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輝きを求めて ♯.18

 澄んだ瞳を持つ竜の頭に頑丈そうな鎧。

 手に持つのは刀身の先が三方向に分かれた槍。トライデント。

 その姿は蜥蜴の特徴を持つ獣人族のようにも見えるが多分違うのだろう。

 オルクス大陸で活動しているということと種族がモンスターハーフであるアイリと共に行動をしていたということも合わせて考えると、目の前に立つリントもまたモンスターハーフである可能性は高そうだ。


「どうやってここに?」

「ここまで来るのはそう難しいことじゃなかったッス。姉ちゃんにも手伝って貰ったッスから」

「アイリが?」

「だってリントが迎えに来いって言うんだもの。仕方ないじゃない」


 嫌々だというように口では言っているが、内心それほどではないらしい。

 隠し切れない喜びが表情に出てしまっている。


「それで、俺たちの所に来たってことは一緒に戦ってくれると考えていいんだよな」

「一応そのつもりッスけど俺は一人ッスよ?」

「他のパーティメンバーは……って聞くまでもないことみたいだな」

「…はい」

「どうして一人になったのか、話せるか?」


 言い難いことではあるのだろう。それでも聞かねばらならない。

 慎重に言葉を選び語り始めるリントの話を聞いている間、俺たちは三者三様の表情をしていた。

 ボルテックは無表情を作りながらもその目にはそこはかとなく動揺が滲み、アイリは見て解るほどに大粒の涙をその瞳に溜めている。

 俺は多分、リントの悔しさを共感してしまっていたのだろう。

 リントの話にあったのはレッド・ムシャに挑んだパーティのこと。

 初見の攻略にありがちな準備不足が否めない戦力だったということを差し引いても、この時の戦闘は凄惨の一言に尽きる。

 実力者を集めたはずのパーティを件のモンスターは容易く薙ぎ倒していったらしい。

 その最大の武器である大太刀を使い両断されるプレイヤーや、巨大な体躯に踏み潰されてしまうプレイヤー。人型のモンスターだというのにその顔を覆う鬼面の口元から吐き出される超高温の炎に焼かれてしまうプレイヤーたち。

 HPを全損させてしまうことにより光となって消えていく為に死屍累々の惨状が広がることはなかったが、それでも一人、また一人と共に戦っている仲間が消えていく様は恐怖以外の何者でもなかっただろう。

 撤退を余儀なくされた時には生き残っていたプレイヤーの数は当初のパーティメンバーの総数の一割にも満たなかったという。その後逃げ延びたプレイヤーの中には自らリタイアを選択してしまう人まで現れたらしい。戦闘の傷を癒す間もなく落胆と諦めの空気が漂い始め、最後まで残ったのはリアルの用事でロクにログインすることが出来なかったリントだけになってしまっていたらしい。


「元々、ここを攻略するっていう目的だけで集まってきてた人たちッスから、失敗に終わったと判断したらバラバラになるのは仕方ないことッスけど、俺はこれを持って帰らなければいけないんッス」


 ストレージから取り出したのは見慣れない青白い宝石。


「それは?」

「名前は解らないッスけど、これは俺の受けたクエストのクリア条件なんッス。これを納品して初めて成功になるんッスよ」

「ほう。僕たちが受けたクエストとは違うようだね」

「そうなんッスか? ボルテックさんたちはどんなクエスト何ッスか?」

「僕たちの場合はもっと単純な内容だよ。ここから脱出すること。尤もあのレイドボスモンスターを討伐する必要はあるのだけどね」

「アイツをッスか!?」

「不可能だと思うのかい?」


 驚くリントにボルテックが軽く問いかける。


「そりゃあ俺たちが撤退に追い込まれた相手ッスから。それに今は人数だって少ないッスし」

「だいじょーぶ。リントの時とは違って、こっちには十分な準備が出来ているんだから」

「準備って…姉ちゃんは何を用意してきたってのさ」

「回復用のポーションとか?」

「他には?」

「後は…そう、そうよ。攻撃に使えそうな魔法石もいくつか持ってきているの!!」


 自分のストレージの一覧を眺めながらアイリが名案を見つけたと言わんばかりに叫んだ。

 しかしそれはすぐに吐き出されたリントの大きな溜め息によって掻き消されてしまう。


「そんなの俺たちの中にも持ってきていた人はいたさ。けど、それでも通用しなかったんだ。あのモンスターには」

「通用しなかったっていうのはどういう意味なんだ?」


 伏し目がちに告げるリントに俺は漠然と問い掛けていた。


「どういう意味って、それこそどういう意味ッスか?」

「その魔法石を使い、魔法を発動させることにすら失敗してしまったのか、それとも発動させることは出来たがレッド・ムシャに命中することが出来なかったのか。はたまた発動も命中させることも出来たけどダメージを与えるには至らなかったのか」

「…全部ッス」


 再び重い口調でリントが告げる。


「魔法石を使う暇なくやられていった人もいれば、命中させることが出来なかった人もいるッス。それに発動させて命中させることもできた人もいたんッス。けど…」

「効果は無かったというわけか」

「はいッス」

「使った魔法石の種類は何なんだい? あれほどの人数が集まっていたんだ。それなりの種類が揃っていたのではないのかい?」

「基本的な属性の魔法石は一通り揃っていたと思うッス。けどダメージは殆ど与えられなかったんス」

「殆ど? 全くじゃないのか? さっきは効果が無かったと言ってなかった」

「そりゃあ、あれだけの攻撃を受けて全くの無傷ってわけにはいかないッスよ」


 自然と俺の口から出た問いにリントが自嘲気味に笑う。


「けど、それでも俺たちが与えられるダメージ量と向こうから受けるダメージに差があり過ぎなんッスよ」

「具体的にはどれくらいなんだい?」

「そうッスね。俺達の一度の攻撃が与えられるダメージが最大HPの1パーセントなのだとすると、くらうダメージは99パーセント。軽く掠っただけでも最低30パーセント近く減らされる。唯一攻撃の余波を受けただけの場合はダメージを受けないで済むんッスけど」

「簡単ではないということだね」


 ボルテックの言葉にリントはゆっくりと頷いた。

 一度目にしただけだが、戦う相手であるレッド・ムシャはあの巨体だ。どんなに必死に回避に専念したとしても攻撃を受けずに戦闘を終わらせることなど出来るはずがない。こちらが攻撃を加え討伐することが出来るほどのダメージを与えることができるのだとしても、高確率でその前にこちらが全滅する恐れがあるということ。

 だとすればリントたちが撤退を決めたのは遅すぎたのかもしれない。

 とはいえ、ここから脱出して新たなアイテムを補充できる方法がない状況で新たな作戦を立てられるわけもなく、結果は変わらなかったのかもしれないが。


「ねえ、それって私たちも一緒なんじゃないの?」

「違うとは言えないよな」


 不安を隠そうともしないアイリの問いを俺はボルテックへと受け流す。


「どうして僕に聞くんだい?」

「ここに来て、あのモンスターと戦った経験があるのはアンタとリントだけだ。リントはまだ氷山鉱から出てきては無いんだから、再戦のための準備が出来たのはボルテックだけ。それに、俺に特定のアイテムを持ってくるように言わなかったということは既に用意が出来ているからなんじゃないのか」

「…ふう。全く君はいい読みをしているね」


 そう言ってボルテックが自身のストレージから取り出して見せたのはこぶし大の水晶。よく占いなんかで使われるものと見た目は酷似しているが、ボルテックが取り出したそれには蜘蛛の巣のような模様がびっしりと刻まれていた。


「それは?」

「『腐食と捕縛の魔水晶』。この時の為に知り合いの錬金術師に頼み込んで作っておいてもらったものだよ。これなら一時的だとしてもあのモンスターの動きを止めることが出来るはずさ」

「はずなの?」

「残念ながら試すことは出来ないからね」

「そらそーだ」

「腐食と捕縛ッスか。それが効くっていう自信はあるんッスか」

「無ければ作ったりはしないさ」

「一時的っていうのはどれくらいなんだ?」

「さあね。それは検証しなければわからないことだ。一瞬なのか、それとも長い時間捕らえておくことが出来るのか。使ってみないことには正確なことは言えないのさ」

「それは何とも心強いことだ」

「だとしても、不安要素は山のように残っているのだけどね」


 魔水晶をストレージに戻しボルテックは肩を窄めながらいった。

 言葉にはしなかったものの何よりも戦力は明らかに今の方が劣っているのだからとでも言いたそうな顔をしているのを俺は見逃さなかった。


「どのみち俺たちは勝つしかないんだ。その為に出来ることならなんでもするさ。それがたとえぶっつけ本番となる戦闘だとしてもな」

「ふ、それは心強い」

「だろ?」


 先ほどの俺と同じ皮肉を返してくるボルテックに俺は自信を滲ませながら頷く。


「あ、そうだ。戦う前に一つ聞かせてくれ。アンタたちがレッド・ムシャと戦った時のことを」


 この時にリントとボルテックから聞き出したレッド・ムシャの情報を合わせて、俺たちの戦い方に適した戦術を模索する。

 自分たちの位置、武器の特性、操ることの出来る攻撃の属性。そして所有しているアイテムの種類。

 それら全てを考慮して決まった作戦を胸に、俺たちは再び戦いの門を開く。

 動かずこちらをじっと見つめてくるレッド・ムシャに一歩ずつゆっくりと近付いていく。

 そして、氷山鉱を揺らす程の咆哮が轟いたその時に戦いの幕が上がったのだった。





「うそ、あの見た目なのに本当に火を吐いてきたー」


 戦闘が始まってすぐに驚愕を含んだアイリの悲鳴が氷山鉱の一フロアに木霊する。

 目の前を赤く染める炎が常時氷に包まれている床と壁に当たり散っていく。

 先制攻撃ともいえるそれが止んだ時、俺の目の前に迫るのはレッド・ムシャが振るう巨大な大太刀だった。


「当たればヤバいってのは言われるまでも無かったかもな」


 横薙ぎの一振りを咄嗟にしゃがんで躱し呟く。

 戦闘が始まってすぐに俺は自分の基礎能力を強化させるために≪ブースト・アタッカー≫を発動させていた。それ故に物理的な攻撃力と防御力が上昇し、一撃くらいならレッド・ムシャの攻撃を耐えられるかもしれないが、それを試すことはしなくてもいいだろう。

 もしその好奇心が原因で俺が真っ先に離脱するようなことになってしまえば何の意味もない。


「作戦通りに行くぞ」


 ボルテックのその一言で俺たちは全員バラバラに散った。

 中心にいるレッド・ムシャの攻撃が一人に集中してしまわないように、ヘイト管理に細心の注意を払い攻撃を繰り出しながら。


『タイミングを合わせるんだ』


 今度はボルテックがフレンド通信を使って声を掛けてきた。

 レッド・ムシャと戦っているパーティ全員に伝わる設定にしたそれに俺は短く答えてみせる。


「ああ。準備は出来てるさ」


 ストレージから取り出したのは例の魔水晶。

 五人が五人同じ水晶を持ち、ボルテックの合図を待った。

 レッド・ムシャの攻撃を後に生まれる僅かな隙を狙い、息を殺していると遂にその時が訪れる。


『今だッ』


 頷くよりも早く魔水晶を地面に叩きつける。

 ガラスの砕けるような音と共に広がっていく蜘蛛の巣状の魔方陣。それが絡み合うように伸びてレッド・ムシャを絡め取っていく。


 俺たちにとって唯一であり最大のチャンスが訪れたのだ。




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