと言っていたヒカルと大差ない。寧ろ人影の方が数センチだけ低いようにも見える。
しかし何より目を引いたのはその髪と瞳の色。夕陽をさらに赤くしたような、それこそ真紅という言葉がぴったりな色をしているのだ。
真紅の髪は癖一つないストレートで腰近くまで伸ばされており、瞳も大きくまるで大粒の宝石かと思うくらいの輝きが宿っているかのよう。
さらには着ている服装も俺たちとは違う。
赤が映える為なのだろうか。夜のように黒い布で作られたドレスは明らかに手の込んだ細工が施されている。その細工に用いられているのも多分、本物の金糸と銀糸なのだろう。それは俺たちプレイヤーが追加効果を得るために使用するものでは無く、純粋にドレスの装飾として付加価値を高めるためだけに使われているように思えた。
「のう、ハルや。その者たちが妾を助けるという者たちなのか」
子供のような見た目に反して驚くほど落ち着いた話し方をする少女がハルに問いかけた。
「その通り。彼らこそが貴女を助けるための力を持つ人たちさ」
「ふむ」
きっぱりと答えるハルに少女は納得したかのように頷いている。
「では妾からも頼む。どうか妾たちを助けてはくれないか?」
淑女のように綽々とお辞儀をする少女に俺は、俺たちは揃って目を丸くする。
そして次の瞬間俺たちが進行しているギルドクエストに一つの項目が足されたと、自動的に出現したコンソールの画面に表示された。
そこにあったのは『あなたのギルドが所有する区画に対して居住申請が来ています。許可しますか?』という咄嗟には理解できない代物だった。