動く、山 ♯.21
この日、俺は景色が刻一刻と変わる様を初めて目の当たりにした。
視認できないほど膨大な量があったHPが全損したその瞬間に消滅するはずのグラン・リーズはその肉体を徐々に生物的なものから無機質とまではいかないものの、物言わぬ植物の表面のような感じへと変化していったのだ。
力無く地面に突っ伏すような形になった頭部も四肢や尾と同様に植物のように硬化していった。
巨大な胴体から伸びる頭部、前足、後ろ脚、そして尻尾。都合六つの部位がそれぞれグラン・リーズの胴体を支える根のように地面と繋がったのだ。
驚くほどの勢いで根が大地から栄養を吸い取っていく。
巨大な胴体はその栄養を使いみるみるうちに肥大していった。
甲羅のような背中に生えていた木々が次々と大木へ成長し、その下に青々と茂っていた草原にも色鮮やかな花が咲き誇る。
僅か数十秒程にしてグラン・リーズは自然溢れる山へと姿を変えたのだった。
「これは…なかなか壮観だね」
モンスターの体から一つの山が出来上がる様子を見つめていたムラマサが完成した山を目の当たりにして感慨深そうに呟いていた。
「ふむ、『リーズ山』と言うようだね。今回も安直な名前だとは思わないかい?」
「……でも、解りやすい、よ」
「確かに」
「そういえば、グラン・リーズが山になったということは他の大陸でも同じことが起きているんでしょうか?」
「どうだろうな。先に討伐したオルクス大陸でも同じことが起きたっていう話は聞かないけど」
戦闘中に報せが届いていたとしても確認のしようがなかったとはいえ、そのような話が噂のような形になっていたとしても俺の耳に届いていれば頭の片隅にくらいは残っているはず。この光景に対して何も知らないということはこれがここ限定で起こっているか、そもそも全ての四皇が討伐されて初めて起きる現象なのかのどちらかだ。
「どうやらこれと同じ現象はグラゴニス大陸でも起こっているようだな」
「解るのか?」
「まあな」
立ったまま考え込んでいた俺に仲間と合流して戦っていたシシガミが声を掛けてきた。
「グラゴニス大陸の戦闘にも俺のギルドメンバーは僅かだが参戦しているのでな。残念ながらオルクス大陸とジェイル大陸には人員を送ることは出来なかったがな」
戦闘を終えたばかりだというのに未だ覇気の衰えていない感じのシシガミに密かに驚きを感じつつもそれを表に出さず平然と振る舞う。
「種族の違いか」
「そういうことだ」
三つの種族が混在するグラゴニス大陸はともかく、人族の拠点であるジェイル大陸や魔人族の拠点であるオルクス大陸に獣人族を紛れ込ませることが出来なかったのだろう。
「それでさっきの話ですけど、グラゴニス大陸でもここと同じように四皇が山になったんですか?」
「はい。ギルドメンバーの話ですと貴重な鉱石がふんだんにありそうな岩山が出来上がったそうです」
「リンドウ。無事だったのか」
「ボールスも餡子も来てくれましたし、シシガミだって居ましたから」
「悪かったな。一人で行かせてしまって」
「別にそれは気にしてませんけど。ユウさんに何があったのですか?」
「厄介な状態異常に掛かったんだよ。セッカが来てくれなかったら大変だったんだろうなぁ」
「ちょっと、何でセッカちゃんだけなんですか? 私だって駆け付けたのに」
「私達、だ」
「……でも回復したのは、私」
「それはそうだけど…」
「まあ、こうして無事に討伐できたんだからいいじゃないか」
ムラマサがヒカルを宥めるように頭を撫でた。
「ところでシシガミ。オレたちはこれからどうなるんだい?」
「どう、とは?」
「グラン・リーズの討伐には成功した。それならこれでイベントは終了ってことでいいのかと気になってね」
「残る一体の成否が判明するまではイベント自体は継続中ってことになるんじゃないんですか」
「うむ。ボールスの言う通りかもしれぬな」
「後は確か、人族の拠点であるジェイル大陸だったよな」
「そうだ」
「こう、俺が言うのもなんだけどさ。正直この四皇との戦闘で一番苦労するのは魔法が苦手な、その…」
「ヴォルフ大陸…ひいては獣人族だと思っていた、か」
「あ、ああ。まあ、そうだな」
その獣人族であるシシガミに面と向かっていうのは憚れるが、ここまで言っては誤魔化しようがない。
「オルクス大陸が一番だったことも考えるとどうしても、な」
「実際あの障壁を消すのは魔法が使えたほうが簡単そうでしかたからね」
「他の四皇にもあればの話ですけど」
苦笑交じりで言う俺にリンドウと餡子は同じように笑いながら言葉を返してきた。
「それは間違いないと思う。多少の差異はあったとしても四皇のスペックに差はないはずだからね」
「だったら魔法が使えるプレイヤーが有利だったってことですか」
「……ヒカルちゃん、怒ってる?」
「だって、なんかずるいじゃないですか。魔法を使っているプレイヤーよりも武器で戦っているプレイヤーの方が多いのに。四皇には魔法の方が効きやすいなんて」
「だからじゃないのかな」
「どういうことですか?」
「こういう見方は穿っているとも思うのだけどね。運営側からしたらプレイヤーにはまだ手に取っていない要素を試して欲しいという意図があったんだと思うのだよ。このイベントで魔法を使ってこなかったプレイヤーにも多少は魔法の魅力というものが伝わったんじゃないかい」
「確かに。私も少し使ってみたいと思いましたけど」
「……私は使える、よ」
「それでも他人の魔法を間近で見る機会はこれまで限られていただろう?」
「プレイヤーに向けた魔法の普及が目的とは。ムラマサは変わったことを考えるのだな」
「邪推とも言うのだけどね」
肩を竦め微笑むムラマサにシシガミが不敵な笑みを返した。
「っと、そうこう話をしている間にジェイル大陸でも四皇の討伐に成功したらしいぞ」
コンソールに届けられたジェイル大陸に現れた四皇『グラン・ボルケ』の討伐の知らせ。
これにより大陸全土に現れた四皇全ての討伐が完了したということになる。
「今頃ジェイル大陸でもここと同じように新しい山が出来ていることだろうな」
「グラン・ボルケの名前から察するに火山なんでしょうか」
「かもな」
ヴォルフ大陸に現れたグラン・リーズは自然溢れる緑の山になった。
グラゴニス大陸に現れたグラン・グランデは資源豊富な岩山に。
オルクス大陸に出たグラン・グレイシャも同様、そしてジェイル大陸に出たグラン・ボルケもまた然り。
四皇という名のモンスターは総じて新たな大地へとなったということのようだ。
「これにてイベント終了。ってことだよな?」
「ああ、そのようだ」
俺の問いにシシガミが答える。
ここに居る全員。俺たち四人とシシガミのパーティ四人の他にも無数のプレイヤーが似たタイミングで同じ動作を行った。
各々のコンソールに送られて来たのはこのイベントの勝利報酬の一覧。この中でプレイヤーは自分が選択した一つを勝利報酬として得ることが出来るということらしい。
多くの種類があるの中からたった一つを選ばなければならないという事実にどうしたものかと思考を巡らせていると、餡子がボールスに来たメッセージを見て納得したように呟いていた。
「この数が順位による差って訳じゃないみたいですね」
「耳が早いね。それもグラゴニス大陸にいるギルドメンバーに聞いたのかい」
「こういうものは速さが命ですから」
「ボールスらしいですね」
「そうなのか?」
「こう見えてボールスはギルド一の噂好きですから」
「そこは情報通って言って欲しいものですが」
がっくりとボールスは肩を落としてリンドウの一言に返していた。
「これを選ぶ期限は…明日までか。短いな」
それも明後日に日にちが変わるPM11時59分だ。
今の時間から丸一日以上経過したその時が俺たちプレイヤーに与えられた期限。
「ユウはどうするか決まりましたか?」
「いや、まだだな。ざっと見た限り目ぼしいものはいくつかあるけど」
「……目ぼしいもの?」
「ああ。具体的に言うならこれらだな。希少金属までも加工可能な細工道具、入手困難とされている植物の種。それと…」
報酬一覧を指さしながら述べていく。
俺が口に出したのはどれもが生産に関係あるアイテムばかりで生産を行わないヒカルやセッカ、ムラマサなんかはその価値が解らないという顔をして適当な相槌を打っていた。
「ヒカルは決まったのか?」
「私はこれにしようかと」
そう言って指さしたところに記されていたのは近接武器の強化素材『魔法鋼』性能は近接武器に魔法発動の武器、杖や魔導書のように魔法の発動を助長する性能を付与するというものだ。
「……影響受けすぎ」
「い、いいじゃないですか。これで私の戦闘の幅も広がるんですから」
「……でも、誰が付与するの?」
「当然、ユウです」
「解ってたよ」
どうやらこのイベント終了後にすることが一つ決まったようだ。
「そういうセッカちゃんは何にするか決まったんですか?」
「……まだ。後でゆっくり考えるつもり。ムラマサ、は?」
「オレかい。オレは決まっているよ」
「へえ、意外だな。ムラマサはもっと悩んだりするもんだと思ってたけど」
「そうかい?」
「聞いてもいいか? ムラマサが何を選んだのか」
「別に構わないよ。俺が選んだのはこれさ」
そう言うや否やムラマサの手に一つのチャームが現れた。
どうやらコンソールの報酬一覧から選んだものの名に触れることでそれが実体化するようだ。
「これの名前は『魔流のチャーム』属性を伴ったアーツの消費MPを軽減させる効果がある代物さ」
「なるほど。ムラマサ向きのアイテムだってことだな」
「そういうことだね。全く、これを見つけた時には驚いたものだよ」
「あれ? ムラマサさんはそれがあることを知っていたんですか?」
「全く同じものでは無いけどね」
「……どういうこと、なの?」
「モンスタードロップに限られているんだけどね。消費MPを抑える効果のあるアイテムは色々と確認されていたのさ」
「だったら自分で取りに行けばいいんじゃないのか?」
「残念ながら、そう易々と出会えるモンスターでもないのさ。それにドロップ率も随分と低いとの話さ」
手間を惜しむという訳ではないが、確実に手に入れる機会があればそっちの方を優先するということのようだ。
「シシガミたちはどうするんだい?」
「俺か? 俺は、そうだな。ギルドに有益そうなものを選ぶつもりだ」
ギルドに有益。その一言を耳にして俺も同じギルドマスターの立場からそれを探すという選択肢もあり得るのだと気付かされた。
「そう気にすることでもないわ」
「顔に出てた、か?」
「僅かにな」
自分の顔に触れながら顔を顰めてみせる。
「だから、そう気にするでないと言っただろう。俺は自分の意思でそうすべきだと思ったに過ぎないのだからな」
「そうですよ。私は自分が欲しいものを選んだんですから」
俺を慰めるかのようにリンドウが告げた。その両腕には見慣れない動物の形をしたぬいぐるみがしっかりと抱きかかえられていた。
「それがリンドウが選んだ報酬か」
「どうです? 結構可愛いと思いません?」
「何の動物なんだ、それ」
「動物じゃないですよ。これは、えーっとベヒーモスです」
「そのぬいぐるみにはどんな効果があるんだ?」
「何も無いですよ」
「は?」
どういうことだと言わんばかりに俺ははっきりと告げてきた餡子を見た。
「ギルドホームを飾るためだけの装飾品ですね。細工すればアクセサリにも出来るみたいですが」
「絶対にしませんからね」
「解ってるってば」
ぬいぐるみをぎゅっと抱き寄せたリンドウの肩をボールスがポンっと叩いた。
その様子はまるで宝物を取るつもりはない、と言っているかのようだ。
「餡子のそれは何の瓶だ?」
「防具を染める染料です」
「染料?」
「見てくださいこの色」
「赤、それも結構複雑な色合いをした赤だな」
透明度から色の濃さ。何から何に至るまで的確な表現が思いつかない。
瓶に入った染料を見続けてようやく思い至ったのが、空が燃えるような赤、という言葉だった。
「これもただの染料なのか?」
「まさか、違いますよ。使用した防具の火耐性を上げてくれるんです」
「ボールスはまだ選んでないみたいだな」
「ええ、まあ、二人ほどピンと来るものは無かったですし、私は性能を考慮してじっくり選ぼうかと」
などといったボールスは会話をしながらも報酬一覧を眺め続けていた。
俺も自分の報酬をどれにするか考え一覧を眺めていると遂にというかいよいよというか、このイベントの終焉が訪れた。
周囲のプレイヤーも俺も一様に淡い転送の光に覆われていく。
「とりあえずはここで一旦お別れみたいですね」
「リンドウたちはこれからどうするんだ?」
「私たちは…そうですね。少し休んだ後いつもと同じように遊びますよ」
「遊ぶ、か」
「はい。遊びます」
満面の笑みでそう言ったリンドウの前身が光に包まれ、消えた。
一斉に転送されるといっても多少のタイムラグはあるようで先に転送されていったリンドウたちに続いて俺たちもその場から姿を消した。
◇
四皇を討伐するイベントは終了した。
結果はプレイヤー側の完全勝利。
討伐された四皇は全て大陸に出来た新たな山としてプレイヤー全員に新しい冒険の場をもたらした。
勝利の報酬は一覧にあるアイテムの中から一つ、選んだものが手に入るということ。
そして、討伐速度を競いあい、確定した順位による順位報酬も同日それぞれの大陸での戦闘に参加したプレイヤー全てに届けられた。
順位報酬はその順位が低くなるにつれてその数を減らしていくが、全ての順位に共通して与えられたのは二つ。10万コインにもなる賞金と総数10になるスキルポイントだった。それは自身のレベルをその半分の5上昇させたのと相当する数で新しいスキルを習得し、習熟させるのに十分な値となっていた。
一つ順位を上げると報酬が一つ追加される。この時に与えられたのはプレイヤーの使用する属性を強化するパラメータ強化のアイテムだった。
さらにもう一つ順位を上げることで手に入れられるのが基礎パラメータの一つを上昇させるパラメータ強化のアイテム。この上昇値は微々たるものに過ぎないが、装備の向上やレベル上昇以外でパラメータを増加できる貴重な機会でもあるのは確かだった。
尤も早く討伐を完了させたプレイヤーたちが手にしたのは宝石。
一位を祝福するという意味も大きいそれはアクセサリにすることで装着者のパラメータを全体微上昇させるというものだった。
◇
全ての報酬が配られた日の翌日。
俺は自分が選んだ勝利報酬の使い方をマスターするべくギルドホームの庭に出てきていた。
「これでいいはずだけど」
「これがユウの選んだ報酬か?」
「まあね。四皇戦のイベントで一番気になったことと言えばこれしかないからな」
俺と並んで立っているムラマサが揃って見ているのはギルドホームの庭に広げられた二人用くらいの大きさのテント。
剣銃とレイピアの耐久度を回復すべく携帯炉を広げた際に、最も気になったのがそれを行う場所の確保だった。あの時は砦の一室を借り入れることが出来たから良かったものの、それが別の場所だったらと思わずにはいられなかった。
「耐火性、耐水性、耐風性に優れたテントか。ソロプレイヤー用のアイテムだと思っていたのだけどこういう使い方も出来るんだね」
「俺は最初からこっちの使い方がメインだと思ったんだけどな」
「それは、生産を行う者か行わない者かの違いだね」
「なるほど」
広げられたテントの中にストレージから取り出した携帯型の生産設備を出して並べていく。
「おまけにテント内の状態は保存されるときた。一概には言えないけどこれのお陰でストレージの容量が増えたのと同じだろ」
満足気に一つの部屋として出来上がったテントを眺め呟いた。
「これも俺の拠点になったわけさ」
テントの内装の完成を以って俺の四皇討伐イベントが満了した。