輝きを求めて ♯.11
「アイリはこのままギルドホームについてくるんだよな?」
十分にも満たない飛行を終え転送ポータルのある街に付いた俺はクロスケを小さな梟の姿に戻し、ご褒美だというようにストレージの中に入れたままだった買い置きの食料を与えながら問いかけた。食事の気配を察したのかリリィが呼んでもいないのにクロスケと一緒に食べているが気にしたら負けだ。
げんなりするアイリが生気の無い瞳を恨みがましそうに向けてくるが、それも気にしたら負けなのだろう。
「そのつもりで付いてきたんだけど…っていうかそのつもりで乗せたんじゃないの?」
「まあその通りだな」
俺はコンソールを操作し、一枚のプレートを取り出す。
ギルドホームはそのギルドに所属しているプレイヤーたちの拠点なのだが、だからと言って完全に他人を拒絶しているわけじゃない。
寧ろ俺のギルドはリタたちを始めバーニたち、それにシシガミたちなど知り合ったプレイヤーが憩い場のようにして集まってくるというちょっと変わった空間になっているのだった。別のギルドに所属している彼らは当然のように黒い梟に所属しているわけではないが、それでもある程度自由に出入りをしている理由がこれだ。
『ゲストパス』
ギルドホーム等、個人所有の施設に他人を招くための招待状を兼ねた鍵。
「これがあれば問題ないだろ」
「ありがと」
差し出されたギルドパスを受け取るアイリと共に俺は街のギルド会館にある転送ポータルを使う順番を待つ列に加わった。
一つ一つのパーティが必要する時間はごく僅かで、俺たちの順番が来るまでに待った時間は列を成しているプレイヤーの数に比べればとても短かった。
転送時に発生する淡い光に包まれ俺とアイリはオルクス大陸から姿を消す。
次に出現するのはグラゴニス大陸にあるギルド会館の転送ポータル前、ではなく俺の持つギルドホームに備え付けてある転送ポータルがある部屋の中。
「着いたみたいね」
転送による影響など微塵も無いはずなのにアイリがどことなく疲れた様子で言った。
「どうした? 転送に慣れていないなんてことは無いんだろう?」
「まあ、そりゃ慣れてないってわけじゃないんだけどさ。なんて言うの…あなたがギルドポータルを個人所有するほどの大型ギルドのギルドマスターだってことが信じられないのよ」
「大型ギルド…? 何を勘違いしているのか知らないが俺のギルドは構成員四人の極小ギルドだぞ」
「はあ!?」
信じられないという顔をしてアイリが眉間にしわを寄せる。
「ギルドポータルを個人所有するギルドがそんな少人数で運営できるわけないじゃない」
俺が嘘を吐いているとでも思ったのだろうか。
アイリはこれまた信じられないとぶつぶつ呟いているのだった。
「運営って言われてもな。俺のギルドは何か特別な活動をしているわけじゃないし」
「だったら何をするためのギルドなのよ?」
「別に何をするって決めてはいないんだ。それこそ最初は俺が生産の作業をする場所が欲しいっていうのから始まったようなもんだし」
思い起こせば他愛もない理由から始まったものだ。
俺の知る他のギルドが商業や戦闘など明確な目的を以って運営されているのに対し俺のギルドは特段こうだという目的はない。
それこそギルドメンバーであるヒカルやセッカ、ムラマサに俺が自由に思い思いの活動をするための拠点という位置づけなのだ。だからなのだろう。普通のギルドというものを知っているプレイヤーからすれば珍しく見えるのかもしれない。
さらにアイリに言わせるとそんな小規模ギルドが個人の転送ポータルを持っていることも変わっているらしい。
実際、俺も転送ポータルを手に入れるためにいろいろと手間取ったと思い出す。
「とにかくこの部屋にいても仕方ないだろ。お茶でも飲んで一息入れようか」
転送ポータルのある部屋はギルドホームにある部屋の中では小さいほう。
扉を開けた先にある廊下を通り最も使用頻度の高い応接間、というかリビングにアイリを案内した。
「あ、ギルドマスター。お帰りなさい」
リビングのドアを開けるとキウイが掃除をしている場に居合わせてしまった。
「ギルドマスターは止めてくれ、俺のことはユウで構わないんだぞ」
「そうはいきません。ギルドマスターはギルドマスターなのですから」
「はあ、わかったよ」
諦めたように溜め息を吐く。
「それで、邪魔になりそうなら部屋を変えるけど?」
「いえ、大丈夫ですよ。お客様ですか?」
「ん、そうだ。オルクス大陸で出会ったアイリだ」
「アイリさん。私はキウイと申します。このギルドホームに務めさせて戴いております。後ここにはもう一人ベリーという者がいるのですが」
「そういえば、ベリーは何処に行ったんだ?」
「外の畑の手入れですが、呼びますか?」
「いや大丈夫。俺がいない間に何か問題は無かったか?」
「問題はありませんが、ヒカルさんたちは皆さん忙しそうにしておられます」
「ああ、ギルドショップの開設だっけ。そっちの方はどうなんだ? 順調そうか?」
「はい。パイルさんたちが手伝ってくれているらしく順調だと言っておられました」
「なら問題は無さそうだな」
掃除道具を片付けるキウイと話しながら俺はリビングにあるソファに座る。
「どうした? アイリも座ってくれ」
「ひあっ、う、うん」
俺が声を掛けるとアイリはビクッと飛び上がりぎこちない動作でソファの対面に座った。
「本当にどうしたんだ?」
それまでの強気な雰囲気など微塵も感じないほど借りてきた猫のような状態になってしまっているアイリを気遣って声を掛ける。
「なんでもないわよ」
「そうか?」
「そうよっ」
人見知りを発動させているのかと思うほど挙動不審になるアイリに首を傾げているとちょうど掃除道具を片付け終えたキウイが近付いてきた。
「何かお持ちしましょうか?」
「ああ、適当にお茶を淹れてくれるか? 俺とアイリ……それとリリィとクロスケの分も頼む。ベリーを呼んでキウイも休憩してくれてもいいんだけど…」
「いえ、遠慮しておきます。まだやることが残っているので」
キウイがちらりと横目で動きを止めているアイリを見ながら俺の問いにそう答えた。
「そうか」
多分挙動不審になっているアイリを気遣って席を外すと判断したのだろう、NPCながらよく気の利く人だと思う。相も変わらずこのゲームに使用されているAIは優秀だとも。
「では用意してまいりますので暫くお待ちください」
リビングから出て行くキウイを見届けるとようやくアイリは力を抜いたようでソファに深く体を沈めた。
「ねえ」
「何だ」
キウイがお茶を持ってくるまでの間特にすることも無く手持ち無沙汰になっている俺は突然声を掛けてきたアイリに素っ気ない態度をとってしまった。
だが、そんなことなど気にならないというようにアイリは言葉を続ける。
「本当にあなたって何者なの?」
「何者って聞かれてもな。見ての通りだとしか」
「生産職で、戦えて、それで転送ポータルがあって、NPCを雇ったりしているギルドのギルドマスターで…」
ぶつぶつと俺のことを呟くアイリに俺は困惑の眼差しを向けた。
「そのモンスターとか妖精の主で…」
突然話の矛先を向けられたリリィが「主じゃないやい」と言っていたがそんな声など耳に入っていないというようにアイリは俺の肩を掴み、
「やっぱり何者なの?」
「だから俺は普通のプレイヤーだって」
「普通じゃなーい」
立ち上がり叫ぶアイリに俺は目を丸くする。
「普通のプレイヤーっていうのはわたしみたいなことを言うのよ」
「お、おう。そうか」
リント捜しに息をまくアイリを普通のプレイヤーだとは思えない、そう言おうとして止めた。突発的に思い出したシシガミの言葉が脳裏を過ったからだ。何でも俺はちょっと変わったトラブルに巻き込まれる体質なのらしい。
現にこうしてアイリと出会いリント捜しなどということに協力することになったのだ。シシガミの言葉もあながち嘘ではないのかもしれない。
「いいから落ち着け。知りたいことがあるなら答えてやるから」
「まず一つ。なんであなたのギルドは転送ポータルやNPCを雇ったり出来るの? ギルドってみんなそうなの?」
「他のギルドは知らないが、俺たちはある程度自給自足に近いプレイが出来ているからな。戦闘に必要なアイテムを買う必要はないんだよ。それに武器の修復も俺がやっているからタダなんだ。防具だけはまだ精度が低いからリタに頼む時が多いけど、最近は耐久度の修理程度なら俺にも出来るようになったんだ。だから出費という面では少なくて済むってわけだ」
ギルドホームの庭先に作られた畑によりポーションの素材も自給できる。本当に活動に必要な資金というものは足りなくなった施設の修繕費や改築費、それにキウイたちNPCに対する給金程度のものなのだ。そもそも俺たちの中には使わない装備品を購入してコレクションするという趣向のプレイヤーもいないのだから、一度作った装備品はその完全な上位互換が作れるようになるまでは使い続けることになる。
生産職ならば装備品のデザインの勉強にと他人の作ったものや珍しいドロップ品を買い揃えても悪くない気がするのだが、やはり使わないアイテムを購入するのは気が引ける。
リリィと町に出るとあれやこれやと買わされ散財することも珍しくはないとしても、それで活動資金に影響を及ぼすことはない。
「元々使わない素材とかは売っていたからな。それに換金アイテムも追加されたことだしさ、これからは俺の所と似たような環境になるギルドも珍しくは無いんじゃないか?」
そう締め括った時、トレイにティーポットとカップを載せたキウイが戻ってきた。
「淹れますか?」
「いや、俺がやっておくから大丈夫だよ。ありがとう」
「それでは失礼します」
うやうやしく一礼し去っていくキウイを見送って、俺は自分とアイリの分とリリィとクロスケのお茶をカップに注ぎ始めた。
湯気と共に漂い出すお茶の甘い香り。
冷めるまで飲むことの出来ないクロスケを後目にリリィは真っ先に注がれたお茶に口を付けた。
「おいしー。うんうん、キウイもまた腕を上げたね」
「何をわかったようなことを」
したり顔でそういうリリィに突っ込みを入れ、アイリにもお茶を勧める。
「どうぞ。自家製の茶葉だから中々珍しいかもしれないぞ」
市場に出回っている物にも同様の茶葉は存在するがプレイヤーが作ったポーションに誤差が生じるように生育した茶葉にも微小の差異は現れる。ゲーム的な要素で言えば飲むことで発揮される付与効果の内容。現実的なことを言えば味や香りがそれだった。
「あ、おいし」
顔を綻ばせるアイリを見て俺は自分の分のお茶を飲んだ。
「それで、他に聞きたいことは?」
「まだ納得しきれていないことがあるんだけど」
「ギルドの資金繰りはそうそう他人に話すことじゃないということで」
「んーわかったわ」
渋々了承するアイリが再びカップに口を付ける。
「だったらここに来た目的を教えてもらえるかしら? 設備が整ったあなたのテントで出来ないことって何なの?」
「それは記録だな」
「記録?」
「簡単に言うとな。武器や防具の形は強化するだけじゃ変わることはそうそうないだろ? あるのは明確に次の段階に武器が成長した時にだけ」
一般的な斧がハルバートに、片手剣が刀になるように。
アイリもいくつかの実例を知っているようで真剣な面持ちで頷いている。
「形状を変えることを条件に性能が飛躍的に伸びる時、武器の形が変わることを嫌がった場合どうするかは知っているか?」
「諦める、とか?」
「諦めきれない場合は?」
「えっと…」
「使い慣れた形を変えたくない。けれど今のままの強化はでは限界が来ている場合だ。解らないか?」
「…ええ」
「だろうな。悪いな、ずいぶんと意地の悪い質問をした。これは俺たち生産職の持つ云わば裏技に近しい技術なんだ」
「裏技?」
「といっても公然の技であることは変わらないんだけどな」
そう言いながらストレージから長さの違う二本のナイフを取り出す。
このナイフは戦闘用というよりも果物の皮をむいたりするのに使う、所謂生活用品の一つ。出先で調理する時に使うもので、二本あるのは一本がダメになった時の予備だ。
「こっちのナイフが強化の限界に来ているナイフだとする。それでこっちは強化の為に形を変えたナイフ」
二本のナイフをテーブルに置きそれぞれを指さし説明し始める。
「使い慣れているのはこっちの限界がきている方のナイフ。これの性能をこっちの方のナイフにする方法はただ一つ、強化した方のナイフの形をこっちの限界がきている方のナイフになるように作り変えること」
二本のナイフを重ね合わせてみせる。
「それはそうなんだろうけど、どうやって? ナイフは二本あるから作り変えようとすればこっちの形になるようにすればいいんだろうけど、あなたの武器は一つだけよね?」
「だから記録するのさ。今のこの形をな」
ニヤリと笑い告げる。
それでもまだ説明不十分だとアイリの目が言ってくるので俺はまた説明を続けることした。
「代表的なやり方は型を取ることだな。見たことは無いか? 車の部品とかが金型を使って何個も作られている映像。それと同じようなことをするってわけさ」
出来るだけわかりやする言ったつもりなのにアイリはまだ首を傾げ、
「それだと同じ武器が二本出来ることにならない?」と問いかけてきた。
「別のインゴットを使えばそうなるんだろうけどさ。この場合に使うのは今の武器を溶かして作ったインゴットと修理や強化に使うためのインゴットを合わせたインゴットになるのさ。そうだな、名付けるなら合成インゴットってところかな」
やれるとは知りつつも実際にやったことは無いこと。
新しいことに挑戦する時というものはワクワクとビクビクが同時に押し寄せて来るもんだ。
「さっそく試してみるかな」
そういいながらソファから立ち上がる俺を見上げアイリが「どこに行くの」と訊ねてくる。
「俺の工房さ」
笑顔で手を伸ばす。
アイリがそれを掴み立ち上がると二人揃ってリビングを後にした。




