輝きを求めて ♯.15
「ふーん。それで悠斗はどうするつもりなんだ?」
アイリとすれ違いを起こし、そのことについてボルテックに待っていて欲しいと言われた翌日。
俺は普段通りに登校していた。その昼休み、これまたいつもと同じように昼食を春樹と一緒に食べている。
話題もいつもと変わらない。【ARMS・ONLINE】であったことの報告。
「行くさ。クエストはまだ諦めたわけじゃないからな。それに……」
「何だ?」
「あ、いや。…なんでもない」
自分の口から出そうになった言葉を途中で止めた俺をからかうような視線を春樹が向けてくる。
「お前の思っていることを当ててやろうか? どうせお前のことだからなんだかんだ言っても見捨てることなんて出来ないって考えてるんだろ」
まったくをもってその通りなのだけど、それを口にするのは憚れるので俺は持っているパンの残りを一気に口の中に突っ込んだ。
「ま、それでいいんじゃないか? そういう性格だからギルドの仲間がついて来ているんだろうしさ」
春樹が爽やかな笑顔を向けてくる。
もごもごと咀嚼していたパンを飲み込んでパック入りのイチゴミルクを飲む。
「俺が手伝ってやれればいいんだけどな。オルクス大陸は遠すぎる」
「気にするな。既にクエストを始めているんだ。いまさら別のプレイヤーが加入するのは無理だろ」
「ん? 別に無理ってわけじゃないぞ。途中加入はあまり外聞が良くないってだけで」
「へえ。そうなのか」
初耳だと驚いてみせる。
「だとしても春樹はこっちに来る方法がないんだろう?」
「行く方法はあっても悠斗のいる場所に着くまでに時間がかかり過ぎるだろうな。そういう意味じゃ現実味はないってことかもな」
苦笑しながら冷静に告げる。
ここで無理をしてでも追いつくから待っていて欲しいと言われても困ってしまうだろうから、はっきりと断ってくれるのはありがたいと言えば有難かった。
「春樹がいるのはグラゴニス大陸だったよな?」
「ああ。そこでライラとフーカと一緒にレベリングしているところだな」
当たり前のことだと言わんばかりに平然とした様子で言う春樹に俺は思わず聞き返していた。
「何の為に」と。
プレイヤーが自身のレベルを上げること自体は自然なこと。それを知りつつも疑問に感じてしまったのは春樹が何の目的も無くそれを行うとは思えないからだった。
春樹の行動には何か理由がある。隠されていると言ってもいい。
それが何らかのクエストに絡んでいるのか。それとも別の何かか。こういう時にすぐ手伝おうかと聞けないのは何も自分の状況を鑑みただけではないだろう。寧ろ自分状況を顧みないで手伝おうかと問える春樹の方が変わっていると思える俺はおかしいのだろうか。
「グラゴニス大陸に出た四皇が残したエリアの探索のためさ。聞いた話じゃそこに出てくるモンスターは他のエリアに出てくるヤツの何倍もレベルが高いらしいからな。安全を期するためのレベリングってわけさ」
驚いたことに場所は違えど俺と春樹は似たことをやろうとしていたようだ。
「それに、悠斗の話から推測すると俺の方でもクエストが発生する確率が高そうだな」
「三人で出来そうなのか?」
「どうだろうな。まあ、やってやれないことはないだろうさ。第一悠斗も三人で攻略するつもりなんだろう」
「二人になるか、最悪の場合クエストを諦めることになるかもしれないけどな」
「そうはならないと信じているんだろ?」
「どうだろうな?」
空になった紙パックを丸め、立ち上がる。
程なくして予冷が鳴り午後の授業の始まりを予見させた。
「行くか?」
「ああ」
俺と春樹はそろって食堂から出て行った。
そして、その日の夜。
俺は再び氷山鉱の中へと戻ってきていた。
「アンタ一人か?」
「来たか。……それで君はどうするんだい。アイリ君を見捨てるのか、それとも……」
氷山鉱にあるセーフティゾーンにある凍った岩の上に座っているボルテックに問いかけるとそのまま質問が返ってきた。
答えに詰まる俺を見て不思議とボルテックは安心したように顔を綻ばせている。
「アンタのその様子だと、アイリのことはやっぱり見捨てて欲しくないらしいな」
「そうだね。正直に言うと君にはこのまま続けて欲しいと思っているよ」
「どうしてだ?」
「何がだい?」
「どうしてアンタはアイリに対してそこまで親身になろうとする? 前のアンタの態度はお世辞にも良いとは思えないんだけど」
「それは……」
「言い難いことなのか?」
「どうだろうね。それを話してしまうと君にも秘密を強いることになるかもしれないよ?」
「秘密を、か」
それは一体どのようなものなのだろうと考えてみても答えなど出てくるはずもなく、俺は顎に手を当てて考え込む素振りをした。
この秘密を共有した際に生じるリスクとメリットについて。その間僅か数秒といったところ。俺が辿り着いた結論は。
「どれくらいの秘密なんだ?」
「それを言ったら意味はないと思うんだけど」
「確かにそうだな。まあいいや。話してくれないか、こう見えても俺は口の堅い方さ」
自信はあるぞと微笑みながらボルテックの隣で直接地面に座る。
凍り付いた外壁に包まれていることによって冷たさが伝わってくるが、ここはゲームの中と割り切ると、その冷たさにも次第に慣れることができた。
「口外しないでくれることを信じているよ」
「くどいな。わかってるって言っただろ」
「こういうことは念を押しておくものなのさ。さて、それならば話そうじゃないか。僕の秘密は――リアルでもアイリ君とリント君と知り合いだということだ」
神妙な面持ちで話すボルテックに俺は僅かに首を傾げていた。
確かにゲーム上だけの知り合いではないということは通常他人に話す内容ではない。しかしそれを言うなら俺がハルというプレイヤーと現実でも友人だということを春樹本人にすらひた隠しにしているようなものだ。
バレた時のことを考えるとどうして秘密にしていたと問い詰められるリスクがあり、隠しておくメリットは無いように感じる。
そういう意味ではたいした秘密ではないようにすら思えてしまうのだ。
「君は釈然としていないみたいだね」
「ああ。正直そこまでかとは思ってる」
「そうか。……では、僕と二人がどのような知り合いなのかも聞いておくかい?」
「なんだか気持ち悪い言い方だけど、教えてくれるなら聞くぞ」
「これも二人には言わないでくれるかい?」
「ああ」
念を押しすぎているような気がするがそれでボルテックが納得するならそれでもいいかと思うことにする。
「僕はあの二人の叔父なのさ」
「アンタ……一体何歳なんだ?」
「年齢を聞くのは失礼だよ」
「男に言われてもな」
自分が男だからだろう。年齢など大して隠しておきたいこととは思えなかった。
「冗談だよ。僕の現実の年齢は34。おそらくは君よりもずいぶんと年上のはずさ」
「そうだな。倍以上だ」
「ということは君はアイリ君たちと同年代のようだね」
「アンタがそう言うなら、そういうことらしいな」
「ふふ。話し方は変えないんだね」
「気に障ったか? 今更だと思うんだけどな」
年上は敬うべき、暗にそう言われているような気がして肩を竦め言った。これで変えろと言われたらそれでも構わない。所詮話し方など上辺だけのものだ。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、ボルテックは平然とした様子で答える。
「別に構わないよ。それに急に態度を変えられたらアイリ君が変に思うかもしれないからね」
「そうか」
「僕がアイリ君を気遣う理由を納得してくれたかい?」
「一応はな」
現実の知り合いを気遣う理由は解る。それが近親者なら尚更だ。しかしだからこそわからないこともある。それほどまでに心配する二人の内の一人を放っておくことの理由だ。アイリの方だけを気遣っている。そう思われても仕方ないような行動をしている理由も解らない。
問題なのはそれを訊ねてところでボルテックが素直にそれを話してくれるかどうか。
如何ともしがたい雰囲気が漂うなか、俺とボルテックは無言で互いの顔を見合っていた。
まるで時計の針の音が聞こえてくるかのよう。
アイリというプレイヤーを待つ感情は俺とボルテックでは少しだけ違っている。
俺は時と共に不信感を募らせ、ボルテックは不安を。
この時間がどれくらい必要となるのか。それこそまさに神のみぞ知るというやつだ。
「遅いな」
苛立ちも何もない俺の声が氷山鉱の中に木霊する。
俺が氷山鉱に来てから既に一時間が経過しようとしていた。
「もう少し…」
「解ってる、ここまで待ったんだ。今更数時間くらい――」
なんともない。そう言おうとした瞬間、氷山鉱に新しい光が出現した。
そして、その光の中に居たのは俺とボルテックが待ち続けたアイリ、その人だった。
「遅かったね」
俺がした呟きと同様の言葉をボルテックがアイリに投げかけた。
その時の口調や醸し出している雰囲気はアイリとリントの叔父だとカミングアウトした時とは違い、俺がアイリに連れられて最初に出会った時のボルテックそのもの。
他人の神経を逆撫でするような物言いをするボルテックに対していつもならどこか食って掛かるような素振りを見せるアイリが、今は不自然なほど静かだった。
「どうかしたのか?」
地面に座ったままでは立っているアイリを見上げる形になるが、それすら構わずに俺は訊ねていた。
「…怒られた」
「誰に?」
「利人」
小さな呟き声の中に出た名前に俺とボルテックは自然と互いの顔を見合わせていた。
「話ができたのか?」
「電話あったの。それで…」
怒られた、というわけか。
どうしていきなり連絡があったのかという疑問をボルテックに向けた視線に混ぜて見る。するとボルテックは一瞬だけ叔父の顔になり、僅かに首を縦に振った。
「そういうことか」
ようやく俺に自分の秘密とやらを話したボルテックの意図が読めた。
全ては本当にアイリとリントのためだったのだろう。
突然反省した態度を見せたところで昨日の今日では遺恨が残らないはずもない。しかし、ボルテックが自分の秘密を話すことで俺に多少の信用を齎し、アイリを窘めたのがリントだということを信じさせようとしたのだろう。
事実俺はアイリのことを信用しようと思っていた。
昨日の態度だって俺よりも当事者であるボルテックが許しているのだ。それを俺が蒸し返すのは道理に叶わない。
「アイリにも確認しておきたいことがある」
「なに?」
「アイリは今もリントと会いたいと思っているんだよな?」
「当然じゃない」
「それがリント君の意思に反していてもかい?」
ボルテックの言葉に驚きを見せたのは俺一人。
どうやらアイリは昨日リント本人からそう告げられていたようだ。
「うん。その為にここに来たんだもの」
「そうか」
微笑みボルテックは微かに唇を動かしている。俺から見たその様子はまるでゴメンと謝っているように見えた。
「ならば行こう。この先にリント君はいるはずだ」
もはやどうしてボルテックがそれを知っているのかということを聞こうとするものはいなかった。
その代わり立ち上がるボルテックに、
「アンタが仕切るな」
「わかってるわよ」
とそれぞれにツッコミを入れるのだった。