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輝きを求めて ♯.8

「あれ? もしかして遅刻した?」


 俺が自分のテントの中で直接床に座っていると出入り口を開けることなくアイリが現れた。

 ログアウトした場所がテントの中なのだから当然と言えばそうなのだが、作業に集中していた俺は少しばかり驚かされてしまった。


「いいや、俺が早く来ただけだからな。約束の時間にはまだ少しあるよ」


 動揺がばれないように淡々といいながら俺はテントに備え付けた鍛冶炉に向かう。

 昨日の戦闘で消耗した武器の耐久度は些細なものでしかないがそれでも何も減少していないわけではない。剣銃に合う素材を求めてこの大陸に来た俺からすればこの些細なチャンスでも活かさない手はないとこうして炉に向かい合っているわけなのだが。


「これも違う、か」


 結果は芳しくない。

 アイリと出会った町で購入した素材の内のいくつかを試したのだが、どれも耐久度の回復は微々たるもの。素材自体の質が悪いのか全くと言っていいくらいしか回復しないものまであった。


「へえ、ほんとに生産職だったんだ」


 感心したように呟くアイリが近くから顔を覗かせてくる。


「嘘だと思っていたのか?」

「そうじゃないけどさ」


 誤魔化すのが下手かと思うってしまうほど挙動不審になってしまうアイリに思わず嘆息してしまう。

 気を取り直すようにストレージから別の鉱石を取り出し炉にくべてじっと変化を待つ。


「このまま見てていい?」

「別に構わないけど、近づきすぎるなよ。危ないからな」

「わかったわ」


 真っ赤に加熱された鉱石を取り出し鍛冶槌で叩き始める。

 ここからはいつもの手順だ。

 剣銃の刀身に合わせてそれを乗せ、また叩く。

 鉱石と剣銃の刀身が完全に同化するまでそれを繰り返すことで武器の耐久度が回復するはずなのだが、残念なことに今回も結果は思わしくなかった。

 ストレージに残る鉱石の種類を確認しながらいても俺はどうにも良い未来を想像することも出来ず、また大きな溜め息が出てしまった。


「どうしたのよ?」

「えっと、そうだな、まあ話してもいいか。俺のこの武器、剣銃なんだけどな。最近耐久度の回復が思うようにできなくなったんだよ」

「どういう意味なの?」

「普通は武器に使われているのと同レベルの素材を使うことで耐久度は大きく回復する。一応武器の大きさによって消費する素材の量が変わるけど、基本は同じはずだ。アイリの双剣も同じだろ?」

「そうね」

「俺も前まではそうだったんだけどな。今はどんな素材を使っても耐久度が回復する量が少ないんだ。中には全く回復しない物もある。オルクス大陸だけにある素材を集めたんだけど今のところ効果は無いってわけだ」


 残念だと肩を落とす俺が別の鉱石を炉に投げ入れている隣でアイリが何やら考え込む素振りを見せた。


「どうかしたのか?」

「何かきっかけみたいなのはあったの?」

「きっかけか。そうだなスキルが変化した後からだからそれが直接的なきっかけになっているはずなんだけどな」

「けど、なによ?」

「専用スキルと武器の耐久度の回復に関連性があると思うか?」


 それが今の俺の感想だった。

 武器に対応したスキルである専用スキルといえど、それが耐久度の回復というものにまで影響を及ぼすとは思えない。

 だからこそ原因はもっと別にある。そう考えて行きついた一つの答えが素材アイテムが合わなくなったということだ。それでオルクス大陸にまで来たのだが、たとえまだ一つの町でしか探してはいないとはいえ、こうして結果が出ないとなれば、心境穏やかではいられない。

 隣にアイリがいなければ全てを投げ出したりしたくなってしまいそうだ。


「やっぱり武器に問題があるんじゃないの?」


 別の鉱石を試した結果、微塵も喜ばない俺を見てアイリが告げた。


「武器にって言われてもな。使ってる感じ違和感はないけど。それにアイリも見てたはずだろ。さっきの戦いで俺に問題があったように見えたか」

「見えなかったけどさ、スキルが変わってから問題になったんでしょ」

「まあ、そうだな」

「それに鉱石も見つからないなら、別の角度から考えるべきなんじゃないの?」

「別の角度、か」


 そう言われ俺は自分と同じようにスキルが変化したムラマサのことを思い出していた。

 確かムラマサは専用スキルが≪刀≫から≪魔刀術≫に変化したはずだ。その変化をムラマサは自分の戦い方に適した方になったと言っていた。それは俺のように単純にスキルが上位版になったというのとは違うような気がする。

 俺の場合は単純にその能力が向上しただけ。

 戦い方の合う合わないなど関係ないというようにそれは俺に起こった。スキルの変化がアーツの変化を引き出し、アーツの変化が俺の…ユウの能力の変化を引き出していた。

 結果として俺はあの時の戦いに勝利を収めることが出来た。

 さらにその結果としてこうして耐久度の回復という点にのみ異変が現れた。


「アイリはそれが素材ではなく剣銃自体だというんだな」

「もちろん根拠なんかはないよ」

「解っている。けど、そういう考え方もあるんだな」


 ストレージから鉱石を選ぶことを止め俺は炉の近くにある金床に置かれている剣銃に視線を送った。

 俺の剣銃はこれまでにも数回強化を行ってきた。

 純粋に能力を向上させるための強化。

 剣銃自体の形までも変えてしまうほどの強化。

 剣形態にのみ効果を及ぼす強化や銃形態にのみ効果を及ぼす強化まで、ありとあらゆる強化を自分の手で施してきた。


「試してみるか」

「え!?」


 金床の上に置かれた剣銃を分解し始めようとする俺にアイリが驚愕視線を向けてきた。


「あ、いや。今日はリント探しに行くんだったな」


 目の前に気になることが現れれば当初の目的すら忘れがちになる。俺の良くない癖だ。


「そ、そうよ。忘れないでよね」

「ああ、わかっているさ。その前にアイリの双剣の耐久度はどうなんだ? 何だったら俺が直そうか? 勿論素材があればの話だけどさ」

「いいわ。今日はリントを探す前に昨日のアイテムを売りに行くつもりだから。その時に回復してもらうつもりなの」


 剣銃を銃形態に戻し腰のホルダーへと収める。

 鍛冶の際に発生する熱を逃がすために開けられていた天井を閉め、防火防熱が施されていた定位置に炉と金床を片付けた。


「それじゃ行こうか」


 立ち上がりアイリと共にテントの外へと出ると俺はテントに備わっているコンソールから収納のコマンドを選択する。

 光に包まれ一瞬のうちに折り畳まれたテントを拾い上げストレージに入れると俺はアイリに道を訊ねた。

 オルクス大陸において俺は全くと言っていいくらいどこに何があるのか知らない。

 先に訪れた町もクロスケに思う存分飛ばせた後、近くにあった町を選んだに過ぎないのだ。そういう意味ではアイリとの出会いは完全な偶然でありこのようにリント探しを手伝うことになったのも完全な俺の気まぐれに他ならない。


「この先にスローネという小さな町があるの。そこにいるはずだから」

「誰が?」


 この問いが愚問であることは明らか。

 思わずオウム返ししてしまった自分を恥じるように頬を掻く俺にアイリは気付かない素振りをしながら、


「わたしが武器の調整をお願いしている人であり、アイテムを買い取ってくれる人よ」


 満面の笑みで告げるアイリの後を追うように歩き出す。

 露店の並ぶ町から続く路を町から離れるように進む。

 道中では路から離れた場所で戦闘が繰り広げられているが、俺とアイリはそれを横目に真っすぐ目的地を目指した。

 平穏な路を行く俺たちに襲い掛かって来るモンスターはいない。

 こちらから攻撃を仕掛けない限り手を出してこないというのはオルクス大陸でも同じなようだ。

 距離にして5キロメートル程度だろうか。

 戦闘も無く歩くだけの退屈な時間は程なくして終わりを告げた。それは俺たちの体が現実に比べ比較的力も強く持久力もあるキャラクターというものだからこその時間なのだろう。こうして5キロ近く歩き続けてきたというのに微塵も疲労を感じていないのも現実の体ではないからこそ。


「あそこよ」


 アイリが指をさす先には石造りの家屋が数戸並ぶ極々小さな町、というか村があった。

 他の町と交易しているのかどうかすら怪しく感じるほど寂れたそこは本当に人が暮らしているのかと疑いたくなった。


『廃村スローネ』


 村の入口に建て掛けられた看板にあったのは自虐的と感じる冠詞を付けた村の名前。


「NPCがいないのか」


 スローネの中に入り辺りを見渡してみた限り人の姿は疎らにしか確認できなかった。それも確認できたのはプレイヤーばかりでNPCは一人としていない。

 廃村の名の通りここに暮らしている人はいない。いるのはここで活動しているプレイヤーだけ、ということなのだろうか。


「こっちよ」


 立ち止まる俺を呼ぶアイリが入って行ったのは他の建物よりも小さな家屋。その他の家屋も俺の持つギルドホームやログハウスに比べると大きいとは言い難く、さらには他の大陸で目にしてきた一般的な家屋よりも小さく見える。

 そんな他の家屋よりも小さいアイリが入って行った家屋を好き好んで選んだプレイヤーというのはどういう人物なのだろう。

 好奇心七割、警戒心三割でその家屋の扉を開ける。


「いらっしゃい」


 扉の奥から男の人の声が聞こえてきた。

 小さいと思っていた家屋の中が想像よりは広く感じるのは中に家財道具の類が一切置かれていないからだろうか。

 唯一とでも呼ぶべきテーブルに両肘を乗せる男は穏やかな雰囲気を醸し出している。


「君がアイリ君の言っていたユウ君だね?」

「ああ。アンタは…」

「僕はボルテック。見ての通りこの店の主人さ」

「…店?」


 小さく呟きながら俺は辺りを見渡した。


「何も置かれていないように見えるんだけど、ここは何を売っている店なんだ?」

「なんでもだよ。この店の客の求める物ならなんでも」


 ボルテックの言葉の意味が掴みきれず眉間に皺を寄せていると、アイリが俺の服を引っ張り、


「ここはボルテックが客だと認めた人が欲している物を売ってくれるの」


 と付け加えてきた。


「おや? 意味が解らないって顔をしているね」

「ああ、そうだな。解らないっていうのが正直な感想だ」

「ふむ。どの辺りが解らないんだい?」

「まずなんでもということだ。アンタの言う客に無理難題を押し付けられた場合どうするつもりだ?」

「それは例えばあるかどうかも解らないアイテムを売ってくれ、というようにかい?」

「ま、まあ、極端な話そうだな」

「僕は客を選ぶからそういう類に出会ったことはないけど、そうだね、仮にそういう注文をしてくる客がいたとしたら僕はそのアイテムを探すだろうね。それが僕の役目でありプレイスタイルだからね」


 窓から太陽の光が差し込んでくる。

 影になっていたボルテックの姿が光に照らされ露わになった。

 黒に近い紫の瞳に元は黒だったのだろう、金色に染められている髪の根元が僅かに黒く見える。装備は鎧ではなく服。それも現実でもよく見る紺色のスーツのようなものだった。


「すまない。意地の悪いことを聞いたな」

「構わないよ。良い物を売ってくれるんだろう?」

「良い物かどうかは解らないけど、これら全部買い取って貰いたい。さっきの詫びに値段は好きなように付けてくれて構わないから」

「見くびらないでもらいたいね。商売柄こういうことに私情を挟むつもりはないよ」


 そういうボルテックのに俺はストレージ内にあるソード・ガウストとの戦闘で手に入れたアイテムを全て渡した。

 なんとかの仮面というアイテムが数十個。他にはボロボロの布や刀身だけの剣が複数個ある。そのどれもがソード・ガウストというモンスターの体の一部であったことを想像させた。


「ああ、ついでにこれらもいいか?」


 思い出したようにストレージに入れっぱなしになっていたヴォルフ大陸のモンスターからドロップしたアイテムも取り出した。

 これはヴォルフ大陸に出現する動物系のモンスターから低確率で採れる一枚毛皮。シカやオオカミなどはまだ珍しくは無いが、トラやワニなんかはレア度が高いはずだ。いつか防具や武器に使えるかもしれないと残していたものだったが、こうして数週間所持している限り使用することは無さそうだと最近は思い始めていた。


「これは…なるほど。君は確かにオルクス大陸出身ではないらしい」

「アイリから聞いていたのか?」

「少しだけだけどね。さっきも言ったように僕は客を選ぶんだ。アイリ君からの紹介だとしても全く無警戒に信用するというわけにはいかないさ。不愉快だったかい?」

「いや。アンタのプレイスタイルにとやかく口を出すつもりはない。それに話されて困ることならアイリにも話したりはしないさ」


 俺の一言にアイリが何やら不満そうな視線を向けてきた。


「そんなことよりもだ。どうだ他の大陸の物だから扱えないというのなら止めておくが」

「いやいや構わないよ。と、いうよりも是非にも売って欲しいものだね。色んな大陸に行っているユウ君なら知っているかと思うけどね、こと商人をロールプレイしているプレイヤーは他の大陸で手に入るアイテムというものに目が無いのさ」

「そうなのか? 最近は流通されていると思っていたんだけどな」

「それでも、よほど上質な物は流れ難いのさ。僕が見た限りこれは中々上質な物なのだろう?」

「自分で値段を吊り上げることになりそうで嫌なんだがな。珍しい物であることは確かだよ」


 ほう、と嘆息交じりで一枚毛皮を見つめるボルテックを見てアイリが俺に問いかけてくる。


「いいの? それこそ市場に流した方がいい値段になるかもしれないんだよね」

「持て余していたアイテムだからな。別に構わないさ。それにギルド倉庫にあるものじゃなく俺のストレージに入っていた物だからさ」


 ギルド倉庫にあるものを俺が勝手に売るわけにはいかない。ヒカルたちが今まさにギルドショップを開こうとしているのだから尚更だ。

 それから俺はボルテックの鑑定が終わるのを待ち続けた。

 ボルテックによって提示された金額に驚愕するのはもう少し後の話だ。




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