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輝きを求めて ♯.4

 事の切っ掛けは些細な言い合いだった。

 そう言って語り始めたアイリの話を俺は黙って聞くことにした。

 カフェテラスの一席にて正面で向き合い話すアイリの表情はどことなく曇って見える。

 アイリの重々しい口調は自分の起こした過ちを悔やんでいるのか。それとも過去の自分を呪っているためか。


「結論を言うと…わたしはリントを見捨てたの」


 見捨てた。その一言を聞いた時、俺はここがゲームなのだから単純に戦闘不能に陥ったリントを助けることはしなかったのだろうと思った。

 しかし、目の前に座るアイリの様子ではそう簡単な話ではないらしい。


「見捨てた、か。それがどういう意味なのか聞いてもいいか?」

「ええ。大丈夫」


 神妙な面持ちでアイリは再び語り始めた。

 俺と出会う前、まだリントと共にいたその時の話を。







 リントとアイリは現実の姉弟である。

 それも双子。

 現実での名は利人と杏里。

 二卵性であるが故にそれほど似ていないという人もいるが、当の本人からしたら自分たちは似ている姉弟だ、そう思えてならなかった。

 好きな食べ物とか、得意な教科とか、苦手なものとか。ちょっとした仕草とか、笑い方とか。ふと思い当たった極々小さな何かが似ている。それが杏里が利人を見て感じることだった。

 性別が違うことで容姿が違い、年齢を重ねることで男女の差というものが顕著に表れるようになってから内面的な共通点というものがより目に付くようになったともいえる。杏里はそれが嬉しく感じ、友達に利人との共通点が見られるたびに自慢したりもしたものだ。

 そんなある日、杏里は利人が大事そうに抱えて帰ってきたものを見てそれが何なのか一瞬解らなかった。しかしそこは流行に敏感な女子高生。直ぐに利人の手の中にあるそれが何なのか直ぐに思い至った。

 HMD。ヘッドマウントディスプレイ。

 昨今話題のVRゲームをするための筐体。

 何故それが利人の手の中にあるのか。その問いは同様に握られていた広大な大地と済んだ空がプリントされたパッケージとそこに記されていた文字列を見て答えが出た。

 ARMS・ONLINE

 数か月前発売されて以降、学校でも頻繁に話題に出てくるゲームタイトルだ。

 杏里の友達にも何人か。特にクラスの男子たちがそれに夢中になっている姿を幾度となく目撃していた。利人も例に漏れずこのゲームに興味を抱いていたようだったが、HMDという筐体の値段が直ぐに買える値段ではなく、何より最近まで品薄が続いていたからやりたくてもやれない状況だったらしい。

 杏里の手からHMDを抜き取った利人はいそいそと自室に戻っていき、ゲームを始める準備に取り掛かっていた。

 この日以降、杏里は利人と話が嚙み合わないことが増えていった。

 利人の話題の中心にはゲームが存在し、それが解らない杏里はいつもその話に曖昧な相槌を打つことだけしか出来ずにいた。帰ってきても直ぐに自室にこもってしまうせいで顔を合わせる時間も減り淋しい思いをすることが度々あった。

 そんな状況に耐えきれず、杏里がHMDの購入に思い至ったのは自明の理といえよう。

 これまでのお小遣いの無駄使いを減らし購入資金を用意し――実際は親に数か月分のお小遣いの前借りも頼み込んだ――ようやく購入に至ったのだ。

 利人に杏里が自分も始めるのだと伝えると利人は一瞬驚いて、そして直ぐに喜んで遊び方を教えると言った。

 そうして初期設定などを利人の指示通りに行い、杏里はアイリとなった。

 利人を追うように始めたこのゲームは流石双子とでも言うべきか、杏里も直ぐに嵌まることとなる。

 リントとアイリがパーティを組み自身を鍛えイベントやクエストに奮闘していたある日、四皇討伐というイベントの果てできた新しいエリアに冒険でるという臨時の大型パーティが作られると噂になった。

 それにリントは参加したいと言い出したのだ。

 アイリはこれまでのプレイで満足していたということもあり二の足を踏んだことがきっかけの一つ。そして、偶には別行動をしようとリントが言ったのもまたきっかけの一つとなった。

 折角姉弟で楽しく遊んでいたのに何故別々に行動しなければならないのか。勿論これまでのプレイで他のプレイヤーと共に戦うことが無かったわけではない。時に肩を並べ冒険に勤しんだことも珍しくない。

 けれど、この時は何かが違った。

 リントはアイリの制止も聞かず、一人でその大型パーティに参加すると決めていたのだ。

 それが気に入らなかったというわけではない。

 渋々ながらも納得して解ったと告げた時のリントのほっとしたような表情が気に喰わなかったのだ。あれではまるでアイリと一緒にいることが嫌になったと言っているみたいに思えてしまったのだ。







「ちょっと待て。まさかそれが原因で喧嘩してリントっていうプレイヤーと連絡できなくなったとか言わないよな? それで俺に探すのを手伝って欲しいって…」

「違うわよ。問題はその後に起こったの」

「問題?」

「ええ」


 戸惑う俺にアイリは眉間にしわを寄せて頷いた。


「問題はその大型パーティが壊滅したこと」

「壊滅? そんなに難しいエリアだってのか!?」

「解らない。利人はその話をしたくないみたいだったし…最近顔を合わせてもいないから」

「本当の姉弟なんだろ? 顔くらい会わせられるんじゃないのか?」

「今、利人は部活の合宿で家にいないの。今日だってログインできないはずなんだけど」

「それなのにさっきはログインしてきたってのか」

「ええ…今はもういないみたいだけど」

「ログアウトしたっていうのか? まだ十分も経っていないぞ」

「それでも、今いないのは間違いないわ。フレンド欄も暗くなっているし、それに、こんなこと最近は頻繁にあるのよ」


 コンソールを操作しながらアイリが思案顔で告げる。

 本人に連絡がつかないということもあるが、それよりもログインできない状況にいるはずなのに何故ログイン状態にあると表示されるのだろう。普通に考えればどうにかログインできる状況を作り、僅かな時間だけでもとゲームをしていると考えそうなものだが。


「そもそもだけどさ、リントってやつが帰ってくるのを待つわけにはいかないのか?」

「ええ、それでもいいのだけど。けど…なんとなく話してくれなさそうな気がするの」

「そうか」


 リントという人の人となりを知っているのは俺ではなくアイリの方だ。だからこそアイリの直感を否定することは無いし、するつもりもない。


「だけどさ、それが何で見捨てたってことになるんだ?」

「それは……」


 これまでの話を聞く限り、アイリが自分を責める要因はないように感じた。

 どこのエリアに行くのかを決めるのも、また行かないと決めるのも自分次第。今回はリントが行くことを選択し、アイリが行かないことを選んだだけ、そうとしか思えなかったのだ。


「大型パーティが壊滅したとき、帰ってこなかったプレイヤーが数人いたの」


 全滅した時、プレイヤーは最後に立ち寄った町の教会でリスポーンする。その際デスペナルティを負ってしまうが、それでもゲームオーバーにはならない。

 もう一度挑戦するということを選ぶことも出来るし、今の自分の実力不足だと割り切って次の挑戦に向けて鍛え直すこともできるのだ。その為に帰ってこなかったということは、他のプレイヤーのように死んでリスポーンしていないということであり、また挑んだエリアにいるということなのだろう。


「帰ってきたプレイヤーに話を聞いた感じだと残っているプレイヤーはまだ挑戦し続けているということみたい」

「だったら安心なんじゃないのか? 寧ろ諦めず良くやっていると思えるんだけど」

「でも、それなら変じゃない。疎らな感覚でログインとログアウトを繰り返すなんて」

「確かに。気になるはなるけどさ」


 時間がなくログインするだけしてきて何もせずログアウトするということは無いことではない。

 少しでもゲーム内の空気に触れていたいという思いからくる行動らしいが、ログインボーナスがあるゲームだとこの行為だけを続けているプレイヤーもいるほどだと聞いたことがある。

 俺はやらなくなったゲームはログインボーナスがあったとしても忘れてしまうことが多く短時間でログインとログアウトを行うということはあまり経験がないことだった。


「だからわたしはリントを見捨てたんだ」

「話が飛躍しすぎだと思うけど」

「そんなことないっ」


 少しばかり涙目になりながらアイリが口調を強めテーブルを強く叩いた。


「リントが今もどこかのエリアで動けずにいるなら、わたしは助けに行くべきなんだ。それがお姉ちゃんの役目なんだっ」

「お、おう。わかったよ。だったらリントが帰ってくるまであと何日ある?」

「え?」

「合宿なら帰ってくる日が解っているんだろう?」

「え、ええ。たしか三日後のはずよ」

「三日か。とりあえずはそれまでにリントがいった場所を突き止めようか。その後アイリはリントに何処にいるのか聞いてみてくれ」

「わかった!」


 この広大なゲーム世界でたった一人のプレイヤーを見つけ出すことはわずか三日では叶わないかもしれない。そもそも偶然ログインしている時に鉢合わせられればいいが、その可能性は低いはず。

 自分的にまだ未踏の地に進むことは俺の目的にも沿うことなので異論はないのだが、不思議とテーブルの上に座るリリィは納得いっていない顔をしていた。


「何か言いたいことがあるのか?」

「別に…って言いたい所だけど、気になることがあるの」


 どこかの漫画の名探偵よろしく、考え込むような仕草をしながらリリィが俺の顔を見上げてきた。


「どうして倒されるまで帰ることができなかったの?」

「それは…」


 いつものように答えようとして言葉を詰まらせてしまった。

 どんな戦闘でも逃走することは出来る。出来ないのだとしたらレイドボスやクエストの最後に戦うボスモンスターくらいのものだ。

 勿論、多勢に無勢な状況に追い込まれ、逃げ出すチャンスを逃したということも考えられるが、その場合未だエリアに挑戦し続けているプレイヤーがいるということが妙となる。

 HPを全損させる以外帰る方法が限られる場所なんだとすれば。


「もしかして、迷いの森と似たような場所だってことなのか」


 自分の経験を振り返り思い至った場所が自分のギルドホームを作った場所だった。

 迷いの森は正しい道順を選ばなければ最奥に辿り着けない仕様になっていたが、リントたち大型パーティが挑んだ場所は正しい道順を選ばなければ引き返すことが出来ないのだとしたら。


「準備はしっかり整えてから行くべきってことだな」

「どうするのさ?」


 一人納得したように呟く俺にリリィが問いかけてくる。


「まずは使った分のお金の回収からだ。オルクス大陸にいる雑魚モンスターの特徴も掴んでおきたいからな。アイリはどうする?」

「わたしも一緒に行くわ。互いの戦い方を知っていた方がいいと思うから」


 そうして俺はカフェテラスで飲み食いした分の代金を支払い街の外へと向かう。

 これまでに露店で購入した分に加えて今回の代金も合わせると、やはり俺の懐は寂しいものになってしまっていた。




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