幕間 ~勧誘と第三の拠点~
リントとアイリとボルテックの三人が平和そうにテーブルを囲んでいる。
このような光景を目の当たりにしようとは、正直考えてもみなかった。
「あー、それで俺を呼び出した理由は一体何なんだ?」
この日の俺はオルクス大陸の街をクロスケを使って様々な所に出向き剣銃の強化素材である魔血石と魔血晶を買い集めようと思っていたのだ。
それを無理矢理止めてまで呼びつけたのには何らかの理由がある。
そう思ってきたのだが。
「ったく、いい加減話してくれないか」
ログインして割と直ぐにアイリとリントと合流したの後にどういう訳か再開したボルテックの店にまで行こうと言われ、さらには店の中に置かれたテーブルに案内されあれやこれやと食べ物や飲み物を勧められているというわけだ。
他愛もない話題すらなく、ただ漠然と飲み食いしているだけの状況に業を煮やした俺は同じテーブルについている三人を問い詰めようと口火を切ったのだった。
「何か話し辛いことがあるのは何となく伝わってきたから、敢えて聞く。それは何だ? もしかしてまた高難度のクエストを受けてどうしようも無くなったとかなのか?」
「違うッス」
「それなら、またアイリが何かしでかしたとか?」
「違うわよ。ってかまたって何よ、またって」
「だったら……」
「聞いてないっ!?」
「ああ、違うんだ。ユウ君に頼みたいことがあってね」
衝撃を受けたとリアクションを見せるアイリは最初にあったころに比べて随分と打ち解けたものだと、我ながら思う。それでも隣にリントがいるからリラックスできているのだとしたら、やはり弟離れはもう少し先になりそうだとも。
「そんなことはわかってるさ。だからどんな頼みごとがあるのか教えてくれっていってるんだ。俺だってなあ、みんなが話してくれないとどうすることもできないんだぞ」
「えっと…その……」
遂に話し出すかと思いアイリを見たものの、結局は言い淀んでしまい一向に話が進む気配は無い。
仕方ないとアイリから話を聞き出すことは諦め、代わりに、
「リント、お前が説明してくれ」
俺はこの三人の中で唯一の常識人だと思っているリントに聞くことにした。
「俺ッスか?」
「ああ。頼む」
ボルテックもそれなりに常識人ではあると思うのだがこの二人の前だといかんせん妙なキャラクターを演じてしまうらしく、どことなく人をおちょくった話し方になってしまうと言っていた。
ボルテックが躍起になって隠していることもいい加減二人にバラしても問題ないとも思うのだが――実際リントにはバレてるし――それに一応リントが言うにはボルテックも話そうとしているらしいが、それも変なタイミングの悪さと本人の煮え切らない態度のせいで全てを打ち明けるまでには至っていないようだ。
などと一人ぼんやりと考えているとリントが勢いよく頭をテーブルに擦りつける寸前まで下げた。
「まず確認なんッスけど、ユウさんはギルマスなんッスよね?」
「あ、ああ、そうだ」
「お願いがあるッス。俺たちをユウさんのギルドに入れてくれないッスか?」
恐る恐るという様相で上げた顔には幾許かの緊張が滲み出ている。
「姉ちゃんとボルテックさんと話し合ったんッスけど、そろそろ俺たちもどこかのギルドに入ってもいいんじゃないかってことになったんッス」
「へえ、まあそれはリントたちの自由だけどさ、それが何で俺のトコなんだ?」
「俺がどうせ入るなら知らない人のギルドよりも知っている人のいるギルドの方がいいって言ったんッス」
「だから俺のギルドってわけか」
「はいッス」
「それはアンタも同じ意見なのか?」
きっぱりと言い切るリントと俺の様子を注意深く窺っているボルテックに問いかける。
ここで明確な意思を見せていないのはボルテックだけ。アイリは先程言い淀んでいたことからもリントと同意見と考えて問題ないはずだ。
「最近またこの辺りでもギルドの勧誘が頻発していてね。僕たちはまずそれを回避したいと思っているのさ」
「回避するだけならって――まあ俺がクドクド言っても仕方ないか」
自分がギルドを作るきっかけの一つが勧誘からの回避だったことを思い出すと三人のこの意見もあながち無視できないことのように思える。
「僕たちは氷山鉱解放クエストのクリア人数に含まれているからね。どうしても前より目立ってしまうのさ」
「ってことは遂に規定人数に達したってことか」
「知らなかったのかい?」
「いや、知ってた」
「それでもクエストの発見から考えれば遅いくらいなのだけどね」
「まあな」
俺がアイリとリントにボルテックの店に案内されてくるまでの間。もっと言えば俺が二人と合流するまでの僅かな間にも二人が知らないプレイヤーに何かと声を掛けられているのを見たが、それが何なのか聞くことは無かった。
俺の知らない付き合いが二人にあるのは普通のことだし、わざわざ詮索するまでも無いと思っていたからだ。
しかしその実状が勧誘だったとは。それでアイリが辟易した表情をしていたのにも納得がいった。
「何がともあれ僕たちの名は広く売れてしまった。この状況が一過性のものなら大して気にはしないのだけどね、こうも連日連夜勧誘が続くとどうしても嫌になってくるというものさ」
「成る程な」
確かにあのクエストを突破したプレイヤーが何処のギルドにも所属していないとなればギルドの戦力強化を計る人たちにとっては格好の人材となってしまうというわけだ。
理解のある人ならば一度断ればそれで納得してくれるのだろうが、そうでは無いギルドも存在する。過剰且つ強引な勧誘が来ることも無いとは言い切れない。幸い今までは強引な勧誘にはあっていないようだが、それが続く保証は何もない。手を打つならば今ということなのだろう。
「でもな、俺の所のギルドは目立った活動をしているわけじゃないぞ。そもそも俺がギルドを作ったのだってギルドホームが目的みたいなものだし」
「だから良いのよ。活動のノルマがあるようなギルドは疲れるもの」
「リントもそうなのか?」
「俺は正直この勧誘を避けられられればなんでもいいんッス。それにユウさんのとこなら俺の姿も大して目立たないかなって」
「僕としてはここのような店を自由にやらせてくれれば文句はないのだけど」
「店…か」
三人の思惑はだいたい聞かせてもらった。
となれば結論を出すのは俺の役目であり仕事という訳だ。
「一応、他のメンバーにも聞いてみないといけないんだけど…」
多分首を横に振る者はいないと思う。けれどそのことは敢えて口には出さずにいた。来るもの拒まずとはいっても誰でもどんと来いというわけでもないし、元より限られた人数で自分たちが好き勝手活動するためのギルドなのだ。簡単に入れると知られて誰彼構わずギルドに入れてくれと来るのは迷惑でしかない。
ギルドの仲間たちが大して拒まないと知りつつも、いきなりギルドホームに知らない顔を連れて行ってしまっては驚かせてしまうだろう。
俺の口から三人の簡単な人となりを伝えておく必要はあるはずだ。
「わかったッス」
俺はギルドの仲間たちに向けて同じ内容のメッセージを送った。
ギルドに入りたいと言っているプレイヤーがいることとその理由。そして俺が彼らに抱いた印象。
フレンド欄を見る限りログインしてきているのは間違いなく、おそらく今はギルドショップ開設の為に走り回っているはずだ。
「お、返信早いな」
テーブルについて先程のメッセージの返事を待っていると殊の外早くそれは帰ってきた。それも三人ほぼ同時にだ。
「ねえ、なんて書いてあるの?」
「ちょっと待て、今見てるから」
一つ一つ送られてきたメッセージの内容を確認していく。
まずはヒカル。長々としたこの文章をどうやってこの短時間に書いたのか解らないが要約すればヒカルは新しい仲間は歓迎しますとあった。続いてセッカは『問題ない』とだけ短く簡潔に送ってきた。
「…ん?」
中でも俺が気になったのはムラマサから送られてきたメッセージだった。
「どうかしたんッスか?」
「いや、これは直接聞いた方がいいな。悪いけどちょっと席を外してもいいか?」
「構わないよ」
「良いけど…」
「悪いな」
俺は一人、早足でボルテックの店から出て行った。
そして店の外に出るや否やコンソールを操作してムラマサにフレンド通信を入れたのだった。
『ユウか。どうかしたのかい?』
聞き慣れた声がする。
「どうかしたのかじゃないよ。さっき送ったメッセージなんだけどさ、ヒカルとセッカのは何となく分かったんだけどムラマサが送ってきた分だけがよく解らなくて」
『そうかい? そんなに難しいことを書いたつもりはないのだけどね』
「ん、まあ、書いてあることは解るんだけどさ。それが何で『是が非でも逃がすな』になるんだよ」
『文字通りの意味さ』
「だからそれが解らないんだって」
『オレ達がしていることは解っているよな』
「ああ。ギルドショップの開設だろ? それなら俺は特に口を出すつもりはないから好きに作ってくれていいって言わなかったか。ああ、それからこっちに来てみて思ったんだけどさ、ギルドショップに置ける商品が増えるかもしれないぞ」
やはりそれまで足を踏み入れてはこなかった大陸。新しい素材が山のように存在し、それを使って生産すればそれまでに作れなかった物も作れるようになる予感はある。
実際にまだ種類は少ないがそれまで作れなかったアイテムやそれまでの上位互換とでもいうようなアイテムの製作には成功していた。完全上位互換といかなかったのは単純に使用する素材を変えただけでは出来ないことというだけなのだろう。
正直に言うと手を貸さないと言っておきながら頭の隅にはギルドショップのことが存在し続け、ついついそれに利用出来そうなものに目がいってしまっていた。
開設できたは良いが商品が何もないなんてことにはならないようにと思ってしまうのは少しも変なことではないはずだ。
そう思って言ったことだったというのに、不意の静寂が生じてしまっていた。
「どうした?」
『いや。それは有り難い話なのだけど…』
「けど何だよ」
『いや、それははこっちで何とかしてみせるさ。気にしないでくれ』
「ムラマサがそう言うなら別にいいけどさ。それよりもさっきのはどういう意味なのかって聞いてるんだよ」
『ユウのメッセージにあったボルテックというプレイヤーは自分で店を運営してきた経歴があって、今後もそれを続けたいと言っているのだよね』
「ああ。そう聞いてるけど」
『ならばオレ達にとっては願っても無い人材だというわけさ』
「はあ?」
『珍しく理解が遅いね。残念ながらオレ達の中で店を運営してきた経験を持つ人はいない。最初はそれでもいいと思っていたのだけどさ。こう色々とことを進めていくとやはりある程度の経験がある人が仲間になってくれるのは心強いというものなのさ』
ムラマサの気持ちは解らなくもない。寧ろ普通なことのようにも思える。
今回、氷山鉱という未踏の地に足を踏み入れることになった時、曲がりなりにも内部を知っているボルテックの存在には助けられた。それは後に合流したリントにも同様のことが言えたのだ。一度敗走したとはいえレッド・ムシャとの戦闘経験を持つ彼の知識は自分たちの戦闘を組み立てるのに大いに役に立ったものだ。
ギルドショップと個人の店とでは多少違う所もあるのだろうが、それでも全くの未経験者からのスタートに比べると何倍もマシだと思っているのだろう。
『それに…』
「それに、なんだよ?」
『いいや、何でもないさ。気にしないでくれ』
ムラマサが言おうとしていることは気になるが、いずれ話してくれることもあるだろうと今は追及することなく結論を問う。
「とりあえず、ムラマサは三人のギルド加入に反対ってわけじゃないんだな」
『勿論さ。今度オレ達にも紹介してくれるかい?』
「ああ、そっちに戻ったら直ぐにでもするつもりだ」
『だったら、一つ頼みを聞いてくれるかい?』
「頼み?」
『ああ。オルクス大陸にもギルドポータルで往復できる拠点を作っておいて欲しいんだ』
「拠点って、そんなお金あるのか?」
『前にヒカル達が話していただろう。リタにユウが作って使わずに余っているアクセサリを売っておいてもらうと』
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」
『そこで得た資金を使ってくれて構わない。それにギルドショップを開くために用意した資金の中からも』
「いいのか? ムラマサたちに必要なお金じゃないのか?」
『全額使わなければ大丈夫さ。尤も無駄に豪華絢爛な拠点を建てなければそうそう使い尽くすわけじゃないだろうけどね』
「そりゃあ、な」
『新しくギルドメンバーに加わる三人と見てくるといいさ。主に使うのはその三人になるはずだからね』
「まあ、今のギルドホームとログハウスを軒並み増築するよりは安くつくか。わかった。ギルド加入のことに加えて話しておくよ」
『できるだけ早くお願いするよ』
「わかった」
頷きフレンド通信を切る。
そして再びボルテックの店に入ると三人の視線が一様に俺に集まってきた。
「とりあえず皆の了解は取れたぞ」
そう言ってギルド加入の誘いを三人へと送る。
「それに了承してくれればすぐにでも俺のギルドに入ることが出来るから」
「わかったッス」
「よかったあ」
安堵の息を吐くリントとアイリに続き、無言でボルテックもコンソールを操作する。
ギルド『黒い梟』に新たなメンバーが加わった瞬間だ。
「さて、三人とも問題なくギルドに加わったことだしギルドマスターとして最初のギルドの仕事を言い渡すかな」
「え!? 特に活動してないんじゃなかったの?」
「それでも全く何もしていないとは言った覚えはないぞ」
驚くアイリに俺はワザとらしく言う。
「これは三人が揃っている必要があることだからな。それに早い方がいい。だからこそ今からにでも始めようじゃないか」
「な、何をするつもりなのよ?」
びくびくと怯えるように聞いてくるアイリに俺は先程ムラマサとの会話に出たオルクス大陸での拠点を建てることを告げるのだった。
後日、といっても三人がギルドに加入することになった二日後。
オルクス大陸の草原の一角に一軒の屋敷が建設された。
風見鶏ならぬ風見梟が屋根の上でくるくる回るアヤシイ館。
そこには人と半分ガイコツの少女と竜人の戦士と奇妙な男が棲んでいると噂されるようになることは……無かった。