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動く、山 ♯.19

 リンドウのレイピアの修理は比較的簡単に完了した。

 レイピアの素材はベースが鉄と銀。それに微量混ぜ合わせられていたのがミスリル。これらのインゴット自体持ち合わせがあったこともあってかレイピアの修理には特段手こずる要因はなかった。

 最近、本当に最近のことだが俺はミスリルという素材を手軽に武器に使うことが出来るようになっていた。それは単純に素材の流通価格が下がったということもあるが、使い続けてきた≪鍛冶≫スキルの熟練度が上がったことにより失敗数が減ったという事実が理由としては大きい。

 問題は俺の剣銃のほう。

 武器自体はそれまでと同じはずなのに専用スキルが≪剣銃術≫から≪ガン・ブレイズ≫に変わったことが多大な影響をもたらしていた。

 強化や修理に使っていたインゴットが軒並み使用しても効果の少ない物になってしまっていたのだ。


「どうですか? 何かいい方法が見つかりましたか?」

「ふぃ、残念だけどまだだな。一応、これまで使っていた物も全く使えなくなったわけじゃないからさ、効率は悪いかもしれないけどどうにか出来ることは出来ると思う」


 剣銃の刀身が乗せられた鍛冶台の隣に置かれた携帯炉の中に真新しいインゴットを入れる。


「それよりもだ。リンドウのレイピアは直ったんだから、ヒカルたちやボールスみたいに先に戻ってくれてもいいんだぞ」

「それじゃユウさんが一人になって淋しいじゃないですか?」

「は?」


 想像もしていなかったリンドウの言葉に俺は目を丸くしている。そして驚きのあまり動きを止めてしまっている間に炉の中に入れたインゴットに変化が起こっていた。


「おっと」


 融解したインゴットが完全に焼けて無くなる前に慌てて取り出し、それに剣銃の刀身を浸ける。

 これまでに使っていたのと同じインゴットを使えば僅かではあるが減少した耐久度を回復させることは可能だった。だが自分のギルドホームでもヴォルフ大陸にあるログハウスでもないこの場所にはそれ程大量に同種のインゴットを持ち歩いているわけもなく、結局今の俺の剣銃に最も適したインゴット探しをする羽目になってしまっているのだった。

 そういう経緯から別種のインゴットを手を変え品を変え試すこと十数回。

 武器の耐久度という点だけで言えば既に戦闘に耐えられるだけの数値には戻りつつはあった。


「これも適正じゃなかったか」


 大きく肩を落としながらも次なるインゴットへと手を伸ばす。

 基本的なインゴットの色は銀に近い色が多いのだが、持ってきていたインゴットの種類も残り僅かになったころには既に青や赤、緑や紫など多種に亙る色彩を放っていた。

 その中の一つ。青く輝くインゴット『ヘミライトインゴット』を手に取って携帯炉にそっと入れた。


「まだ見ているつもりなのか?」

「いけませんか?」

「や、別にいいけどさ。ボールスの言っていたことが気にならないのかと思ってな」

「ああ、あれですか。そうですね。少しも気にならないと言えば嘘になりますが、正直どうでもいいとも思っています」

「どうでもいい?」

「はい。このイベントの報酬は討伐順に良し悪しが決まる。だからせめて二位は確保したいという考えは理解できます。しかし、これまでの戦闘を鑑みる限りでは討伐できれば御の字。そういう風に思っていた方がいいと私には思えるのです」

「控え目なんだな」

「どうでしょう。ただ自信がないだけかもしれませんよ」

「自信だって?」

「ええ。私にはグラン・リーズを必ず倒せる。そして次は自分たちの番だと言い切れるほどの自信も根拠もありはしませんから」

「根拠、ね。確かに自信に繋がる大事なものだとは思うけどさ、今はそれよりも自分が出来ると思って動くことの方が大事なんじゃないのか?」

「耳が痛いですね」

「とはいえ、俺が強制するようなことじゃないんだろうけどな」


 リンドウにはリンドウのやり方がある、だから強制することは出来なしする必要もない。それは耐久度が十分に回復した今もこうして別のインゴットを試し続けている俺にも言えることなのだが。などと考えている間に青く輝くヘミライトインゴットが携帯炉の中で溶けたのが見えた。

 剣銃の刀身を溶けたヘミライトインゴットの中に入れる。

 刀身をコーティングするように万遍なく全体にそれが行き渡ったのを確認すると鍛冶鎚を使い斑を無くすために叩いていく。

 慣れた調子で叩き続けたことで剣銃の耐久度が回復する。


「それも違ったみたいですね」

「だな。けどこれ以上は意味が無いだろうな」

「どうしてです?」

「耐久度が全快したからだ」


 今の剣銃に適したインゴットを探すのはまたの機会となってしまった。


「俺の剣銃の修理も終わったことだし、行くんだろ?」

「はいっ」


 二人分の武器の修理に使った携帯炉や鍛冶鎚、それと余ったインゴットを片付け俺とリンドウは五つ目の砦にある転送ポータルを使い戦闘の真っただ中にある四つ目の砦に向う。

 淡い光に包まれて転送されていった先に広がっている光景はそれまでのグラン・リーズとの戦闘の様子とは違いプレイヤーが優勢に繰り広げていた。

 襲い来る雑魚モンスターの対処も恙なく、グラン・リーズに向かって放たれる攻撃もそれまでとは一転、着実にダメージを与えていると感じられた。


「リンドウはどっちに合流するつもりなんだ?」


 四つ目の砦の入口付近で訊ねた。

 この砦では現在二通りの戦闘が行われている。一つは絶えず襲い来る雑魚モンスターを討伐するため、もう一つは全ての元凶であるグラン・リーズを討伐するため。

 ボールスの話の中に出た指揮を執っている二人のプレイヤーの特徴を思えばそのどっちがどの戦場に就いているのかは容易く想像できる。

 個人としての戦闘力の高いシシガミが雑魚モンスターを担当し、高威力の魔法を使うことの出来る威綱がグラン・リーズの討伐を任されているはずだ。


「そうですね。私としてはグラン・リーズが倒されるのを間近で見てみたいという気もするのですが」

「リンドウのその口振りだとそうするつもりはないみたいだな」

「誠に残念ですが、私のレイピアではグラン・リーズに効果的な攻撃をするのは難しいでしょうから。ユウさんはどうなさるのです? あなたの武器ならどっちでも問題ないように思えますけど」

「別にこだわりなんてないからさ、手が足りていない方に行くつもりだったんだけど、この様子だとどっちを選んでも問題無さそうなんだよな」

「…ですね」


 ボールスの話し方からもどんなに大変なことになっているのかと心配していたのだが、それは完全に杞憂に終わったようだ。

 当然のことながら無数のプレイヤーが同時に戦っている現状、俺とリンドウというたった二人のプレイヤーがいないくらいでは何の影響もないということだろう。

 少しばかり淋しい気持ちにもなったが、もしこれが反対の立場だったのならば俺もこの場に居ないプレイヤーのことなど気にも留めずに目の前の戦いに集中していたはずなのだ。それでもこの戦場の何処かには自分たちの仲間がいる。それを知っているからこそ、ここで参加しないなどという選択肢を選ぶことは無かったのだ。


「この際リンドウも好きな方を選んでもいいんじゃないか?」

「いいんですかね」

「良いだろ」


 俺がそう言うとリンドウが何やら考え込むような仕草をとり、


「では私もグラン・リーズの方に行こうと思います」

「私…も?」

「あれ? ユウさんもそうするつもりなんじゃないんですか?」

「あ、いや、そのつもりなんだけどさ。言ったっけ?」

「言わなくてもその顔を見ていれば解りますよ」

「解りやすいのか、俺?」

「気付いてなかったんですか? ユウさんってば結構顔に出てますよ」

「お、おう。そうか」


 自分の顔を触りながら俺は歩を進める。

 グラン・リーズとの戦場を場所を目指して。

 俺の耳にフレンド通信の呼び出し音が聞こえ続けている。リンドウと並びながら駆けていく最中、ヒカルたちと連絡を取り自分たちが戦場に戻るという旨を伝える為にと思っての行動だったのだが、困ったことにそれが繋がるのに要した時間は三十秒ほど。

 戦闘中だという事実が無ければ頭に直接呼び出し音が聞こえてくるこのゲームにおいて繋がるまでに要した時間が長すぎるとすら思ってしまっただろう。


『どうかしたんですか?』

「俺とリンドウも戦闘に戻ろうと思っているんだけど、ヒカルたちは何処にいる? 三人とも一緒にいるんんじゃないのか」

『えっと、ムラマサさんとセッカちゃんならすぐ近くにいますけど、ボールスさん達は近くには居ません』

「どこに行ったか分かるか?」

『私たちとは違う場所で戦っているはずです』

「それは、グラン・リーズとって意味だと思ってもいいんだよな」

『勿論です。っと、少し待っててください』


 ヒカルの声の他に聞こえてくる爆発音と同時にグラン・リーズが体を震わした。以前にも見た全身に生えた木から木の葉を爆発物として撒き散らした攻撃の時に見られた動作だった。


「大丈夫か?」

『はい。私もムラマサさんもセッカちゃんも無事です。でも、他のプレイヤーが少しだけ被害を受けたみたいなんです』


 恐らくあの攻撃を初めて目撃し、不用意にもそれに触ってしまったのだろう。それが巻き起こした爆発に巻き込まれたプレイヤーもいたはずで、なお且つ決して軽視できないダメージを受けたとはいえ一撃で倒されるまでではないはず。となれば微かに聞こえてくる音は単純に混乱するプレイヤーたちの声か。


「こっちと合流するのは難しそうか?」

『合流地点を決めれれば出来るかもしれませんけど』

「望み薄、か。わかった。それならこっちはこっちでどうにかするよ」


 土地勘のない場所であり絶えず動き続ける戦場という空間で、何かの目印を決めてそこで仲間を待つなんてことは困難を極めることだ。

 偶然戦場で会えたら合流する。現状、俺たちの方針はそれ以外にないだろう。


「とりあえず切るぞ」

『あ、はい。解りました』


 通信が切れるのと同時に隣にリンドウが戻ってきた。


「そっちも話が着いたみたいだな」

「はい。ボールスと餡子には合流が困難だと伝え、シシガミにはこれからの指示を仰いだのですが」

「どうせ、好きに動けとか言われたんだろ」

「その通りです」

「なら俺と一緒に動くか?」

「ユウさんが宜しければ」

「なら、決まりだ」


 剣銃を引き抜き、銃形態のまま構える。

 アーツも≪強化術式≫も発動させること無く俺は引き金を引く。

 剣銃の銃口から撃ち出された弾丸は虚空へと消えた。

 遠くに見えるグラン・リーズへダメージを与えることは叶わなかった一撃だが、この一発の銃声は俺とリンドウがグラン・リーズとの戦闘の参加を合図となる号砲だ。


「さあ、これが最終局面ってやつだ」



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