輝きを求めて ♯.5
「モンスターの形は独特だけど、強さ自体は他と大差ないみたいだな」
倒し消滅していくモンスターを眺めながら呟く。
俺が今戦ったのは『ソード・ガウスト』
無表情な仮面のような顔だけが幽霊のようにふわふわと浮かぶそれには筋肉などまるでない細腕とその先には刃こぼれを起こした使い古しの剣が手の代わりに付けられている。
戦ってみての感想はというと、宙を漂うということだけが特出しているように感じられた。強さ自体は大したことも無く攻撃方法も先が剣になっている腕を振り回したり体当たりを仕掛けてくるだけと回避するのも反撃するのも容易だった。
「倒しやすい分、報酬も低い、か」
この戦闘を行うきっかけ、町での散財による資金調達なのだが、ソード・ガウスト相手では想像していたほど回収率が高くはなかった。
換金アイテムによる入手額がこれなのだ。手に入れたモンスターの素材アイテムを売ったとしても手に入れられる金額は微々たるものとなってしまうだろう。
これでは目的の金額に辿り着くまでどれくらいの数の戦闘をすればいいのか分かったもんじゃない。
「近くに他のモンスターはいないのか?」
成り行きでパーティを組み戦闘を共にしているアイリに尋ねる。
アイリは今日オルクス大陸に来たばかりの俺に比べこの大陸でそれなりの期間活動しているプレイヤーだ。オルクス大陸において最初の戦闘となるこの戦闘だからと危うげなく倒せるレベルのモンスターを教えてくれと頼んで戦うことになったのがソード・ガウストなのだ。初心者が相手をする程弱い訳でも無いが今の俺の望みを叶えるには若干役不足な相手でしかない。
俺はアイリにもう少し実になる相手を知っていないものかと期待して聞いてみたのだが、
「知っているような、知らないような」
「どっちだよ」
曖昧な返答しか返ってはこなかった。
「ソード・ガウストより強いモンスターの居場所は知ってるけど、この近くにはいないの。ナトルナっていう町は交易が盛んな代わりに近くのモンスターはそんなに強くないのよ。だから強いモンスターと戦いたいのなら町から離れる必要があるの」
綺麗さっぱり消滅したソード・ガウストの跡地を見つめながらアイリが言った。
遠くを見てみると別のソード・ガウストがゆらゆらと近づいて来るのが伺えた。次の戦闘を予期するよりも、別の戦闘に挑む方が良いのかと考えを巡らせる。
僅か数コンマ秒の逡巡の後、
「アイリ。ソード・ガウストよりも強いモンスターの所に案内してくれ」
「わかったわ。付いて来て」
新手のソード・ガウストが来るよりも早く俺とアイリはこの場から立ち去った。
そして、町に戻るのではなくアイリ先導のもと別のエリアに向かった。
急ぎ足で向かった先は薄暗い夜の草原。
常に夜の空が浮かんでいるのがデフォのようで、ここのように空の様子が固定されているエリアというものに足を踏み入れたのは初めての経験だ。
白く丸い月からは優しい光を降り注ぎ、暗い景色を幻想的に彩っている。
「ここには『ソード・ガウスト・ジャック』がいるわ」
「ジャック? ってことはさっきの奴の上位種ってことか?」
「その通りよ。オルクス大陸ではモンスターが上位種になるごとに『ジャック』『クイーン』『キング』『エース』『ジョーカー』の順でランクを示す単語が名前の後に付くの」
「ポーカーに使うトランプのカードの強さの順みたいだな」
「みたいじゃなくて、そのままよ」
「ということは、さっきの奴には何も付いていなかったから弱かったってわけななのか」
「一概には言えないけどね」
モンスターの影を探しながら話すアイリがぽつりと言った。
「もともと個体の力が強いモンスターとかボスモンスターなんかにはその法則は当て嵌まらないものが多いの。だからさっきの法則が通用するのは雑魚モンスターだけってことね」
アイリの言葉に感心したように頷いていると、程なくして先程戦ったソード・ガウストを一回り大きくしたようなモンスターが現れた。
巨大な顔の上には騎士が被るような兜が載せられており、両手の剣も一回り大きくなって、刃こぼれも修復されている。
大剣というには小振りだがそれでも先程のソード・ガウストよりは幾分か攻撃力が高そうに見える。
「あれがジャック…」
「どう? 勝てそう?」
「さあな。けど、さっきよりは本気を出すさ」
腰のホルダーから剣銃を引き抜く。
銃形態から剣形態へと即座に変形させて構える。
慣れ切った一連の動作だが、これをすることで意識が戦闘へと切り替わる。
「わたしも戦うわ」
「俺一人でもいいんだぞ」
「いいの。あなたと連携できるかどうか確認もしたいから」
そういうとアイリは右腰に提げられている二本の直剣を同時に引き抜いた。
長さと太さが揃えられた一対の直剣はその色だけが対象的。右手に握られている直剣は薄い桃色の刀身で左に持たれた刀身は綺麗な空色に染まっていた。
「ん? 一体じゃないのか」
剣銃を構える先。近付いてくるソード・ガウスト・ジャックの周りには取り巻きとでも呼ぶべき下位種のソード・ガウストが何体も連なっているのが確認できた。
「とはいえ取り巻きは下位種ばかり。問題ないわよね」
「当然だな」
注意すべきはジャックとの戦闘に下位種までが乱入してくるかどうかのみ。
俺たちとソード・ガウストの群れとの距離が一定にまで近づいたその瞬間、取り巻きのソード・ガウストが襲い掛かってきた。
「先手は取られたかっ」
ソード・ガウストの剣状の両手が迫る刹那、俺はカウンター気味に剣銃を振り抜いた。
体全体になっている顔、それと仮面が綺麗に斬り裂かれる。
攻撃を仕掛けてくるソード・ガウストの勢いと居合い抜きの要領で引き抜いた剣銃の勢いが相まってFPSゲームにおけるヘッドショットのような効果が発揮された。
瞬時に消滅霧散するソード・ガウストの体を通り抜ける。
「行くぞ。≪ブースト・アタッカー≫!」
魔方陣が俺の背後に浮かび、消える。
上昇するパラメータを感じつつ、俺はソード・ガウスト・ジャックへと斬りかかった。
取り巻きのソ-ド・ガウストをすり抜け、目的の相手に狙いを定める。
接近する俺を迎撃するためにソード・ガウスト・ジャックから繰り出される攻撃はどれも基本的には下位種のそれと変わらない。大振りな攻撃も雑な体当たりも対処自体そう難しくはない。問題はその威力だけだが、それも当たらなければ意味を成さない。
下位種に比べると与えられるダメージは減少しているが、それもこちらの攻撃回数を増やせば済むことだ。
「こっちは何とかなりそうだけど」
俺がソード・ガウスト・ジャックに向かって行く傍ら取り巻きのソード・ガウストとの戦闘を半ば強引に任される形になってしまったアイリの様子を確認するためにちらりと視線をそちらに向けた。
どれくらい手こずっているのかと思っていたが、アイリが平然とした顔で大勢のソード・ガウスト相手に孤軍奮闘しているのが伺えた。
二色の双剣が描く軌跡がとても綺麗に見える。
アイリの戦い方に見とれてしまい一瞬、目の前のソード・ガウスト・ジャックから注意が逸れてしまった。
目の前に振り下ろされる一対の剣状の腕を慌てて躱す。
地面に手をつき急いで崩れた体制を整えるのと同時にアクロバットな動きで近付いてくるソード・ガウスト・ジャックに蹴りを放つ。
格闘系のスキルを習得していない為に与えられるダメージは無いが、それでも自分との間に距離を作り出すことは出来た。
それなりに開けた距離の中、俺はもう一度と剣銃を構え直した。
もう油断はしない。
例え相手が雑魚モンスターだろうとも倒しきれるまで手は抜かないと気を引き締め直す。
「どう?」
「問題ない」
気を引き締め直してから何度も剣を打ち合っている最中、取り巻きのソード・ガウストを倒しきったアイリが合流してきた。
呼吸を乱すことなく笑顔で問い掛けてくるアイリに俺も平気そうな顔をして答える。
「なら、行くわよ」
「ああ!」
俺とアイリが連携して戦う。
双剣が描く軌道と剣銃が描く軌道。
二つの軌道が交差し、また新しい軌道を描いていく。
ソード・ガウスト・ジャックに反撃の隙を与えないまま、俺とアイリはそれぞれの持ち味を生かすことで圧倒し始めていた。
勝利を確信し、剣銃を握る手に力が込められる。
「決める! ≪インパクト・スラスト≫!」
威力強化のアーツを放つ。
仮面のような顔の上から下へ、巨大な切り傷を付けられソード・ガウスト・ジャックがよろめいたその瞬間、アイリもまた自身の持つアーツ≪双刃乱斬≫を放っていた。
瞬く間にHPバーを減少させるソード・ガウスト・ジャックが力なく地面に転がる。
そして、次の瞬間にはその体が灰のように崩れ消滅したのだった。
戦闘が終わりリザルト画面が表示される。その中にある文字通り換金アイテムを換金した結果をみて俺は密かに頷いていた。
「どう? 満足した?」
「ああ。この調子で何回か倒せば割と直ぐに目標金額に辿り着きそうだ」
「そう。それはよかった」
「アイリはどうなんだ。俺との連携の感じは掴めたか?」
「ぼちぼちって感じね」
双剣を鞘に戻すアイリがほほ笑む。
「ちょっと待て。その手。何か攻撃を受けたのか?」
それまでと変わらぬ様子で話すから見落としてしまいそうになるが、俺の目がおかしくなってなければシスター服の袖から覗くアイリの左手が人間のものでは無くなっていた。
「ああ、これ? 大丈夫よ。アーツの影響ってのもあるし、わたしの種族も関係しているの」
「種族だって。魔人族じゃないのか?」
「もっと細かく言うと、わたしの種族はモンスターハーフ。魔人族の亜種っていうのかな、ちょっと珍しいんだから」
胸を張って自慢するアイリの言う通り、俺はその名を初めて耳にした。
人族も獣人族もそれの亜種がいるなど聞いたことも無い。魔人族だけの特徴なのか、それとも何かのクエストの報酬か何かなのか興味は尽きないが、こう言っては悪いけど少なくとも俺はアイリのように左手だけと言えども学校の人体模型の隣にある標本のようになるつもりはない。
そんなことを思ってしまうほど、アイリの左手は血も肉も無い真っ白い骨そのものだったのだから。