輝きを求めて ♯.6
同じ場所に留まってソード・ガウスト・ジャックを討伐し続けること数十分。
消費した金額はだいたい元に戻り、それに加えて手に入れることの出来たソード・ガウスト系のモンスター素材も売れば完全に所持金は元に戻ることだろう。
「それにしても何で仮面なんだ?」
ストレージ一覧を見ながら呟く。
ソード・ガウストという名のモンスターを倒しドロップした素材アイテムには全て仮面という文字が後ろに付いていたのだ。
「悲嘆の仮面に憤怒の仮面、それに怠惰の仮面か。ったく、どれもこれも碌な名前じゃないな」
この中に歓喜とか祝福なんてものが混じっていたとしてもどこか胡散臭く感じるのは他の物との対比だけという訳ではないはずだ。
モンスターからドロップした素材アイテムということからもこれらを使ってなにかしらの装備品を作れるかもしれないが、今のところこの名称だけで使う気がしない。
「この仮面はどこで売ればいい? オルクス大陸で活動してきてるんだ、どこかいい店を知っているんじゃないか」
「あら? 売っちゃうの?」
「そのつもりだ。現時点じゃ使い道だって解らないし、それを検証する時間も無いからな」
心底不思議そうに問いかけてくるアイリに俺は淡々と答えていた。
生産職の性とでもいうべき感情が何に使える物なのか確かめたいと訴えていたが、リントを探すことに手を貸すと言った以上それに集中するつもりはなかった。
心の中でそう言い訳をしている俺にアイリは平然と言い放つ。
「検証なんてするまでも無いわよ」
「どういう意味だ?」
「ここにはあなたよりも長い時間をかけてこの大陸に出現するモンスターからドロップするアイテムの使い道を模索している人がいるのよ。そういう人に聞いてみればいいんじゃないの」
「その人をアイリは知っているのか?」
「そうね。それほど多くはないけど知ってはいるわよ。わたしだって装備の修復や更新の為に懇意にしている生産職のプレイヤーがいるんだから」
「その生産職のプレイヤーを俺に紹介してくれるってことか?」
「どうしてもっていうなら考えないことも無いわよ」
「随分と勿体ぶるんだな」
「あなただって生産職なんだから分かるでしょう。自分が見つけたレシピはおいそれと公開したりしないものよ」
「あー、なるほどね」
確かに自分が苦労して会得したアイテムの作り方なんかを秘匿したがっているプレイヤーが一定の割合で生産職プレイヤーの中にいることはリタたちから聞いていた。
グラゴニス大陸やヴォルフ大陸に存在する商業ギルドに入っていないプレイヤーの方がその傾向が顕著なんだとか。
そもそも商業ギルドというものが秘匿されてしまう技術を敢えて公開することで一定の期間で人の入れ替わりがあるオンラインゲームという世界で困窮的にその技術を残そうというもの目的の一つらしい。そういう意味から商業ギルドに登録してしまえば初心者だろうと自分の身の丈にあったアイテム製作のレシピは自由に閲覧できるというようになっている。それをどう発展させるかは個人の力量に任されるところが多いが、それでもこれのお陰でプレイヤーメイトのアイテムの市場価格がある程度の範囲に留まらせることが出来ているようだった。
そういえば、と俺はこのオルクス大陸に来る前に一時的に別行動をすることになったギルドメンバーのことを思い出していた。
ギルドホームのストレージ通称倉庫に貯まりに貯まったアイテム、それも俺が作ったものから戦闘の報酬で得たものまで、ありとあらゆるアイテムが死蔵されていたそれを売ると決めギルドショップを開くと言ってきたのだ。最初は渋っていた俺も最後には承諾したことでギルドショップ開店計画は前に進むことになった。その際ヒカルたちを手伝うと申し出てきたのはグラゴニス大陸にある商業ギルドの主要メンバーであるリタとヴォルフ大陸での商業ギルドの主要メンバーであるバーニの二人。店を開きたいと考えるプレイヤーにとっては羨ましいことこの上ないことだろうが、俺からすれば失敗することは無く、ある程度軌道に乗るまでのノウハウを与えられたも同然であり、逃げ道を封じられたも同然だった。
勿論失敗すればいいなんてことは思ってもいないが、それでもギルドショップが軌道に乗るということはある程度の数の固定客が付くことと同じだと思ってもいる。それはつまり俺が作って余らせていたアイテムが全て捌ききれた後、それらを作る必要が出てくるということだった。
ギルドに活動資金が貯まっていくという利点はあるものの、面倒という気持ちに嘘はない。
「ああ、もうっ、わかったわよ」
「は? 何が?」
「そんな顔しなくても紹介するわよ。あの人だって別の大陸で活動している生産職のプレイヤーの話は聞いてみたいって言ってたし」
「はあ…」
俺は一体どのような顔をしていたというのだろう。
自分の想像にうんざりとしていただけなのだが。
「ほら、行くわよ。もう十分に狩りは終わったんでしょ?」
「あ、ああ。そうだな」
どこか苛々した様子で歩き出したアイリの後を追う。
近付いてくるソード・ガウストたちを無視して走る俺たちが町に戻ってきた時、不思議とそれまでの喧騒は落ち着きを取り戻し、静かな夕暮れを迎えているかのようだった。
「オルクス大陸の夕陽も綺麗なもんだな」
町の入口にある外壁の近くで振り返り空を見上げ呟く。
雲も空も何もかもが橙に輝いている。
「あれは夕陽じゃないわ」
「そうなのか? ここから見たらどう見ても夕陽にしか見えないけど」
「あれは空が燃えているのよ」
「燃えている、か。随分と詩的なことを言うんだな」
「あら? 比喩か何かだと思っているのかしら?」
「違うのか?」
「いえ…そうね…今はそれでも構わないわ」
じっと空を見上げるアイリの目が鋭くなる。
その言葉の意味を理解していない俺は何となく同じ方向をただ見上げることしかできなかった。
「アイリが言っているプレイヤーっていうのはこの町にいるのか?」
「違うわ。この町の二つ隣の小さな町に工房を構えているわ」
「だったらそこに向かうのか」
「そうね、と言いたい所だけど今日は止めておきましょう。そろそろいい時間だわ」
思い出したように俺はコンソールにある現実世界の時計を確認した。
今の時間は午後11時40分。
翌日のことを考えるとそろそろ就寝すべき時間が迫っていた。
「パーティはどうする? 俺はこのまま組みっぱなしでも構わないけど」
「リントを探すの手伝ってくれるんでしょう?」
「ああ。約束したからな。嘘はつかないよ」
「だったらわたしもこのままでいいわ。時間は…そうね。八時くらいでどうかしら」
「わかった」
「それじゃ今日の宿を探しましょう。何もない町中でログアウトするよりも安全なのは確実よ。それで、あなたはどうするのかしら。どうしてもと頼むなら私と同じ部屋を使っても構わないけど」
「あー、俺はいいや。自分でどうにかできるし」
「どういうこと?」
「前の四皇討伐イベントの報酬憶えているか?」
「勿論よ。私のこれもその時の報酬なのだから」
アイリが自分の右手を見つめた。
種族的なことから骨になる左手には何も付けてはいない分、右手には装飾過多とでも言うべき指輪やブレスレットが重ねて付けられている。アクセサリの装備限界重量である10全てを右手に集めているかのように見える。
「どれだよ」
「これよこれ。中指の指輪」
そう言って誰かの結婚会見よろしく見せてくる指には確かに玉虫色の丸い石が埋め込まれている物が中指に嵌められていた。
「その指輪の効果は?」
「流石生産職。気になるのはそこなのね」
「まあな」
「この石の効果は何と『ドレイン』よ」
胸を張り、自慢げに告げるアイリに俺は自分の記憶の中にある知識を探った。
「ドレインってのは確か、相手のHPとかMPを吸収するっていう魔法ってかアーツだったよな?」
「わたしのはMPドレインの方ね」
「使い方はやっぱり触れないと意味がないって感じか?」
俺が知っている他のゲームやアニメなんかに出てくるドレインは総じて触れることで効果を発揮していた。となればこのゲームでも同じなのかと思ったがどうやら違うらしい。
アイリが割と直ぐにきっぱりと「違う」と言ってきた。
「がっつり触れる必要はないみたいなのよね。例えば発動させながら武器で攻撃するとかでも問題なく発動するし」
「ってことはこれまでの戦いでも常時それを発動させていたってことなのか?」
「え、ええ。勿論よ」
ああ、忘れていたのか。
妙に歯切れが悪く答えるアイリをみて俺はそう直感してしまった。
「そんなことより、あなたは部屋を探す必要がないってのはどういう意味なの?」
体裁を取りなすように腕を組みアイリが訪ねてくる。
それに俺は自身のストレージから一つのアイテムを取り出し見せることにした。
「俺にはこれがあるからさ」
それは四皇討伐イベントの報酬で手に入れた簡易ホームとでも言うべきテント。
今は折り畳まれているが、広げれば問題なくその中に設置したものを元に戻る。原理など全く解ったものではないが全てゲーム、もしくは全てが魔法の成せる業だと割り切ることで俺はこの不思議なテントを受け入れていた。
「ここで広げるわけにはいかないよな」
辺りを見渡しながら一人呟く。
町の近くでありつつモンスターの出現頻度が低い場所、そうなればNPCやプレイヤーが通る路の近くということになるのだろう。
「気になるなら付いてこいよ」
適当な場所に当たりを付けつつ俺は折り畳まれたテントを片手に歩き出した。
町の外壁から離れること数百メートルくらいだろうか、人通りが疎らになった路の近くで折り畳まれたテントを地面に置き軽く指を横に振った。
プレイヤーに与えられているコンソールの簡易版とでも言うべきものがアイテムにも設定されていることがある。それはアイテム単体で使うことがあるものに限られてもいるのだが、このテントは正しくそれに含まれているようだ。
コンソールには『展開』と『収納』という簡潔かつ単純なコマンドが表示されている。
俺は素直に『展開』をタップする。
すると次の瞬間、折り畳まれていたテントはひとりでに少人数用の拠点と化した。
「入ってみたいのか?」
「いいの?」
「ああ」
アイリがテントをじっと興味深そうに見つめていたのを間近で見た俺としたら、ここで「はい、さようなら」とは言えない。
別にテントの中の物を持ち出されても困るわけでもないし、特別にアイリを警戒する必要もないというわけだ。
テントのドアとなっている丈夫な布を退けてアイリが屈みながらテントの中に頭を突っ込む。
「なにこれぇー」
自慢のとまで言うつもりはないが、それでもある程度の施設をテントの中に揃えたつもりだ。だから驚いてくれることに関しては嬉しくないわけでもないのだけど、それにしても驚き過ぎだと思うのだ。
大きな声を出した挙句、勢いよくテントの中に入って行ったその様は傍から見ている限り奇妙この上なかった。
「テントの中が何でこんなに広いのよ」
全身がテントの中に入ったかと思うと、程なくしてアイリの頭だけが外に出てきた。
「何でって言われてもな。俺も自分で作ったわけじゃないし」
「この中の設備も元々あったものなの?」
「いや、それは俺が揃えたものだけど」
「ふーん」
再びテントの中に頭を引っ込めたアイリを見送るさなか、俺はテントに揃えた設備を思い出していた。
鍛冶に使う炉と金床、これを使う時にはテントの天幕を開ける必要があり調薬に使う道具も同様。
細工に使う作業台に加えて一休みするための簡易ベッドが置かれているせいで手狭感が無くも無いわけだが、俺一人で使う分にはなかなか使い勝手のいい内装になっているはずだ。それに加えて展開して設置されているこのテントはギルドホームや個人所有の建物のように外から壊される心配のない破壊不能のオブジェクトに設定されている。
外から見た時見慣れないテントが設置されていると人目を惹きそうだとも感じるが、パーティに関係していないプレイヤーにとってはただの背景も同然だということもあり、これまた安全であることは変わらない。
「それじゃわたしもここでログアウトするから。いいよね?」
「まあ別にいいけどさ…」
「ありがと。それじゃまた明日ね」
言うや否やアイリは淡い光に包まれて消えていった。
「俺も今日はこれくらいにしておくか」
自分のテントのベッドに腰かけ、コンソールを操作してログアウトコマンドを実行する。
現実へと引き戻される意識を感じつつ、俺は先程の戦闘で消耗した剣銃の耐久度のことを考えていた。
オルクス大陸に来た目的。現時点の剣銃の耐久度回復に適した素材アイテムを入手しなければ、この先持っているインゴットが底をついた時に戦闘を避けるようになってしまうかもしれないとぼんやり考えていた。
現実の自室のベッドの上で目を覚ました時、俺はHMDを外しこれからの自分がすべきことを考え、一度大きなため息を吐いたのだった。




