幕間 換金アイテムとギルドショップ
「これを見てください」
四皇討伐のイベントが終わりそれぞれが日常に戻って暫くした頃。
俺は今日も今日とてギルドホームとログハウスを往復し、鍛冶と調薬、そしてアクセサリ製作である細工に精を出している、出していたのだが。
「えっと、ヒカル。それにセッカもこれは何なんだ?」
ヒカルが押し付けてくるようにして見せつけてきたコンソールには多種多様な、それこそ雑多と言わんばかりのアイテムが羅列している。
「わかりませんか?」
「あ、いや、これの中身は解るんだけど。っていうか一応は俺が作ったモノが大半だし」
「でしたら解っているはずです」
「いや、よく解らん」
「……どうしてギルドの倉庫にユウのアイテムがこんなにあるの?」
「だって、それは外に出して置くわけにもいかないだろうし」
「……自分のストレージに入れておけばいいんじゃない、の?」
セッカの尤もな意見に俺は何事も無さそうに自分のストレージにある所持アイテムリストを広げた。
「……これは」
「なんでこんなことになっているんですかっ!」
驚くセッカと若干ではあるが怒りを見せるヒカル。
二人の少女に非難の視線を突き付けられて俺は顔を引き攣らせながら曖昧な笑いで返した。
「誤魔化さないでくださいっ」
「お、おう」
ギルドホームの大広間。
そこに置かれた長机を挟んで置かれた革張りのソファにて向かい合うヒカルが身を乗り出し、見たこともないような勢いで長机を叩いた。
「これはだな。その、なんて言えばいいのか難しいんだけど」
「……簡潔、に」
「作るだけ作って使い道のなくなった効果の低いポーション類とアクセサリ、とその素材アイテムの山。ギルド倉庫にあるのは俺のストレージに入りきらなかった分だな」
「ユウはギルドマスターですからギルド倉庫を自由に使ってくれても構わないのですけど、もう少し整理整頓をしてください」
「解ってはいるんだけど、時間が無くて」
「時間って」
「……ソート機能を使えばいいんじゃないの?」
「使ってこの状態なんですよ」
呆れたように溜め息を吐きながらヒカルが肩を落とした。
「種類別にしてもなおこの数ってことだ。いやぁ我ながら良く作ったし、よく集めたもんだ」
「褒めてませんよ」
「……褒めてない」
「ま、そうだよな」
かなりの数のアイテムを収容できる個人のストレージよりも膨大な数を収容できるギルドのストレージ、通称ギルド倉庫を用いたとしても管理が出来ないほどになっていたのは想定外だったとはいえ、これは明らかに俺がしでかしたことが発端であることは間違いない。
知らぬ存ぜぬで通すのはあまりにも無責任というものだろう。
「でもなぁ、これをどうにかしようとすれば棄てる以外にないと思うんだけど」
実際ギルド倉庫に余っているのは使わなくなったというよりは使っても意味が無い、あるいは使っても効果の薄いアイテムが殆どなのだ。
ポーション一つとっても戦闘時に使うポーションは自分のレベルやHPの総量に対応していなければならず、回復量の少ないポーションでは駄目というのが現状だった。アクセサリこそパラメータの上昇値が低くても全くの無駄にはならないものの、それを使うかどうか問われれば遠慮したいのが本音なのだ。
そういう訳で性能に満足しない物やレベルの低い時に作って使わなかったものなどは倉庫に蓄積されてしまっていたというわけだ。俺自身、廃棄する以外に方法はないのだと以前から察していたものの、実際に自分が作った物を簡単に廃棄するという決断が下せないでいたのも原因の一つだろう。
「さて、どうしたものか」
自分のストレージとギルド倉庫の中身が記された一覧を適当にスクロールさせながら呟いた。
書かれている文字が読み取れないほどの速度で捲られていく一覧だが自分のストレージはまだ早い段階で止まったのに対しギルド倉庫のそれは今も動き続けている。
スクロールが止まった時には俺の引き攣る顔がより引き攣り、目の前に座るヒカルとセッカの目がよりいっそう険しいものになっていた。
「わかった。使わないものから順に棄ててくよ」
どっちにしても使い道のないアイテムなのだ。これもいい機会なのかもしれない。
「待ってくださいっ」
まずは使わなくなったポーションから処理しようとギルド倉庫のストレージに手を伸ばした時、その俺の手をヒカルが慌てて掴み止めた。
「どうした? 倉庫のなかを整理するんじゃなかったのか?」
「勿論整理整頓はして貰います。でも何も棄てることはないと思いませんか?」
「だったらどうしろっていうんだ」
「……売ろう」
「どこに?」
「……いろんな人、に」
セッカの一言に俺は目を丸くして、次の瞬間、それまでにない程に思考をループさせてしまっていた。
自分がしなければならないことと、したくはないこと。それが全く同じ意味である時、俺はどうすればいいのだろう。そんなことばかりが頭の中に木霊し続けていた。
「やっぱり、気が乗りませんか?」
「そう、だな。気が乗らない」
「……どうして?」
「それは――」
自分の中に浮かんでくる明確な理由は不自然なことに一つもなかった。
相も変わらず、なんとなく嫌、それだけなのだ。
「その様子だと説得に難儀しているみたいだね」
「ムラマサさん!」
「どこに行っていたのか、なんて聞くだけ野暮なんだろうな」
「そうだね。いつもの通りログハウスでラクゥたちとお茶会をしていたところさ」
「で、優雅なお茶会を切り上げてまで何をしに来たんだ?」
「だいたいがユウの想像の通りさ」
「俺の説得、か」
「まあね」
ムラマサが俺の隣に座る。
そして自身のストレージから使い慣れたティーセットを取り出し、甘い香りのする紅茶をそれに注ぎ始めた。
「皆の分も持ってきたんだけど、いるかい?」
「貰います」
「……飲む」
「ユウは?」
「ああ、もらうよ」
空のカップに注がれた琥珀色のお茶を一口含むと優しい甘さが口の中に広がった。
「ん、美味いな」
「だろう。先日のお茶も良かったがこれもなかなかだね。シャーリに畑を一つあげたのは本当に良い判断だったと思うよ」
「確かに、そうだな」
ログハウスに住み込みで働いてもらっている獣人のNPCシャーリとラクゥはその場所の特質上植物系の素材アイテムの生産を頼んでいる。そんななかシャーリが自分の好きなように出来る畑を欲しがっているとラクゥが言っていたのを耳にした。だから自由にできる畑を渡したのだ。そうしてシャーリが作り上げたのがこの紅茶の茶葉。
このゲームの特徴なのか、それともヴォルフ大陸の特徴なのか、ここでは現実に比べそれの成長が速く収穫までの期間も短かった。
その為にシャーリはいくつもの種類の茶葉の生産を試していた。
失敗と成功を繰り返し、最近ではその畑の範囲を広げ、野菜や果物までも作るようになってきてるのだ。
今では俺たちのギルド『黒い梟』の重要な食料源になっていた。
「プレイヤーが管理しない畑というものが成功するかどうかは解らないのにユウは快くそれを了承した。なのにどうして売るということに対してそれ程の拒否反応があるのだろうね?」
「んー、自分でも良く判っていないんだけどさ。何となく嫌だって思うんだよ」
「……どうして?」
「や、だから理由ははっきりしないんだって」
「だったらとりあえず聞いてもらえませんか? どうして私たちが売るという選択肢に至ったのかを」
ヒカルの話によればその決断の切っ掛けは言わずもがな俺の作り貯めてきた多量のアイテムを見つけたことだった。
使わなくなったアイテムは棄てるか売るか誰かに譲るかしかない。現にこれまでの俺たちはそうしてきた。だが、それでも消費が生産に追いつかなくなった。何より自分たちが使うには物足りないアイテムが消費される機会が減っていたことが大きい。
そういうものは大概NPCショップに売っていたのだが、それはあくまで二束三文にしかならない。支出が少なくて済むプレイスタイルだからこそ賄えてきたが、最近それも限界が来たと感じてきたようだ。
二つの拠点の維持に加え、必要になる設備の購入。
俺に限って言えば植物の種や鍛冶の時に使う鉱石等の素材アイテム。
ヒカルやセッカやムラマサが何を欲しているのかは全て知っている訳ではないが、少なくとも俺と同程度の活動資金が必要なのは解る。
ギルド『黒い梟』では個人の活動に使う資金は個人で賄うのが基本で、ギルドとしての活動ではギルド内の資金を用いるようにしている。
それ故にイベントに備えある程度の蓄えは必要となるのだ。
施設維持費に加え活動費、そして次に備えた蓄えとまでなると今のままでは賄えなくなるというのが黒い梟の今の財政状況だった。
「このゲームでお金を稼ぐのは結構大変だったからな」
「だった、か。確かにそうだね。これからはそうでもないはずだけど」
ムラマサがカップの中の紅茶を飲み干して告げた。
「ああ。換金アイテムが追加されるらしいからな」
「だから今、私たちもギルドショップを出すんですよ」
このゲームにおいてお金を稼ぐ手段は自身が手にしたアイテムを売るという行為とクエストの報酬にのみに限られていた。
ギルドショップやプレイヤーショップが今ほど充実していなかった当初はそれでも何とかやっていけた。実質お金を使うのはポーションなどの消耗品を購入する時くらいのもので、それから後に武器の耐久度というシステムが導入されたころにはプレイヤーの懐事情も潤っていた。
しかし時が進むにつれてそうも言っていられなくなってきた。ソロて活動しているプレイヤー程、お金を稼ぐという行為を考えなければならなくなってしまっていた。それでゲームで遊ぶという主目的から外れてしまったと思い始めるプレイヤーも現れたのは無理も無かったことだろう。何より初心者プレイヤーであればあるほどお金の稼ぎ方が解らないというのはプレイの幅を狭めるという事態になり始めていた。
それを回避するために追加されるのが換金アイテムというわけだ。
これはモンスターからドロップしたり、採集の際に素材アイテムと同時に取得できるとのことで、予めコンソール内のシステムメニューにある自動売却を有効にしておけば店に売りに行く手間も無くお金が手元に入るようになっているらしい。
換金アイテムという名の通りそれの使い道は売ってお金に換えるという一点にのみ限られていて、それを使って何かを作ったりするということはないとのことだ。
この先プレイヤーが活動すれば活動するほどお金も貯まっていくのは間違いないだろう。
「ユウが作って余っているアイテムの殆どは効果の低いやつばかりだろう。だからそれ程レベルの高くないプレイヤーに向けて販売するのもいいかと思ってね」
「もちろんそれ以外にも私たちがギルド倉庫に入れている使い道のないドロップアイテムとかも一緒に売るつもりです」
「倉庫の整理も兼ねてという訳なんだけど、どうだい? やっぱり気持ちは嫌なままかい?」
これまで以上にお金が回るようになれば、それを販売する機会も自然と増えていくことだろう。
ムラマサやヒカルの言うことは理解できる。何より、ただ廃棄するよりは誰かに使ってもらえる機会があるということも。
プレイヤーが作ったアイテムもその効果がNPCショップの物とは違うということくらいしか違いが無いからこそ、こうして万人に受け入れられているわけで。
「分かった、売るのは納得するよ。でもどうするんだ? 俺はギルドショップの運営なんて出来ないぞ」
諦めたように俺はソファに深く体を沈めながらいった。
元々ソロで活動すると決めていた俺が何の因果かギルドマスターをやっているのだ。店は持たない、自分では売らないと言っていても状況が変われば意見も変わるということにしておこうではないか。
「それは問題ない」
「ボク達がお手伝いしますから」
ギルドホームのドアを開け見知った顔が三つ入ってきた。
「パイルとリタ、それにバーニか。こうなると思ってムラマサが呼んだのか?」
「いいや。ヒカルだよ」
「ユウなら了承してくれると思っていましたから」
「お邪魔するね」
リタが一言断りを入れて誰も座っていないソファに三人が並んで腰を下ろした。
「どうやらユウもギルドショップをやることを認めたようだな」
「まあ、一応ね」
「良かったね、ヒカルちゃんセッカちゃん」
「はいっ」
「……狙いどーり」
パイルがにやけながら俺を見てくる隣でリタとヒカルとセッカが仲が良さそうに手を合わせて喜びあっていた。
「で、パイルとバーニが手伝ってくれるってのはどういう意味なんだ?」
「えっと、それは私が説明したほうがいいかな」
「リタが?」
「今回こうなったのも二人が私に相談を持ち掛けてきたのが切っ掛けみたいなものだし」
「はあ?」
「ギルド倉庫が収集つかない状態になっているって聞いたのよ。それでなにで埋まっているのって尋ねたらユウくんの作ったアイテムが殆どって言うじゃない。だから整理するついでにお店でも始めたらどうって提案してみたの」
「成程ね」
何となくだがこれで納得が出来た気がした。
リタは元々俺に店をやらないのかと言ってきたこともある。その時は自分がやるつもりはないと突っぱねたのだが、俺が自分で開くのでなければ問題ないのだろうとでも思ったのだろう。
遺憾ながらそれは的を射ており、こうして俺はヒカルたちに分かったと言ってしまっていたのだ。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
「……手伝ってくれる、の?」
「店を運営する自信も接客する自信も全くないからな。それこそ出来ることなんて何もないと思うけどな」
「それなら何も問題ないだろう。運営するのは俺やバーニも手伝うことになるだろうし、接客だってNPCを雇えばそれで済むことだ」
「そういうもんか?」
「そういうものだ」
いつの間に淹れたのか俺が飲んでいたのと同じ紅茶を啜りながらパイルが平然と言ってのけた。
「だったら俺がすることなんて無いんじゃないか?」
「表に出てする仕事は無いな。大方売るアイテムを作るのがユウの仕事だろう。それも今の調子で作っていれば事足りるのではないか」
「ああ、それを聞いて安心したよ」
そう言って立ち上がる。
「ギルドショップはヒカルとセッカに任せようと思うけどさ、それでいいか?」
「任せてください」
「……素敵なショップを作ってみせる、から」
丸投げとも取れる一言にリタは苦笑していたが、ヒカルとセッカは想像よりも遥かにやる気を漲らせていた。
「バーニとパイルもうちのギルドショップのことを頼んだぞ」
「うん。任せてください」
「心配するな。こう見えて俺はそういう物を作るのに慣れているのだからな」
手を振って去っていく俺の背中越しにどのようなショップにするかという相談で盛り上がり始める人たちの声が聞こえてきた。
活気あふれる声を聴きながら俺は一人ギルドホームの外へと出た。
真夏の空を彷彿とさせる晴天を見上げる。
これから先に待っている変化が俺たちにどのようなことを齎すのか。不安と期待が入り乱れるなか、次第に俺は別のことが気になり始めてきた。
「後はこれ、か」
腰のホルダーから剣銃を取り出す。
使い慣れたそれが現時点の最大の問題になるなんてと思いもしたのが、よくよく思い返せば俺の場合はそう珍しくもないことだということに気付いた。
「はぁ。まあ、いつものことか」
深い溜息を伴って出た言葉には俺の次なる目的が出来たことを喜ぶような不思議な感情が秘められているのだった。