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輝きを求めて ♯.16

 日を改めて氷山鉱に挑んでいる今回は積極的にモンスターとの戦闘を行うことにした。

 目的は討伐したことで得られるアイテムよりも、戦闘を共に経験することで生まれる連帯感を持つためだ。

 氷山鉱に出現するモンスターの種類は主に二つ。プルプルとした丸い外見をしている『ブルゥ・スライム』とおそらくはそれを捕食しているだろう『ブルゥ・イーター』こちらは巨大な甲虫のようで虫が苦手な人は真っ先に逃げ出すタイプの外見をしていた。

 意外なことに俺たち三人が戦う時に戦い難いと感じたのはブルゥ・スライムの方。全身を常に粘液で覆っているこのタイプのモンスターは剣や槍を用いた直接攻撃に強くデザインされている。反対に魔法を使えるのなら倒しやすいモンスターに分類されるのだが、残念なことに俺たちのなかで魔法を主軸にしたプレイヤーはいなかった。

 初めて戦闘を目にするボルテックはその腰に着けられたドーナツ状の剣。チャクラムと呼ばれるそれを使い遠近どちらからでも攻撃が出来るという中々心強い戦力であったのだが、ブルゥ・スライムに対してはあまり効果が無い。アイリは言わずもがな。双剣の刃はその表面を滑るように逸れ、有効な攻撃を繰り出すには慣れない刺突を繰り出すしかないというのが現状だった。


「ふぅ、とりあえずはこんなものかな」


 光の粒となって消えていくブルゥ・スライムとブルゥ・イーターを見届けボルテックがチャクラムに付いた粘液をストレージから取り出した布で拭っていた。


「……」


 同じように双剣を拭うアイリは未だどこか本調子ではないように見える。まあ、戦闘にまで影響が無かったのは幸いだったが。


「こっからどう進むんだ?」


 俺たちが戦闘を終えたこの場所はモンスターが多数リポップする場所というだけではない。四方に伸びる道が交差する場所でもあり、そのお陰で戦闘を行えるだけの広さがある場所でもあった。

 二種のモンスターがリポップするまでの間隔は大まかに言って五分。これを早いと取るか短いと取るかは個人の感覚に委ねる以外ないが、この場では行く道を相談するだけの時間は十分に残されていると思うべきなのだろう。


「リントっていう人の居る場所に直接行ければいいんだけど……って違うのか?」


 てっきり俺の意見に同意してくれると思っていたアイリが目を伏せたまま何も発しようとはしない。その理由を知っていそうな雰囲気をボルテックが醸し出しているのも不自然だといえば不自然だ。


「まだ俺に話していないことがあるみたいだな」

「……」

「だんまりか」


 がっくりと肩を落とし、視線をアイリからボルテックに移す。

 理由を知っているのならば話すのは誰であろうと構わない。そう思って向けた視線も今のボルテックの状況を鑑みると話してくれるとは考え難い。

 俺が知るにはアイリが話してくれる気になる以外ないということらしい。


「時間はまだ暫くあるからな。じっくりと聞かせて貰ってもいいんだけど」

「…話したくない」

「ダメだ。俺たちはリントと合流するためにここに来たはずだ。そのリントと話したことがあるのなら教えてくれないと困る」

「だって……」


 言い淀むアイリを責めるかのように視線を向ける。

 隠し事をするのはよくない。そんな子供に言い聞かせるような物言いと考え方だが、今回はそれが自分たちの動向を決める大事なことだと感じていた。


「…だって……」

「リントに来るなって直接言われたか?」

「……っ!」

「やっぱりか。なんて言われたんだ?」

「危険だから来るなって…」

「それ以外は?」

「時間は掛かるかもしれないけど必ず戻るって」

「そうか」


 ボルテックが口を挟まないということはアイリの話は嘘ではないということなのだろう。もしかするとボルテックがリントにそう言うように促したのかもしれない。

 リントの言うとおりにするかどうかを迷っているからこそアイリはこれまで浮かない表情を浮かべていたようだ。


「で、どうするつもりなんだ?」


 俺の問いにアイリは驚いたように顔を上げた。


「リントの言うことを聞いて進むのを諦めるのか。それともリントの言うことは聞かずにこのまま進むのか」


 決めるのはアイリ自身なのだと俺は限られている時間のなかにいるにもかかわらず、アイリに決めさせるべく告げた。

 逡巡するアイリにボルテックは言葉を掛けようとしない。

 ボルテックはリントが話していた内容をしりつつもアイリの意思を尊重したいと考えているようだった。


「わたしは……先に行きたい。そしてリントに会いたい」

「リント君は来るなと言っているのにかい?」

「それでも……」


 絞り出すような小さな声であって強い意志が込められたとまでは言わないが、それでも幾許かの迷いが吹っ切れたような目で俺とボルテックに訴えてくる。


「わかった。俺たちはこのままこのクエストを進める。アンタも文句はないな?」

「勿論だとも。僕としても二度同じクエストを諦めるのは本意じゃないからね」


 あくまでも自分のためだというような理由を付けてくるがこの時のボルテックがアイリのことを考えて進むことを了承したのは明らか。それを俺に指摘されまいとしてキッと睨んでくるから尚更解りやすかったともいえるのだが。

 睨みつけてくる視線を苦笑で躱す俺にボルテックは平静を保ちながら告げる。


「急ごう。そろそろリポップしてきてもおかしくはないはずだ」

「ああ。そうだな」


 ボルテックの一言に俺たちは再び歩き出した。

 氷山鉱の中は奥に進むにつれて気温が下がっていく。

 足元には氷が張られ白い靄が常時広がるようになった。


「また別れ道、か」


 氷山鉱に挑んでから何度目かになる分岐点の前で俺は疲れたように呟いた。

 俺たちが通ってきた道を起点とするのなら、その先には三つの道が続いている、いわば三叉路のような場所に出たものだと感じていた。

 前に攻略した迷いの森のように同じ景色が続く洞窟は自分が進んでいないのではないかと錯覚させてくる。


「どっちに行けばいい?」


 三人の中で唯一、氷山鉱に来た経験のあるボルテックに訊ねる。


「ここは定期的に構造が変わると言わなかったかい?」

「けどな。これまで歩いてきたけど変わった様子なんて無かったぞ」

「それがここの難しい所なんだよ」

「どういう意味だ?」

「この氷山鉱というのはだね、プレイヤーたちが突入してくる度にその構造を変化させるんだ」

「や、だからそれが解らないんだけど」

「この構造というものは僕たちが立つフロアを変化させるものでは無いんだ。変化するのはそのフロアを繋ぐ通路の方さ。気付いているのだろう? ここは別々のフロアが連なっているダンジョンだということに」


 この問いに俺は深く頷いていた。

 本来ダンジョンというのはその名の通り巨大な迷路のような構造をしている。すなわちそれは何通りもある通路の中から正解の道を探すということこそが攻略の方法となるのだが、どうやらここは違うらしい。ボルテックの言葉を真実とするのならば、ここを攻略するのに必要なのは迷路の正解の道を探すということよりも、その最後の区画に通じるエリアに辿り着く方が重要とされているようだ。

 そして、その為に必要なものも通常のそれとは違う。

 変化を続けるせいで虱潰しに通路を通ってみるという方法すら取れないここでは、基本的に正解に場所に出るための運が必要とされるようだ。


「つまりはここからダンジョンの外に出るためにはどの道を選んだとしても大して差はないということさ」

「俺たちが別々の道を進むのは悪手なんだろうな」


 ため息交じりに提案する。

 一度の死亡がそのままクエストの失敗に繋がることが無ければこの方法も有効だとは思うのだけど。


「そうだね。もし、この中の誰かが死んだ場合、その人はクエストの進行から外されてしまうことになる。それは歓迎出来ないことだろう?」

「ああ」


 もしその一人が俺やボルテックの場合はまだいい。ここに挑む最たる目的を持っているわけではないからだ。しかし、その一人がアイリだった場合、残された俺たちがここを進める本来の目的を失うことになってしまう。

 それでは本末転倒というものだ。


「どこでも同じなら適当に進んでも問題はないんだよな?」

「基本的にはね」

「基本的ってどういうことなのよ?」

「僕たちがこの通路を通った場合は次のフロアに出ることになるのだけどね」


 ボルテックがコンソールに簡易マップを表示させて説明し始めた。


「見ての通り表示されるのは現在僕たちがいるフロアのみ。次のフロアに出た場合はそのフロアが表示されるようになっている。して、そのフロアは現在地よりも前か後ろか、どっちだと思う?」


 俺とアイリは互いに互いの顔を見合わせて、


「前」とアイリが言い、

「さあな」と俺が言った。


 残念ながら簡易マップが現在地しか示さないのならば進んでいるのかどうかを確認する術はない。

 俺もアイリのように進んでいると信じたいのは山々だが、もしかすると常に前後のフロアを往復しているだけという可能性も決して無くは無いのだ。


「けど、そんなことを言っていたらどこにも行けなくなる。違うか?」


 ボルテックとアイリの顔を交互に見る。

 進んでいると信じて歩を進める以外に手はない。それが俺の意見であり、結論だった。


「では、進もうじゃないか。前とも後ろとも言えない道を」

「だからどの道を通るんだよ?」

「おや? 君が言ったんじゃないかい。どこを選んでも同じだとね」

「いや、それはそうなんだけどさ。一応は自分たちで選んだ方が正解に続いていそうな気がするだろ」

「そういうものなのかい?」

「そういうものだ」


 三つの通路の中心で俺はその先を見据えるべく目を凝らした。

 その先に何が見えるわけでもなく暗闇が広がっているだけなのだが、それでも何か手掛かりが掴めないものかと期待してしまうのだ。


「何も見えないか」


 諦めたというように俺は乱暴に自分の目を擦った。


「決まったのかい?」

「さっぱりだ」


 お手上げだと両手を上げる。


「だったらわたしが決めていい?」

「ああ。いいぞ」

「構わないよ」

「えっとね。こっち」


 アイリが指差したのは三つある道の中の一つ。右の道。


「どうしてそこを選んだんだい?」

「勘っ!」


 きっぱりと言い切るアイリは徐々に本来の調子を取り戻し始めているように見えた。

 リントの思惑はさておき、アイリは自分の意思を優先するように腹を括ったことで少なからず自身の迷いを振り払うことが出来ているらしい。

 塞ぎ込んでいるよりは破れかぶれでも前に進もうとしている方が共に戦う身となれば心強いというものだ。

 暗い道を抜け次のフロアに出た瞬間目の前に広がっている光景に俺はそれまでにないくらい大きな溜め息を吐き出していた。


「これは、どう考えてもハズレを引いたよな」

「わたしのせいじゃないもん」

「いやいや、どう考えて選んだのはアイリ君だったよ」

「うぅ…」


 フロアの壁一面を覆い尽くすように蠢く大量の大小様々なブルゥ・スライム。

 単体としての強さは大したことが無くともこの数は若干を通り越して、大いに面倒だと言わざる得ない。

 それになにより、うすぼんやりと発行する粘液を帯びたブルゥ・スライムが動く様はお世辞にも見ていて心休まるものでは無い。


「ってか、気持ち悪いぞ、これは」


 てかてかと青光りするブルゥ・スライムの群れ。

 それに先程戦って実感したことだが、俺たち三人の武器はブルゥ・スライムに対して有効だとはいえない。だとしても問題なく討伐することが出来るほど弱いということには変わらないのだが。


「まあいい。サクッと倒すことにするぞ」

「任せてくれ」

「わかったわ」


 ボルテックがチャクラムを、アイリがその二色の双剣を抜く。


「≪ブースト・ブラスター≫!!」


 そして俺は銃形態のまま剣銃をホルダーから抜き瞬時に引き金を引いた。

 一筋の閃光がブルゥ・スライムの一体を吹き飛ばす。

 それがこの戦闘の始まりを告げる号砲だ。




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