輝きを求めて ♯.13
「やあ、待っていたよ。ユウ君、アイリ君」
仄暗い店舗の奥でボルテックが胡散臭い笑顔を浮かべながら俺とアイリを待っていた。
俺たちの他に客はいない。元から流行っていない店というわけでもないだろうことはアイリの以前の口振りからもあきらか。それなのに人が居ないということは俺たちを待っていたのかと勘繰りたくもなる。実際その通りなのかもしれないが。
「どうだい? 僕の言った条件はクリアできたかな?」
「そのつもりだ。なんなら見てみるか?」
「見せてくれるのかい?」
「ああ」
腰のホルダーから剣銃を取り出しボルテックの前に置く。
前と違い赤いライン上の紋様が刻まれた剣銃を見下ろすボルテックの瞳に怪しい虹彩が宿る。≪慧眼≫スキルを発動させている証拠の光だ。
「うん。どうやらちゃんとその武器を昇華させてきたみたいだね」
「だったらっ」
俺の体を押し退けてアイリがボルテックに迫る。
「判っているとも。約束を違えるつもりはないさ」
射抜くような視線を向けるアイリにボルテックは飄々とした調子で答える。
「けど、こうも言ったはずだよ。それは最初の条件だって」
「わかってるわ」
「それならいいんだ。君もいいね?」
「ああ」
ボルテックの問いに答えながら剣銃を腰のホルダーに戻す。
準備は出来ているぞという顔を向ける俺にボルテックは小さく頷いてみせる。
「では言おう。二つ目にして最後の条件は…僕も連れて行くことだ」
また何か難題を吹っ掛けられると思っていた俺は少しだけ拍子抜けしてしまった。しかしよくよく考えてみればボルテックの出した条件は俺の剣銃の昇華よりも遥かに面倒な内容になりかねないことだった。
「どうかしたのかい?」
「アンタが一緒についてきて大丈夫なのかと思ってな」
「ああ、アイリ君から聞いたんだね。僕の持つ≪慧眼≫スキルのことを」
「まあな」
「この人に話したらだめなんて言われてないし…」
「それでも人の持つスキルについては黙っておくのがマナーというものだよ。まあ僕は構わないのだけどね」
「それなら別にいいじゃない」
「君が他の人にも同じことをしていないかが心配なんだよ」
「してないわよ。それにスキルの内容なんてある程度はネットに出てるじゃないの」
「ふむ。ということはそれ以上のことは話していないということのようだね」
「なによ。それ以上って」
「いや。それならいいんだ」
ばつが悪そうに顔をそむけながら一歩下がるアイリはこの店に来た当初にみせたボルテックに食って掛かるような勢いを完全になくしていた。
ボルテック自身が構わないと言っているのならあえてそれを指摘した理由はアイリのその行動を窘めるということ以外にもあるようだ。
見て解るほど明らかに態度を軟化させたアイリを鑑みると別の目的の方が本命だったのかもしれない。
「それで、どうだい? 僕も一緒に行くことに同意してくれるかい?」
俺は困った顔をしてアイリを見た。
同行することを認めた場合のリスクを取らざる得ないことは理解しているが、それを受け入れるかどうかは俺一人で決めることではないような気がした。
少なくとも一緒に行くことになるアイリにも聞いてみる必要がある、そう感じるのだ。
「…いいわ。あなたも一緒に行けばいいんでしょ? それくらいなら別に」
「ありがとう。ユウ君はどうなんだい?」
「その条件を吞むしかないのは解っているさ。けど、俺はアンタを守れるほど強くはない。アンタは戦えるのか」
「勿論だとも。僕が≪慧眼≫スキルを習得するために支払った代償のことはアイリ君から聞いているのだろう?」
「ああ。だから心配を――」
「だからこそ問題がないのさ」
俺の言葉を遮りボルテックが言い切る。
「僕が支払ったのはそれまでに培ってきた生産系のスキル。その為に残されたのは戦闘用のスキルばかりなのさ。純粋な戦闘職には及ばばいだろうけどね、君たちに迷惑をかけるほど弱くはないつもりだよ」
「わかった」
今はボルテックの言葉を信じる以外はない。
実際の戦闘を見てみれば彼の言葉が何処まで真実なのか知ることもできるだろう。実際問題スキルのレベルが低くとも戦闘が巧みなプレイヤーは数え切れないほど存在する。ボルテックがそういうプレイヤーの一人である可能性は決して低くないということだ。
「では行こうか。君たちが探しているのはここから少し行ったところだよ」
立ち上がるボルテックの腰には奇妙な形をしたアクセサリが付けられている。まるで新品のような輝きを放つそれが武器であることを俺は一目見ただけでは分からなかった。
「ああ、ちょっと待ってくれるかい?」
「別にいいけど、出来るだけ早くしてよ」
「そんなに時間は掛からないさ」
店の外に立って並ぶ俺たちの近くでボルテックはコンソールを用いてなんらかの操作をし始めた。この操作が何をもたらすのか、そんな疑問の答えはすぐに出ることとなる。
目の前にあるボルテックの店が店だったモノへと変貌を遂げたのだ。
外観は廃れ、内装はもう何年も人の手が入っていないかのよう。
「こうなってみてもあまり感傷的にはならないものだね」
「そういうもんなのか?」
「ここは僕にとっては仮の店舗、というよりもある意味では君たちを待つためだけの場所だからね」
「俺たちをだって? その割にはずいぶんと面倒な条件を付けてくたような気がするけどな」
「君たちが僕が求めていた人材かどうかはまだ解らなかったものでね」
「だったら、今はどうなのよ」
「自分の目が曇っていないことを信じているだけさ」
はっきりとそうだと言わないあたりがボルテックの人となりを表しているかのように感じられた。
不思議と俺もそれに対して不信感を抱くこともない。この人はそういう人だ、意識するまでも無く俺はボルテックに対してそういう評価を付けていたのだった。
「で、こっからどこに行こうっていうんだ? さっきの口振りだと近くじゃないように聞こえたんだが」
「その通りさ。僕たちが行くのは前のイベントで追加されたエリアの一つ。氷山鉱と呼ばれる場所さ」
「氷山…」
名前だけでもそこがどのような場所なのか漠然と解るような気がした。
このゲームでは基本的に名は体を表すという言葉がそのまま適応されていると俺は思っている。例外はプレイヤーが付けた名前だけ。それ以外は案外そのままだと感じることばかりだった。
「その前に僕も君たちのパーティに入れてくれないかな?」
「ああ、わかった」
パーティ加入申請をボルテックに送る。簡単な操作をすることで俺の視界の左側にある自分のHPバーの下にあるパーティメンバーのHPバーにボルテックのものが追加された。
「それじゃあ行こうか」
この言葉を皮切りに俺とアイリはボルテック先導のもと件の場所へを歩を進めた。
街道を抜け、森を突っ切り、洞窟をくぐり抜ける。
現実の時間にして一時間にも満たない時間でしかないが、ゲーム内の時間はその何倍も流れていく。その結果、俺たちが目的地付近に付いたのは太陽が沈み夜の帳が落ち始めた頃になってしまっていた。
「さて、どうするんだい? このまま先に進むのか、それとも一度休憩を挟むのか」
氷山鉱があるとされている山のふもとでボルテックが問いかけてくる。
このゲーム内の季節的に今は夏なのだろうか。氷山と名がついた洞窟があるにもかかわらず、そこは緑の茂る生命の息吹が溢れる山々の景色が広がっていた。
「そうだな。この奥に行くのに暗いと不便はあるのか?」
「無い、とは言い切れないね」
「言いきれないのか」
「あなたも知らないの?」
「そりゃそうさ。僕だってこの先に行くのは初めてなんだからね」
困ったもんだと言うボルテックにアイリは少しばかり苛立ちを感じたようで唇を噛んでいるのが見えた。その反面、俺は何故ボルテックがこの先にリントがいると知っているのかということの方が気になってしまっていた。
「おや? その顔は僕に対して言いたいことがあるのかい?」
「…ないわよ」
「俺はある。何で…」
「ああ、どうして僕が知っているのか気になっちゃったみたいだね」
言い淀むアイリに代わり問いかけようとした俺が言い終わる前に審問を先回りしたボルテックが答えてきた。
「簡単さ。そのパーティに僕も参加していたんだよ。まあ正確には僕ではないのだけどね」
どういう意味だと聞き返すよりも早く俺は一つの可能性に辿り着いていた。
「別のキャラクターを持っているのか?」
ボルテックが正解だというように笑う。
それは一般的にセカンドやサードと呼ばれるもの。
キャラクターのスキルやレベルの育成に掛かる時間や手間が倍増するからこそ俺はそれを欲することはないのだが、ある目的の為にそれが用いられることは間々あることだ。
このゲームに置いてキャラクターの主軸となるスキル。それを大きく分類した時に出る区分がある。戦闘職と生産職の二つ、更にその中でも戦闘職ならば近接戦闘と遠距離戦闘、遠距離戦闘のなかでも魔法と長距離武器というカテゴリが存在し、生産職ならば武器や防具を扱う場合とポーション類を扱う場合などがある。
本来一人のプレイヤーがそれらを選択する中で極めようとするならばまず戦闘職と生産職のどちらかを選ぶ必要がある。
限りあるスキルポイントを運用するにあたって二つを完璧に両立することは不可能とされているからだ。
現に俺もその両方の最前線プレイヤーに比べればスキルレベルも低く中途半端だと言われてもしょうがないステータスになってしまっている。
勿論それで不満が無ければいいのだが、そこには当然のように不満を抱く人が出てくるものだ。
その不満を解消するために用いられる手段が二番目の自分であるセカンドキャラクター。最初に作ったキャラクターの時に選ばなかったスキルや戦い方を選び遊ぶという方法だった。
リリース当初に存在した一つのアカウントに付き一体のキャラクターという原則もプレイヤーの数が増え別のスキル構成でも遊んでみたいという声が集まったためにできたシステムというわけだ。
「ボルテックはセカンドを使ってパーティに参加した時にリントを見かけたっていうことなんだな」
「ああ。僕の持つセカンドは完全な戦闘ビルドだからね」
「だったら、どうしてそのキャラを使わないのよ?」
「簡単なことだよ。もう一つの方がレベルが低いのさ」
それがセカンドと呼ばれているように、最初に作ったキャラクターに比べセカンドキャラクターのレベルは低いというのが相場だった。例外はセカンドキャラクターの方が気に入りそちらがメインとなった場合くらいのものだ。
後から修正のきかないことなど戦闘職が生産職になるとか、近接戦闘メインのプレイヤーが魔法メインになるくらいしかない。それでも前者の場合中途半端になるのさえ嫌がらなければ両立できる可能性も無くはないし、後者の場合使う魔法の種類を厳選すればこれまた両立することは可能とされている。
最前線を行くトッププレイヤーでもない限り、多少のスキルレベルの高い低いなどは許容範囲内でしかないはずだ。
「どうだい? 僕が知っていた理由をわかってくれたかな?」
「ええ。嘘は言っていないみたいね」
「それならもう一度訪ねようじゃないか。どうする? このまま行くかい? それとも」
「わたしは行きたい。これ以上待つつもりはないから」
「ということらしい」
アイリは今にも飛び出して行ってしまいそうな雰囲気を出している。彼女を止める理由が夜になったから、というだけでは多分止まらない。多少の危険も承知の上で進むしかない。それが俺がアイリを見て感じたことだった。
「解った。明かりを用意するから暫く待ってくれるかい?」
ボルテックの言葉に俺とアイリは同時に頷いていた。
すぐにストレージから取り出した火の灯っていない松明をボルテックの手から受け取る。
松明は洞窟の探検などに使うごくありふれたアイテムだがそれを常備しているプレイヤーは稀だ。ストレージ容量を無駄に消費してしまうことにもなりかねないし、戦闘に直接役に立つわけでもない。
それこそ洞窟のような場所を探索する以外には使い道のないアイテムなのだ。こうして人数分持っているということはやはりボルテックはあらかじめここに来ることを予測していたということだ。
輝石の効果の一つを使い松明に火を灯す。
囂々と燃え上がるそれを掲げるとボルテックとアイリはそれに自身の持つ松明を付け、火を灯した。
「行こう」
今度は誰を先頭にするわけでもなく並んで洞窟へと足を踏み入れた。
氷山鉱と聞いて極寒の洞窟を想像していたのだが入り口付近はどんな山にもありそうなありふれた景観を誇っていた。
モンスターの出現に備え警戒心を高めていたことも杞憂に終わる。そう思った矢先の出来事だ。
「えっ!?」
地震のような揺れを感じるたその刹那、洞窟の入口が崩れ俺たちは完全に閉じ込められてしまった。