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輝きを求めて ♯.17

 出現した大小様々なブルゥ・スライムが残したであろう粘液すらもが綺麗サッパリと消滅したこの区画で俺たちは安堵の息を吐き出していた。

 綺麗サッパリ何もなくなったとはいえ、安全なのはリポップするまで。

 幸いなのは次の区画に続いている道が一つしかないことか。


「行くよ」


 アイリが真っ先に進むことを選んだ。

 歩き出す彼女の後を追い、俺とボルテックは武器を片付けることなく慌てて駆け出していた。


「どうしたんだい? いきなり勇敢になったみたいじゃないか」

「いけない?」

「いや、心強いね」


 歩く速さを合わせたボルテックがアイリと仲良く話している。


「とはいえ、少しばかり急ぎすぎたとも思うのだけどね」

「どういうことよ?」

「見ての通りさ」


 立ち止まり、そう問いかけようとしたアイリを次なる区画が出迎える。それはまるで暗闇が自分たちに覆いかぶさってくる。そんな光景だった。


「何が――」


 起こったのか。そう問いかけようとして俺は自分たちを待ち構えている存在に気が付いた。

 そして、困惑するアイリを余所にボルテックが苦虫を噛み潰したような顔に変わった。


「なんなの? あれ?」

「残念なことが二つ」

「二つ?」

「一つはあれさ」


 視線が向けられた先にいるのは俺たちが目の当たりにして驚愕したもの。

 自分達よりも遥かに大きいそれは、その大きさだけ無視すればどこかのプレイヤーのような風貌をしていた。


「あれの名は『レッド・ムシャ』。文字通り巨大な鎧武者の姿をしたレイドボスモンスターさ」

「レイドボス!?」

「そうだ。なんたって僕は――」

「一度見たから、か?」

「その通り」


 ボルテックの一言に俺とアイリはゆっくりと後ずさっていた。


「もう一つは?」


 背中が壁に触れるかどうかというくらい後ろに下がった時にアイリがボルテックに訊ねていた。


「もう一つあるって言っていたじゃない。それは何なのよ?」

「ああ…それはだね。僕たちがリント君が居るかもしれない場所を通り過ぎてしまったかもという話さ」


 肩を竦め告げるボルテックにアイリは目を丸くして驚きを露わにした。


「とりあえず、一度元の場所に戻ることをお勧めするよ」

「倒せないか?」

「絶対に無理とまではいわないけど、おそらくほとんどの確率で失敗してしまうだろうね」

「殆ど、ねえ」

「信じられないかい?」

「いや。アンタのことだ。何の確証も無しに言うとは思っていないさ」


 立ち尽くしたまま動く気配のないレッド・ムシャを見つめながら言った。

 レイドボスとの戦闘は通常プレイヤー側が了承しない限り始まらない。それは多数のプレイヤーが参加することを前提とされているからこその仕様なのだが、こういう時に限ってはそれがあって良かったと心底思う。


「でも、戻ってどうするの? 確かさっきの場所の出口って一つしかなかったわよね」

「それは…」

「戻ってから考えることにしよう」


 返答に詰まる俺に代わりボルテックが言う。

 その言葉に頷いて俺は二人と共に来た道を戻ることを決めた。

 戻ると平然と言っているがそれはこれまでの区画では出来なかったことだ。当然のように戻るということを選択し実行できたのはここにレイドボスがいるからだろう。戦闘が始まってしまっていた場合にも同様なのかは怪しいが。

 一瞬の暗闇を抜けると、そこはブルゥ・スライムと戦った区画。違うのはそこにブルゥ・スライムが居ないこと。


「ん? まだリポップしていないのか?」


 レッド・ムシャの居る区画に留まっていた時間はそれほど長くはないはずだ。何よりもこういうエリアのモンスターがリポップするタイミングはその区画を一度出入りしたことでリセットされるはずなのだ。

 なのにここにはブルゥ・スライムが居ない。それは何故だと俺は首を傾げるのだった。


「ねえ! これからどうするのよ? あのモンスターを倒さないと先に進めないのよね?」


 アイリが俺とボルテックに詰め寄る。

 それにボルテックは苦笑交じりに答える。


「しかしながらね、勝算も無いのに突っ込むのは無謀というものだよ」

「でも…」


 勝てないかもしれないということをアイリも薄々感じ取っているのだろう。

 だから無茶をいうわけにはいかず、こうして口惜しげに拳を強く握るしかできないのだ。


「わかっているさ。俺たちもここで止まるつもりはない。けど、今挑んだところでどうすることもできないのも事実。そうだろ?」

「ああ」

「それなら…ボルテックはあのモンスターのことをどこまで知っている?」


 即座に頷いてみせたボルテックに問いかける。

 レッド・ムシャを見つけた時、即座にレイドボスだと指摘したのはボルテック。それが普通のボスモンスターではないと判断するには一度自分の目で相手を見て確かめる必要がある。そうすることでようやく、相手がただのボスモンスターなのか、それとも複数のパーティで挑むレイドボスモンスターなのか判明するからだ。


「ん? 複数のパーティ? もしかして…レッド・ムシャがリントがここで足止めを喰らっている理由なのか?」


 自分の考えを確かめるかのような俺の呟きにアイリがはっとした顔になってボルテックを見た。


「それが全てではないだろうけどね。ここを抜けられずにいるのならあのモンスターは理由の一つに成り得るだろうね」


 そして俺の疑問を肯定したのもまたボルテックだった。


「だったらリントもまだこのクエストをクリアしていないってことだよな?」

「それは間違いないだろうね」


 おそらく、この時のボルテックは俺が言おうとしていることに勘付いていたのかもしれない。だからこそ俺を睨むように一瞬だけ視線を鋭くしたのだろう。

 しかし、それを意に介さないかのように俺はアイリに向かって訊ねてみることにした。


「教えてくれ。リントの実力はどの程度なんだ?」

「どの程度って、どういう意味」

「戦力に換算しても大丈夫なのかどうかっていう意味だ」


 ここに来てようやくアイリも俺が言わんとすることに気が付いたようだ。


「リントは強いわよ。わたしよりもずっと」


 熱を持って訴えるアイリの言葉は信じるに値する、というよりも信じる以外に選択肢はないような気がする。


「でも、リントが何処にいるのか分かっているの?」

「俺は知らない。けど、ボルテックはどうなんだろうな」

「え!?」


 ちらりと視線を沈黙しているボルテックに向ける。

 俺につられるようにアイリもまたボルテックを見つめると、その圧力に負けてしまったボルテックは大きく息を吐き出していた。


「本当は知っているんじゃないのか? リントの居場所」


 それはこの氷山鉱に挑むことを決めた時、ボルテックがここの構造を知っていたことに対して驚きと共に僅かな疑念を抱いたのを思い出していた。

 単純で、当たり前の疑問。

 その疑問を「一度ここに来たことがある」というボルテックの言葉一つで忘れてしまっていたのは俺の失態だ。


「どうなんだ?」

「ふぅ。話すなと言われているのだけどね」

「そう言ってられる状況じゃないだろ。俺たちがここで力を借りられる相手はリント以外にいない。何か間違っているか?」

「しかし、リント君が手を貸してくれる保証は無いのだよ」

「それでも、話をしてみる価値はあるはずだ」


 ここを攻略するのに足りないのが純粋に戦力なのだというのなら、それを補うために取る手段は自ずと限られてくるというものだ。

 まして、ここから抜け出すこと自体が困難となれば尚更。

 言葉に出さずに考えている俺を押し退けて、アイリがまたもボルテックの襟首を掴んで問い詰めようとしている。


「ねえ、答えて。本当に知ってるの?」

「あ、ああ。僕が知っているのはあくまでも以前の探索で辿り着いた地点までだけどね」

「それでもいいわ。教えて」

「ふむ」


 両手を組んで記憶を辿るように目を伏せるボルテックをアイリが真剣な眼差しで見つめている。


「おそらく、リント君が居るのはここと並列してある区画の何処か」

「並列ってことは横に行かないといけないってことだよな?」

「そうなるね」

「でも、ここから横に行ける道なんて無いわよ」

「解っているとも。だからだね…」

「ここからもう一つ戻れなければリントと手を組むことはおろか、会うこともできないってわけか」


 納得できたと頷く。

 たった一つ。レッド・ムシャがいる区画とは別の区画と繋がっている道を見据える。

 先が見えぬ暗い道が閉ざされていれば、文字通り俺たちの進む道も閉ざされてしまう。


「どっちにしても行く以外に道はないってことよね」

「その通り。とはいえだ」


 ちらりとボルテックがアイリを見た。

 その視線の意味にいち早く気が付いたのは視線を向けられた張本人であるアイリ自身だった。


「ここはセーフティゾーンなのよね?」


 この一言で俺も二人が考えていることに気が付いた。


「確証はないけどね。ここの現状を鑑みるとセーフティゾーンになったと考えて問題ないはずだ」

「そう…」


 ボスモンスターを討伐した後にその戦場となった区画がセーフティゾーンになることは間々あること。レイドボスモンスターの前の区画がそうなるという話は聞かないが、俺が知らないだけということは十分過ぎるほどにあり得る話だ。


「話が出来そうなのかい?」

「解らない」

「それでも話が出来るのはアイリ君だけだ」

「わかってるわ」


 決意の中に不安が入り混ざった顔でアイリが手元のコンソールを操作し始めた。


「ユウ…」

「ああ」


 短く一言だけを交わしてアイリは転送の光に包まれて、この場から消えていった。


「アンタがアイリの代わりにリントと連絡を取るわけにはいかないのか?」


 完全にアイリが消えたことを確認して俺はボルテックに問いかけた。


「出来なくはないだろうけどね。そこで知り得たことをどう話すというんだい」

「さっきみたいに前に見たとか、思い出したとか、何とでも言い訳できるんじゃないか。アンタならな」

「意地悪を言うんだね」

「そうか?」


 ニヤリと口元だけで笑い言葉を続ける。


「それを言うならアンタの方だと思うんだけど」

「僕?」

「違うのか? わざわざアイリに繋がるかどうかわからない連絡をするように仕向けたんだ。意地が悪いと取られても仕方ないんじゃないか」

「確かに。しかしだね、こればかりはどうすることもできないことなのさ。僕の立場で言えることと言えないことがあるのだから」

「立場ね」


 納得できるように聞こえても納得はできないと呟く。


「不満かい?」

「どちらかと言えば」


 何やらはぐらされているとボルテックの口振りではそう感じてしまう。


「本来の目標はリントが戻ってくる前に俺たちが先にリントを見つけ出すことだ。けど、その期日までもう日が無い、というよりは明日だ。知っているだろ?」

「勿論だとも」

「やっぱりか。ってことはアンタの目的はリントともアイリとも違うってことなんだな」

「ユウ君はそう思うのかい?」

「ああ。それに粗方間違ってはいないはずだ。これは俺の想像だけど、アイリはリントを見つけたいと思っているのは言わずもがな、そしてリントはアイリに見つけられたいとは思っていない。それは何故か? 最初はアイリが言っていた通りに姉弟喧嘩が理由かとも思っていたんだけどさ、どうやらそれは違うみたいだな」

「どうしてそう思う?」

「その場合アンタは仲直りを計ると思うからさ」


 違うのかと視線で問いかける。

 するとボルテックは表情を変えないまま僅かに頷いてみせた。


「だったら仲違い以外の理由でアイリとリントは道を違えた。それを無理矢理繋ごうとしているのがアンタだ」

「理由を聞かないのかい?」

「多分、必要はないだろ」


 予感がする。いや確信だろうか。今日という日が終わり明日になれば、確実にリントと顔を合わせることになるという確信が。

 事実この日の夜、俺の元にアイリからの一通のゲーム内メッセージが届いた。

 内容は明日リントが帰ってきた後に会う約束を取り付けたというもの。

 そして翌日、俺は今と同じ場所に戻ってきた。


「ようやく会えたな。アンタがリントか」


 そこに待っていたのは竜の頭をした屈強な大男。


「初めまして」


 竜の口が動き言葉を紡ぎ出す。

 その声色はリントというキャラクターの容姿に似合わず穏やかな青年のものだった。




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