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動く、山 ♯.18

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

本年も本作『ARMS・ONLINE』をどうぞよろしくお願いいたします。

「はっ!」


 目が覚めたその瞬間、勢いをつけて体を起こす。

 視界を奪うほどの閃光を伴う爆発の後、次に見たのは長い時間使われていないと思われる協会の天井だった。窓には所々が割れて欠けてしまっているステンドグラスが嵌め込まれ、その色付きのガラスを透過して漏れる光が今がまだ日中であることを教えてくれていた。

 中でも俺がいるのは教会の一室。

 簡単な棚と簡素なベッドだけが置かれ、廊下と部屋を区切る扉すらないこの場所に居るのは俺ただ一人。他の人の存在を気にしなくてもいいという事実が殊更俺の緊張の糸を緩ませた。


「やっぱりこうなったか」


 嘆息しながら呟く。

 龍核・碧に攻撃をしたことによって結果自分たちをも巻き込む爆発が起こるかもしれないことは頭の片隅を過った可能性の一つだった。それにより自分たちのHPが全損してしまう恐れがあることも。

 このゲーム内で、ステンドグラスがあるのは教会。

 プレイヤーの持つ建物やギルドホームなどにそれを付けたいと思ってもNPCから「教会以外でそれを付けることは禁じられている」と言われてしまい、取り付けることは出来ないようになっている。それ故にステンドグラスがあるのは教会だけ。それがプレイヤーの常識となっていた。


「それでも、無事でいられる可能性に賭けたんだけどな」


 賭けに負けたという事実に項垂れるように俺は体を倒した。

 大の字で寝そべる俺の体の下にあるのは白いシーツに覆われた木製のベッド。マットレスはおろか布団すらないそれは固くお世辞にも寝心地のいいものでは無かったが、なんとなく気の抜けてしまった俺には丁度いいものだった。

 何も考えようとはしないで漠然と見慣れない天井を見つめていると不意に俺の顔に影が掛かった。


「気が付いたみたいですね」


 苦笑したような、それでいて安心したような表情をしたリンドウが顔を覗かせた。

 同じ場所にいたリンドウもまた俺と同じようにHPを全損させてこの場所に強制的に転送させられてしまったのだろう。


「悪かったな」

「何がです?」

「リンドウまでここに来る羽目になったのは俺のせいだと思うから」


 引き金を引いたのは俺。だからここに来る直接的な原因を作ったのも俺。

 そう思って出た言葉だったのだが、リンドウはそれを当然という顔をして違うと言い切ったのだった。


「もしかして私たちは死に戻りしたと思ってます?」

「違うのか」

「違いますよ。よく見てみてくださいよ、死んだときに出るデスペナルティは私にもユウさんにも現れていませんよ」


 リンドウに言われ俺はすぐさま自分のステータスを確認した。

 視界の左上に見えているHPバーにもデスペナルティを受けたことを表すアイコンは出現していない。それは即ち俺が、俺とリンドウがHPを全損してはいないということの証明でもあった。


「だったらなんで俺たちはここに居るんだ?」


 死んでいないのに教会送りにされたなんてことはない、初めての経験だった。


「私の予想ですが、ユウさんの手によって龍核・碧が破壊されたことが原因ではないかと」

「あ、いや、それはなんとなく解っているんだけどさ。それでどうして俺たちがこの場所に送られたのかってことが解らないんだよ」

「送られた理由、ですか」

「ああ。原因は多分、リンドウの言っていることで間違いないと思う。でもどうしてこの場所に送る必要があったのかがな」


 解らない。納得できていないという感情のままに呟いていた。


「だってここは死に戻りした時に来る教会だろ。っていうかそもそもだ。ここはどこにある教会なんだ?」

「そうですね。意外な場所とだけ言っておきます」

「意外?」

「はい。この場所がどこなのかはすぐに解って貰えると思いますよ。この窓の外を見てさえくだされば」

「窓の外、だって?」


 オウム返しのように呟き、ベッドから立ち上がるとそのままステンドグラスの欠けた場所から外を覗き込んだ。

 ここが教会ならば窓の外に見える景色は街のはずだ。しかし、俺の目に飛び込んできたのはここ数時間の間に何度も目にした砦の姿。


「ここは教会は教会でも、砦に隣接された場所に建てられた教会なのです」


 未だ静かなこの砦は一体何番目の砦なのだろう。今度はそんな疑問が浮かんできた。その疑問をリンドウに投げかけよう、そう思って口を開きかけたその瞬間、扉の無い部屋の入口から見知った顔が飛び込んできた。


「ユウ! よかった、ここに居たんですね」

「ヒカル!? どうしてここに? グラン・リーズはどうなったんだ?」

「そんなことより、ユウこそ無事なんですか? 怪我は? はっ、何か状態異常を受けているならセッカちゃんが…ってセッカちゃんどこ!?」

「落ち着け。ここに来たのはヒカルだけだって、なんだ皆も来たのか」

「……当然」

「ユウを送り出した以上、その結果を見届けるのもオレの役目だと思っているからね」


 ゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってきたのはセッカとムラマサの二人。そしてその後にさらに一人のプレイヤーが入ってきた。


「ボールスも来たのですか」

「二人がグラン・リーズに登ってからのこと、知りたいと思いまして」

「そうですね。教えてくれますか?」


 ちらりと俺の方を見てリンドウがいい、ボールスは頷き落ち着いた様子で語り出した。

 俺たちがグラン・リーズに登ったことによる即時的な影響は現れなかったらしい。障壁は変わらず展開されプレイヤーたちの攻撃を阻み、小型の雑魚モンスターも変わらずに出現し続けた。

 違ったことと言えば砦から撃ち出す大砲やバリスタの発射のタイミング。障壁を消さなければ目立ったダメージを与えることが出来ないと知ったプレイヤーたちは攻撃よりも先に障壁を破壊することに集中したとのことだ。だがそれは俺たちが登る直前の戦闘で知り得た事実からくる変化であり、登ったことによる変化ではない。

 そうして障壁を消すために攻撃を繰り返していった後、ようやくといったタイミングで障壁が砕けグラン・リーズの本体が攻撃に晒されることになった。

 プレイヤーが放つのは魔法や遠距離に対応したアーツに加えて大砲とバリスタ。そして接近したことでグラン・リーズを射程内に捉えた投石機。無数の砲弾と矢と石と共に魔法の炎や雷、水や氷、多種多様な魔法がアーツの光と一緒に飛んでいく。プレイヤーによって放たれた攻撃の全ては外れることなくグラン・リーズに命中し、少なくはないダメージを与えられた。

 少なくともボールスにはそのように信じられたとのことだった。

 数分の攻撃の嵐に晒された後、三度障壁を展開させたグラン・リーズはその口から莫大なエネルギーを吐き出した。

 ブレスを受けて融解した砦の表面は最早見慣れた光景になってしまった。それでもまだ動く設備を探し攻撃を再開したプレイヤーたちは勇猛果敢だった。

 しかし平然とした顔をして歩き出すグラン・リーズに明確な変化が現れなかったことに対して落胆を見せたプレイヤーも少なからずいた。

 たった一人の落胆が白いシャツに落とした黒いシミのように広がっていく。誰かが呟いた「勝てない」の一言がまたその広がりを加速させたのだという。

 そんな暗い雰囲気を打ち砕いたのは皮肉なことに自分たち以外に対するファンファーレだった。

 俺とリンドウがグラン・リーズの上で見つけたダンジョンに臨み、その中で受け取った報せをボールスたちも同様に戦場の真っただ中で受け取ったのだ。

 他人が勝てたのだから自分たちも。

 討伐する速さを競い、順位が付けられるこのイベントにおいて先に倒した者が出たということは、自分たちに一位は無くなったということに他ならないのだが、それでもプレイヤーが勝てるという事実も同時に突き付けられたかのようで自分たちを鼓舞する何かもあったということだ。

 もう一度、という思いで立ち上がったプレイヤーたちは武器を持つその手に力を込め直して前を向いた。

 その時のことだ。

 先程と同質量の攻撃を与えていないにもかかわらずグラン・リーズの障壁が砕け散ったのは。突然のことでそれまでにない攻撃を警戒するプレイヤーも多くいたらしいが、いつまで経っても再生しない障壁を見て攻撃のチャンスと捉えたプレイヤーもまた多くいたようなのだ。

 障壁が消えた瞬間が俺が龍核・碧に剣銃を突き立て爆発した瞬間と全く同時だったのは俺とリンドウ以外は知らないこと。

 戦闘がプレイヤーに有利に動いたのだと予想するのと同じように何故砦にいるにもかかわらずここにグラン・リーズがいないのかが気になってきた。

 四つ目の砦での戦いの真っ只中というにはこの部屋から覗く砦は傷一つない新品同様の出で立ちをしていたのだ。


「ここは何番目の砦なんだ?」

「最後の五つ目の砦です」


 俺の問いにヒカルが答えた。


「――ッ、五つ目だと!? だったら三つ目と四つ目の砦はどうなったんだ?」

「三つ目の砦でのことは先程のボールスさんの報告の通りです」

「だったら四つ目は?」

「……今も戦闘中」

「あそこではシシガミが指揮を執っているよ。それに覚えているかい? 魔法で放たれた火の鳥がグラン・リーズの障壁を破壊したのを」

「ああ、憶えている。それがグラン・リーズが障壁を張っているってことを教えてくれたんだからな」

「その人が炎武の参謀だってことは?」

「勿論、それも憶えているさ。確か威綱だったかな」

「その通り。威綱もシシガミと共に指揮に就いているようだよ。何せ障壁が消えた今がグラン・リーズを討伐する最大のチャンスだからね」

「それで、グラン・リーズはどうなっているんだ?」


 龍核・碧に剣銃を突き立てるまでに外で起きた出来事はざっくりだが理解した。

 完全に砦が崩壊する前に障壁が無くなったとはいえ、結局は突破され舞台が移ってしまっていることもだ。


「確実に討伐への道を進んでいる、とは言えるだろうね。問題はそれがいつになるかということなんだけど」

「どうした? 障壁が無くなったんだからこちらの攻撃が届きやすく、というか効きやすくなったんじゃないのか?」

「それはそうなんですけどね」

「……雑魚モンスターの出現数が増えたの」

「雑魚モンスター? っていうとリーズ・ウォークとかのことだよな」

「……そう。それが大群で押し寄せてきた、の」

「ですからシシガミさんが出現したモンスターに対応するプレイヤーの指揮を、威綱さんがグラン・リーズ討伐の指揮を執っているんです」


 何故指揮をする人が二人なのだろうという疑問にはボールスが答えを告げてきた。


「この砦に近付けるつもりはありませんが、手が足りないのも事実です。ですからユウさん、それにリンドウもグラン・リーズか雑魚モンスターの討伐に戻ってくれないですか?」

「その、戻りたいのも山々なんですけど」

「すぐには無理だな」


 俺とリンドウが共に肩を竦めてみせる。

 どうしてと聞かれる前にリンドウは鞘からレイピアを引き抜き、俺は腰のホルダーから剣銃を取り出し剣形態へと変形させた。


「これは……」


 言葉を失くしたように歪んだ刀身を見つめるボールスは傍から見ても解かるほどに動揺を隠せてはいなかった。

 そんなボールスに代わりムラマサが思ったことを口にする。


「ユウなら直せるんじゃないのかい?」

「そうだな。出来ないことはないだろうし修理するつもりもあるさ。けど二つの武器の修理に時間が必要なのは解るよな」

「ですが、それなら大砲やバリスタを撃つ砲撃手になってくれれば」

「ボールスには悪いけどさ、それはあまり得策とは言えないんじゃないか?」


 慌てて提案をしてきたボールスをあえて無視して俺はムラマサに訊ねていた。


「確かに。必要ないとまではいかないが、これからのことを考えると追加の人員がいるとは思えないね」

「やはりそうか」

「大砲やバリスタの数は限られているし、そもそも砦が破壊されるごとに使用できる数が減っていくのが仕様みたいだからね」

「それならやはり俺とリンドウは武器を修理してから参戦した方がいいんだろうな」

「オレはそう思うけど……」

「私もその方がいいと思いますよ」

「……私も」

「リンドウは、聴くまでもないか」

「はい。私もレイピアを直してからの方がいいです」

「となれば、後ここにいるのはボールスだけになるけど」


 一同の視線がボールスに集まる。

 そもそも彼女は何を焦っているのか。俺とリンドウを即座に砦に向かわせたい理由などそう在りはしないというのに。


「解りました。でも…」

「解っているさ。出来るだけ急いでって言いたいんだろう」

「あ、はい」

「そうだな。それになんと奇遇なことに俺のストレージには簡易鍛冶設備がある」


 そう言って俺はストレージから取り出した小型の炉と鍛冶鎚を部屋の床に広げ始めた。

 ついでにと言わんばかりに多種多様なインゴットも道具類の横に並べていく。


「ところでリンドウ。あんたのレイピアの素材は何だ?」


 俺はしゃがみ込み、鍛冶鎚を持ちながら問いかけた。



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