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輝きを求めて ♯.20

 本体は鎧の方という俺の一言を受けて、全員の攻撃の精度は落ちたように思える。

 それもそうだろう。この一言は俺がどこを狙っても与えられるダメージに差異は少ないと言ったようなものだ。

 乱暴に狙いやすい場所に向けた攻撃でも十分に意味を果たすことが出来るということなのだから。


(こういう時にヒカルがいればな)


 誰にも聞こえないように胸の中だけで呟く。

 普段の俺のパーティで状態異常を付与する攻撃を得意とする彼女が操る状態異常の種類の中には腐食があった。この場所にヒカルがいるのならば他のパーティメンバーは彼女を守るように動き、腐食の効果が発揮されたのを合図に攻撃に転じるという、ある種のルーティンのようなものが出来上がるのだ。

 攻略の為に必要なのはその相手に合わせた効率的な戦い方。

 それが出来るのと出来ないのとでは余程の戦力差でもない限り戦闘の勝率が変わってくるという話を聞いたことがある。


「ま、この状況で嘆いても意味は無いんだろうけどな」


 別のことを考えられる余裕が出てきたと思えば悪くはないのかもしれないが、おそらくそれもあと少しの間のことだろう。

 レイドボスモンスターに限らずボスモンスターの中にはHPを一定値まで削ったことにより行動を変化させるものがいる。

 戦っているレッド・ムシャがそうでは無い保証などどこにもないのだ。


「ここまでは僕たちが優勢に戦えているみたいだね」


 八割以上使ってしまったMPを回復させるべく戦線から離れたボルテックが話しかけてきた。


「ああ。どうにかな」


 俺はそれに苦笑交じりで答えた。

 そう、どうにかでしかないのだ。俺がいくらレッド・ムシャの種族を見破ったところで、その攻撃の一撃の威力が減少したわけでもなく、その鎧の防御力が低くなったわけでもない。

 大振りの攻撃ばかりを誘い、それを回避して、その最中に攻撃を加えるということをどうにか繰り返すことができているだけで、決定的な一撃を与えることもできずにいるのだから。


「それにしてもだ。ユウ君のおかげで僕たちの武器はどうにか最後まで持ちそうだね」


 俺がこの戦闘を始める前に行ったことがもう一つある。それは氷山鉱から外に出ていないリントの武器の耐久度の回復だった。

 一度目のレッド・ムシャとの戦闘やそれまでに行ってきた戦闘。氷山鉱から出ることが叶わずに内部を捜索していた時に行った戦闘で摩耗したトライデントの切っ先は俺が見た時にはノコギリのようにギザギザになっている部分もあり、そのまま使い続けることはおろか、俺たちと共に再びレッド・ムシャに挑むことなどできない状態になってしまっていた。

 俺が鍛冶道具搭載のテントを持っていなければリントと共に戦うという選択肢を選ぶことすら難しかったのかもしれない。


「けど、こうも硬い鎧ばかりに攻撃してるとな。あまり悠長にしれられないぞ」


 とはいうものの俺の剣銃は思ったよりも耐久度を減らしてはいない。魔血結晶を使い行った強化がいい感じに機能しているらしい。

 それでも耐久度が減少していないわけではない。

 極々僅かだとしても確実にその数値を減らしていっているのだ。


「ボルテック。さっきの水晶はもう残っていないのか?」

「残念だけど品切れだ。元々効くかどうかわからないものだったんだ。そんなに大量に用意できるものじゃないのさ。それに――」

「それに何だ?」

「材料も高価だったからね」


 この一言を身も蓋もないと思うのか。それとも仕方の無いことと思うのか。多分俺が以前に資金不足に頭を悩ませた経験が無ければボルテックの準備不足の一言で済ませていたことだろう。しかし資金は有限であり、効果を発揮するかどうかも分からないアイテムに大金をはたけるのは余程大きなギルドかトッププレイヤーくらいのものだ。


「やっぱり、地道にダメージを与え続けるしかないってことかよっ」


 振り下ろされた大太刀を避けながら言う。

 たった一度でもまともに攻撃を受けたら俺たちの敗北は必至。だとすればここで無理をして攻勢に出るわけにもいかないというわけだ。

 最初の拘束時に与えられたダメージがあるとはいえど、レッド・ムシャのHPバーは丸々一本と半分残っている。

 このままある種、平穏な戦闘が続くわけがないのだ。


「ムンッ、ん?」


 リントがトライデントをレッド・ムシャの腕に突き刺している。


「リント、はやく戻りなさい!」

「ムリッス。なんか…動かない……」

「そんな……」


 トライデントを引き抜こうとしてビクともしないことに戸惑い、その竜の額に汗を滲ませていくリントを見てアイリもまた平静ではいられなくなってしまう。


「落ち着け。一度押し込んでそれから一気に引き抜いてみろ」


 剣銃を振るいレッド・ムシャの注意を引き付けながら叫ぶ。


「む…ムリみたいッス。固くて…」

「アイリも手伝え。いつまでも引き付けてられる保証はないぞ」

「え、あ、うん。わかった」

「助かるッス」

「良いわよ、別に。それよりも合わせなさい!」

「りょーかい!」

「カウント、3で行くわよ」


 アイリが双剣を腰の鞘に戻し、リントの使うトライデントを共に握った。


「3、2、1、今っ!」


 タイミングを合わせトライデントを押し込む。そして、


「今度は引き抜くッスよ!」

「わかってるわよ」


 勢いをそのままに引き抜いた。


「うわっ」

「きゃっ」


 後ろに向かって加えられた力に流されるまま後転するリントとトライデントを握ったまま尻もちを着くアイリ。


「行かせるか!」


 攻撃どころか回避すら出来ない状態の二人と反対の腕で襲おうとするレッド・ムシャとの間に移動した俺は咄嗟に威力特化のアーツ≪インパクト・スラスト≫を発動させた。

 閃光を伴う斬撃がレッド・ムシャの掌を斬り裂く。

 それでもレッド・ムシャの動きが止まったのは僅かな時間。

 目配せだけで二人に合図を送るとリントとアイリは急いでレッド・ムシャの攻撃の射線上から退避した。


「う、おおおおおお!」


 渾身の力を込め、剣銃ごと自分の体を横に滑らせる。

 レッド・ムシャの掌を通り過ぎ、手首、腕へと。


「今だ、≪サークル・スラスト≫!」


 そして、腕の半ばまで通り過ぎた時、回転切りのアーツを放った。

 レッド・ムシャの腕に刻まれる一筋の傷跡。

 回転する自身の勢いを殺しきれずに倒れ込む俺のHPバーが凄まじい勢いで減少をし始めた。


「ほんとにヤバいな。あれも攻撃判定あるのかよ」


 減少するHPバーが消える前にストレージにある最高性能のポーションを使用する。

 一撃が致死ダメージだった場合このポーションは無駄になるかもしれないが、そうではないのなら。


「ふう。何とか止まったみたいだな」


 一安心と息を吐き出し、もう一本別のポーションも使用した。

 最高性能のポーションを使ったとはいえ俺のHPバーは七割程度までしか回復していない。これでは次の攻撃を受けきれる保証は全くと言っていいほどに無いのだ。


「大丈夫ッスか?」

「リントこそ。トライデントはどうなった?」

「それなら姉ちゃんから返してもらったッス」

「ダメージは?」

「回復済みよ」

「ボルテックは?」


 立ち上がり、当たりを見渡す。

 リントとアイリは二人並んで体制を整えているのが確認できたから無事なのは言うまでもない。確認できていないのは残る一人、ボルテックだ。


「何処にいる? 無事なのか?」


 先ほどのリントとアイリのトライデントが抜けなくなった騒ぎの間ずっと存在感が無かった彼は今どうしているのか。一度気になりだしてしまうと攻撃の手を止めてまでボルテックの姿を探してしまう。


「何をしているんだ?」


 見つけたのは戦闘区画の端。どれくらい前に崩れたのか解らない苔の生えた瓦礫の陰でしゃがみ込んでいるのが見えた。


「もう少し、敵の注意を引き付けておいてくれないかい?」

「何か考えがあるのよね?」

「確かなことは何も言えないのだけどね。このまま戦うよりはマシになるはずさ。ただし、僕の考えが間違っていなければだけど」


 現状、俺たちにこの戦闘を打開する術はない。可能性とはいえそれを見出したボルテックに賭ける以外に手は無いも同然だ。


「構わない。どれくらいの時間が必要なんだ?」

「それほど長くはならないはずさ」


 ボルテックの一言に俺たちは再び武器を取る。

 今度の目標は時間稼ぎ。

 そうなればより積極的な攻撃に出る必要も無くなるというわけだ。


「どう考えてもさっきより楽になった気がしないんだけど」

「だろうな。俺もだ」

「でもやるしかないッスよ」


 俺たちの話をレッド・ムシャが理解している素振りが無いのが救いと言わんばかりに声を上げて話す俺たちはこの戦闘が始まった頃よりも幾許かの落ち着きを取り戻していた。


「行くぞ」


 囲まないように気を付けながら三人が別れて走り出す。

 全員が全員近接武器では自ずと戦闘の距離が近くなってしまう。それでは時間稼ぎは望めない。


「俺一人だけでも距離を作らないとな≪ブースト・ブラスター≫」


 遠距離戦闘用の強化を発動させて、剣銃を銃形態へと変形させる。

 すかさず狙いをレッド・ムシャに定め引き金を二度引いた。

 実弾ではないからこそ跳弾を気にせずに撃つことができるというもの。ちなみに一度に撃ち出す弾丸が二発なのはこれまでの癖が抜け切れていなかったせいだ。


「オートリロードになっても抜けなかったんだよな、これ」


 照準をレッド・ムシャに定めたまま、呟く。

 スキルのレベルアップにより変化したリロードという名のアーツは今や≪オート・チャージ・リロード≫になっている。その名にあるチャージの部分はどのような性能なのかはまだ確認しきれてはいないが、オートの部分は今を以って実感中だ。


「装弾する必要はない代わりに注意しないとすぐにMP切れを起こす、か」


 自嘲するようにと呟きながら引き金を引き続ける。

 左右からリントとアイリが攻撃を仕掛け、その注意が二人に向いたその隙を狙い撃つ。

 頭部を狙うと他の部位を狙った時に比べてかなりの高確率で俺の方に注意を向けられることに気付いてからはずっとこの調子だった。


「まだかっ?」

「もう少し」


 どのくらいの時間三人で戦っていたのか解らないが、そろそろ時間稼ぎが難しくなってくる頃だ。


「急いでくれ」


 俺の狙撃でも注意を逸らすことに失敗することが増えてきた。

 それはリントもアイリも同様で、このままではボルテックに攻撃の矛先が向くのも時間の問題でしかない。


「おい、こっちを見ろ! ≪インパクト・ブラスト≫」


 威力特化の銃撃がレッド・ムシャの頭部に命中し大砲のような爆音を上げる。


「これもイマイチか」


 アーツを発動させてもなお想像していたほどのダメージを与えられていないことに不満を抱きつつも、即座に意識を切り替える。

 俺の役目はまだ時間稼ぎのままだ。


「待たせたね。完成したよ」


 銃口をレッド・ムシャに向けたまま次の攻撃の機会を狙っていた俺にボルテックが駆け寄ってきた。


「何を作ってたんだ? っていうか、ボルテックは生産スキルを憶え直していたのか?」

「そっちの説明は後だ。まずはこれの説明からだね」


 そう言って掲げたのは発行する緑色の液体が入った細いビン。俺が作るポーションに使われるのよりも遥かに細いそれは、理科の実験なんかで見かける試験管によく似ている。


「最初に僕たちが使用した魔水晶は覚えているかい?」

「ああ。当然だ」

「捕縛も腐食も効果があった。けど、それは長く続かず、替えも所持して無い」

「だからこうして苦労してるんだけどな」


 ボルテックとの会話の最中にも俺は引き金を引き続けた。

 今度は自分に注意を向けるというよりもリントとアイリのどちらかに攻撃が集中しすぎてしまわないようにするためにだ。


「だから作ったのだよ。二つの効果を同時に使うのは無理でも一つだけなら可能だと思ってね」

「一つってことは、腐食か?」

「半分だけ正解だね」


 こちらに向けられていたレッド・ムシャの視線が外れリントに向けらえた。


「これは腐食の強化版、腐敗の魔法薬さ」


 緑色の液体の正体を告げたボルテックが同じ試験管を両手に三本づつ、計六本の魔法薬のビンを取り出した。


「これがあれば――」

「どーでもいいから早く何とかしなさいよ」


 たっぷり時間をかけて魔法薬の説明をしようとするボルテックを遮るかのようなアイリの声が轟いた。


「半分渡すから気兼ねなく使ってくれて構わないよ。それにまだ作り直せるだけの材料は持ってきているからね」

「さっき材料がないって言ってなかったか」

「それはあくまでも魔水晶を作るだけの材料のことさ。捕縛の効果を持つ素材が中々手に入らなくてね」

「なんでもいいから! はーやーくー」

「…そろそろ俺たち限界みたいッス」

「うん。説明はさておきユウ君。あのモンスターに目掛けてそれを投げてくれるかい? ああ、くれぐれも外さないように、特にリント君とアイリ君に当てないように頼むよ。これは僕たちにも有効なのだからね」

「え?」

「はあ?」


 リントとアイリの戸惑いの声を無視して俺はレッド・ムシャに向かって腐敗の魔法薬を投げつけた。

 砕け散る魔法薬の瓶。

 そして、レッド・ムシャの体である鎧から煙がシューシューという音と共に立ち込める。

 効果あり。そう思い小さくガッツポーズする俺の鼻が異変を嗅ぎつけた。


「臭っ!!」


 咄嗟に両手で鼻を覆うアイリに遅れること数秒、俺も自分の鼻をつまむ。

 戦闘区画に充満する異臭は使用した魔法薬の名の通り腐敗臭だった。




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