輝きを求めて ♯.14
「これはいったいどういうことなの!」
激昂するアイリがボルテックの胸倉に掴みかかった。
氷山鉱に足を踏み入れた途端その入り口を封じるほどの揺れが起こった。
そこまではいい。
偶然だということもあり得るし、ここがそういう設定のエリアだという可能性だってあるからだ。
しかし、脱出できないほどの崩落を目の当たりにしても平然としているボルテックを見たその瞬間、アイリは想像してしまったのだろう。彼は元からこうなることを知っていたのではないかということを。
「落ち着いてくれないかい。そんなに見つめられると照れてしまうじゃないか」
「・・・・・・なッ!」
「おい、ふざけるのは止めてやれよ」
「おや? 君はあまり怒ってはいない見たいだね」
「先にアイリが怒ったからな。タイミングを逃しただけだ」
「成る程。それでどうだい、そろそろ離してくれないかな? 説明が欲しいのならばするつもりはあるのだけどね」
アイリが乱暴にボルテックを離す。
「ふう。それで君たちの疑問はこうだね。僕が最初からこうなることを知っていたのではないか、と。その答えはイエスだ。僕はこの入り口が崩落によって塞がれることを知っていた。何せ一度経験済みなのだからね」
「だったらどうして……」
「それはどうして言わなかったのかっていう意味かい? その理由も簡単だよ。知っていたところで意味が無いと思っていたからね」
「意味が無い?」
「そうさ。これはモンスターの攻撃でもプレイヤーによる罠でもない。純粋なエリアのシステムの一つなのさ」
予想していたことだとはいえど、それでもこの封鎖が示す意味を認めたくはない。無意識から来る思いが俺の言葉を遮っていたのだが、ボルテックはそんな俺を嘲笑うかのようにあっさりと言ってのけた。
「このエリアはクリアするまで戻れない。迷宮のようなエリアなのさ」
松明の炎が揺れる。
平然としたボルテックの顔を怒りを露わにするアイリの顔を交互に照らすそれは皮肉なことにこの先に道が続いているのだと俺たちに物語ってきていた。
「安心するといい。この先にもセーフティゾーンはある。ログアウトすることまで出来なくなったわけじゃないのさ。それにもう一度ログインしてきたときにはまた同じところにでるから探索が続行できるというわけだね」
「でも、前にボルテックと一緒にここに挑んだプレイヤーの多くはもうここに居ないんじゃなかったか?」
「この僕も然りだね」
「クリアしたとは聞いていない。それはやっぱり死に戻りしたっていうことなのか?」
「その通り。そして死に戻りした場合それまで到達した場所に戻るということは出来なくなる。もう一度挑むのならば最初からとなってしまうのさ」
「それでも一度通った道なら憶えていることも出来ないことじゃないはず」
「残念だけどね。アイリ君がいうように自力でマッピングしようとする人は出てきたけどそれはできなかったのさ」
「どうして?」
「このエリアは絶えず形を変えている。マッピングしようとしていた人はそうとしか思えないと言っていたのだよ」
入る度に形の変えるダンジョンというものはある。
ランダムダンジョンなんかがそれにあたるが、ここもそれと同様だということか。
死に戻り以外は脱出不可。ログアウトしても再びログインした時は同じエリアの中。そして正解の道を憶えてクリアしようにもその道は絶えず変化していく。
これではクリア不可能な高難度ダンジョンそのものではないか。
「だったら、どうやってここをクリアするっていうの」
「それはだね。もう少し待ってくれるかい?」
「なにを待つっていうのよ」
「待てばわかるさ」
不敵な笑みを浮かべるボルテックの言葉の通りに待っていると不意に一つのアイコンが閉ざされた入り口に浮かび上がった。
マンガの吹き出しのようなものの中にエクスクラメーションマーク。
それはクエストが発生したことを示すアイコンだった。
「そのクエストを受けるんだ。ああ、僕たち三人の中の一人で構わないよ。そのクエストはパーティ単位で進めるものだからね」
「わかった」
代表して俺がそのクエストを受注する。
『クエスト・氷山鉱からの脱出。
クリア条件・HPを残したまま出口に辿り着くこと。
エリアボスを討伐すること。』
クリア報酬なんかは記されてはおらず、このクエストが何を目的にしたものなのかは解らないが、俺たち三人が無事にこのエリアから出るにはこのクエストを完了する以外に道はない。それだけは理解できた。
「なあ」
「何かな?」
「このクエストはリントも受けているのか?」
「そのはずだよ。彼が未だここに残り続けている理由の一つはこのクエストも関係しているはずさ」
「一つって…他にも理由があるのか?」
「そうだねえ。ちょっとユウ君、そこの石を拾ってみてくれないかい?」
崩落した入り口付近には大小様々な石ころが大量に転がっている。そのなかの一つを手に取るといつもとは違いストレージに保管するかどうか確認する画面が出現した。さらにはそこに注釈が一つ追加されている。
「成る程。これも理由の一つってわけか」
注釈にあったのはこの氷山鉱内で手に入れたアイテムはクエストをクリアするまで入手が確定することはないと記されていた。本来、エリア攻略のクエストの最中に死に戻りをするということはクエストを中断するということになるのだが、このクエストに限り死に戻りすることがイコール失敗に設定されているようだった。
「リントは何か手放したくはないアイテムを手に入れたっていうことなのか」
「おそらくね」
肯定するボルテックの顔を見ながら石をストレージに収めないことを選択して近くに投げ捨てる。
「さて、ここにいても仕方ない。進んでみるか」
重い空気を払うように言う。
やっと進むことになるというのにアイリの表情は暗いまま。どうやら一緒にクエストを進めることになろうというのにボルテックに対する不信感が増してしまっているようだ。
会話らしい会話を進めることなく俺たちは黙々と氷山鉱の中を進む。
暗くジメジメとした入り口付近から離れるごとに風が冷たくなっていく。
モンスターの陰を岩陰に隠れやり過ごす。
見た感じ戦ったところで勝てない相手ではなさそうだが、それはあくまで俺一人の場合の話。アイリとボルテックという二人のプレイヤーが一緒にいる今、戦うことは出来るだけ避けるべきだと考えていた。連携が取れそうもない現状では何もできないとも。
いつまでもこの調子でいるわけにもいかないが、この状態を好転させる策は何も浮かんでこないまま。
その結果がこの無言の行進というわけだ。
「どうやらこの先にセーフティゾーンがあるみたいだね」
アリの巣のように複雑に広がっている氷山鉱の分かれ道の一つでボルテックが不意に立ち止まり告げる。
「どこだよ?」
「あっちさ」
彼方へ向けられたボルテックの視線を追うように俺もそちらの方に向け目を凝らすことで初めて氷山鉱の名の通りの光景が広がっているのが見えた。
揺れる炎の明かりが反射する氷に包まれた空間がそこにあったのだ。
「ここが本当にセーフティゾーンなの?」
氷に包まれた天井を見上げ信じられないとアイリが呟いた。
「一度だけとはいえ僕は自分の目で見たのだからね。それでわかったという訳さ。ここは構造は変化してもその様相までは変わらないということがね」
自信満々にボルテックがいう様をアイリはどこか釈然としない顔で見つめていた。その顔に浮かんでいるのはやはり疑問、そして明らかな不信感だった。
感じている不信感はまだしも、疑問すら口に出そうとしないでただ不機嫌そうな態度をとるアイリを中心となって広がっていく重い雰囲気に自然と俺たちは暗くなってしまっていた。
ボルテックは目を伏せ、俺はこの空気に何とも言えない居心地の悪さを感じている。
三人一緒に冒険するのは初めてだとしてもこの空気はあんまりだ。そう思ってしまったこともあり俺の口から不満が溢れ出した。
「あのさあ…言わせてもらうけど、アイリもいい加減にしろよ。リントのことをボルテックが言わなかったのだって理由があっただろ。それに、ここの入り口のことを話さなかったのだってそうだ。納得は出来ないけど理解はできる、違うか?」
この俺の言葉が引き金になったのだろう。
涙目になるアイリは何かを言おうとして止め、次の瞬間にはログアウトしてしまっていた。
一人が抜けたとしてもクエストを進めることに直接的な影響はない。戦闘という面では確かに影響はあるのだろうが、探索をするしかない状況で一人分の労力が抜けたところで問題はないと判断することもできる
しかしその場合、その一人はクエストを中断したと取られかねない。でなければ自分は何の苦労もしないで結果だけを享受することになってしまうからだ。
その為にクエストを進める場合は足並みを揃えるのが常とされていた。
余程仲の良い人とでもなければ中断してしまった人はクエストの進行メンバーから外す、ということも無いわけではないらしい。
瞬く間に消えたアイリに残された俺とボルテックの間には気まずい空気が流れている。
アイリがログアウトした直接的な原因は俺なのかもしれないが、その元を作ってしまったのはボルテックなのだと他でもないボルテック自身がそう思っているかのような顔をしていた。
「アンタも隠し事が多すぎるんじゃないのか?」
ここまでくればどうなっても同じだ。
俺の言葉によってボルテックまでもが離脱するのならば後は一人でこのクエストを進めるしかない。
若干投げやりかもしれないが、クリアできなくてもしかたないとすら思い始めていたのだ。
「すまないね」
不意にボルテックの声色が優しいものへと変わった。
「アイリ君のことは十分に理解しているつもりだけどね。君の言う通り、僕が言えないのにも理由があるんだよ」
「そんなことは解っているさ。けどな、そうなのだとしてもフォローの一つくらい入れられるんじゃないのか?」
困ったように笑いボルテックは何かを誤魔化すように肩を窄めてみせた。
「はあ、わかったよ。けど、そうだな。残念だけどこれでクエストは失敗になったみたいだな」
「そうはならないよ」
「解るのか?」
「まあね」
どういうわけか自信満々に言い切ったボルテックに俺は首を傾げた。
「その理由も言えないっていうんだろ?」
「まあね」
「俺はどうすればいい?」
「待っていてくれるかい? アイリ君が戻ってくるのを」
「俺は気の長い方じゃないぞ」
「大丈夫さ。あの娘のことだから一晩頭を冷やせば落ち着くはずだよ。だから一日待っていてくれると嬉しいのだけどね」
この時のボルテックからはそれまでに見せていた皮肉屋のような顔は完全に失せ、代わりにどこか親しい人に向ける慈しみを秘めた目をしていた。
「アイリのことを良く解っているんだな」
俺の言葉には答えずボルテックはただ無言で微笑んでいる。
「これも話すつもりはないってことか。まあいいさ。明日になればわかるだろ」
「何がだい?」
「アンタの言うことが本当かどうかさ。アイリが来ればアンタが言っていたことが真実なんだとはっきりする」
「来なければ?」
「冷たいようだけど、アイリとはそれまでだ。リントを捜したいっていうのはアイリの願いだ。それを俺が引き継ぐ必要はないだろう」
「そうだね」
「だからその時は俺の好きにさせてもらう」
氷山鉱の中を探索したり、それこそ死に戻りしてクエストを諦めるということもできる。
おそらくは俺が考えていることを解っているのだろう。ボルテックは困ったような笑顔のまま静かに頷くのだった。