輝きを求めて ♯.10
ボルテックの店を離れ俺は人通りの少ない町の外れで自分のテントを広げていた。
目的はその中にある鍛冶道具でありそれらを使い剣銃の強化をすることだ。元々いつかはしなければならないと思いつつも具体的な強化案が浮かぶわけでも、また現状耐久度の回復という一点以外は特段困っているわけでも無いためについつい後回しになっていたのだが、遂に必要に迫られてしまったというわけだ。
「どうするつもりなの」
「さあな」
鍛冶道具を広げてもなお何もする気配のない俺を心配するようにアイリが問いかけてくる。
「さあなって…ボルテックから聞き出せるかどうかはあなたに掛かっているのよ」
「解っているさ。けど、これをどうしたものかサッパリでな」
意味が解らないというようにアイリが首を傾げてみせる。
「そもそも武器の強化なんてものは一朝一夕にするもんじゃないと俺は思っているんだ。第一、現在使っている武器の形状や性能に不満が出てきて初めて考えるだろ?」
「でも、不満っていうか不便を感じてるのよね」
「確かにそれはそうだけど…」
「けど、何よ?」
「それはそれ、これはこれ」
耐久度の回復と武器の性能というものは似ているようで別のもの。俺は強化という言葉の中にはそれが含まれていないと感じているのだ。
「というか、なんでボルテックは俺の剣銃を強化するように言ってきたんだ?」
鍛冶系の生産職でもない限り他人の武器の状態などパッと見ただけでは分からないものなのだが、俺が接していた限りボルテックは鍛冶職だとは思えない。というよりも生産職ではなく商人だというように見受けられた。
「それは、あなたの武器を視たから判ったのだと思うわよ」
「見ただけで何が解ったっていうんだよ?」
「だって、ボルテックは自称視る人だから」
聞き慣れない単語が出てきたことに俺は首を傾げる。
「鑑定のスキルがあるのは知ってる?」
「ああ。それを持っている人も知っているからな」
「だったらその上の≪慧眼≫っていうスキルは?」
「初耳だな」
またも出てきた聞き馴染みのない単語に俺は今度も知らないと答えた。
「鑑定スキルの上位スキルがいくつも種類があるのは?」
「それも知らないな」
「そう。まあいいわ。ボルテックの持つ≪慧眼≫っていうスキルもそんな鑑定の上位スキルの一つよ」
「性能は? その口振りなら知っているんだろう?」
でなければこうして話題に出したりはしない。詳しい習得条件などは別にしてもアイリは大まかな効果内容を理解しているはずだ。
「わたしがボルテックにされた説明の範囲でいいのなら教えられると思うけど…」
「頼む」
「えっと…」
記憶を探るように語り始めたアイリの説明では慧眼という名のスキルの内容はこうだ。
基本的には鑑定スキルどうように所持していないアイテムや初見のアイテムであってもその使い方、使用した時の効果、生産に使った場合の性能などが表示されるというもの。これはスキルのレベルや熟練度が上がる毎にその効果範囲や正確性が上昇するというもので、上位スキルになればより顕著に効果範囲が広がるらしい。
中でもボルテックが習得した≪慧眼≫というスキルはその正確性に一際強い確証を与えるということ。それだけのはずだった。ボルテック自身も当初はそれだけなのだと思っていたと話していたのだとアイリは言った。そして慧眼スキルの熟練度が増えレベルが一つ上がった時に更なる変化が訪れたのだとも。
それはある条件を承諾することによって一般的な鑑定とは一線を画す性能を持つことが出来るというものだった。
条件は何なのだと俺が問いかけるよりも速くアイリは告げた。
「現時点で習得していた専用スキル以外の戦闘あるいは生産のスキル全損」
同じように鑑定スキルを習得し、成長させることで慧眼スキルとなったプレイヤーは一定数いるはずだ。しかし、あまりにも高い代償にそれを選択するプレイヤーはいなかったのだろう。けれどボルテックは選んだのだ。代償を払うということを。
結果として他人よりも性能の高い鑑定スキル≪慧眼≫を真の意味で習得することができたのだ。
「ボルテックの支払った代償は生産系スキル全て」
「ちょっと待て。アイリはボルテックに武器の修理や調整を頼んでいたんじゃなかったのか?」
「最初はね。今はボルテックが認めた腕のプレイヤーとの仲介役になってくれているの」
「そこまでして習得した慧眼スキルの能力は何だ」
「あなたも実際に体験したでしょう。他人が、それこそパーティメンバーでもないプレイヤーが持っているアイテムの性能さえも視ることが出来るのよ」
「それは――」
確かに強力だと言わざる得ない。
生産職ならば他人の持つ装備を参考に自分の腕を高めることも出来るだろうし、戦闘職ならば言わずもがな。PKの意味が薄い仕様になったとしても実力を試すという意味でPVPが行われるのはそう珍しいことではない。その時、相手の防具や武器、アクセサリ等の性能が解るというのは確実な情報アドバンテージとなる。相手に対して効果のある属性や相手の得意な攻撃方法などが解るということは有利以外の何者でもないのだ。
もし自分が完全な戦闘職だったとすれば喉から手が出るほど欲しいスキルだと思う。俺と同じようなことを考えるプレイヤーだっているはずだと訊ねてみると、
「無理みたいよ」
「どうして?」
「ボルテックが言うには代償となるスキルはある程度育ってなければいけないみたいなの。戦闘スキルも生産スキルも両方かなり育てているプレイヤーなんてそうはいないでしょ」
自分を鑑みると一概にそうだとは言えないような気がする。
複雑そうな表情を浮かべている俺にアイリはさらなる捕捉を付け加えてきた。
「それに育っているスキルっていう条件が結構シビアみたいなのよね」
「どういうことだ?」
「なんでも最低でも上位スキルになっている必要があるみたい」
「…そんなにか」
両立できていると感じる俺も上位スキルとなっているスキルは習得しているスキルの中ではごく一部だ。完全な戦闘職や生産職ならばもう少しは上位スキルを持っていてもおかしくはないが両立しようとしているならばそうはいかないだろう。
仮に俺が鑑定スキルを持っていて慧眼スキルを得ようとするならば上位スキルになっている戦闘スキル≪強化術式≫を代償にする必要があるということだ。勿論それ一つで足りない可能性は大いにあるのだが。
「だからボルテックは商人になったっていうわけなのか」
生産職のプレイヤーがその生産スキルを代償にしてまでも得たスキル≪慧眼≫。これから先に代償に払った時とまた同じようになるくらいまでスキルを育て上げられる可能性は残っているとはいえ、現状まだその域には至っていない。それ故の商人ロールなのだとすれば納得できそうなものなのに、どうも違う気がする。
「そういえばさっき言ってた視る人ってのはどういう意味なんだ?」
「ええと、正確には覚えてないけど、それでもいい?」
「ああ。それでいいさ」
「確か「今は視ることに集中する。だから僕は視る人なんだ」って言っていたような」
何を思ってボルテックが自分をそう評したのか、本当のところはボルテック自身にしか解らないことだろう。それでもアイリの言葉の中から推測するならばその意味は未来の自分に対する投資。この戦えもしない作ることもできない時間の間に積み重ねられた知識はいつの日か実を結ぶ、そう信じてじっと堪えているのだろう。
俺にも同じことが出来るかと問われれば自信をもって頷くことなどできやしない。
そんな風に思えるほどの堪え性が俺にあるとも思えないし、そうしてまで一つのスキルを覚えたいとも思えない。結論からして俺には真似の出来ないこと、そう言わざる得ない。
「ボルテックの話はもういいでしょ。それよりも、何とかすることは出来ないの?」
一向に手を動かそうとはしない俺に痺れを切らしたようにアイリが迫ってきた。
「何とかと言われてもねぇ」
俺としたら相も変わらず剣銃の強化案が何一つ浮かんでこないのだ。
闇雲に剣銃に手を加えるわけにもいかずこうして火の入っていない炉と金床の前に座っているということだ。
「アイリはどうした方がいいと思う?」
「何でわたしに聞くのよ」
「そんなに数をこなしたわけじゃないけど一緒に戦った仲だろ。少しくらい相談に乗ってくれてもいいじゃないか」
「生産職でもなんでもないわたしに解るわけないじゃない」
漠然と訊ねた俺も俺だが、アイリもきっぱりと言い切らなくてもいいと思う。
「だったら想像してみてくれるか?」
「想像? まあ、考えるだけでいいならわたしにもできると思うけど…」
「まずはそうだな。剣の強化と聞いてまずは何を想像する?」
「そうね。今のあなたの剣から想像するなら刀身を大きくするとか」
「ふむ」
俺の剣銃の刀身は片刃の片手剣。それを巨大化させるとなれば大剣、あるいは太刀だろうか。
姿を変えた剣銃を構える自分を想像してみる。
例えば身の丈程ある刀身を背負う俺。
例えば鞘が地面に付くかというくらい巨大な刀を提げる俺。
「うん。違う気がする」
「奇遇ね。わたしもそう思うわ」
頼んだ通り俺と同じようにアイリも想像してくれたらしく意見が合致していた。
「だったら次だ。俺の武器が剣銃なのはわかっているよな」
「もちろんよ。いくらわたしが武器に詳しくないとはいっても傍で使うのを見てたら解るわよ」
「よし。剣が駄目なら銃の方だ。どんな強化があると思う?」
「銃の強化なら装弾数とか? ってだめね、剣以上に何も浮かんでこないわ」
「奇遇だな。俺も浮かんでこない」
やはりここをどうにかしたいという箇所が無ければ武器の形状を変えるなんてことは土台無理な話なのだ。
「耐久度の回復を簡単にするという目的ならば強化に使う素材の種類を探っていればいいんだけど、それだけでボルテックの言う条件ってのがクリアできるとは思えないんだよな」
そう、問題はそれなのだ。
クリアできなければ強化できても意味はない。
言い渡された条件というものが剣銃を昇華させるというあまりにも抽象的なもののせいでどれが正解なのかが解らなくなってしまっているのだった。
「剣もダメ、銃もダメ。そんなのいったいどうすればいいのよ」
「まあ、元から俺の武器種は剣銃だから剣か銃のどちらか一方だけっていうのは中々できないことなんだけどな」
強化するなら両方を一度に。強化の効果の程が現れる箇所に偏りが出てくることは間々あれど、基本的な法則は変わらない。
「さて。本当にどうしたものか」
もう一度考えを巡らせる。
俺がどうにかしたいのは耐久度の回復。
ボルテックが言い渡してきたのは剣銃の昇華。
これらを合わせたことと考えた結果、強化という方法に行きついたわけだが、おそらくそれは間違い。そもそも単純に強化するだけでどうにかなるのならばこれまでの強化の試行錯誤の中で運よく成功に至っていてもいいはずなのだ。
だから違う。そう言える。
そうなのだとすればアプローチの方法を変える必要があるのかもしれない。
「剣銃に鉱石を施すのではなく、剣銃自体を作り変える…とか?」
ぐるぐると巡る思考の果て行きついた答えを呟くと不思議なほどしっくり来ている自分がいた。
この感覚が間違っていないのならばこれが正解のはず。
「となればここの設備では心許ないな」
テントの中にある鍛冶の設備と道具は俺が自分で選んだとはいえあくまでも簡易版だ。武器を作り変えるとなればもう少し道具のレベルを上げたいし、何よりここでは出来ないことが一つだけある。
「一度俺はギルドホームに戻ることにするよ」
「ちょっと待ってよ。あなたのギルドってオルクス大陸にはないのよね?」
「そうだ。グラゴニス大陸にあるな」
「そんなの時間が掛かり過ぎる」
「大丈夫、オルクス大陸にもギルド会館はあるんだろう?」
「あるけど…」
それがどうしたと言わんばかりにアイリが潤んだ瞳を俺に向けてくる。
「よし。それならたいして時間はかからないはずだ」
ギルド会館にはそれぞれのギルドホームを行き来するための転送ポータルがある。当然ギルドホーム側にも同じ転送ポータルが設置されていることが必須条件となるが、俺のギルド『黒い梟』にはそれがある。よって往復することに必要な時間はかなり短縮できるのだ。
「一応聞いておくけどさ、この町にギルドポータルがあるのか」
「無いと思うわよ。こんな寂びれた町に置いても意味ないだろうし」
「やっぱりか。それならギルドポータルがある街まで案内を頼めるか?」
「その街もそんなに近くないわよ」
「問題ないさ。来いッ! クロスケッ!」
左手にある黒翼の指輪を天に掲げる。
すると眩い光を伴って小型の黒いフクロウ――クロスケが出現した。
「≪解放≫!!」
すかさず叫ぶ。
再びクロスケの体を閃光が包んだかと思うその刹那、小型のフクロウだったクロスケは本来の姿であるダーク・オウルへと変わった。
「乗れ! 時間が無いんだろう? 急ぐぞ」
飛び乗ったクロスケの背から手を伸ばす。
戸惑いながらも俺の手を掴んだアイリを引っ張り上げ俺の後ろに座らせると、
「それで街はどっちにあるんだ?」
「確かあっち」
アイリが指をさした方を見据え、俺はクロスケの頭をそっと撫でた。
飛べ、の合図だ。
「掴まってろよ」
俺が告げるよりも早くクロスケはその両翼を力強く羽ばたかせる。
翼によって巻き起こされる突風によって舞う砂埃を引き裂くように黒い体が空へと飛び出した。
「え? き、きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
風切り音によって掻き消されるアイリの悲鳴が空しく木霊するのだった。