動く、山 ♯.17
エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの胸に燃え輝く核なる珠に俺とリンドウの武器が突き刺さる。
武器を伝い感じられるのは焼けつくような高熱。そして珠の中に蠢いている何かの感触。
その何かがこのモンスターの本体だったのかを知る術は俺には無かった。
耳障りな金切り声が断末魔の叫びを上げる。
エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの体に無数の亀裂が入り、崩壊の序曲を奏で始めたのだった。
咄嗟に武器を引き抜こうとして、それがビクともしないことに気付くと俺とリンドウは渋々といった様子で手放すことを選んだ。
「これで倒しきれていなかったら私たちには成す術ないということになりますね」
苦笑交じりでそう告げるリンドウは口でそう言っておきながらもエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムがまだ戦闘を続行しようと動き出すとは考えていないようだ。
俺もリンドウの考えには同感だった。
もう一度エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが動き出すとは思えない。だが、体に亀裂が広がっていく様は悔しくも綺麗だと思ってしまうのも否めないでいた。
太陽の色に似た炎が亀裂から光として漏れる様子は幻想的にも見えたから。
刻一刻と広がっていく亀裂が遂にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの全身に及ぶ。そして、指先から砂となって崩れていく。
腕が消え、肩が消え、つま先が消え、足が消え、胴体が崩れるように砂の山の中に沈む。
腹が、胸が、腰が、砂時計の砂のように地面に落ちていく。最後に残されたのは二つの剣が突き刺さった炎を秘めた珠だった。
「終わり…みたいだな」
砂の中に佇む珠に一筋の亀裂が生じる。
次の瞬間、珠から抜け落ちた剣銃とレイピアがガタリと音を立てて地面に転がと、その上へと浮かび上がる珠が真っ二つに割れた。
「これでこの先に進めるんですよね?」
「そのはずだ」
それぞれの武器を拾いながら俺とリンドウは消えていく珠を見つめ続けていた。
珠の中に封じ込められていた炎がゆらりと揺れて宙に浮かび、ひとりでに壁へと飛んでいくなどという不思議な呆然と見ていると、その小さな炎が壁の中へと吸い込まれていく。そして、先程天井を燃やしていたのと同様にある地点の壁を青い炎が包み込んだ。
油に浸した薄紙が一瞬で燃え尽きてしまうかのように、壁一面に広がった青い炎が硬い石で覆われた壁を燃やし尽くす。
青色の火の粉が舞い散る中姿を現した通路はこれまでと同様に暗く、どこまでも続いているように見える。
「行こう」
俺とリンドウは新しく出現した通路を再びストレージから取り出した松明の明かりを頼りに進む。
「ユウさんはこの先でもモンスターとの戦闘があると思いますか?」
「どうだろうな。ボスモンスターを倒した先にあるのは報酬部屋だとは思うんだけど」
再び戦闘になる可能性がゼロではないと暗に告げるとリンドウは腰の鞘からレイピアを抜いて松明の明かりでその刀身を照らした。
硬いエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを何度も攻撃していた弊害とでも言うべき武器耐久度の低下はその刀身の歪みとして顕著に表れていた。俺の剣銃も似たような状態であることは言わずもがな。俺の剣銃は剣先が欠け、無数の刃毀れを起こしている。それでも俺の場合は銃形態で戦うことが出来る分、リンドウよりはマシなのかもしれない。レイピアの状態がこれではこの先で戦闘が起こってしまえばリンドウは戦力として数えることは出来ないだろう。
先のことを心配するリンドウも進む足を止めることはしなかった。
松明片手に歩くこと数分。
俺たちは通路の終わりに近づいて来ていた。
「この先に何かあるってことかな」
次なる部屋に足を踏み入れた俺は手に持っている松明で辺りを照らし始めた。
先ほど俺たちがエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムと戦っていた空間よりも部屋と称するに相応しい外観を持つそこには床から壁、天井に至るまで同じ大きさ同じ形で切り揃えられた石がぎっしり敷き詰められている。
壁にはいつからあるのか解らない松明が取り付けられており、手に持っている松明の炎を移すことで部屋のなかを照らす明かりとしての役割を果たした。
四方の壁に一つづつ。計四つの松明に炎を灯したことにより部屋の中には十分な明るさが満ちたのだった。
「何もありませんね」
松明をストレージに片付けたリンドウが部屋の中央に立ち辺りを見渡しながら告げる。
四方を石で包まれたこの部屋はダンジョンの最奥にある報酬の収められた箱が鎮座する部屋の雰囲気に酷似している。違うのは一点、ここには宝箱が無いということだけだ。
「先に続く道もなさそうだよな」
報酬が入った宝箱など問題ではない。俺たちにとって問題となるのはこっちの方だ。
先の道が無いということはここが終点だということに他ならない。だが、終点というにはあまりにもここには何も無さ過ぎる。
俺たちが求めたモノは何一つ見つけられずにいるのだ。
辺りを触りながら探索を続けてながら呟く。
「隠し通路みたいなものがあればいいんだけど」
「ありそうですか?」
「残念、無さそうだ」
隠し通路を出現させるためのスイッチのようなものを期待したのだが見つからない。
引き返すしかないかと思い始めたその頃、突然俺とリンドウの元に運営側のアナウンスが届けられた。
何があったのかと思い急いでコンソールをに届けられたアナウンスを表示させると一瞬でリンドウが怪訝そうな表情に変わった。
俺も信じられないという思いでそこに記された内容に目を通していくが、これが運営からの通知だという事実からも嘘ではないことは明らか。
それだけに驚きの感情が抑えきれない。
運営からもたらされたアナウンス。それは魔人族のいる大陸、オルクス大陸にて四皇が一体『グラン・グレイシャ』が討伐されたという知らせだった。
他の三大陸より先んじて討伐を成功させた理由は想像するに魔人族という種族にあると思う。グラン・グレイシャがグラン・リーズと同等の能力を有しているとすればその討伐の際に最大の弊害となるのはその身の周囲に纏わせている障壁のはず。俺たちがそれを取り除いた時というのは威力の高い魔法による継続的なダメージを与えていた時だ。魔法に長けた種族である魔人族ならば戦闘の主軸となるのは自然と魔法になるだろうし、必然的にその能力も他の種族より上となる。
だが、それにしてもと思ってしまう。
俺が経験してきたリーズ・ウォークやリーズ・リザードマンに代表されるグラン・リーズに呼び出されるかのごとく出現してきた小型モンスターの対処はグラン・グレイシャの周りにも起きたはずなのだ。魔法とは基本的に中距離から遠距離に適した攻撃手段となっている。それだけに接近戦を仕掛けてくる小型モンスターの対処には手こずるはずというのが俺の素直な感想だった。
これだけ早く討伐を成功させたということはその小型モンスターを無視したとでもいうのだろうか。それとも近付けることすらなく討伐していったというのか。
仮に前者だとすれば砦の防衛を無視した戦法を取ったことには素直な感嘆を漏らすだろう。しかし後者だった場合、それは種族間によるゲームのバランスが崩れていると言わざる得ない。このイベントに限り魔人族という種族が異常なほどマッチしたという可能性も捨てきれないが、いつの時代も邪推してしまうのが人の性というものだろう。
「一位は取られちゃいましたね」
リンドウがコンソールを消し、残念そうに話しかけてきた。
「意外だな。リンドウは一位を狙っていたのか」
「討伐するのは同じなんですから一位を目指すべきではないんですか?」
「そうなんだろうけどさ、正直これが来るまで忘れてたんだよな」
「まあ、私たちの場合そういう余裕も無かったですし。忘れてたのは私も同じですよ」
壁や床を調べることを再開しながら肩を竦めるリンドウに慰められながら、俺も再び探索の手を動かし始めるのだった。
リンドウと対称的に動き、何かないものかと探し続ける。
そしてそれは偶然起こった。
俺かリンドウのどちらかが触ったか踏んだのかしたのか、完全な行き止まりだった部屋の壁が動き、さらに下の階層へと続く階段を出現させた。
「降りてみますか?」
「勿論」
三度取り出した松明を掲げ、俺たちは階段を下っていく。
これまでに人が通った形跡はないらしく足元の階段は綺麗なまま。
危うげなく下って行った先に待ち受けていたのはまた別の部屋だった。
扉の無い入口をくぐり抜けるとそれまでとは違う光景が姿を現した。
それほど広くない部屋の中央にある床と天井に繋がっている台座の中心にある緑色の珠以外は何もない淋しい部屋だ。
この珠が先程の戦闘の報酬なのかと手を伸ばす俺の肩をリンドウが掴む。
「どうした?」
「この珠、さっき見たゴーレムの核に似てませんか」
「ってことは、もしかしてグラン・リーズの核ってことになるのか?」
もはや条件反射になりつつある銃形態の剣銃で照準を向けるという行為をすると驚いたことにその球の上にHPバーが出現したのだった。
「モンスター?」
少々上擦った声が俺の口から出る。
「えっ!?」
俺の声に反応したリンドウが咄嗟にレイピアの柄に手をかけ後ろに下がっている。
「大丈夫、攻撃をしてくる気配は無いみたいだ」
「ですが……あ、いえ、それよりも本当にあれはモンスターなのですか?」
「俺の経験上、HPバーを持つのはプレイヤーとNPCとモンスターだけだ」
「ということはあの珠にもHPバーがあるってことですよね」
「ああ、その通りだ」
警戒心を強めていくリンドウの近くで俺はあの珠を攻撃するかどうか考えていた。
攻撃をすれば何かが起こる。そんな直感を抱きながらも、その何かが自分たちにとって良いことなのか悪いことなのかという確証が持てなかったのだ。
「あの珠の名前は何なんですか?」
「名前か。えっと『龍核・碧』っていうらしい」
龍核というからにはそれは巨大な龍の姿である四皇の核ということだろう。碧という一文字がグラン・リーズの個体を示しているのならば、これは確実に討伐すべき相手の弱点だということになる。
「攻撃…してみませんか?」
「いいのか? 俺たちが無事な保証はないんだぞ」
「解っています」
俺の心配を一蹴するかのようにきっぱりと言い切ったリンドウが真っすぐ俺の目を見て伝えてきた。
「私たちがここに来た目的がこの龍核である可能性は高いはずです。だったらそれを前にして引き返すなんてことは出来ない。違いますか?」
「当然違う可能性があるってことも解っているんだよな」
「はい。ですが、今の私たちに出来ることが他にありますか? もしこのまま引き返したとして、それでは意味がない、私はそう思います」
「意味がない、か」
「ここに来たのはグラン・リーズの障壁を消すためだったはずです、少なくても討伐に対して有効な攻撃をするためだったはずです」
「リンドウはそうなんだろうけどさ、俺は」
俺は何だというのだろう。
ここに来たきっかけは仲間たち三人に推薦されたからだ。新しい素材アイテムが手に入るかもしれないという誘惑が無かったとも言わない。だが、それが叶う確率が低いことも解っていたはずだ。全てを承知でとまでは言わないが、ある程度は解った上でここに来た。だからここで手を拱いている理由などはないはずだ。
「私に攻撃する手段はありません。ですからここはユウさんの意思に委ねようと思います」
「俺に、か」
「はい。少々無責任だと思いますので、私もここで共に居させてもらいます」
「諄いようだけどさ、いいのか? 無事に済むとは限らないんだぞ」
「大丈夫です。どうなったとしてもユウさんを恨んだりはしませんから」
いつしかリンドウは身構えることを止めていた。まるで全ての結果を受け入れると俺に告げているかのように思えて、俺は自然と口元を綻ばせていた。
「わかった。後悔するなよ」
「しませんよ、信じていますから」
一体何をなどと問いかけることはしないで俺は、
「≪ブースト・ブラスター≫!!」
強化術式を発動させていた。
浮かんで消えていく魔方陣による能力上昇を感じながら剣銃の照準を龍核へと向ける。
「貫け。≪インパクト・ブラスト≫!!」
凄まじい威力を秘めた光の弾丸が剣銃の銃口から放たれた。
一般的な人族プレイヤーの頭くらいの大きさの龍核が光に呑まれていく。
目を見張るほどのスピードで減っていく龍核・碧のHPバーが全損したその瞬間、俺たちを巻き込むほどの爆発が巻き起こった。
グラン・リーズの上という場所で俺が憶えているのはそこまでだ。
これにより2016年の更新は最後となります。
次回更新は正月の休みを一週間頂きまして2017年の1月9日になる予定です。
では皆さん、よいお年を。