♯.2 『ファースト・バトル』
最初に訪れたこの町の構造で目立つのは町の中心を十字に通る大通りと町の全てを囲む壁と外に続いている四つの門。
町の主要な建造物は全てこの十字路に沿って建てられているらしい。
西側の草原エリアから戻って来て早々にハルと別れた俺は次に南側のエリアに行ってみることにした。大通りをひたすら南に進んで行くと程なくして西側と同じように開かれたままの門が目に入ってくる。この南側の門も今が夜だというのに昼と変らず西側と同じように荷馬車を引いたNPCと戦闘に向かうプレイヤーが何人も行き来している。
西側と南側で違うのは門の横に立っている門番の顔つきだろうか。西側とは違い南側の門番はどこか穏やかそうな顔つきをしていた。
「よし、行くか」
気合いを入れ直し、意気揚々と門の外へと踏み出した。
西側の草原エリアに出た時のように、南側も町から一歩外へ出ればその景色を一変させる。モンスターが出てくるような場所ではNPCの数が目に見えて減少していたが、ここには西の草原よりも強い自然の匂いが漂ってくる。
草原が広がっていた西側のエリアとは違い、南側は森の広がっているエリアのようだ。さっと見渡しただけでも俺の体よりも太い幹をした大木がいくつも生えていて、その下に広がる根もしっかりと大地を踏みしめている。
「あれが、このエリアのモンスターか」
町から離れ森の中へと進めば進むほど、このエリアに生息しているモンスターたちの姿が目に入ってきた。
今のところ見かけるモンスターは全てグラス・ラビットよりも小さく正真正銘の雑魚モンスターだと分かる程度の大きさしかない。それに加えてモンスターの迫力というやつもグラス・ラビットよりも数段落ちる印象を受けた。
「さて……どれを狙うかな」
俺に見つけることができて、直ぐにでも戦闘を始められそうなモンスターは三種類。
一種類目が木々の合間を縫って飛ぶコウモリ型のモンスター。しかし、そのモンスターはこちらの攻撃が届きそうな距離にはおらず、純粋な遠距離攻撃のできるプレイヤー、それこそ弓や銃、あるいは魔法をメインに使うプレイヤーが戦いやすいモンスターなのだろう。
次に見つけたのが背の高い草の陰に隠れるようにいる猪型のモンスター。コウモリのモンスターよりはまだ戦えるとは思うが、時折見せる突進を鑑みる限り、どちらかといえばハルのようにしっかりとした鎧を纏った防御力が高めのプレイヤーが戦った方がいいのかもしれない。ランダムに聞こえてくる衝突音と猪のモンスターの突進を受けて揺れる大木の幹を見てそう思った。
最後に残ったのは狼型のモンスターだ。この三種の中だとこの狼型なら戦えるかもしれない。素早さは猪よりも速そうだが、あの鋭い牙に噛み付かれさえしなければ大きなダメージを受けることはないだろう。それに加えてコウモリ型のモンスターように飛んでいないことから近接武器を使うプレイヤーが十分に勝てそうな印象がある。
「俺が狙うなら狼だな。けど、まずは自分の武器の確認からだ」
ハルがいた時はハルに聞けばいいと思い後回しになっていた自分の装備の確認を今更になって始めた。
剣銃という武器種はその名の通り剣と銃、二つの形態に変形する。けれど残念なことに銃としては今一歩な性能をしている気がしてならない。それは銃身に銃弾を込める場所がないという事実からくるものだった。
これさえなければ俺は一つの武器で剣と銃という二つの形態を使い分けるながら戦うことができたかもしれないのに。
「ま、まあ、剣形態なら戦えるし、今はこれくらいかな」
グラス・ラビットとの戦闘の際、剣銃を銃形態に変形させてみて分かったことだが、銃形態の時にモンスターに狙いを定めるとモンスターの頭上に名前とHPゲージが表示されるみたいだ。それに加えてこの時点ではまだ攻撃判定されていないらしく、戦闘を避けて確認だけで済ますことも可能なようだ。
これは魔法ではない遠距離武器を使うプレイヤーの利点の一つなのだろう。
「けど、これくらいは他の武器でもできそうなんだよなぁ」
剣銃を向けることで出現した『バーサク・ドッグ』という名前と一本のHPゲージを見て呟く。
名前はともかく、敵のHPゲージが見えないと自分の攻撃がどこまで効いているのか判断し難い。昔は敢えてそういうシステムを採用していたゲームもあったらしいが、VRMMORPGが広く知れ渡るようになってからというもの大概のゲームは敵のHPの残量を示す何らかの指標が表示されるようになっていた。
どちらにしても今の俺がモンスターの名前を知ったとしても、そのモンスターに関する予備知識も事前情報すらないのだからそれを活かすことができないのも事実。
銃口を向けたまま考え事をしていると不意に全身を草の陰から現したバーサク・ドッグの中心部にダーツの的のようなものが浮かび上がり、それと同時に視界の右下に『×2』という数字が浮かんできた。
この『×2』という数字が何なのか俺は直ぐに理解した。この数字は剣銃に込められている銃弾の残弾数だ。
「つか、よりにもよってたった二発だけだなんてな。現実の銃だってもう少し装填数があるぞ」
せめて歴史の授業で見た一発づつ銃弾を込める火縄銃よりは装填数が多いと喜ぶべきだろうか。いや、火縄銃なら次の銃弾を込めることで連射が可能なはずだからもしかするとそれ以下かもしれない。なにせ俺の剣銃には次の銃弾を込められるような部品はないのだから。
この状況で確認出来ることはあと一つだけ。モンスターのHPゲージを視認したままで剣銃をホルダーに収めるとどうなるのか。
「お、どうやら表示されたままになるみたいだな」
腰のホルダーに剣銃が収まったあともバーサク・ドッグの頭上には変わらず名前とHPゲージが浮かび続けている。
これならば戦闘中に限り暗い夜の間もモンスターの姿を見失うことはなくなるだろう。
「さて、始めるか。これが俺のホントの戦闘チュートリアルだ」
再び剣銃をホルダーから引き抜いて即座に剣形態へと変形させる。
今後、俺の戦闘ではこの剣形態で戦うことが基本となっていくはず。それに銃形態の時に使えるのはたった二発の弾丸だとしてもそれが武器自体が全く使えなくなったということではない。出し惜しみさえしなければ追撃や先制攻撃にとその用途は様々。戦闘における選択肢という点では確実に広がっているのだ。
剣の柄になっている銃のグリップ部分を握りしめてバーサク・ドッグに目掛けて走り出す。
この戦闘で俺が最初にすべきことは相手に気付かれるよりも早く、それこそこちらの首に牙を食い込ませるよりも早くより大きなダメージを与えること。
その一念で走っている俺が目の前まで迫った瞬間、バーサク・ドッグがこちらを見た。
「……っ!」
モンスターの五感はモチーフとなっている動物を参考してるらしく人間よりも鋭いものがある。狼を模したバーサク・ドッグで言えば際立っているのは聴覚と嗅覚。
例えば、俺が地面を踏み締める時に出る落ち葉を踏み砕く音。
例えば、森のエリアにはいないはずのプレイヤーの匂い。
この二つがバーサク・ドッグに俺という敵対者の存在を告げているのだった。
「けど、遅いっ」
それでも俺が剣銃を振り抜くスピードの方がバーサク・ドッグが攻撃してくるよりも速い。
剣銃の刃が風を切る音とともにバーサク・ドッグの身体に深い傷跡が刻まれ、同時に頭上に浮かぶHPゲージが目に見えて減少した。
ハルが言っていたようにグラス・ラビットはエリアボスモンスターの一種だったのだろう。本来だと初心者が相対する雑魚モンスターはバーサク・ドッグくらいの強さが基本のはずだ。
プレイヤーの攻撃が与えるダメージが大きければその分決着も早い。それはすなわち俺がダメージを受ける危険も減り、多少なりとも敗北の可能性が減り生還率が上がるということだ。
「もう一度!」
俺の攻撃は先に見たハルのようにスタンの状態異常を引き起こすほどではなかったが、反撃してこようとするバーサク・ドッグの体勢を崩し、反撃の予備動作に入るまでに幾許かの遅延を与えられたらしい。
「ハッ!」
振り降ろしていた剣銃を正面へと突き出す。
体勢を崩した影響か、無防備なバーサク・ドッグの横腹に剣銃の切っ先が突き刺さる。
「よし。これなら――」
力を込めた攻撃が二回、クリーンヒットしたことでバーサク・ドッグのHPは殆ど残されていない。初めて感じられた手応えに俺は思わず声を出していた。
「え!? なっ、ここで逃げ出すのかよ」
呻き声を上げながら後ずさるバーサク・ドッグは瞬時にこの場から逃げ出そうとしている。
俺は急いで駆け出して剣形態の剣銃で止めをさせばいいのだろう。だが、この時の俺の脳裏に過ぎったのはこともあろうに僅か二発しかない銃形態の剣銃での追撃だった。
そこからはもはや無意識の行動。
手元のスイッチを押して剣銃を銃形態へと変形させると迷うことなくバーサク・ドッグに狙いを定める。
再び浮かび上がるダーツの的のようなものがターゲットマーカーなのだと気付くよりも早く俺は剣銃のトリガーを引いていた。
撃ち出された弾丸はバーサク・ドッグに命中し残されたHPを削り取っていく。
しかし、一度の銃撃では残り全てのHPを刈り取ることができないのか、あと数ドットという所でHPゲージの減少は止まってしまった。
だとしても一度引き金を引いた俺に躊躇いなどはもう残されていない。
撃ち出された二発目の銃弾は確実にバーサク・ドッグに命中し、残されたHPを全て奪い取った。HPゲージがゼロになったその瞬間、バーサク・ドッグは光の粒子となって消滅したのだ。
これが別のゲームならどこからともなくファンファーレが聞こえてきたりしたりするのかもしれないが、このゲームにはそんな演出はないらしい。
戦闘終了を告げたのは自動的に出現したコンソールにこの戦闘で得た経験値とドロップしたアイテムが表示されたことだけ。
「――お、これはなんだ?」
初めての勝利を称えるかのように俺のレベルが上がったことを知らせる演出が全身の瞬間的な発光という現象という形で現れた。
ゲームを始めたばかりだった俺のレベルは1。グラス・ラビットとの戦闘では敗走したために経験値は入ることなく1のまま。
そして今回、ようやくレベルが一つ上がってレベル2になった。
レベルが上がって上昇するのがパラメータである。これはレベルアップまでの間のプレイヤーの行動を反映させて自動で上昇する仕様のようだ。
例えば近接攻撃に重きを置いたプレイヤーと魔法に重きを置いたプレイヤーとの違いがレベルアップによって明確に出るようになっているらしい。
そしてもう一つ。レベルアップと同時に与えられるのがスキルポイント。元々持っていたらしいポイントが5でレベルが上がると同時に振り分けられたポイントは1。合計して6ポイントが今所持しているスキルポイントの全てだった。
「スキルかぁ」
ハルが走り去っていく時に言っていたことを思い出した。
コンソールを出現させて、ステータスの中から習得スキル一覧を表示させる。当然のようにそこにはまだ何も刻まれていなかった。
「ってことは、こっちか」
次に習得可能スキル一覧を表示する。するとそこには現時点の俺が憶えられるスキルがずらっと数十個、羅列されていた。
まず目に入ったのが基本的なパラメータに補正を加えるスキル。HPやMPの他にも、ATK(攻撃力)やDEF(防御力)などを底上げしてくれるものまで。全てのパラメータの項目に対応したスキルが並んでいる。
「うーん、どれも魅力的だけど。俺が一番欲しいのはこれじゃないんだよな」
スキル一覧を下へスライドさせるとようやく各武器に関連したスキルが現れた。
「って、何だ。やっぱりあるじゃないか」
俺の持つ剣銃にはハルが言っていた通り≪片手剣≫スキルも≪片手銃≫スキルも対応していない。その代わりたった一つ、自分の持つ武器種と全く同じ名前のスキルが明るく表示されていた。
≪剣銃≫
これがハルの見つけられなかった剣銃に対応しているスキルなのだろう。そしてこのスキルの中にこそ俺が欲しているものが隠されているかもしれない。
迷うことなく俺はこのスキルを習得することを決めた。
スキルの習得に必要なスキルポイントは1。それは今のところどのスキルでも同じなようだ。所持しているスキルポイントが6から5へと減った代わりに俺の習得スキル一覧に≪剣銃≫の文字と共にその隣に『レベル・1』という数字が刻まれた。
習得したスキルにはそのスキルレベルで使用できる技<アーツ>が存在する。≪剣銃≫レベル・1で使用できるアーツは何があるのだろうかとコンソールを操作し確認していく。
「やったぁぁぁぁぁ!!!」
見つけた単語とその説明文を読んで俺は堪えきれずに叫んでいた。
≪剣銃≫スキルに記されている中にあったアーツは<リロード>文字通り銃弾を込め直すことのできるアーツだ。
俺の持つ剣銃が普通の銃火器だったのなら、このアーツは単純に装填速度を速めるだけのものだったのだろう。だからこそ本来ならばにたいして重要度は高くないはずだ。けれど俺にとっては、何よりこの剣銃にとっては他のどんなアーツよりも有用なものであることは間違いない。
「<リロード>!」
早速アーツを発動させてみると俺の予測通りに空になっていた弾倉に新たに2発の弾丸が込められていた。それは俺の剣銃に貼られた使えない銃形態というレッテルと自己評価が塗り替えられた瞬間でもあった。
何がともあれ新たに手にした力を試すべく、また、新たに強くなった自分を確かめるべくして俺は別のモンスターと戦うためにと森の奥へと進む。
ようやく剣と銃、二つの形態を何の憂いもなく使い分けられるようになった俺はこの後もモンスターとの戦闘を三回ほど繰り返したが全く危うげ無く勝利を掴むことができるようになった。
先程のバーサク・ドッグと同じモンスターと三回戦いレベルをさらに二つ上げた後、俺はこのエリアにいる他の二種のモンスターとも試しに戦ってみることにした。
ざっくりとした感想をいうとやはり二発程度の装填数では空を飛ぶコウモリのモンスター――名称はバーサク・バットだった――とは戦いにすらならず、猪のモンスター――この名称はバーサク・ボア――は時間と手間を掛けさえすれば問題なく倒せることがわかったがバーサク・ドッグに比べるとやや効率が悪い。
バーサク・バットと戦闘にすらならなかった理由は装弾数の少なさの他に俺の剣銃の刃が相手を捉える事ができずにいたこと、縦横無尽に飛び回る相手に対して射撃の命中率が安定しなかったことだ。
どうやら余程の腕がない限り近接戦闘をメインに行うプレイヤーがバーサク・バットを倒すことは難しいだろうというのが感想だ。
次いでバーサク・ボアだが、その攻撃方法は全てが突進攻撃。直線的な攻撃で避けやすいものの、その一撃が与えるダメージが大きく確実に回避しなければならなかったのと硬い毛皮に覆われていて剣銃の刃が弾かれこちらが与えるダメージが少なかったのもあるが、何より他の二種よりも高いHPを持っているバーサク・ボアは倒しきるまで時間が掛かるのが面倒。
結論で言えば、やはりバーサク・バットは遠距離攻撃を行うプレイヤーに向けて、バーサク・ボアはハルのように重い攻撃と堅い防御が得意なプレイヤーに向けて作られたモンスターなのだろう。そしてバーサク・ドックは俺のように軽めの装備と近接武器を持つプレイヤーに向けて作られた相手というわけだ。
そういうわけでどのような武器種を選んだプレイヤーに向けても最初に戦うべきモンスターが南の森エリアにいるということになる。
三種類のモンスターとそれぞれ戦ってみた結果、俺がこのエリアで戦うのに最も適しているのはバーサク・ドックだという結論にも行き着いた。
幸運にも最初に戦ったのが自分に最も適していたバーサク・ドッグだったのだ。それを直感で選んだ自分にグッジョブと言いたい。
それから何度も何度もバーサク・ドッグとだけ戦い自身のレベル上げに勤しんだ。倒した数が二十体を超えたあたりで俺のレベルは6にまで上昇していた。
これまでがむしゃらにレベルを上げてみたのだが、残念なことに一つの問題が浮上してきた。
自動で上昇するパラメータはいいとして、問題なのはスキルポイントの使い方。既に習得しているスキルレベルを上げるのにもスキルポイントを一つ使うことからも、俺には≪剣銃≫スキルのレベルをひたすら上げることも可能で、その他にも目についた新しいスキルを片っ端から習得することも可能だった。
俺のレベルが一つ上がるごとに獲得できるスキルポイントは1。レベルが6にまで上がったのにそれまで≪剣銃≫スキルしか習得していないために残っているのは9のスキルポイント。スキルレベルを上げることなく他の種類を習得し続ければあと八つは新たなスキルを増やすことができるということだ。
「さて、どうするかって……これは何だ?」
コンソールにはステータスの項目の他に公式からのお知らせというものがある。そしてそのお知らせの中には初心者支援の名目でオススメの習得スキルというページがあった。
まず優先して習得すべきはパラメータを増やすスキル。その中でもHPとMPを底上げするスキルは必須だと書かれていた。俺としてもそれらのスキルを習得するのはやぶさかではないが、お勧めされたとおりに習得するのはなんだか攻略本に指示されるままプレイしているようでいまいち乗り気になれなかった。
困った顔をしてコンソールと睨み合いをする俺はふと画面の端にあるデジタル表示の時計が目に入ってきた。
ゲームの中の時間を示しているのが長針と短針が二色で色分けされたアナログ時計で、現実の時間を示しているのがデジタル時計。
現実の時間は昼の十二時を過ぎ、製品版が稼働してから既に二時間近く経過していることを表わしている。
ゲームの中にいる限り現実の空腹感には襲われない。
「だからといって何も食べないままプレイし続けるのはダメだよな」
現実の体に影響を出してしまうほど俺はこのゲームに没頭するつもりはない。
このゲームからログアウトをするのは町にいればどこでも問題ないが、エリアに出ているのならセーフティゾーンと呼ばれる安全圏を探すことを推奨されていた。これも初心者支援のところに書かれてたことだ。
南の森のエリアにあるセーフティゾーンは木々の合間にある開けた空間。
少しだけ歩くことで見つけたそこは夜になって月明かりが照らし出すこの場所の近くではモンスターの影一つ見つけられない。セーフティゾーンの中で地面に直接腰を下ろしコンソールにあるログアウトの項目に触れてみると『ログアウトしますか? YESorNO』という確認を促す一文が表示された。
「イエスっと」
ログアウトボタンに触れる。
程なくしてこのゲームにログインした時と同じ感覚が俺に訪れた。自分の身体から意識が離れる感覚。これは夜に強い睡魔に襲われ眠りにつく時とよく似た感覚だった。
全身を淡い光が包み、ユウというキャラクターが森の中から消失する。
次に俺が目を覚ましたのは自室のベッドの上。
「う、うぅ……腹減った」
現実に戻ってきたらしい。
体はベッドに横たわっていて運動一つしていないはずだが、どういうわけか全身をこれまで経験したことのない疲労感が襲ってきた。
ベッドの上で深呼吸して背伸びをすると昼前にある体育の授業の後のような空腹感が押し寄せてきた。今日は金曜日で祝日。仕事に忙しい両親にとっては祝日も何も無いのだろうがこうして発売日に思い存分プレイできるのだから学生最高と言わざる得ない。
「ああ、だからあんまり社会人っぽい感じのするプレイヤーは見かけなかったのか」
社会人の皆さんは夜に始める人が多いのだろう。つまりはこれからさらにプレイヤーが増えるということだ。
自室からキッチンに移動して昼食を探す。
普段は自分で作ったりもするのだけど、今は疲れて料理をする気にはなれない。
「……これでいいか」
戸棚に入ったままのインスタントスープと買ってあったコンビニのサンドイッチを手に持って近くの椅子に座る。
お湯を入れて三分。インスタントスープが完成すると一口飲んだ。体の中が暖かくなることで俺は少しだけ気分を落ち着けられた。
それから考えるのはゲームのこと。俺の持つ情報は少ない。これまで自分の足で踏み入れたことのある二つのエリアと最初の町というごく限られた場所しか知らず、コンソールで見つけた初心者支援の項目も流し目で見た程度。
今更ながらちゃんとチュートリアルを受けておくべきだったのかもと後悔すると同時に再びゲーム世界に戻る前にパソコンかなにかで調べてから続きを始めるのも悪くはないとも思った。
けれどこの際だ。
未開の地に足を踏み入れ続ける感覚を存分に楽しむのも一興ではないか。
「残る問題は、やっぱり剣銃だな」
思い浮かべるはユウというキャラクターの腰のホルダーに収まっていた武器とそれに対応したスキルのこと。
≪剣銃≫のスキルレベル1で俺が使えるようになったアーツは<リロード>だけ。銃弾を再装填できるようになったことは僥倖だが、それでようやく他の銃系統の武器と同じスタートラインに立ったというだけで、他のゲームでもあるような必殺技っぽい攻撃は未だに入手できないままだ。
さらに言えば<リロード>にも問題点はある、と思う。
それは一度発動させる度にMPが大きく減ってしまうということ。現時点の俺のMPの総量は275。一回の<リロード>の発動で消費するMPが20だから最大で十三回。それが現時点で俺が使える<リロード>の上限だった。
最初の二発と限界まで<リロード>を使った場合を鑑みると俺の剣銃が撃ち出せる弾数は二十八発。それはこれからレベルを上げる毎にMPが増えれば相対的に撃ち出される弾丸の数も増えていくことなのだろう。
「スキルはいいとしても性能がなぁ」
剣銃の二つの形態はそれぞれが全く別の武器になってしまうといっても過言ではない。キャラクタークリエイトの時に試し使ってみてその特性をおおよそ理解したつもりになっていたが、同時にいくら気に入って選んだ武器種だとしても実際に使ってみるのとそうでないのとでは多少なりとも受ける感覚が違うということも実感した。
剣形態は銃形態に比べ攻撃力が高い分リーチが短く自分も相手に接近して戦わなければならない。まあ、それは普通の剣も同じなのだが。
銃形態は剣形態の時に比べ離れた場所からでも攻撃ができる点では優れている。けれど与えられるダメージはほぼ一定でそこまで高くはない。
現状、銃形態だけで戦えるとは思えず、この形態で出来ることは離れた場所からのファーストアタックか逃げる相手への追撃くらいのものだろう。
自分の戦い方を脳内でシミュレートして、次に戦う相手に思いを馳せる。
十分程度で簡単な昼食を終わらせて、俺は再び自室へ戻ることにした。ベッド脇に置いたままになっているHMDを再び装着してもう一度ゲームの世界へ戻ってゆく。
三度目になる感覚を抜けて俺は再びユウとなり、森の中に戻った。
「ここはもう朝になりかけてるんだな」
ログアウトする前は夜だった空が白み始めている。
エリアでは時間によって出てくるモンスターの種類が変わることがあるらしい。それ故に今も戦い慣れてきたバーサク・ドッグがいるかどうかも分からないのでは、これ以上この場所で潤滑なレベル上げはできそうもない。
それに、そろそろ俺のストレージが倒したモンスターからドロップするアイテムで一杯になりそうだった。
「しょうがない。町に戻るか」
セーフティゾーンを離れ再び森の中を歩き出した俺はコンソール上にこの森の簡易マップを表示させた。食事中、せめてもと基本的なシステム関連だけは目を通し使うことにした。手元の簡易マップもその一つ。
いつのまにか思っていたよりも森の奥の方まで来てしまっていたようで、町の方を目指し進めども進めども景色は変わらない。自分が町の方へ進んでいると確信が持てているのはマップにある俺を示す光点がしっかりと町を目指し移動しているからだ。
森のエリアでもモンスターはこちらから攻撃を仕掛けなければ攻撃をしてこない仕様になっているようで戦闘を避けることは簡単だった。
だからなのか俺が戦闘を避け朝露の滴る木々の合間を歩いているとまるでピクニックに来ているかのよう。ここがゲームの中だというのに透き通った森の澄んだ空気が鼻と口を通り体に沁み渡る。
「きゃああああああああああ!!」
マップを見る限り森を抜けるまであと百数メートルくらいにまで来た時に俺の平穏なピクニックは不意に終わりを告げたのだ。
終焉を告げる天使のラッパが誰かの悲鳴だと気付いたその瞬間、俺は悲鳴が聞こえてくる方に向かって走り出していた。
程なくして目撃したのは大木が薙ぎ倒されて地面に倒れ込む先に巨大な猪型モンスターに追われる女性プレイヤーの姿。追っているのは俺がレベル上げをしているときに見たバーサク・ボアをとんでもなく巨大にしたかのような見た目のモンスター。
そう、それは以前ハルと共に戦ったグラス・ラビットと似た感じだった。
「ねえ! そこの君! 早く逃げて! 危ないわ!」
走って近付いてくる俺の姿を見つけたのだろう。そのプレイヤーが必死に猪型の巨大モンスターから逃げ回りながら叫んでいる。
悲鳴ではない言葉は不思議と木々が薙ぎ倒される音に掻き消されることもなく俺に届いた。
「逃げろって言われてもな。今にもやられそうなあんたを放っておいて逃げたらかなり後味が悪いんだけど」
「ダメっ!」
追われているプレイヤーはさておいて、剣銃を抜き銃口を追い掛けている猪型の巨大モンスターに狙いを付ける。
するとプレイヤーを追って走る猪型の巨大モンスターの上に名前とHPゲージが表示された。
『レイジボアー』
それがこのモンスターの名前のようだ。
この名前は記憶の中にある猪型のモンスターの名前とは違っていた。ということはだ。仮に草原エリアでグラス・ラビット以外のウサギ型モンスターを見つけらたのならその名前も違っていたことだろう。
「早く逃げて!」
「なあ、それを捨てたら速く走れるんじゃないか?」
レイジボアーから逃げるにしても目の前のプレイヤーの走る速度が遅すぎる。
原因は明らか。両手で抱え込んでいる石の塊、それが彼女の走る速度を抑えつけているようだ。レイジボアーの直進スピードは確かに驚くほどであってもその反対に方向転換は苦手なはず。俺の予測が正しければあのプレイヤーが抱えている石の塊を捨てさえすれば簡単に避けられるのだが。
「ダメっ。これを捨てたら失敗しちゃうの」
「失敗って何が?」
「クエストよっ!」
走りながら俺と話をしている間に俺がレイジボアーに追い付き、逆に石を抱えたプレイヤーがレイジボアーに追い付かれようとしている。
迷っていられる時間などはない。
ここで決断しなければならない。
石を抱えたプレイヤーを見捨てるか、それとも一人であのモンスターに立ち向かうか。
「――って、決まってるよな」
引き金を二回、立て続けに引く。
撃ち出された弾丸は突進し続けるレイジボアーの横っ腹に命中した。
レイジボアーは猪型のモンスターであることから分厚い毛皮に覆われていて銃弾が与えるダメージは微々たるもの。
だが、それは予測できていたこと。どんなにダメージが少なくてもこちらに注意を向けることには成功したようだ。
「いいぞ。こっちに来い!」
徐々に走る方向を変えるレイジボアーの意識をこちらに向け続けさせるためにも<リロード>を連続して発動させて銃弾を込め直し、すぐにまた撃ち出すことを繰り返した。
目的はレイジボアーのHPを削ることじゃない。目の前のプレイヤーが逃げる隙と時間を稼ぐこと。
「もっとだ……もっと、こっちに来い!」
<リロード>を発動させる方法は主に二つ。
一つはそのアーツ名を声に出すこと。俗に言う音声発信による発動ってやつだ。
もう一つは銃口を下に向け銃身を横に振る方法。これは一昔前のアミューズメントのガンシューティングゲームにあったのと似たような方法であり、声の出せない状況では有効な手段になりえる。
最大で十三回発動可能な<リロード>の内三回発動させて最初の弾丸と合わせて計八発を撃ち出したところでレイジボアーは完全に俺の方へと攻撃の矛先を変えた。
これまでのレイジボアーの様子とバーサク・ボアのことを考えれば、レイジボアーの攻撃方法は突進だけのはず。
その単純な攻撃がレイジボアーが繰り出す攻撃の最大の威力を発揮させるのだから注意しなければならない。
「そのまま逃げるんだ!」
「でも……」
「こいつは俺が引き受ける。だから、早く!」
「え、ええ。分かったわ」
走るスピードを緩めてこちらの様子を窺っている石を抱えるプレイヤーに向かって叫ぶ。石の塊を捨てる意思がない以上、戦うことは出来ない。それならばこの場に残ったとしても邪魔なだけだ。
四度目の<リロード>を発動させると俺は剣銃を剣形態へと変形させた。真正面から対峙するとなれば銃形態では戦いにすらならない。
思い出せ、バーサク・ボアと戦った時のことを。大きさは違って分類は同じ。だとすれば時間が掛かったとしても勝てない相手ではないはずだ。
何よりも俺だってレベルが上がってグラス・ラビットと戦った時よりは強くなっているはずだ。
気を引き締めろ。
一度でも攻撃を受ければ負けると思え。
「早くっ!」
ようやく俺の言葉を信用したのか走るスピードを速めた石を抱えたプレイヤーは方向転換してこの場から離脱しようと再び進み出した。
まあ、スピードを速めたというわりには石の塊を抱えているせいで遅いのは今更仕方ないことだろう。どうやらあのプレイヤー完全に戦闘区域から離れるまでもう少し時間が掛かるみたいだ。
「ほら、お前の相手は俺だ。――来いよ」
向き合うレイジボアーが数回地面を蹴る。それが突進攻撃の予備動作だと知っているのはバーサク・ボアが同じ行動を見せていたから。
迫りくるレイジボアーの突進を俺が受け止めることは出来ないだろう。剣銃も俺が着ている防具もそれに耐えられるとは到底思えない。
だからこそ俺が選んだのは回避。
突進してきたレイジボアーが当たる前に大きく横に跳び攻撃の射線上から外れる。遥か後方で自ら木々にぶつかり強引な急ブレーキを掛けて止まったレイジボアーが再び俺に向かって突進を繰り出てくる。
軌道はさっきと同じ。直線。
同じ相手の同じ攻撃を目の当たりにするのが二度目にもなれば余裕を持って回避できる。
「喰らえっ」
ギリギリで躱してすれ違い様に斬り付ける。
レイジボアーに与えることのできたダメージはバーサク・ボアに与えたダメージよりも遥かに少ない。せいぜいバーサク・ボアに与えられたダメージの半分未満という感じだ。そうなのだとしてもこの小さなダメージを蓄積させ続ければいつかは倒せる。
その間に一度も攻撃を受けないというのは至難の業だろうが、レイジボアーがずっと単調な攻撃を繰り返すだけなのだとしたら決して不可能ではない。
「ん? どうやらあの人は逃げきれたみたいだな」
レイジボアーとの数回の邂逅の果て、俺の横を通り抜けたレイジボアーの向こうで石の塊を抱えたプレイヤーが森の外へと消えていくのが見えた。
「さて、俺はどうするかな」
これでレイジボアーと戦い続ける必要もなくなったというわけだ。ならば本来複数人で戦うことが前提のエリアボスモンスターに一人で戦いを挑むのは無謀を通り超して無謀で愚策。
だとすればどうにか隙を見つけて逃げ出す算段を付けた方がいいかもしれない。
プレイヤーとモンスターではその種類にもよるが走るスピードには明確な差がある。基本的にはプレイヤーの方が速いのだが、戦闘状態のレイジボアーの直進はおそらく俺よりも速い。だから俺が逃げるにはレイジボアーのスピードを失わせるか、機動性を損なわせるかする必要があるはずで。
「何か使えそうなものは……」
モンスターの足を止めると考えた時、真っ先に思い出したのはハルがグラス・ラビットに与えた初撃。しかし、スタンと呼ばれる状態異常を引き起こしたそれはハルの持つ斧だからできた攻撃のような気がする。それに、最初の一撃以外では現れなかった状態異常を期待して戦闘の真っ最中に無為な攻撃を仕掛けるのはどうも分の悪い賭けに思えてならない。
他にはと考え思い付いたのは昔プレイした別のゲームにもあった部位破壊だ。爪や牙などを壊しその欠片を素材として得ることのできるシステムがこのゲームにもあるのだとすれば、レイジボアーにも破壊できる部位は存在し、それはおそらく牙になるだろう。
「けど、それも無理そうなんだよなぁ」
自分の考えを自分で棄却する。
牙を折るというのならやはりハルの持つ斧のような体重を乗せて斬る武器の方が適しているはずだ。俺の持つ剣銃の刃は重さで斬るというよりはその鋭さで斬る刀のような攻撃に適している。それ故に切断することは出来たとしても粉砕することはできないというわけだ。
「――おっと」
攻撃方法を迷っている俺をレイジボアーが次第に追い詰めていく。
比較的回避しやすかった最初のころに比べて今は回避する場所やタイミングを意図的にずらされているような気がする。
「どうする? どうすればいい?」
スタンさせることも牙を折ることもできない俺がレイジボアーの足を止めるためにできることは何か。
脳をフル回転させて一つ一つ可能性を潰していく。出来ないことを切り捨てて出来ることを残していった結果、俺に残ったのはあまりにも単純であまりにも困難な方法だった。
「はぁ。でも、ま、やるしかない…か」
戦闘中のモンスターがプレイヤーを追尾しなくなるにはプレイヤーの姿を完全に見失わせればいい。それこそ先程逃げ切った石を抱えたプレイヤーのように。
けれど、ずっと正面で対峙しているレイジボアーが俺を見失うには一瞬姿を隠すだけでは足りないはず。つまりは完全に俺という存在をレイジボアーが視認できなくなるようにする必要があるということだ。
「いいさ。それなら、やってやるだけだ」
レイジボアーから十分な距離を取った後、俺は元いた方向へ走りだした。
森でレベル上げをしていた時に気付いたことがある。それは森の奥に進めば進むほど周囲の木々の幹が太くなるということ。そして森の奥では俺の姿を完全に隠しきれるほどの巨木すら至る所にあるということ。レイジボアーから隠れるにしても俺を見失わせるにしてもこの森ではあそこ以上に適した場所はないだろう。
「ついて来いっ!」
離れ過ぎないように気を配りながらレイジボアーを引き連れて森の奥を目指していく。
目的の場所まであと少し。
「しっかし、きっついなこれ!」
背中越しに伝わってくるレイジボアーの迫力に負けるわけにはいかない。
シビアなタイミングを逃さないためにも俺は集中力を切らすわけにはいかない。そう思えば思うほど俺の身体には余計に力が入ってしまう。
プレッシャーを感じながらも走り続けていると、巨木がいくつも生え聳える場所に出て、そこからさらに全速力で駆け抜けた。
「おおおおおおおっ、今だっ!」
歩い程度レイジボアーとの距離ができたと判断したその瞬間に俺は近くの巨木に隠れるようにその陰へと飛び込んだ。
自分の口を自分の手で覆い息を顰めていると、それから直ぐに聞こえてきたのは大型車両同士がぶつかった時を彷彿とさせる程の轟音。それがレイジボアーと巨木が激突した音なのだから驚きだ。
この方法は石を抱えるプレイヤーが逃げている途中にレイジボアーが目の前の木を薙ぎ倒していくのと自ら木にぶつかって強引なブレーキを掛けるレイジボアーの習性をを見ていなければ思い付かなかったことだろう。
本来ならどんな生物でも目の前の何かにぶつかると思えば自然とスピードを緩め衝突を避けるもの。それをしないというのがレイジボアーが生きた動物ではなくプログラムで組まれたモンスターである証拠なのかもしれない。
「これは、作戦成功……かな?」
巨木と激突したレイジボアーは動かない。
頭上に浮かぶレイジボアーのHPゲージがまだ半分以上残っているのだから倒したわけではないのだろうが、俺が逃げる時間は十分に稼げたはず。
そっと木々の陰に隠れるように移動を繰り返して慎重に戦闘区域から離脱する。
「ふぃ」
森の中を静かに急いで進みレイジボアーの姿が遠く見えなくなった頃に俺は溜め込んでいた息を吐き出し、ほっと胸を撫で下ろした。
自分の攻撃が通用しないのならば別の攻撃手段を用意するしかない。そう考え俺が思いついたのはこの森に自生している巨木を利用する方法。
もの凄い勢いで激突すればそれは強力な鈍器に殴られたのと同じになるで俺の剣銃ではできない打撃攻撃が可能となるはずだということだった。
レイジボアーとの追走劇を繰り広げた道を避けて進むことが遠回りになるのは承知の上で俺はあえて帰り道にその道を選んだ。道中出会う雑魚モンスターが相手だとしてもこれ以上戦闘になるのは御免だと森の中を隠れ進んで行くと、ようやく町の周囲を囲んでいる壁と門が見えてきた。
心底くたびれた様子で森から出てくる俺に町から出て行こうとするプレイヤーたちが怪訝そうな眼差しを向ける。
それもそのはず、最初に訪れる町の周囲にあるエリアというのは即ち初心者向けのエリアでしかなく、そこから疲れた様子で出てくるプレイヤーは余程戦闘が下手なプレイヤーか無理矢理なレベリングに勤しんでいるプレイヤーに見えていることだろう。
当然俺はそのどちらでもない。
「あっ、いたぁ!」
門の外で何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡している一人のプレイヤーが叫んだ。
よくよく見てみれば石を抱えてたプレイヤーではないか。
「よかったぁ。無事だったんだねー」
ベタベタと俺の身体を触りながら石を抱えていたプレイヤーは安心したような顔になった。
「あんたこそ。そのクエストとかいうのは上手くいったみたいだな」
「うん、おかげさまで。君のおかげだよ。ありがとう」
「別に気にしなくていいさ。どうせ成り行きみたいなものだからな」
「でもでも、ホントにゴメンね。モンスターを他人に押し付けるのはマナー違反なのに」
目を伏せ、心底申し訳なさそうに告げる彼女の様子を見てしまえば責めることなど出来はしない。そもそも引き受けたのは俺で元から責めるつもりなど毛頭なかったのだが。
「いいよ。自分から引き受けたみたいなものだからさ」
「でも、君は凄いね。あのモンスターを一人で倒しちゃったんでしょ?」
「残念だけど倒してはいないんだ。あんたが逃げのびたのを確認してから俺は適当なところで切り上げて逃げ切ってきただけなんだ」
「それでも凄いよ。もしかして君もベータテスト出身者なのかな?」
「いや俺は違う。けどそういうからにはそっちはベータ出身みたいだな」
「まあね」
「それで、聞いてもいいか?」
「なに?」
「クエストってなんだ?」
「えーと、ね。町でNPCから受けた依頼をこなして報酬を受け取とったりするんだけど……」
「え、ああ、聞き方が違ってたかな。クエストって言葉の意味とそれがどういうものなのかくらいは知っているさ。そうじゃなくて俺が聞きたかったのはそのクエストとあの石の塊がどんな関係があるのかってことさ」
「成る程ね。私の受けたクエストがあの鉱石を届けることだったんだよ」
クエストという単語は古今東西どのようなゲームでも耳にするだろう。その内容は何かの仕事の依頼だったりモンスターの討伐だったりと様々なのだが。
どうやらこのゲームにもクエストというシステムはあるみたいだ。
「報酬はね…これ」
「かなづち?」
「そ。これがあれば≪鍛冶≫スキルが習得できるようになるんだよ」
「鍛冶ってことはあんたは生産職なのか?」
「そうだよ。私は『防具屋』のリタ。改めてよろしくね」
「防具屋?」
「そう。防具屋さんだよ」
自信たっぷり胸を張って告げるリタの装備はどう見ても初期装備だった。
始めたばかりなのだから当然のような感じもするが、防具屋を名乗っているのなら何かしら手を加えていてもいいような気がする。
「とはいってもまだまだ開店準備中なんだけどね」
「ああ、それでか」
「君も新しく防具を作る時が来たら私の店に来てくれると嬉しいな」
「その時に開店していればだけどな」
いずれ俺も防具を新調する時が来るだろう。
その時はリタの店に依頼してみるのも悪くないかもしれない。
「あ、そうだ。私に何かお礼をさせてよ」
「別にいいって。見返り欲しさにやったわけじゃないし」
「でも、それじゃあ私の気が収まらないの。だって、あのままだとクエストは失敗。死に戻りだって覚悟してたんだから」
死に戻りとは文字通りHPを全損させて最後に立ち寄った町まで強制的に戻されてしまうことを指す。その時に持っているだけでストレージに収めていないアイテムは全て消失してしまうというデメリットと一定時間のパラメータ減少、それと獲得経験値の一定量の減少がデメリットとして設定されているのだと初心者支援の項目に書かれていたことを思い出しながらリタの話を聞いていた。
「だったらさ、俺にこのゲームのことを教えてくれるか?」
「そんなことでいいのなら、もちろん良いわよ。君は何を聞きたいのかな?」
「まずはこのゲームのスキルについて教えてくれないか?」
≪剣銃≫スキルを習得して以来、俺は1ポイントもスキルポイントを使ってはいない。これまではどうにかやってこれたがこの先も同じとは限らない、というよりは他のスキルを覚えない限り難しくなるのだろう。
「でもさ、チュートリアルは受けなかったの? 神殿で受けられるはずよ」
「あー、先に友達に教えて貰う約束をしてたから受けなかったんだよな。しかもそいつはそのすぐ後に別件が入ったみたいで、別行動しちゃったんだよ」
「なるほどね。そう言うことなら、お姉さんにどーんと任せなさい」
「ああ。頼むよ」
リタに頭を下げる。
「それじゃあ私の工房に行こうか」
「工房?」
「けっこう長い話になると思うし、スキル構成は隠すのが基本なのよ。私の工房に来てくれるなら他の人には聞かれたりしないから安心よ」
面識のない人について行くのはどうかとも思うがスキル構成は隠すのが基本と言われたからには俺はその誘いに乗るしかない。話をする場所には特に拘りなど持っていない俺はリタのいう工房というものにも興味はあることからも了承したのだった。
「その前に私とフレンド登録しましょう」
「え? ああ、そう言えばまだだったっけ」
「そうよ」
コンソールに出現した確認画面に触れると俺のフレンド一覧に二つ目の名前が刻まれた。
「よろしくね、ユウくん」
先に自己紹介をすればよかったと思った俺は自然とリタから目線を逸らしていた。
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キャラクターネーム『ユウ』
レベル『6』
【実数値】[基礎能力値](装備加算値)《スキル加算値》
HP 【370/560】 [560]
MP 【140/275】 [275]
ATK 【80】 [70] (+10)
DEF 【50】 [60] (-10)
INT 【55】 [55]
MIND 【50】 [50]
SPEED 【80】 [70] (+10)
LUK 【10】 [10]
AGI 【60】 [60]
DEX 【60】 [60]
『装備・武器』
専用武器・【剣銃】
――(ATK+10)
『装備・防具』
頭・【なし】
首・【なし】
外着・【初心者装備・最軽装・ジャケット】
――(DEF-10)(SPEED+10)
内着・【初心者装備・最軽装・半袖シャツ】
腕・【なし】
腰・【なし】
脚・【初心者装備・最軽装・ズボン】
靴・【初心者装備・最軽装・ブーツ】
『アクセサリ』 装備重量【0/10】
なし
≪所持スキル一覧≫ 保有スキルポイント【9】
≪剣銃≫レベル・1
――武器種、剣銃の専用スキル
<所持アーツ一覧>
<リロード>
――消費MP20。瞬時に消費した銃弾を再装填することが出来る。
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17/5/6 改稿