動く、山 ♯.15
『スキル≪剣銃術≫がスキル≪ガン・ブレイド≫に進化しました』
『アーツ≪オート・リロード≫がアーツ≪オート・チャージ・リロード≫に変化しました』
『アーツ≪インパクト・スラッシュ≫が≪インパクト・スラスト≫に変化しました』
『アーツ≪アクセル・スラッシュ≫が≪アクセル・スラスト≫に変化しました』
『アーツ≪インパクト・カノン≫が≪インパクト・ブラスト≫に変化しました』
『アール≪アクセル・カノン≫が≪アクセル・ブラスト≫に変化しました』
『スキル≪ガン・ブレイド≫習得によってアーツ≪サークル・スラスト≫を習得しました』
俺の視界にだけ連続して表示されるログを見送りながらその奥に覗くエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの挙動に注意を送る。
このタイミングで自分のスキルを強化できたのは僥倖以外の何者でもない。しかし、その強化の程を確かめられる時間は俺には与えられてはいない。
俺がどの程度強くなったのか、それを確かめる術は現状戦闘以外何もないのだ。
「はぁ、ぶっつけ本番ってことか」
苦笑しながらも俺の心は躍っていた。
剣銃という武器を選び強くしてきたこれまでのプレイ期間においてこれ程急激な強化は初めての経験だった。スキルを≪剣銃≫から≪剣銃術≫に成長させた時も、輝石に効果を宿した時も、変わったのは一部。
全てのアーツが同時に変化したことなど一度としてなかったことだ。
「まあ、いいか。どうせやることは変わらない」
誰にも聞こえないように小さく呟き、素早く変化したアーツの情報を読み込むと、戦意を全身に漲らせていく。
変化したのは武器専用のスキルだけで他のスキルはこれまで通り。これならば戦い方は変えずにすむかも知れない。
効果が残っていることは確認済みだがそれでもと気合を入れ直すという意味も含めて俺は再び≪ブースト・アタッカー≫を発動させた。
背後に浮かび消えて行く魔方陣を背中で感じながら、俺は剣銃のグリップを強く握りしめた。
「リンドウ! 下がれ!」
俺がスキルの進化に要した時間はリンドウが一人でエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの攻撃を引き付けてくれていた。その時間は決して長かったわけではないだろう。しかし、その時間が簡単に手に入った訳でもないことを俺はこの目で見てきたからよく知っている。
だから俺はその苦労に報いなければならない。
この戦闘に勝つことでそれが叶うならば俺は今、全力を以ってそれを成すべきなのだ。
「もういいのですか?」
「ああ、助かった」
「では私は回復に努めますのでその間はお願いしますね」
「任せろ。あ、でも、俺が一人で倒すかもしれないぞ」
「頼もしいですね」
エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを挟み会話する俺たちに対して、そのエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムは攻撃を仕掛けてくることは無かった。
当然のことだが、プレイヤーの会話を邪魔しないように作られているなんてことはなくそれは全くの偶然でしかない。
今回の場合は、そうだな、単純に俺の戦線復帰に対しての行動が出るのが遅かったというだけ。俺が攻撃を仕掛けなかったのも功を奏していたといえるのだろう。
剣形態の剣銃を握りしめ、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムへと攻撃を仕掛ける。
狙いは変わらない。炎の鎧が無い箇所だ。
「このっ、熱いんだよ!」
接近するだけでHPを奪う熱を感じながらも剣銃を振るう。
スキルが変わったとはいえそれを扱う俺のパラメータや剣銃自体には変化が無い。直接的な攻撃力という意味ではさほど、というか全く変化は起こっていないようだ。
「くっ、相変わらず硬いな」
「手伝いましょうか?」
「まだ大丈夫だ。回復に専念してくれ」
強がりでもなんでもなく、純然たる事実だ。
変化したのはスキルであり、その本体とでも言うべきアーツ。自分が強くなったかどうかはそれを使ってみて初めて理解できることだ。
「最初はこれだ≪アクセル・スラスト≫!!」
変化前は速度強化の攻撃アーツだったそれは、今も変わらず速度強化の力を有している。違うのは刀身に宿る光が白になっていたこと。そして、
「って、何だ!? 剣銃に引っ張られてるってのか」
自分がその速度に慣れていないことだった。
アーツの光を伴う斬撃は俺が想定していたよりも速くその勢いを前に進ませる。
全身をその勢いに乗せ、跳躍してようやくエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕に掠めさせることが出来ていた。
「こんなに使い辛くなっているとはな。いや、まだ俺が慣れていないだけか」
想定外の突進攻撃をしたことにより地面に突っ伏すような恰好になっていたが、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの反撃を警戒し即座に起き上がり、距離を取る。案の定というべきだろう。先程まで俺が倒れ込んでいた場所にはメラメラと燃えるエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕が突き刺さっているではないか。それに、掠っただけだったこともあってエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムのHPは俺が戦線復帰した時と何ら変わっていない。
詰まるところ俺のこの一撃は自分の進化を確かめるには足りていないというわけだ。
「まあいいさ。どうせこれに慣れる必要があるんだ。オマエにはそれに付き合って貰うぞ」
剣銃を持っている方の手首を回しながら俺は地面から燃え滾る手を地面から引き抜いたエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムに向かって叫んだ。
MPの消費も俺が想像していたほどではない。アーツが強化されたとして、それに対する消費MPは大して増加していないらしい。というよりも減っていると感じるほどだった。
「さっきの感じからするとこう…か。≪アクセル・スラスト≫」
アーツによる速度上昇の感覚は一度味わえばそれがどの程度の物なのか、ある程度は想定して動くことが出来る。
速度が上がり、威力はそのまま。
この二つの事実から想像できる答えは一つしかない。
「連撃用のアーツってことだろ!」
剣銃を完全に振り抜いた、というよりもその攻撃を止めてしまったことでライトエフェクトが消失したように見えた。だから攻撃を止めるのではなく、その動作の終わりを次に繋げるように動けば。
白い光の軌跡が途切れることなく縦横無尽に動き回る。
剣撃の方向が変わり次の一撃に繋がった瞬間に聞こえてくる鈴の音が止め処なく等間隔で鳴り続けている。それが連撃の成功の印なんだと気付いた頃には連撃を繰り出すタイミングの指針として鈴の音は最高の役割を果たしていた。
「うおぉおおおおおおおおおおお!」
エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕に無数の傷が刻まれていく。
反撃の隙も与えずに繰り出される攻撃に追い込まれていくエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを前にふと冷静さを取り戻した俺は意図的に攻撃の手を止めていた。
「ここまでかっ」
このまま攻撃をし続けていればかなりのダメージを与えられたかもしない。それでも俺は攻撃を中断する以外の選択肢は残されていなかった。熱によるHPのダメージとアーツの連続使用によるMPの消費が無視できないほどになっていたのだ。
この≪アクセル・スラスト≫というアーツは一発一発の消費MPは少ないものの、攻撃を次に繋げる度に、具体的には二度目以降の発動の際にも一度目と同様にMPを消費するらしく、残りMPが三分の一程度にまでなってしまっていたことは俺が調子に乗ってアーツを使用していたことが裏目に出たという感じだった。
総じて使い方が難しくなったという印象のアーツだったが、一撃の速度上昇はそれまでよりも上であることは間違いはない。結局は俺の使い方の工夫次第のようだ。
自分の使うアーツについて考えていると突然、ダメージを受けたことを切っ掛けにしたようにエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが咆哮を上げた。
「うおっ」
その咆哮と同時に火炎が巻き上がり近くにいた俺を軽く吹き飛ばす。
床を滑るようにして壁際まで追い込まれた俺の目の前でエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの纏う炎の色が青く変わった。
どうやら、これまでの攻防と先程のアーツによる連続攻撃によって一本目のHPバーを削り切ることが出来ていたらしい。
「なるほど、オマエにも第二段階があるってことね」
器用にも二本ものポーションの瓶を加えながら呟いた。このポーションの中身は言うまでもなくそれぞれHPとMPを回復させるものだ。
「今度は私も一緒に戦います」
「もういいのか?」
「はい。お陰様で全快していますよ。ユウさんこそさっきのダメージはまだ回復しきっていないのではないのですか?」
「問題ない。直ぐに回復するさ」
乱暴に空になった二本のポーションの瓶を投げ棄てる。
「さあ、戦闘再開だ」
青く燃えるエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが俺の言葉に反応したかのように吠えた。
咆哮と共に押し寄せてくる熱波を受け流して俺は剣銃を、リンドウはレイピアを構える。
俺たちが駆け出すのが先か、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが腕を振り下ろすのが先か。そんな一瞬の交じり合いの中、燃え盛る巨大なハンマーのような腕が地面を砕く轟音が響く。
あたりに撒き散らされる地面の欠片と青色の火の粉。
ひび割れクレーターを作る地面に立つエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの両端からそれぞれ二色の閃光が流星のように煌めいた。
一つ目の閃光の色は白。俺が持つ剣銃の刀身に宿る色だ。
二つ目の閃光の色は銀。一筋の閃光が無数に分裂し流星群の如くエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを穿つために伸びていく。
「≪インパクト・スラスト≫!!」
「≪ミリオン・スピア≫!!」
俺とリンドウの声が同じタイミングで轟いた。
白いライトエフェクトを発生させる俺のアーツは威力特化の一撃。先程の≪アクセル・スラスト≫のように多少の扱いの差が生じていることも考慮してある程度事前から発動させていたが、どうやらこのアーツは純粋に以前のそれを強くしたものであるらしい。アーツを使用した感覚もエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを斬り付けた時に手に返ってきた感触も大して変化があるようには思えない。それでもエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの二本目のHPバーの減少度合いを見る限り、アーツによる攻撃が与えるダメージが増加しているのは疑いようがないのだが。
リンドウの放つ銀色の無数の閃光も正確にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの体を貫いている。無数に放つ刺突の内の何割かがクリーンヒットすればいいなどという技ではなくその無数の刺突の全てが正確にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの防御の薄い場所に的確に当たっていることからもリンドウの技量の高さが窺えるものだった。
攻撃を当てた場所で立ち止まり再び≪インパクト・スラスト≫の一撃を叩き込む。
無数の刺突を放つリンドウもまた同じようにアーツが終了した瞬間に同じ効果を持つ≪サウザンド・スピア≫を発動させ、それが終わった瞬間にまた≪ミリオン・スピア≫を発動させていた。
左右から同時に生じた衝撃はエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムに大きなダメージを与えた。そう思っていたのだが、不思議とある地点からHPバーの減少が止まってしまった。
「何だ?」
攻撃を当ててもHPが減らないという異常な現象を目の当たりにして不信の声を漏らす。
俺の攻撃の勢いが落ちたことを察したのだろう。リンドウもまたアーツを発動させることを止めてエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムから距離を取るために大きく後ろに跳躍していた。
離れた方が正解なのか、それともこのまま近くにいる方が正解なのか。一瞬の逡巡の後に明らかになる答えはそのどちらでもなかった。
咆哮というにはあまりにも大き過ぎる声が発せられるとエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの全身を覆っている青い炎が再び竜巻のように高く舞い上がり天井を燃やしたのだ。
あまりの高温に晒されたことで溶けだした石がまるで雨のように降り注ぐ。
赤く発光しているかのような高温の石の雨粒が地面へと当たり、ジュッという燃え尽きた花火を水に浸した時のような音を発生させていた。
「きゃあっ」
この空間全体を襲う溶けた石の雨はエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムと距離を取っていたリンドウまでも襲う。それは近くにいた俺も同様だ。
不可避の攻撃に襲われHPを減らす俺とリンドウを嘲笑うかのようにエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムはその雨を受けて減少したHPを回復させている。
これまでの攻撃が無駄になったなんてことを嘆く暇も無く俺はどうにかこの雨を避けられる安全な場所を探し続けた。
そしてそんな場所が無いことに気付くと今度はこの雨をやり過ごすための手段を模索し始めたのだ。
雨と聞いて真っ先に思い当たるのは傘。しかしそんなアイテムを都合よく持っているわけも無く、というよりも風邪をひく恐れのないゲームの中では片手を塞いでしまうそれをおしゃれ以外の用途で持ち歩く人の方が珍しいほどだ。次に思いついたのがレインコートだろうか。しかしそれは単純に着る服を一つ増やしただけのようなもの。水の雨は防げても真っ赤に溶けた石の雨を防げるとは思えない。結局のところ安全そうな屋根のある場所に退避するという方法以外浮かばないわけだが、ここにはその場所がない。
となれば天井の炎が自然に消えるのを待つか、それすらも無視して攻撃に出るかのどちらかとなるのだが。
「あまり現実的じゃないよな」
雨の一粒一粒を体で受ける毎に感じる焼きつくような痛みと小さなダメージもこの量となると無視できないもの。かといってこのまま手を拱いていてはエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムに回復させるだけの時間と余裕を与えてしまうことになる。
二人で戦うのは無謀過ぎたか、などという今更な後悔に苛まれそうになる中、リンドウが意を決したように攻撃を仕掛けていった。
減少するHPは継続回復の効果を有するポーションを使うことで補おうというのか。
その決意を目の当たりにして俺は一人考えることに集中していたことを恥じた。最も効果的で、最も簡単なこの雨を止める方法が目の前にあるというのに無意識にそれを除外してしまっていたことにもだ。
そうだ。倒される前に倒してしまえばいい。乱暴だが至極当然なことを叶える方法もまた一つしかない。
「俺も行く!」
そう告げるとリンドウは振り向かず頷いていた。
良く見てみれば回復中のエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムは微動だにしていない。おそらく回復中は動けないのが欠点なのだろう。
もしこのまま一定のHP量になるまで回復状態が続くのならば攻撃をして減らし続けることで動きを封じることが出来る。先程減少を止めたHPだってこの状況ならば減らすことが出来るかもしれないのだ。
希望を現実へと昇華させるために俺は動きを止めているエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕を上から下に大きく斬り付けた。
「≪インパクト・スラスト≫」
この時のアーツは先程の攻撃の時とは違う輝きを放っていた。実際に与えるダメージも少しばかり増えている気がする。
それはたった一回の斬撃によってエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが両手を地面に付く格好になったことからも明らかだろう。それにこの状態で動かないということは無理に狙い辛い場所を狙う必要はなくなったということだ。だからこそ最もダメージを与えられそうな場所を狙うことだって可能なはず。これまでの戦いにおいて俺がエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの弱点として考えているのは一つ、頭部だった。そこは元々その巨体故に狙い辛い場所であるのだが何よりも炎が赤から青に変化した起点であるのを見逃がさなかった。
頭部の炎が青くなりそれが燃え広がるように全身に及ぶことで全身の炎の色が青になった。その変化の様に見とれてしまっていたということ以上にその場所を狙うことが困難だろうと思っていたからこそ、これまでは攻撃を加える場所として狙ってはこなかった。
だが動かないのであれば狙ってみるのもいいかもしれない。
足を燃やそうとする青い炎を無視して俺はエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕を伝い駆け上る。
「ユウさん! 私とタイミングを合わせてください」
「わかった!」
いつの間にかエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの正面まで来ていたリンドウのレイピアにアーツの光が宿る。
「今です! ≪ミリオン・スピア≫!」
「ああ! ≪サークル・スラスト≫!」
二種二色のアーツが同時にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを襲う。
俺の斬撃は頭部を斬り裂き、リンドウの刺突は胸の装甲を貫くべく一点を穿ち続ける。
そして、リンドウの刺突によって破壊されたエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの胴体の一部が石片となり辺りに散らばり、俺の斬撃によって頭部の炎が霧散した。
露わになる素の頭部と胸の中に眠るゴーレムの核。
炎と同じ青色のそれが自身の危機を察したかのようにエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの全身を覆っていた炎を吸収し始めたのだ。




