輝きを求めて ♯.2
「つぎはあっちから良い匂いがするぅー」
「ちょっと待て」
匂いに釣られるまま飛んでいこうとするリリィを捕まえ、視線を肩の上にいるクロスケに向けてお前も行こうとするなと釘を刺す。
「えー、なんでよー」
「そろそろ手持ちがな。目に付く物を買い過ぎた」
オルクス大陸で最初に訪れた街。ナトルナ。ここには中世の西洋の街並みが広がっておりその中心の大通りには隙間なく露店が開かれている。中でも多いのが食べ物の店で最初に訊ねた串焼きの店の店主の人柄が良く店で売っているものを全種類買うという暴挙に出てしまった。それがリリィに調子付かせるきっかけを与えてしまったのだ。
俺も珍しい食べ物やアイテムがあればそのたびに気になって手に取ってしまっていた。初めは買うつもりまでは無かったのだが、それも今にして思えば後の祭り。俺のストレージには数多くの露店で売っているアイテムの名前が連なっている。
増えていくアイテムに反して減っていった所持金を目の当たりにすると顔が引きつってしまう。
もう少し早く気付くことが出来ればよかったのだが、久々、というよりはほぼ初めての懐を気にしなくてもいい買い物に気が大きくなってしまっていたのも事実。
せっかく貯めたお金もこの衝動買いで使い果たすわけにはいかない。
「それでもまだマシなのは例の課金アイテム追加のお陰か」
「ん? なんか言った?」
「いいや。何も」
オルクス大陸に行くと決める前。
ヒカルたちがギルドショップの開店準備に追われている最中、俺は剣銃の修復に使える鉱石を探してグラゴニス大陸とヴォルフ大陸の通い慣れた採掘ポイントに行っていた。
採掘技術の向上というよりはそれを使うスキル≪鍛冶≫や≪細工≫のレベルや熟練度の上昇が関係しているのだろう。何も分からなかった頃に比べ手に入れられる鉱石の種類も増え質も上がっている。それでも今の剣銃に適している鉱石は手に入らなかった。
その代わりとでもいうのだろうか、遭遇した雑魚モンスターとの戦闘で得た使わない素材や追加された換金アイテムを即座にコインに代えていった結果それまでにない程の所持金額にはなることが出来た。
今回の散財もそのお陰ではあるのだが。
「というか、この露店街はどこまで続いているんだ」
「さあ? 街の外までなんじゃないの?」
「そんなまさか。この街が全部露店で占められているわけじゃあるまいし……ってまさか」
「そうなんじゃないの。だって街に入ってすぐだったよね、あの串焼きのお店があったの」
「なあ、ちょっと飛んで見てきてくれる気ない?」
「えー、なんで私が?」
「俺たちの中で一番身軽なのはリリィだろ。戻ってきたらここで買った物を好きなだけ食べていいから」
「ホントっ!? それじゃ行ってくる!」
あの小さい体のどこに入るのかと思ってしまうほど、ここに来るまでの間にもリリィは俺と一緒に食べ歩きを繰り返してきた。
ゲームの中だというのに俺だってこれだけの満腹感を感じているのだ。妖精であるリリィも例外ではないだろう。
「って、クロスケも行ったのか」
右肩が軽くなったことで気が付いた。
俺が好きなだけ食べていいと言ったときにクロスケもまた己の食欲にしたがってリリィを乗せて飛んで行ったらしい。
リリィとクロスケが帰ってくるまで暇になったとはいってもここで何かを摘まんでいようなどと思えるはずも無く、俺は手持無沙汰のまま場所を変わらず空を見上げていた。
オルクス大陸の空もそれまで見てきたソレとあまり変わらない。
違うのはその空を舞っているのが見慣れない四翼の鳥だということ、それと雲の色が少しだけ赤味がかっているということだろうか。
オルクス大陸では雲の上を飛んできたおかげで戦闘は起こらなかったのだが、仮に地上を移動していれば、この大陸に生息しているモンスターと出会っていれば、その都度見たことも無いモンスターと戦っていたのだろう。
どのようなモンスターがいるのか。
どのような素材を手にすることが出来るのか。
想像を膨らませていくだけで心なしか顔がにやけてしまいそうになる。
「ねえ!」
そういえばこの露店にモンスターの素材は売って無かったな、などとぼんやり考えていると再び、
「ねえってば!」
同じ声が聞こえてきた。
「聞こえてるんでしょ。無視しないでよ」
「もしかして俺を呼んでいるのか?」
「他に誰がいるってのさ」
「えっと…初対面、だよな?」
「当たり前でしょ!」
「そうか」
声を掛けてきたプレイヤーの姿を頭からつま先までさっと見てみる。
身長は俺と同じか少し低いくらいに見えるが、履いているその靴が高いヒールのブーツという一風変わった物であることからも実際はもう少し低く小柄だと言えるだろう。
目元が隠れるくらいまで伸ばされた前髪が特徴的な髪型で色は濃い茶色。こういう類のゲームではあまり見ない現実でもできる髪色のように思えた。
纏っている防具は鎧などではなく、服と呼べるもの。それも教会にいるシスターが来ているような服だ。神聖なシスター服には似ても似つかない無骨な双剣が侍が持つ刀のように腰から提げらえれている。
長い前髪に隠されてはいるがその眼光は鋭く、これまたシスターとは呼べない雰囲気を醸し出していた。
「…武装シスター」
「何か言った?」
「あ、いや、何でもない」
危ない、危ない。思ったままを口に出したらもの凄い視線を向けられてしまった。
「それで、俺に何か用か?」
「先に聞いておきたいんだけど。さっき飛んで行った妖精とフクロウはアンタの?」
「ん? ああ、見てたのか。あいつらが所有物扱いなのかどうかを別にすればだけど、確かにそうだな。あの妖精とフクロウは俺のと言えば俺のだな」
「何か変な言い方だけどまあいいわ。妖精とフクロウがアンタのものと見込んでお願いしたいことがあるの」
「お願いしたいこと、ねえ」
もう一度、今度は値踏みするように目の前のプレイヤーを見た。
「俺も先に一ついいか?」
「何?」
「アンタは男なのか女なのかどっちだ?」
「は!?」
前髪の奥の瞳が一層険しい光を宿す。
「冗談よね。わたしのどこを見て男だと思ったのよ」
「今時そういう格好をした男のプレイヤーも珍しくはないからな」
「珍しいわよ」
「確かに俺も会ったことはないな」
そもそもすれ違っただけのプレイヤーに性別を訊ねるなんてことするわけがないわけで、そういう格好をしているプレイヤーがいたとして俺が知る由もないのだが。
「馬鹿にしてるの?」
「まさか。気になったことを聞いてみただけさ」
肩を竦め俺はゆっくりと移動を始めた。
リリィとクロスケを待っているのは同じ場所、そう決めていたのだが、ここで立ち話をするのも気が引ける。
手近な椅子なんかないものかと探しながら歩く。
先んじて歩き出した俺の後を追うようにシスター服のプレイヤーがついてきた。
「えっと、アンタはこの街に詳しいのか?」
振り返らずに問いかける。
「何で?」
「どこか座れる場所が無いものかと思ってな。このまま歩きながらだと話し辛いだろ」
「話…聞いてくれるの?」
「聞いて欲しいんじゃなかったのか」
さも当然というように告げる。
面倒そうだからという理由でこのシスター服のプレイヤーを見捨ててもいいとは思ったが、なんとなくそれは出来ないと感じた。
「アンタの言う妖精とフクロウが戻ってくるまでの間、俺はアンタの話を聞く。そう決めた。嫌か?」
「嫌じゃない。お願い聞いて欲しい」
「だったらまずは座る場所だ」
露店を眺めながら移動してようやくカフェテラスのような店を見つけた。
座席にはまだ空席が目立ち他の露店に比べると人気が無いようにも思えてしまう。
店員に案内され席に着き、そのままテーブルに置かれたメニューを手に取る。
「何か飲む?」
「おごってくれるのか?」
「嫌よ。自分の分は自分で出して」
「わかってるって」
不快そうに表情を歪めるシスター服のプレイヤーに微笑みを向ける。
メニューを手に取ったのを見届けたのか店員が再び俺たちの席に戻ってきて「ご注文はお決まりですか」と聞いてくる。
「俺はこれを」
「わたしはこっち」
「かしこまりました」
簡単なメモを取りいそいそと帰っていく店員を見送り俺は正面に座るシスター服のプレイヤーを見据える。
「さて、話をしようじゃないか。アンタは俺に何をして欲しいんだ?」
「簡潔に言うわ。探し出して欲しい人がいるのよ」
「探し人か。どうして俺なんだ? こう言っては何だけど、俺は顔の広い方じゃないぞ。そもそもオルクス大陸に来たのだって今日が初めてなんだ」
「大体予想ついているわよ。でも、わたしの勘が言っているの。アンタ以上にそれが出来る人はいない」
「勘…ね」
シスター服のプレイヤーの真意を探るべく言葉を重ねる。
いまのところ本筋は探し人。だがその探しているのが誰なのか、何故俺に声を掛けたのかという部分は隠されたまま。
初対面の俺を信用することは不可能でも、このまま腹の探り合いでは話が進まないのも事実。
となれば俺の方から何かしらの切っ掛けを作り出すべきというわけだ。
思い出すはこれまでに重ねた言葉。
席に着く前、出会ってからここに至るまで、短くも確かに重ねた言葉。
「妖精とフクロウ」
小さく呟いたその一言にシスター服のプレイヤーが僅かながら反応を示した。
「そういうことか」
得心がいったと密かに頷く。
しかしそれと同時に俺はシスター服のプレイヤーが願っていることが俺には実現できないこととわかってしまった。
「俺と一緒にいる妖精とフクロウは探し人をすることは、いや探し物もだな。俺が何かを命令してできることはないぞ」
頭の中だけで戦闘以外はと付け加える。
端的に、きっぱりと告げられた言葉にシスター服のプレイヤーは目を丸くして固まってしまった。
「そもそも顔も名前も知らない人を探すことは無理だろ」
「そう…だよね」
「もしかしてだけどさ、アンタは妖精とかモンスターを連れたプレイヤーを見るのは初めてだったんじゃないか?」
「…う、うぅ」
「やっぱりな。モンスターをテイムしたプレイヤーは基本的に戦闘以外でその能力を使うことは出来ないし、妖精は自発的に何かをしてくるだけで俺の命令を聞くことはない。せいぜい物で釣って何か頼み込むのが関の山さ」
肩を窄め運ばれてきた飲み物を口に含む。
爽やかな酸味と甘みが口の中に広がるがまだ質が低いと感じられた。
「んぐ、あまり美味しくはないな。これならシャーリが作ったやつの方が美味いぞ」
カップに二口目を付けることなくそのままテーブルの上のソーサーに置く。
半分以上残されたままのカップを前に俺はもう一度目の前のプレイヤーに視線を向けた。
「それでもいいなら話してくれないか?」
「え?」
「ここまで、っていうほど関わっちゃいないがそれでも知り合ったんだ。話くらいは聞くぞ」
シスター服のプレイヤーに話すように促す俺の上に黒い影が現れる。
「どこに行ってたんだよー」
「んがっ!?」
勢いよく飛び降りてきた妖精、リリィが俺の脳天にキックした。