輝きを求めて ♯.12
自室兼工房にアイリを招くとその反応はもはや驚き疲れたという感じだった。
このギルドホームには俺たちギルドメンバーの私室やリビング等の共有スペース、それにNPCたちの部屋も含めるとそれなりの部屋数のある。それはつまり相応の広さがあるということで、これもまた少人数のギルドが持つギルドホームというには過分な広さを有しているらしい。
廊下などには美術品などが置かれているわけではなくそのまま通路としか使っていないのだから当然なのだが、豪華な内装をしているわけでもなく質素な内装をしている分、俺はこれが普通なのだとばかり思っていた。
「まずは分解からだな」
そう言って俺は自分の剣銃をバラバラに分解し始める。
パーツ毎に並べられていく様をアイリは興味深そうに眺めていた。
「へえ、あなたの武器ってこんなに部品の数があったのね」
「まあな」
感心したように言うアイリに俺は苦笑交じりで頷いていた。
普通の剣ならば刀身、柄、鍔、と分解してもそんなに数があるわけでもないのだが、俺の剣銃は刀身、銃身――それも細かく分解し複数の部品に解れた――グリップに加え二つの形態に変形するための機構部品。そして本来は銃弾を装填するためのマガジン部分――俺の場合は魔力を銃弾に変換するための装置がそれに当たる――がある。
銃系統の武器とするならば一般的な数でしかないが、剣系統の武器だと思えばかなりのパーツ数があると言わざる得ない。
双剣を武器とするアイリからすればかなりの数の部品が並べられていく様子は珍しいものなのだろう。
「次は型取りだ」
工房の素材棚に貯蔵してある鉄インゴットを複数持ってきて炉に入れる。
溶けた鉄インゴットを底の浅い箱に入れ冷え固まるのを見計らいその上に俺の剣銃の部品を一つずつ載せていった。
本来ならばこのような手順で型を取ることはないのだろう。
それこそもっと熟練した職人技が必要となるはずだし、そもそもこのようなやり方をするわけでもない。このゲームにおける特殊な型取りのやり方だ。
それから剣銃の部品を載せていった鉄インゴットの板に変化が起こった。載せた部品と同じ形で窪みが生じると載せていた部品がまるで炉によって溶かされたインゴットのようになってしまったのだ。
「これは…」
予想外の変化だった。
俺は型取りが終わった部品を取り出して、それから全部纏めて溶かす必要があると思っていたのだ。これはそのひと手間が省略できたと考えるべきなのだろうが、驚きを隠しきることは出来なかった。
「なんとか使うことは出来るみたいだな」
慌ててコンソールを出し、液体化してしまった剣銃の部品の一つの状態を確認する。
分解したことで武器としての体裁をとることが出来なくなったとしてもその部品までもが消えるとは思えなかった。それでも、一応はまだ剣銃の部品としての性能は残っているらしい。当然のようにそれを組み立てて使用するということは出来ないのだが。
型を取ったことで剣銃の部品が液体化してしまったことに何とも言えない焦りを感じる俺は急いで次の部品の型取りを始めた。
出来るだけ早く全てン型取りを終わらせてもう一度剣銃を組み上げるために。
「アイリ、悪いけど手伝ってくれるか?」
「いいけど…何をするの?」
「型取りが終わった金属板をそこの棚の上に並べていって欲しいんだ。念のために型の中の液体金属はそっちにある別の容器に入れてくれ」
「任せてって、何よこれ、ずいぶんと重いのね」
「かもな。まあ、これは耐熱性の高いインゴットで作った物だからな。重いのは仕方ないさ。どうだ? 持てそうか」
「ん、だいじょう、ぶ。このくらい」
「頼もしいな」
別の金属板を製作しながら俺が言った通りに両手で大事そうに型取りの終わった金属板を運ぶアイリの様子を横目で見ながら別の剣銃の部品も俺が作った金属板の上に載せる。
すると再び見慣れない光景が広がった。
剣銃の部品が溶け、透明な水のようになったのだ。
「まだ二度目だけど、慣れそうにも無い感覚だな」
武器を失い戦えなくなることは実際に珍しいことだとしても必ずしも無いことでもない。戦闘中に手放してしまった場合、もしくは奪われた場合にはそれが起こる。
戦闘中以外には武器の修理や強化を依頼した場合だろうか。
前者は戦闘中ということも会って不安に苛まれそうなものだが後者は別だ。見知らぬ人となればそれなりの不安もあるのだろうが、見知った人に頼んだのだとすればそれも軽減するというものだ。
俺の場合、強化するのは自分の手で今が戦闘中だというわけでもない。
だが、この胸に過る不安はまるで戦闘中のそれだった。
「これも運んでいいのかしら?」
「あ、ああ。頼むよ」
ざばっと液体化した部品だったものを別の容器に流し入れるとアイリは作業棚の上にある一つ目の金属板の隣に二枚目の金属板を並べた。
小さな部品ならば一つの金属板でまとめて十個程度型を取ることが出来ることが出来るとしても、俺の剣銃を形作っていた部品の総数はかなり多い。
大小様々なそれを一つづつを型に取っていくことで出来上がった剣銃用の金型は総数十三枚にまで及んだ。
「壮観ね」
並べられた金型を見てアイリが呟く。
「そうだな。けど、俺はここからが本番なんだ」
容器に入れられた液体化した剣銃。
一般的な木樽になみなみと注がれたそれは熱が逃げたにもかかわらず固まる気配すら無い。これをもう一度固めてインゴット化させる必要があるのだから、その方法も模索しなければならないのだ。
「っていうかそもそも新しく作る剣銃に使う鉱石を決めていないんだよな」
勢いに任せて剣銃を溶かしてしまった今、引き返すことは出来ないのだがやはり根本的な問題の解決策を見つけられているわけでは無いのが痛い。
勇み足だったと悔やんでも仕方の無いこと。
後悔する暇があれば適した鉱石を探す。俺がするべきなのはそちらの方だ。
「グラゴニス大陸とヴォルフ大陸で手に入れた鉱石は使えない。やっぱりオルクス大陸で手に入れた中で探すしかない、か」
「っていうかどうして使えないのかがいまいちわからないんだけど?」
「使えないっていうよりも適していないっていうのが正しいかもな。それがこれまでに俺が強化の為に試してきて得た結論だ」
「だから、その理由が解らないんだってば」
「はっきりとした理由は俺も解ってなんかいないさ。ただ、使っても効果のない素材っていうのはあるもんなんだよ」
「例えば?」
「そうだな。アイリの双剣に弓とか杖の素材を使うみたいに……」
ハッとなり立ち上がる。
「そうか。もし違う武器種に適した素材を使っていたっていうのなら」
急いでこれまでチェックしていなかった素材を確認し始めた。
俺の剣銃に適した素材というものは基本的に二つ。剣それも片手剣に使う鉱石と銃系の武器に適した鉱石だ。だからこそ俺は今までそれらの中でこれまでに使っていた素材の上位版を探していた。それが間違っていたとしたら。
探すべきは、使うべきなのが別の素材なのだとすれば。
「…これだ」
コンソールにある所持アイテム一覧をスクロールする手を止める。
俺が得たスキル≪ガン・ブレイド≫がそれまでの≪剣銃≫スキルと根本的に違うものだとするのならば、明確な違いがあるのだとすればどれと考えた時に俺が思い至ったのは一つ。魔法だ。
スキルが変化しアーツを発動させた時に魔法的な何かがあったわけではない。けれどこれまでの俺が使ってこなかった中で唯一輝石を手にして使えるようになったのはそれなのだ。
ストレージの中から複数の鉱石を取り出す。
これまで俺が使っていた鉄や銀などに比べて色鮮やかなそれは、俺のギルドではムラマサの武器の修理に用いることがおおい素材だった。
『属性石』現実には存在しない鉱石で、その土地特有の属性を含んだ鉱石。
「俺が使うのは…」
ぶつぶつと呟きながら一つ一つの適合率を検証していく。強化した場合に現れる武器パラメータの変化を注視しながら一つ一つ属性石を液体化している剣銃に近付けた。
火に始まり水、風、雷、地。持っているのはムラマサが使える属性に対応したものが大半を占めるが中にはそうでないものもある。
いつかはムラマサが使える属性が増えるかもしれないと思い念のために買い揃えていたものだったが、思いもよらないところで功を奏した。宝石の原石のような輝きを放つ属性石の一つが俺の液体化した剣銃に飛躍的なパラメータの伸びを示したのだ。
「無属性? そんな魔法があるのか?」
それは属性石としてはやや異端な存在なのだろう。もしくは全くの無価値と認識されているのかもしれない。しかしそれが、それだけが俺の剣銃に適しているのだと目の前に出現しているコンソールの画面上にはっきりと記されているのだった。
「無属性の魔法ならあるわよ。もしかして知らなかったの?」
「あ、ああ。知らない」
「へえ、意外ね。生産職っていうからてっきり知っているものだと」
「そんなことはいいから、どんな魔法があるのか教えてくれるか?」
「確か見た目は衝撃波を発生させる魔法だったと思うわよ。見た目は空間が歪むのが確認できるくらいで避け辛い魔法だっていう話よ」
「避け辛いなら使い勝手が良いんじゃないか? それなら俺も聞き覚えがあるはずだけど」
「残念だけど見え辛いだけみたいなの。威力はほぼ無し、射程も他の魔法に比べると短くて使い勝手は悪いっていうのがもっぱらの評判なのよ」
それでも、と思ってしまうのは俺が自分の武器の属性だと知ったからではないだろう。もし自分が使われた場合、視認し辛いというのは思った以上に脅威だと感じたからだ。
「第一、モンスター相手に威力の低い魔法を使うメリットなんて無いと思うけど」
「そうかもしれないな。けど、モンスター相手を相手にするのならだろ?」
「あなたは違うと思うの?」
「そうだな。例えばプレイヤーを相手にする場合なんかはどうだ? 見えない攻撃っていうのは例え威力が小さくても無視できないと思わないか?」
「PKに意味がないのにプレイヤー戦なんて考える方が珍しいんじゃないの」
「かもしれないな」
当然のようにそういうアイリに俺は自分が想像していることがこのゲームにおいては若干のずれがあることを知った。
ゲーム開始当初の今よりも意味のあった対人戦を経験し、その少し後に経験した大規模な対人戦のプレイヤー主催のイベントが俺の中にPVPが身近なものであるという感覚を根付かせていたらしい。
「さて、話をするのはここまでだ。この鉱石を剣銃に合成させるぞ」
「ちょっと待って」
「何?」
液体化した剣銃の入っている木樽に無属性の属性石を投げ入れようと俺をアイリが制止する。
「属性が無属性ならそれでいいのよね?」
「ああ、多分な」
「それならその石を使わなくてもいいんじゃないかしら」
「どういう意味だ?」
「これを使ってみたらどうかな」
アイリが取り出したのは俺が見たことも無い鉱石。
半透明な宝石の原石のような石なのは俺が使おうとしている属性石と同じだが、アイリの持つそれは俺の持つ石よりも少しだけ赤みがかっているように見える。
「それは?」
「オルクス大陸に出現するモンスター『クリア・ルーガルー』からドロップするアイテムの一つ『魔血石』よ。これも無属性だったはず、確かめてみて」
そう言って手渡された魔血石の詳細な情報を確認すると確かに無属性と記されている。
「使える?」
「まあ、使えないことは無いだろうけど、どうしてこれを?」
「わたしを手伝ってくれるお礼を何かしないとって思っていたの。だからそれが使えるのなら使って欲しいの」
アイリが真っすぐ俺を見つめてくる。
手渡されたそれは確かに無属性のもので俺が持つ属性石よりも上質であることは間違いないのだが、と俺は眉を顰めた。
「どうしたの? 使えるんだよね?」
「あ、いや、使えるとは言ったけど…このままじゃ使えないんだ」
「どうして?」
「俺の剣銃に、というか武器の強化に使うにはこの魔血石は小さすぎるんだ」
属性石が直径20センチ程度なのに対して魔血石は5センチ程度。片手で握れるくらいの大きさの鉱石は通常アクセサリや防具の装飾などに用いられることが多く、武器の強化には適していないとされている。それは単純に比重の問題で、元の武器を強化する時に使うインゴットにするには最低でも武器の質量の半分は鉱石が必要だと言われていた。
もちろんすべての場合がその法則に当てはまるわけではないが、おそらくモンスターからドロップするアイテムである魔血石はこの法則からは逃れられないはず。
つまりたった一つの魔血石ではどんなに優れていようとも俺の剣銃の許可には量が足りないということなのだ。
「鉱石系のアイテムの大きさに個体差があるのは知っているけど、基本的にはどれも同じくらいの大きさをしているもんだ。せめてこの魔血石が複数あればインゴット化させることが出来なくもないと思うけど」
戸惑うアイリに理由を説明していく俺に、アイリはわざとらしくふっふっふと笑ってみせた。そしてコンソールを操作して別の魔血石を取り出したのだった。
「だいじょーぶ。魔血石はこれだけあるわ」
そう言いながらアイリが取り出した魔血石はちょっとした山のように俺とアイリの立つ中心に積まれていった。
「前にリントとレベル上げのために連続して狩ったのよ。それに無属性の素材っていうのはオルクス大陸では殆どお金にならないの。プレイヤーじゃなくてNPCに売ったとしてもね」
つまり俺の作って使わなかったアイテムのようにストレージの肥やしになっていたということらしい。
「これだけあれば十分よね?」
「ああ。これならインゴット化できるはずだ」
山の上からいくつか魔血石を手に取りそれらを確認して告げる。
これらは原石のようであってもアクセサリや装飾に使う訳ではないのだから磨き上げる必要はない。他の鉱石と同じように溶かし固めるだけでいいはずだ。
「やってやるさ」
炉の中に魔血石を纏めて入れる。
真っ赤に熱されたそれを取り出し鍛冶鎚で叩き平たくすると、その上にまた別の魔血石を乗せて叩く。炉に入れた魔血石が無くなるまでそれを繰り返すと『魔血石』だったそれは『魔血晶』へと姿を変えた。
「すぐにインゴットになるわけじゃないのか」
ただ単に状況確認の為に呟いた俺の顔をアイリが不安そうに覗き込んでくる。
「心配するな。そう珍しいことじゃないからさ」
鉱石系の素材ならば一定量を混ぜることで瞬時にインゴット化させられるが、先程の属性石のようなゲーム独自のアイテムはいくつかの手順を要する場合がある。
俺の持つ属性石は街のマーケットで購入したものだが、自分で作ろうとした場合は確か金属系の素材に属性を持った素材を一定量混ぜる必要があったはずだ。その時に使う属性を持つ素材の良し悪しによって属性石の出来も左右されるらしい。
などと考えながら俺は足元に残っている魔血石を炉に入れた。
そして溶けた後、魔血晶に先程の要領で混ぜていく。
再び炉に入れた魔血石を全て消費した結果『魔血晶』は『魔血結晶』へと変化した。
「これで完成なの?」
「そうみたいだな」
出現させた魔血結晶の情報には純度の高い魔血石の塊と記されている。パッと見ただけではアイテム単体の能力値は不明だが、液体化した剣銃に合成することを選択することで、剣銃の能力値上昇がどの程度なのかを確認することが出来た。
この合成後の能力値はあくまでもNPCに強化を頼んだ場合の結果でしかない。プレイヤーに強化を依頼すればその鍛冶スキルの程度によってこの能力値は僅かではあるが増減する。俺の鍛冶スキルのレベルは第一級の鍛冶プレイヤーに比べれば低いが、NPCに比べると高いはず。現時点の段階でも表示されている数値を上回るはずなのだ。
「いい感じだ」
満足気に呟くと俺は液体化した剣銃の中に魔血結晶を丁寧に入れる。
液体の中に浸かる魔血結晶という一風変わったものが出来上がるのではなく、溶岩の中に石を投げ入れたように溶けて消えたのだ。
別の素材が混ざったことで液体化している剣銃に明確な変化が起きた。
粘性が増したとでもいうのだろうか。サラサラとした液体からどろりとした液体になった剣銃を調理用に使っていたのとは違う酌を使い型に流し入れていく。
溢れないように注がれた液体は瞬時に固まり剣銃の部品の形を成していく。そして部品が完成したのと同じタイミングで型版が真っ二つに割れた。
「大丈夫?」
地面に転がる剣銃の部品と型版の欠片にアイリが驚きの声を出す。
「ああ。どうやら一度しか使えないみたいだな」
型版を作るのに使用した鉱石の数を鑑みると決して効率のいい行為だとは言えないのだが、それでも手詰まり感のあった剣銃の強化に成功したとすれば上々だったというほかはない。
型版の欠片の中から剣銃の部品を拾い上げると散らばっていた型版の欠片は光の粒子となって消えた。
剣銃の部品を手に取ってみて初めて分かったことなのだが、いくつもの初めての経験を経てできあがった剣銃の部品はこのまま組み上げることは無理なようだ。
鑢を掛けたり研磨したりすることでようやく部品は完成する。組み上げるのはその後となった。
数十個の剣銃の部品を丁寧に磨き上げて組み上げていくことで剣銃は当初の形と寸分違わない姿に戻る。
グリップの上にある変形のスイッチを押すことで剣形態と銃形態の変形機構は問題なく動くことが確認できた。
「離れてろ」
近くにいるアイリにそう告げると俺は剣形態の剣銃を数回振り回してみた。
手を通して感じられる重量もグリップの感触もそれまでと同じ。銃形態に変形させて構えてみても大きな違いは感じられなかった。
「どう?」
「庭で試し斬りと試し撃ちをしないことにははっきりと言えないけど、まあ、完成したと言っていいだろうな」
問題視していた耐久度の問題も解消されているはずだ。武器の修理を選択しわざと残していた魔血石を素材に使うことで耐久度は他の武器種と同様に一定量の回復を見込めるようになったようだ。
「でも…全く同じとはいかなかったのね」
完成した剣銃を見てしみじみとアイリが呟いた。
「…だな」
形も大きさもそれまでと同じ。
しかし、その刀身と銃身に刻まれた赤いライン状の紋様がそれまでとは違うのだと物語ってくるかのようだった。