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輝きを求めて ♯.9

 想定よりも潤った懐事情に満足しつつ、俺たちは薄暗い階段を降りていく。


「ここに地下があったなんて知らなかった」

「へえ。アイリも知らなかったのか」

「まあね」

「ここは完全にプライベートな空間だからね。基本的に客を招いたりはしないのさ。それに、こうして色々と貴重品が置かれてるからね」


 魔法によって明かりが灯された一室には所狭しと天井まで届く棚が置かれ、その棚の段一つ一つに見たことも無いアイテムが乱雑に置かれているのだった。


「ああ、くれぐれも触れないように気を付けてくれるかい。一応防犯の為に罠が仕掛けられているからね」

「うそ…」

「ホントウさ。ご覧の通り」


 手を伸ばそうとしていたアイリがピタッと動きを止める。

 全身固まってしまっているアイリの目の前でボルテックが投げた小石が棚のアイテムに触れる直前に霧散した。


「そういう訳だ。ユウ君も気を付けてくれたまえ」

「あ、ああ」


 適当な相槌を打つ。

 俺はというと棚に並んでいるアイテムの数々に興味深いことも無かったのだが、それよりも個人で店を持っているプレイヤーは皆ここと同じような施設を持っているのかと感心していて触れてみようとは思わなかった。もうずいぶんと顔を出してはいないがグラゴニス大陸にあったリリィと出会うきっかけとなった怪しい店主のいる店とどことなく雰囲気が似ているように感じる。

 埃っぽくて乱雑で落ち着く要因など何一つないはずなのに妙に居心地のいい空間。それが俺がこの地下室に抱いた感想だった。


「さて、二人は適当な所に腰かけてくれるかい?」


 地下室に唯一あるちゃんとした椅子に座ったボルテックが告げる。それにアイリは条件反射の如く言い返していた。


「適当な所って…ドコよ」

「そうだね。壊れにくい箱の上なんかがおススメだよ」


 それほど広くない地下室を見渡し、俺とアイリはそれぞれ蓋で塞がれて中身が何なのか解らない木樽と木箱の上に座る。


「俺たちをここに招いた理由は何なんだ?」


 地下室に案内された。言ってしまえばそれだけの事だが、元々ここはボルテックの個人的な空間。客を招いたりはしないと本人も言ってはいなかったこともあり俺はこの招待になんらかの理由があるもんだと思っているというわけだ。


「僕に話があるのはアイリ君の方じゃないのかな?」


 それまでの穏やかな雰囲気が一変、ボルテックの鋭い眼光がアイリを捉えた。


「え?」

「違うのかい?」

「違わない……教えて。リントの居場所を」

「うん。そうだね、君は僕にそう訊ねるべきだ。そして僕はこう答えるんだ……教えられない、と」


 まるで何か予定調和された台詞の応酬のような二人の言葉が行き交う。

 多分、この会話はこれまでも幾度となく繰り返されていたのだろう。表情一つ変えやしないボルテックを前にしてアイリは俺の方からでも分かるくらい唇を強く噛みしめているようだ。


「どうして…」


 その後の言葉は続かない。

 この地下室に通されたことでもしかしたら教えてくれるかもしれないという期待を抱いたアイリは、たった今その期待を容易く破壊されてしまった。

 手詰まりとまではいかないもののリントに繋がるかもしれない道筋が人の手によって塞がれてしまった。それはアイリにとっては理不尽で残酷なことに外ならない。

 そんな気持ちが伝わってきたのか俺は俯くアイリの代わりボルテックに訊ねてみることにした。


「教えてくれない、いや、教えられない理由があるのか?」


 ボルテックが驚いたように俺を見る。


「君もアイリ君と同じようにリント君を探しているというのかい?」

「一応な」


 この一応がどのような意味なのかを確かめているような眼差しをボルテックが向けてきた。とりあえずという意味なのか、それとも今の自分が目的としていることを指しているのか。俺とすれば後者以外の何者でもなく、アイリもそう思っているはずだ。だから縋るような眼差しを向けて来なくてもいいというのに。

 視線はボルテックから外さず手振りだけでアイリに任せろと伝えると丸まっていた背筋が徐々に伸び始めた。


「ふむ。では訊ねようじゃないか。ユウ君、君は僕がリント君の居場所を知っている、そう思うのかい?」

「いや、そうは思っていないさ」

「では何故?」

「それでもアイリが何度も訊ねに来たというのならアンタは何かを知っている。そう考えるのは間違っているか?」

「成る程。確かに間違ってはいないね」


 俺を値踏みするかの如く視線を送り続けるボルテックが表情を変える。


「では次の質問だ」


 より無表情に。

 より、無機質なものに。

 それはまるで俺が反対にボルテックの心を読まないようにするかのように見えた。


「君は僕が何を知っていると思っているんだい?」


 何を、か。

 これまでアイリから聞いた事情は大まかに言ってこうだ。リントは四皇討伐イベントが終わり出来た新規エリアに向かった。それも大勢のプレイヤーを揃えた大型のパーティと共に。しかし帰って来たのは死に戻りをしたプレイヤーだけでそのプレイヤーが大型パーティの過半数を占めており未だ帰らないのは極少数である。

 問題はその少数の中にリントが含まれていること。

 そして俺もアイリも知らないことは二つ。彼らが何処に向かいそこで何が起きたのか。

 死に戻りをした他のプレイヤーに話を聞けばとも思ったのだが、この広大なオルクス大陸の中で件のパーティに参加したプレイヤーを、それも顔も名前も知らない相手を探すことは不可能に近い。

 だからこそアイリがボルテックというプレイヤーにこだわっている理由がそこにあるはずなのだ。


「もしかして、アンタはそのパーティに参加したプレイヤーの一人なんじゃないのか?」


 俺のこの一言は決して荒唐無稽な話では無いだろう。むしろ一度口に出してしまえばこれまでの経緯を鑑みると出て来て当然の疑問のように思えてくる。自信のあった問いだったのだが、ボルテックの表情に変化は現れない。そして、


「残念だけど違う。僕はそのパーティに参加したりはしていないよ」


 と言い放った。


「そうなのか?」


 予想外の否定に俺は思わずアイリに訊ねていた。


「ええ。違うわ」

「だったら何で…」

「それは――」

「おっと、アイリ君が答えを教えるのはナシだよ。これはユウ君が自ら当てるべきことだ」


 そう言うボルテックは自分の中に確かな一つの明確な基準というものが存在しているのだろう。だから俺が答えるまでは会話が次に進まない。


「アイリがボルテックに聞く理由、そしてボルテックが知っていることは何か」


 自分に向けた問いを口に出す。そうすることで俺は自分が思い込んでいた一つの勘違いに気付く。前者は俺が自分の中で生み出した問いであり、後者はボルテックから投げかけられた疑問であることを。

 二つの疑問が同じ結果に繋がっているように思ってしまったことが間違いだった。例えそうなのだとしても今問われているのはボルテックが知っていることは何かということだけ。それ以外の問いは現状意味が無いのだ。


「そうか。アンタが知っていることはリントの居場所、あるいは向かった場所の情報。だからアイリがここに来ているってことなんだな」


 俺の呟きにアイリは大きく頷きボルテックは口元だけを歪めてみせる。


「正解。では次の質問だ。僕がアイリ君に話さない理由はなにかな?」


 ほっとしたのも束の間、ボルテックが次なる質問を投げかけてきた。


「簡単だ。アイリの実力不足。違うか?」

「いいや、その通りだよ」


 ボルテックがすっと視線をアイリへと移す。


「アイリ君の個人の能力があのパーティよりも高いとは思えない。だから同じ場所に行くことに僕は賛成できない」

「でも、それでも…」

「やられたとしても自己責任と言いたいのかい?」


 コクリと頷くアイリにボルテックはあからさまな不快感を露わにした。


「別に僕の知らないところで君たちが何をしようと構わないのだけどね。僕が教えたことによって君たちが不利益を被るのは僕としても不本意ということだ。どうかな? 判ってくれるかい?」

「判らないっ。どうしてそんな意地悪をするの?」

「意地悪で言っているわけじゃないんだけどね」


 困ったもんだと言うボルテックはまるで泣きじゃくる子供をあやす大人のよう。


「俺が一緒に行っても駄目なのか?」

「駄目だ」


 アイリに助け舟を出すつもりで言った言葉もボルテックによって即時却下されてしまった。


「ユウ君。君は自分一人がアイリ君に手を貸したことで大型パーティの戦力を上回れると思っているのかい? もしそうなのだとしたら君は随分と傲慢なことを言っていると自覚した方がいい」

「そりゃあ確かに大勢のプレイヤーに比べれば足りないかもしれない。でも一人よりは出来ることがあるんじゃないか?」

「一人より二人という考え方は肯定しようじゃないか。むしろだからこそ駄目だと言っているんだよ」


 厳しい声色をしたボルテックの一言が俺に二の句を上げさせない。


「君たちはその二人よりも遥かの多い数のプレイヤーが挑んだ結果を忘れてはいないかい?」


 俺とアイリは黙り込んでしまう。

 反論の余地が無い。

 この忠告を無視してゲームなのだから多少の無茶は許容範囲だと言って出て行くことも出来るが、その場合ボルテックはこの先俺たちになにも教えてはくれなくなるだろう。今も教えてはくれないがゼロパーセントではない現実がゼロになってしまう未来が待っていると直感とはいえ確信してしまったのだ。


「解ってくれたようだね」


 威圧感を消したボルテックがほっと肩を撫で下ろし呟く。

 もっとも近い手掛かりは無くなってしまったがそれでも完全に道が途切れた訳じゃない。今よりもより困難になることは必至だとしてもまだ方法はある。そうアイリに言おうとして俺は驚きを感じた。アイリの瞳には諦めなど全く宿っていないように見えたからだ。


「どうすれば――」

「ん?」

「どうすれば教えてくれるのよ」

「申し訳ないけど教えるつもりはないよ。少なくとも今の君たちには、ね」

「今の? だったらこの先に教える可能性はあるってことなのか?」


 俺の呟きにボルテックがにやりと笑う。


「そうだね。条件を付けるなら教えてもいいかもしれない」

「条件? それってなんなのよ」

「アイリ君一人では達成できないことさ」

「俺が一緒だったら達成できるってことか?」

「それは君次第だね」


 ボルテックの言葉を待つ僅か一瞬の時間がとても長く感じる。


「まず君に一つ目の条件を出そう」

「俺に?」

「怖気づいたかい?」

「まさか。何でも言ってみればいいさ。必ずやり遂げてみせるからな」

「それは頼もしい限りだね」


 ボルテックの瞳に怪しい虹彩が宿る。

 この光がなにかしらのスキルが発動した証であると思うよりも速く次の言葉が告げられた。


「では言い渡そう。ユウ君。君が達成すべき一つ目の条件は、自分の武器を昇華させること」

「何っ!?」


 驚きのあまり立ち上がる。

 ボルテックに言い渡された最初の条件。それは奇しくも俺の抱えていた問題に対するアイリの提案と一致しているのだった。




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