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輝きを求めて ♯.19

「≪サークル・スラスト≫!」


 光の軌跡が円を描く。

 身体を魔晶石が生み出した光の網によって拘束されているレッド・ムシャが体勢を崩し地面に膝を付いている。唸りを上げるその鬼面の奥には苦悶の表情が浮かんでいることだろう。

 俺たちが繰り出す多彩なアーツも戦闘開始のこの瞬間が最大チャンスだと云わんばかりに手を休めることなく、それこそ猛襲という言葉が相応しい攻撃を繰り出していた。


「相変わらず硬いっ!」


 剣銃を通して返ってくる手応えに俺は思わずにいっていた。

 それは何もレッド・ムシャに限った話ではない。

 鎧や甲冑を纏ったモンスター、それもボスモンスターやレイドボスモンスターは大概が異形なほどの高い防御力を誇っているものだ。

 しかしそれが純粋にボスモンスターの与えるダメージを減らし、同時に俺たちプレイヤーが繰り出すべき攻撃回数を増加させることに繋がっているのだった。


「これで本当に防御力が減ってるっていうの?」


 双剣を振るうアイリが信じられないというようにいっていた。

 そうだ。忘れてはならないのが俺たちがタイミングを合わせ使用した魔水晶というアイテムには対象の防御力を低下させる腐食という効果が備わっていた。

 その効果を重ね掛けすること人数分で四回。

 本来ならばもの凄い勢いでレッド・ムシャの防御力は減少しているはずなのだ。


「前に戦った時よりも攻撃が通るようになっているッスよ!」


 トライデントを突き出しながらリントが答える。


「これでか…」


 思うように攻撃が通らないことなどそう珍しくはないのだが、それでも防御力低下の状態異常である腐食と行動阻害の状態異常の捕縛を同時に掛けているにも拘らずこの調子ではと思ってしまう。

 先に有効な状態異常を相手に掛けていてこれなのだ。それが解らなかったリントとボルテックが経験した初戦ではどれほど苦労したのかは想像するに難くない。

 何よりも、連続してアーツを発動させていれば自ずとMPが足りなくなってしまうものだ。

 捕縛が切れるよりも早く全てを使い果たしてしまっては次なる攻撃でより大きなダメージを与えることは出来なくなり、またその順序が反対になってしまうと攻撃すること自体が難しくなるという本末転倒な事態ににもなりかねない。

 そういう意味ではこのまま捕縛の状態異常が続くことを祈るばかりだが、レッド・ムシャの頭上に浮かぶ二本のHPバーの減り具合を考えるとそれはありえないことなのだと解ってしまう。


「ボルテック! 捕縛はどの程度効くんだ?」


 同じ場所で回転し続ける駒の如く回転切りのアーツ≪サークル・スラスト≫を放ちながら問いかける。


「解らない。けど、そう長くはないはずだ」


 ボルテックはまるで曲芸師のようにチャクラムを操りレッド・ムシャに攻撃を加えている。

 焦りを滲ませるその姿は自分の言葉が決して誤りではないことを知っているからなのだろうか。


「だから出来る限りここでダメージを与えておくべきなのね」

「そうッス!」

「任せなさい」


 双剣を振るうアイリの勢いが増す。それと同時にリントが振るうトライデントが突き出される回数も増えていくのだった。

 徐々にではあるが確実にHPを減らしていくレッド・ムシャを注意深く観察していると、俺たちが与えるダメージが積み重ねられるのと同じくしてその身を覆っていた捕縛の効果を表す光の網が明滅をし始めた。

 俺が初めて目にするその現象もボルテックにとっては視たことのあるものだったようで、その表情が一変した。


「皆、急いで退くんだ。魔水晶の効果が切れる!」


 この一言が遅かったのか、それとも適切なタイミングで出された号令だったのか。

 俺たちが全員無事だったことから察すればおそらく後者なのだろう。しかし、俺たちの目の前でレッド・ムシャを捉えていた光の網が儚くも消えてしまう様子は、俺たちに戦慄をもたらすには十分過ぎる効果を持っていた。


「これからが、本番だと考えた方がいいんだろうな」


 レッド・ムシャから離れ距離を取った場所で俺は自分に言い聞かすように呟いていた。

 本来、俺一人、あるいは俺とアイリとリントの三人では拘束しダメージを与えることなど出来なかったし、ボルテックがこの時を予測して適したアイテムを用意していなければできなかったことだ。

 そういう意味では序盤にかなりのアドバンテージを得ることが出来たと喜ぶべきなのだろう。尤も喜んでいられる余裕など微塵も無かったのだが。

 俺は拘束から解き放たれたレッド・ムシャの様子を窺いながらリントの話にあった行動パターンを思い出した。

 レッド・ムシャはその外見に反して遠近どちらでも戦えるというとてもめんどくさいスペックのレイドボスモンスターだ。

 近付けばその刀が襲い、離れればあの鬼面の口から炎を吐き出す。

 そして今自分が戦って実感したことだけど、レッド・ムシャの防御力は相当高い。纏っている鎧の能力なのかどうかまではまだはっきりと言えないのだが、仮にそうなのだとすればまだ俺たちに戦い様は残されているということだ。

 けど、もし、違えば。

 考えたくは無いがその防御力が鎧によってもたらされたものでは無くレッド・ムシャというレイドボスモンスター自身の性能なのだとすればいつまでもこちらの攻撃が効き辛くなってしまう。


「俺からの忠告ッス。レッド・ムシャはプレイヤーが囲うと全体攻撃を使ってくるッスから、それだけは使わせないようにしてくださいッス。俺が知るなかでレッド・ムシャの攻撃で一番威力が高いのはそれッスから」


 戦いに赴く直前に発せられた忠告を念のためにとリントがいった。


「わかってるわよ。だからリントわたしのとこに来なさい。リントも近接武器なんだから一緒に行動するわよ」

「姉ちゃん……わかった!」

「さて、俺たちはどうするかな」

「残念だけどあの二人ほど連携できるとは思えないのだけどね」

「全くだ」

「それにユウ君の武器と僕の武器はリーチが違うだろう」

「銃形態で戦えば似てるかもしれないけどな」

「僕に合わせる必要はないよ」

「解っているさ。俺も無理に合わせるつもりはないからな」


 レッド・ムシャが動き出す前にと集まって手早く作戦会議をすませた俺たちは再び自分の攻撃が最も威力を発揮する距離に戻っていった。

 もちろん、リントが言っていた全体攻撃が来ないように位置取りに気を配りながら。

 そして俺たちが呼吸を整えたのと時同じくしてレッド・ムシャの拘束が完全に解かれた。

 二本ある自身のHPバーの内の一本目。その三割近くを減らす間、好き勝手に攻撃され続けた鬱憤が溜まっているのだろうか。レッド・ムシャが空を仰ぎながら炎を伴った咆哮を上げた。


「来るぞ!」


 攻撃を開始したレッド・ムシャが最初に狙ったのはボルテック。

 チャクラムという防御性能の低い武器を使っているからか、それとも魔水晶を持ってきたのが彼だと解ったのか、どちらにしても俺たちの中でも特に防御力が低い装備を使っているボルテックにレッド・ムシャの大太刀が迫る。


「避けろ!」

「解っているとも」


 即座に攻撃から回避に意識を変え、ボルテックはチャクラムを持ったまま大太刀の軌道から外れるように動いた。


「今だ! 攻撃を!」


 自分が囮になっている隙にと俺たち三人に攻撃の指示を送る。

 それを受けてアイリとリントは回復したMPを惜しむこと無く使いそれぞれのアーツを発動させていた。


「≪アクセル・スラスト≫!」


 速度特化の攻撃を放つ。

 狙いは先程の疑念を確かめるためにも鎧と鎧の隙間。

 プレイヤーで言えば関節や鎧の繋ぎ目などがそれにあたるが、プレイヤーの場合は余程の長身長や巨漢のキャラに作らなければ狙うことが難しいとされている場所だ。

 しかし幸いなことにレッド・ムシャはプレイヤーとは比べるまでも無い程の巨体を誇り、鎧の繋ぎ目や鎧と鎧の隙間もプレイヤーとは比べようもないくらい大きい。

 それ故に狙うこと自体は大して難しくはなく、それに加えレッド・ムシャが狙っているのが自分ではなくボルテックでその攻撃後に生まれる次の行動に移るまでの硬直を狙えば攻撃を当てることもまた簡単だった。


「…なんだ? この感触は?」


 返ってきた想像もしていない感触に思わず呟いていた。

 振り抜かれる剣銃の刃は確実にレッド・ムシャの鎧の奥の身体を捉えていた。そして斬り裂いた。それなのにレッド・ムシャのHPバーは俺の今の攻撃では1ポイントも減少した感じは見受けられない。それどころかダメージを受けたとすら認識されてはいないようにも見えたのだ。


「どうしたの?」


 突然立ち止まり疑問符を浮かべている俺に離れた場所で双剣を振るっているアイリが問いかけて来た。

 アイリはレッド・ムシャの鎧の上から何度も何度も同じ場所を狙い斬り付けているらしく、レッド・ムシャの具足の同じ場所に無数の切り傷が刻まれている。

 さらに注意すべきは全ての攻撃が鎧によって防がれているはずのアイリの攻撃によってレッド・ムシャのHPバーが僅かでも減少していること。


「まさか…鎧が本体ってことか!?」


 それならば俺の攻撃が意味を成さずにいたことも、アイリの攻撃が確実にダメージを与えていることにも説明がつく。

 そうだ。俺の見立てが外れていなければ、RPGでは定番のダンジョンに出現する動く鎧という類のモンスターこそがこのレッド・ムシャの正体のはずなのだ。


「チッ、面倒な」


 鎧の無い場所、つまり防御力の低い場所を狙おうという当初の作戦が無意味になってしまった。これから鎧を狙いダメージを積み重ねる以外に勝利する方法がないようだ。


「皆は気付いているのか?」


 鎧をがむしゃらに斬りつけているアイリは別として、トライデントで突きを放つリントとチャクラムを用い自分に向かって繰り出されるレッド・ムシャの攻撃の隙を突くボルテックはどうなのだろう。

 気付いているならばそれでいい。でも、もし気付いていないのだとしたら俺と同じように無駄な攻撃を、それも狙う必要のないウィークポイントを探しての攻撃を仕掛けかねない。

 だから、


「レッド・ムシャの本体は鎧だ! 中身は無いぞ!」


 俺は自分に攻撃の矛先が向けられることも厭わずに叫んだ。




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