はじまりの町 ♯.21
春樹と待ち合わせをしたのは町の中心にある噴水の前。
昼前になるというのにここにはまだ多くの人で溢れかえっている。
「これからすることを説明するぞ」
鎧を着たハルは腕を組んで話し始めた。
「次の町に行くにはあるクエストをクリアする必要がある」
「クエスト?」
「そうだ。そのないようは東西南北全てのエリアでボスモンスターを倒すこと」
簡単に言ってしまっているが、実際その行程は困難を極める。
俺が経験したことのあるボスモンスターとの戦闘は二度。そのうち勝てたのは一度だけ。二分の一の勝率なのだから高いようにも思えるが、この先も同程度の勝率を維持できるかと問われれば難しいとしか答えようがない。
「クエストはパーティ単位で受けれるから。ユウ、俺のパーティに入ってくれ」
コンソールが出現し、パーティに加入するか否かの意思確認を促してきた。
迷わずイエスを押すと、視界の左上、自分のHPバーの下に三つの名前と小さなHPバーが表示された。
「お、流石だな。昨日言った通りレベルを上げてきたな」
昨夜、時間を掛けた結果、ユウのレベルは11にまで上がっていた。
本来は10になった時に止めようと思ったのだが、何気に気分が乗って来たこともあり疲れが出るか眠気が押し寄せて来るまでレベル上げを続けることにした。
結局、レベル上げを終えたのは深夜一時近くになったころだった。
「それじゃ、クエストを受けに行くぞ」
先陣を切って歩き出したハルの跡を追うように俺たちも歩き出した。
「ユウさんって防具は初期装備のままなんだね」
黙って歩くことに飽きてきたのかフーカがちょこちょこと俺の隣に並び言ってきた。
「そういえばそうねえ。新調しなかったの?」
少し離れて歩いていたライラも俺の恰好を見てフーカと同じように言う。
この調子では前を行くハルも同じようなことを思っていそうだ。
「さすがに装備を新しくする時間は無かったからな。今回は仕方ないさ」
本当ならこのクエストに合わせて防具を新しくして初心者装備から脱却しようかとも考えた。
その際に問題になったのは防具を買う金が無いということとどのような防具を選ぶべきか解らないということ。
金銭的な問題ならばレベル上げをしている最中手に入るモンスターの素材を売ればいい。どちらかと言えば俺が困ったのは防具の選び方の方だ。
自分でアクセサリを作ったり鍛冶をしたりして身に沁みたのだが、やはりNPCショップで買うものとプレイヤーが作るものとの性能差は大きい。同じような金額を支払うのならばこれからしばらく使うことになるであろう防具はある程度の使用に耐えられる性能が欲しいところ。
そこで思い出したのはリタの存在だった。
防具屋と名乗るからには俺の悩みに対して的確な答えを用意してくれるだろう。そう思って連絡をしてみると一度相談に乗ってくれるという話になった。
今日、昼前にハル達と待ち合わせをしていたがためにその前、早朝とまではいかないが、朝の早い時間に一度会ってきた。
俺が悩んでいたのはハルのような全身を覆う金属鎧でもフーカのような身体の一部分だけを覆う鎧でもない、まして魔法使いのライラが来ているようなローブでもない、もっと別の運動性を損なわずにある程度の防御力を与えてくれるものがいいと考えていたからだ。
そんな夢のような性能の防具はありはしない。リタと会って話を聞いてもらった時の第一声がそれだった。
現実にはありえないものだというのは解っている。元来防御力が高いというのは一定以上動きを阻害してしまうほどの鎧を身に纏うということ。だからこそ、防御がしっかりしていて軽く、なお且つ動きやすい。そんな防具を実現出来るのはゲームだけと言われるのだ。
しかし、ここはそのゲームのなか。
現実に準拠しているからといってここにあるものは現実に存在するものだけではない。むしろ現実以外のもので溢れているとも言える。
リタと話をしていくうちに現時点では妥協すべき点があることを理解させられていた。
初心者エリアで手に入る素材とその延長線上の素材しかない現状、諦めるべき部分はどうしても出てくる。
様々な形と素材で作り上げた防具をあててみてその結果、もっともユウに合っていると思ったのは金属のパーツが肩や肘の関節を守るように備わった革製のジャケットとシンプルな形をしたボトムだった。
その防具を作るのに使う素材はいま手に入るものだけで十分で、その素材も昨日俺が貰った鉱石と手に入れたモンスター素材、それにリタが所有している素材で全て揃う。
防具の代金もなんとか用意できる範囲だ。
どうにか作って貰いないかとリタに頼むと昨日の礼だと言って快く引き受けてくれた。
しかし作るのにかかる時間だけはどうにもすることが出来ず、出来あがるのは最短でも今日の夕方になるらしい。
それでもなにもしないよりはいい、いつかは必要になるものだからと思い作ることを決めた。
「着いたぞ」
今朝の出来事を思い出して歩いているとハルが突然立ち止まった。
目の前にあるのはこれまで一度も近寄ることのなかった建物。看板には『なんでも屋』と書かれている。俺たちの目的を考慮するのならここはプレイヤーにクエストを斡旋するための施設なのだろう。
ドアを開けるとカランっと鐘のなる音が響き渡り来客を告げる。
なんでも屋のなかには棚も何もない。あるのは木製のカウンターとそこに座る中年の女性NPCの姿だけだった。
「クエストを受注したい」
ハルが代表してNPCに声を掛けている。
「どのクエストだい?」
見た目に反して女性NPCの声はしゃがれた老婆のよう。
それに驚いてたのは俺だけのようで、三人は当たり前のような顔をしている。
「……これだ」
ここからは見え難いが、ハルはNPCから渡された紙の束のようなものから一枚を選び抜きNPCに手渡している。
『門の開放』――新規クエストを一件受注しました。
NPCの手に紙が渡された後、俺の視界にシステムメッセージが表示される。これは≪鍛冶≫スキルを習得するためにクリアしたクエストの受注の時と同じ演出だった。
「みんな、行こう」
俺たちの方へ向き直ったハルが告げる。
これまでに無いほど真剣な目をしているハルにいよいよクエストが始まるのだと言われているようで、緊張感が高まってきた。
「頑張んなさいよ」
なんでも屋から出ていこうとする俺たちにNPCが声を掛ける。
ライラは軽く会釈してみせ、ハルとフーカは同じように小さく拳を握って頷いている。俺は振り返らずに小さく手を上げて軽くヒラヒラと振って見せた。
「さて、問題無くクエストは受注できた。どこから攻める?」
近くに他のプレイヤーがいるにもかかわらずハルが大声で問い掛けてきた。
「それを決めるのはハルだろ。パーティリーダーなんだろ? 俺たちの」
わざと悪戯っぽく問い掛ける俺の言葉に、反応してみせたのはライラとフーカだった。
二人は黙って頷いている。それは俺の言葉を肯定し、ハルに信頼を寄せている証拠のように思えた。
「よし。最初に目指すのは西の草原だ。そこにいる『コカトリス』を狩る。いいな?」
「ああ」
コカトリスと言えばファンタジーもののゲームによく出てくる巨大な鳥のモンスターで石化させる息を吐くとされている。
このゲームでも同様の能力を有しているだろうことは想像に難くない。
動物の姿をした雑魚モンスターとは違う、正真正銘のモンスター。俺が知るのはゴーレムだけだ。ゴーレムはボスモンスターではないとハルは言っていた。それでもその強さは動物を模したボスモンスターとあまり遜色なかったように思える。
コカトリスはそのモンスターのなかでもボスと呼ばれる強力な個体。その討伐がクエストの過程の一つに過ぎないのだ。このクエストは俺一人だったのならクリアするのにかなりの時間と労力を必要としていただろう。
「皆、行こう」
歩き出したハルの後を追って俺たちも歩き出した。
西のエリアに続く門を抜け広大な草原に出る。
目の前に広がるのは平和な光景。
時折吹き付ける爽やかな風、仄かに香る土の臭い。一瞬、ここがゲームのなかであることを忘れてしまいそうになるほど心地いい場所だ。
「コカトリスってのはどこにいるんだ?」
遠くを眺めてみてもコカトリスらしきモンスターはその影すら見当たらない。
「この先にちょっとした台地がある。そこがコカトリスの住処になっていて戦う場所としても十分な広さがあるから、戦うならそこだな」
そう言いながらハルが指差した先を見ても俺には何も見えてこない。
コカトリスの姿はおろかその台地ですら。
「行こう、ユウ君」
「……ああ」
立ち止まっている俺をライラが促し、先を行くハルを追って再び歩きだした。
近くにいる雑魚モンスターは無視して進む。
わずか数分の道程の果て、遂に俺たちはコカトリスがいるとされる台地に辿りついた。
「どこにいるんだ?」
ざっと辺りを見渡してみても、コカトリスの姿は見つけられない。
遮蔽物一つ無く、地面が露出した台地はハルが言っていたように俺たちにとっても戦いやすい場所になることだろう。
「上だっ!」
フーカが叫ぶ。
次の瞬間、俺たち四人を覆うほど巨大な影が上空から現れた。
「来るっ」
珍しくライラも叫んでいた。
この声を合図に、次の町へと向かうためのクエスト『門の開放』最初の戦闘が始まった。
「わたしからいくよ、≪アイス・アロー≫!!」
空中で生成された氷柱が矢となって宙に浮かぶコカトリスへと飛んでゆく。
コカトリスがこちらをみて雄叫びを上げたその時、氷柱が粉々に砕け、雨のように降り注いだ。




