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町を作ろう ♯.3

 視界の全てを埋め尽くすかのような雄大な自然が眼前に広がっている。

 これで南国特有の植物が見えてきたり、ジャングルなどの映像資料でよく耳にする動物や鳥の鳴き声が聞こえてきたりすれば、ここは正に秘境だといえるのだ。

 しかしあるのは日本のどこにでもあるような針葉樹や四季折々にその葉の色を変える木々ばかり。動物の鳴き声といっても聞こえてくるのは聞き慣れた鳥型モンスターの鳴き声のみ。

 そもそも人の手が入らずに成長してきた木々の身長が高すぎてここが島であるということすら忘れそうになってしまう。


「ここは本当に島なのか?」

「転送で来たから実感ないッスよね」

「それにこんな木が生えているのに熱くないのも変よね」


 俺とリントとアイリがそれぞれに抱いた感想を口に出し、その後ろではボルテックが色々と興味深いというように静かに辺りを覗っている。

 そんな俺たちを見守るムラマサたちはどこか懐かしいものを見るかのような眼差しを向けてきた。


「何だよ…」

「ここに初めて来たときに抱く感想は皆が似ているものなのだと思ってね」

「ってことはムラマサたちも驚いたってわけなんだな」

「……当然」

「私が想像していた島っていうのはこういうものじゃなかったものですうから」

「ヒカルはどういうものを想像してたんだよ」

「……南国リゾート」

「そ、そうか」


 セッカの一言に俺は次に言おうとしていた言葉を失い、ただ頷くことしかできなかった。


「さて。ついて来てくれるかい? この先がオレたちの活動の中心となる、そうだね。拠点とでも呼ぶべき場所があるのさ」


 そう言って歩き出したムラマサに続いて俺たちも歩き出した。

 道なき道とでも言うべきか、先を行くムラマサが草木を踏みつけて道を作り、その跡を俺たちが進む。俗に言う獣道を進んだ先に見えてきたのは建物も何もない、それこそ俺の持つテントなんかが設置されている訳でもない、ただ開けているだけの空間だった。

 それまで歩いてきた道とは違いこの空間の地面に生えている草は短く切り揃えられており、どこかの公園の芝生を彷彿とさせる。


「それにしても…何も無いのね」

「ここに何かを作るのはこれからだということさ」


 いったい俺たちのギルドホームがどれくらい収まるのか、想像もできないほど広大なこの場所は確かに何かのコミュニティを作るのには適しているように感じられた。


「あー、確認だけど俺たちはここで何を作るんだ?」


 そもそもくじ引きによって割り振られたのが島だということ自体が他の同種クエストに参加しているプレイヤーたちとは違うのだ。島と聞いて漠然とどこかの離島を想像していた俺はこんなにも自然溢れる場所だとは思ってなかった。

 せめて人が暮らしていた形跡が残っていれば、それを基礎にして町や村を復興させることも可能だと思っていたのだが。


「それをここで決めようと思っているのさ」

「え!? まだ決めてなかったんッスか?」

「オレたちがこの島に来たのはつい昨日の事なんだ」

「……一日じゃ島を回り切ることができなかった」

「この島もそれなりに広いですし、モンスターが出てこないのもさっき歩いてきた道くらいですからねー」

「モンスターがいるのか!?」


 しみじみというセッカとヒカルの言葉に俺は思わず聞いていた。


「そりゃあ、いますよ」

「……といってもそんなに珍しいのはいなかった。グラゴニス大陸で出てくる一般的なモンスターばっかり」


 てっきり声がするだけで実際にはモンスターはいないものと思っていた俺はヒカルとセッカの返答に驚きを隠せないでいたが、それでも珍しいモンスターはいないという一言に興味は即座に消えてしまっていた。


「気になるのなら後で確認してみるといいさ。そっちの三人はオルクス大陸メインで活動しているのだから多少は珍しいかもしれないぞ」

「そうッスね」

「別に私はどっちでもいいわよ」


 意見を求めるかのような視線を送るリントにアイリは素気の無い返事を告げた。


「僕もどちらでもいいかな。君たちが珍しくないというのならばその素材は既に市場に出ているものばかりということだろう?」

「……そう」

「それなら、わざわざ確かめるまでもないね。未確認のモンスターが出た場合は積極的に確かめたいものだけど」

「それはオレも同感だ」

「ふむ。この島でまだ足を踏み入れていない場所は残っているのかな?」

「勿論さ。昨日はここを探すことを目的にしていたからね。本格的な探索はまだしていないよ」

「ならばいずれすることもあるだろう。ここにコミュニティを作るのならば尚更ね」


 ボルテックとムラマサの間で何やら意見が一致したようだが、二人がそれを言葉に出すことは無かった。


「それでここに何を作るか、ですけど…」

「ああ。オレは小規模な村ではなくて他の町や国との交易を考えて、国とまではいかないがある程度の規模を持つ中規模な町を作った方がいいと思っているんだ」

「町ッスか?」

「……そう」

「私たちが三人で考えた結果その方がいいってことになったんですけど、ユウたちはどう思います?」

「俺は…」


 村ではなく町という意見に対してはあまり思う所はない。

 実際そこに住むことになるNPCやプレイヤーはあらかじめどの程度かと予測できるものでは無いし、そもそもこの島が俺たちの活動の拠点となるかどうかすら不明なのだ。作ったからには放置するつもりはないが、正直ずっとこの島に係わり続けていられるかは自信がない。最終的には信頼のおけるNPCに運営を任し、俺たちはこの島の運営にあまり口を出すべきではないとすら思っているのだ。

 それも島の運営が軌道に乗った後のこと。

 まずは自分たちの手でこの島にコミュニティを作り出すことから始めなければならない。


「ん? あれ? また確認したいんだけどさ」

「なんだい?」

「もしかして、このギルドクエストってさ、もう始まってる?」

「そうなのっ!?」

「えっ、二人とも気付いてなかったんッスか」

「リントは気付いてたの!?」

「あ、いや。さっきムラマサさんたちの話を聞いて、クエストはもう始まっているものとばかり思ってたんッスけど……違うんッスか?」

「……違わない。だから早く決めるべき」


 何となく感じていた俺とムラマサたちの温度の差の正体がようやく理解できた。


「皆は村の規模では足りないって思ってるんだよな?」

「足りないというよりもこの島の全体に比べると居住区画の割合が少なすぎると思っているのさ」


 ムラマサがまたもコンソールを出現させる。コンソールにはこの島の全体が載っているマップが表示されており、この島は綺麗な楕円形をしているのが確認できた。

 マップに触れながらムラマサは説明を始める。


「オレたちがいるのはだいたいこの辺り。まだ探索していないのが島の北側だから、この辺だね」

「ってことは居住区画にするのは安全が確認されているここか?」

「それよりはもう少し広げたいかな」


 俺が指で囲んだのは島の南側の半分近い面積。それだけでも十分に広いと考えていたのにムラマサは足りないと当たり前に言ってのけた。


「少なくとも島の沿岸に続く道と奥のモンスターが出現する道を整備する必要があるはずさ」

「だから村じゃなくて町、それも中規模な町、ってわけか」

「嫌かい?」

「いいや。ムラマサの言いたいことは理解できるよ。それに…どうせやってみるならそっちの方が面白そうってこともな」

「……それじゃあ」

「ああ。ここに町を作ってみよう。リントたちもそれでいいか?」

「ユウさんがそう決めたなら俺はそれでいいッスけど、何か随分としっかりとしたのを作るつもりなんッスね」

「それは、どうせ作るならというやつさ」


 どんなに難しくても作るという一点においては同じこと。ムラマサが言いたいのはそういうことのようだ。


「で、方法は考えてあるのか?」

「一緒に考えてくれると助かるね」

「ああ。わかったよ」


 島に町を作る。

 言うのは簡単でも実際にはどこから手を付けていいかすら解らない、未知の領域のクエストだ。

 それでもやると決めたからには全力を尽くす。そう思った矢先、俺の手元にコンソールが出現しギルドクエストの進行状況が変化した旨を知らせてきた。


「なんて書いてあるんです?」

「ああ『この島を正式に俺たちのギルドが所有するエリアとして認定する』だとさ」


 ヒカルの質問に答えた俺を見てリントが何とも言えない表情になった。


「どうかしたか?」

「なんていうか……」


 言葉を選んでいる。そう感じさせるほどリントは慎重に一言一言を選んでいるように見える。

 俺はリントが言いたいことを選び終えるまでじっと待つことを決めた。


「その……」

「何よ、気持ち悪いわね。言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ」


 言い淀むリントに対してキツイ物言いをするのは実の姉であるアイリ。

 二人の関係性を知らないヒカルとセッカは驚いたように目を丸くし、ムラマサは俺に大丈夫なのかという視線を向けてきた。

 言葉には出さずに頷く。

 今となってはこの二人のやり取りも見慣れたモノで、アイリの言葉遣いも気を許している相手だからこそだということを理解している。ムラマサたちにその説明をする暇は無いが、それでも他の二人が動揺していないのを見てある程度リントとアイリの関係性を察したのだろう。

 それほど時間を要さずにヒカルたちの目から心配する気配が消えた。


「気を使わなくても構わないよ」


 ムラマサがリントに告げる。

 するとリントは意を決したように溜め込んでいた思いを話し始めた。


「そうッスか。それなら言わせてもらうッスけど、ユウさんたちのギルドはおかしいッスよ!」

「……どこが?」

「どこって、何から何までッスよ。ギルドメンバーの数が少ない割に施設は異常なほど充実してるのも妙な話ッス」

「そう言えば、そうよね。普通ギルドホームがあれば良い方なのに他に二つ拠点を持ってるなんて…」

「後はギルドポータルを持っているのも変ッス」

「あれはなあ、通常とは違うやり方で手に入れたようなもんだからな」


 思い起こされるのはヴォルフ大陸でのPVP大会とその顛末。

 ローズニクスに報酬として貰ったのが俺たちが所有するギルドポータルなのだ。あの時は制限があると言われていたが、今のところ問題はなく運用できている。

 リントたちにその時のことを語る最中思い出されるその制限というものがこの島と外界を結ぶポータルとして事足りるかどうかということに疑問が生まれた。

 俺は生じた疑問をムラマサに問いかけてみることにした。


「ポータルの制限って憶えているか? アレはまだ有効だと思うか?」

「有効なのは間違いないはずさ。ああ、なるほどね。ユウの言いたいことがわかったよ。この島でもその転送ポータルが使えるかどうかということだね」

「まあな。俺たちはポータルを使ってここに来ることは出来たけど、他の人となるとどうなのかと思ってな」

「おそらくは使えないはずさ。まあこの島に来るプレイヤー全員がオレたちのギルドに所属しているなら話は別だろうけど」

「……そんなこと、ありえない」

「というか、絶対に無理ですよね」

「だからこそこの島で本格的に外と交易を持つためにはちゃんとした転送ポータルを手に入れる必要があるということになる。ユウが懸念しているのはそういうことなのだろう?」

「ああ」


 島という特質上ここに外から来ようとすればなんらかの手段を用いる必要がある。プレイヤーとしての感覚で言えば最も一般的なのが転送ポータル、もしくは移動に時間が掛かるが船なんかがその手段に該当する。

 しかし最初こそ物珍しさで訪れる人がいたとしても、この島に作ろうとしている町の施設を永続して使おうとするならば一々そんな時間のかかる移動を強いられている場所を選ぶだろうか。効果の高いアイテムや、腕のいい生産職のプレイヤーが常駐したとしてもそれだけで他よりも優先させる決定打にはならないはず。

 何らかの措置を講じなければならない事項の一つが増えてしまった。


「あの、まだいいッスか?」

「他にも何かあるのかい?」

「俺からすればこれが一番気になってることなんッスけど、どうやって活動資金を貯めてるんッスか? どう考えてもこのギルドにそんな収入があるとは思えないんッスけど」

「まあ、それは俺も気になるな」

「ユウさんも知らないんッスか!?」

「あ、いや、戦闘で各自が得たお金の一部はギルドの金庫に貯められる設定にはしてるけどさ、元々俺のギルドは資金難続きだったんだ。そういう意味じゃ資金に余裕が出てきたのも最近だよな?」

「……そう」

「ヒカルたちがギルドショップを作ろうとしてたのも資金集めの一環なんじゃなかったっけ」

「理由の半分はそうですけど、もう半分はユウの作ったアイテムがギルド倉庫を圧迫し始めたからですよ」


 ヒカルの言葉の前半には頷くが、後半は聞こえなかったフリをする。

 そんな俺を見てムラマサが助け舟を出してくれた。


「まあそう言うもんじゃないよ、ヒカル。最近の活動資金の源はその倉庫を圧迫していたアイテムが主なんだからさ」

「どういう意味だ? ギルドショップを作るのは諦めたんじゃないのか?」

「……実は」

「このギルドクエストを進めるにあたって倉庫の中のアイテムの大半をリタさんの所に買い取って貰ったんです」


 それから詳しく話を聞くと、どうやらリタの所属するグラゴニス大陸の商会ギルドもまた同じクエストを始めたらしい。その際にパイルが引き当てたのは小さな村で彼らの計画ではそこを農村にするつもりのようだ。言うなれば俺のギルドホームやログハウスにある庭をもっと商業的にしたものだろうか。それを作るにあたって俺たちが余らせていた様々なアイテム、特に効果の低いポーションなんかは農家NPCに分け与えるのに都合が良かったらしい。

 リタたちはアイテムを作る手間が省け、俺たちは纏まった資金が手に入る。

 双方納得した取引だったようだが、それにしてもあの死蔵されていたアイテムの大半となれば決して低い額の取引ではないはずだ。それすら簡単に行えるのだとすれば、リタたちのギルドは順調に拡大を続けているようだ。


「ってなわけで、このギルドクエストに使える資金はそれなりにあるんです」

「尤も、新しく転送ポータルを購入するまでの余裕は無さそうなのだけどね」


 結局のところ資金は足りていない。

 それを補うための何かもまた俺たちが自分の手で探し出さなければならないということのようだ。




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