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動く、山 ♯.14

 俺とリンドウの手には武器ではなく回復効果の高いポーションの濃い青色の瓶が左右それぞれ一本づつ握られている。

 リリィも俺の外着のフードの中に引っ込み、また俺もフードに付いている紐を思いっきり引っ張ってその口を閉じてフードの中にひとつの密閉空間を作り上げていた。


「準備はいいか?」

「も、勿論です」


 どことなく上ずった声で応えるリンドウからは微かに震えているのが伝わってくる。

 無理もない。俺だって怖い。それこそ強力なボスモンスターに挑むのとは別種の恐怖が目の前にあるのだ。恐れるなと言う方が酷な話だろう。


「安心しろ、そのポーションは俺が作った中でも特に効果の高いやつだからな。それも一気に回復するんじゃなくて持続的にHPを回復するっていう特別製だ」

「分かっていますし、信用もしています。これは確かに私が持っているポーションよりもかなり上質みたいですから」

「その通りさ。一応は使用する前に一気にHPを全損させられたりでもしない限り問題ないはずだ」

「い、いっきに全損」

「大丈夫だろ。こんな場所にあるエリアのオブジェクトにそれ程のダメージを負わせる性能はないはずだし、そもそもそんなことにはならないはずだから……多分」

「多分…なのですか?」

「や、だって俺もこんなことしたこと無いし。そもそもする機会だってなかったしな」


 ごうごうと燃え続けている炎の壁を目の前にしてつい小声になってしまう。


「とにかく、準備は出来たんだ。進むぞ、この先に」


 ポーションの瓶の蓋を乱暴に開ける。

 そして、リンドウの返事を待たずして俺は炎の中へと飛び込んでいた。


「熱ッ! 燃える、違っ、服、燃えてる!」


 炎の中に飛び込んだ瞬間、俺が目にしたものは自分のHPバーがみるみるうちに減少していく様。慌ててポーションを使用してもその回復量がダメージ量を上回ることはなく、使用前に減ってしまったHPを回復するには至らなかった。

 こうして炎の中を走り続けていられるのは回復量とダメージ量が殆ど同じであるが故。

 無事でいられると理解していても、こうして全身を襲う痛みと熱が和らぐことはない。

 状況は俺の後ろを必死の形相で走るリンドウも同じようで、体に付いた火の手を払いながら走るという芸当を披露していた。


「ちょっと、ちょっと、こっちまで燃え移ってきてるんだけどー」

「我慢しろ。もう直ぐ抜けられる、ハズだ」

「ハズってなんなんだよー」


 リリィがフードの中から俺の背中を叩いてくる。怪我の功名とでもいうべきか、このおかげでリリィが無事なのが確認できたのは良かった。

 これでもっと全力で走れるというものだ。

 外着の裾に灯る炎すら無視して速度を上げる。

 無意識、などというつもりはないが、この時の俺は自然と≪ブースト・アタッカー≫を発動させて自身のHP回復速度を速めていた。

 そして走っている最中、ダメージ量を回復量が上回りようやくHPが回復の兆しを見せ始めていた。


「これなら、行ける」


 そもそも俺はこの炎が壁一面に広まっているだけだとばかり思っていた。そういう意味ではこうして先に続く道までもが炎に包まれているということは想定外ではあるのだ。

 それでも一度足を踏み入れてしまえば戻ることなど出来やしない。それは俺の後ろに続くリンドウも同じのはず。

 早く、早くと焦る心が視界を狭め、それの存在に気付くことが遅れてしまった。

 通路の出口が見えたその瞬間、俺の周囲の炎を吹き飛ばすような爆発が前方で発生したのだった。


「な、なにが――!」


 ここが炎に包まれているということすら忘れてしまったかのように、俺は必死に燃え盛る地面に爪を立てて爆発を堪える。

 じりじりと身を焦がすような熱が指を、手を伝い苦痛となって現れる。


「……くっ、うぅ」


 苦悶の表情を浮かべる俺の前に姿を現したのは爆炎を纏う巨人。

 不思議と攻撃を仕掛けてこないのは俺がまだ巨人のいる空間に足を踏み入れてはいないからなのだろうか。

 爆発が起こった地点よりも後方にいたために爆発をまともに受けずにすんでいたリンドウが俺のもとに駆け寄ってきた。


「あれはモンスターなのですか?」

「そう、みたいだな」

「では、勝たなければ先に進めないということですね」

「ああ」


 リンドウに支えられるようにして立ち上がった俺はストレージから別のポーションを取り出し減少して回復しきれていなかったHPを全快させる。隣に並ぶリンドウもまた同じようにHPを回復させた。

 腰のホルダーから剣銃を抜き目の前にいる爆炎の巨人へと照準を定める。

 現れる二本のHPバーと名称。

『エクスプロージョン・フレイム・ゴーレム』

 それがこの巨人の名称のようだ。


「来るぞっ」


 場所を変えていないとはいえ銃口を向けるという行為自体が戦闘行為に取られたようでエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムがその燃え盛る剛腕を振り回し、火球の飛礫を放ってきた。

 距離もある上にそれ程速くはない火球を回避することは容易く、俺たちにダメージは無い。しかし、その威力は想像以上だったようで、それまで俺たちが立っていた場所には熱と炎によってガラス化してしまった地面が残されていた。


「これは、こちらから近接攻撃を仕掛けていいのかどうか悩みますね」

「だったら!」


 苦笑を浮かべるリンドウの代わりにと俺は剣銃を銃形態のまま引き金を引く。

 撃ち出されるのは実弾ではなくMPによる魔力弾。

 炎によってエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの体に命中する前に燃やされてしまうということはないはずだ。

 この時、俺はまだ強化術式を変更してはおらず、全力の銃撃には遠く及ばないものだったが、それでも初撃として、こちらの攻撃が効くかどうかを確かめる試金石の一撃としては十分。

 そのはずだった。

 信じられないことに俺の撃ち出した魔力弾はエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムに対してお世辞にも効果があるとは言えない結果を出していた。

 命中する前に焼失してしまうという事態だけは避けることができたようだが、それだけだ。これを何度繰り返せば倒すことが出来るのか、考えるだけで目眩を起こしそうになる。


「やはり炎の無い個所を攻撃するしかないようですね」


 リンドウの言葉の通り、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムは全身を燃やしているというわけではない。腕や胸、足や頭部などプレイヤーが鎧で覆うことのできるのと同等の個所だけが燃えており、これまたプレイヤーが絶対に鎧で覆い隠すことのできない目や関節などはゴーレムの素体である土が見え隠れしていた。


「出来るのか? かなり繊細な攻撃を要求されそうだぞ。それに、向こうの攻撃は俺たちの想像以上の威力を持っているはずだ」


 ちらりとガラス化した地面を見て告げる。


「出来るかどうかではなく、やらなければ私たちはここで倒されてしまうだけです。どんなに小さな可能性でも私たちに残されているのならそれに賭けるべきでは?」


 平然と俺の問いなど眼中にないように、当たり前のことだというように問いかけてくるリンドウに俺は多大な心強さを感じつつ、大きく頷いていた。


「ああ、そうだな。やるしかないよな」


 剣銃を剣形態に変える。

 魔力弾よりも実体のある剣の方が小さい場所も狙いやすいという判断だ。それに、限られた場所を狙うということになる以上、近づいて戦った方がその機会を作り出すことの成功率が上がるはず。その為には接近してもなおHPを切らせることのない手段を取るべきなのだ。


「それで、これは相談なのですが、先程と同様の効果を持つポーションは後どれくらい残っていますか?」

「後五本だな」


 ストレージにあるアイテム一覧を確認しながら答える。


「でしたらその内の数本を私に使わせては頂けないでしょうか? 勿論その分の代金は後でお渡ししますので」

「代金なんていらないさ。俺が欲しいのはこの戦闘の勝利だけだ」

「頼もしいですね」

「駄目か?」

「いえ、心強いです」


 取り出したポーションを三本、リンドウに手渡した。


「ありがとうございます」


 すぐに自身のストレージに収めるリンドウを見届け、俺は剣銃を構えた。


「行くぞ!」

「はいっ」


 グラン・リーズの胴体の上にある森。その中にある樹上の村の奥から続く地下のエリアで俺とリンドウ、二人だけのボスバトルの幕が切って落とされた。

 俺とリンドウがエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの居る空間に足を踏み入れた瞬間に、まるで戻る道は無いと言わんばかりに炎がそれまで通ってきた道を塞ぐ。

 時を同じくしてエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの目に攻撃的な光が宿る。遂に俺たちを明確な敵として捉えたかのように、獣とはまた違う叫びを上げるのだった。


「こんなに離れていても熱によるダメージがあるというのか」


 俺たちの位置はまだこの空間の入り口付近。背中越しに感じる炎の熱とはまた違う温度の熱が目の前の巨人から伝わってくる。それが先程ここに辿り着くまでの間に負うこととなったのと同程度の継続ダメージを俺に与えてくるのだった。

 最初に使用したポーションの効果は炎の中にいる時にとっくに切れてしまっている。

 今も自分のHPを継続的に回復させているのはその後にすぐ使用した二本目のポーションの効果が残っているからだ。しかし、それも程なくして切れてしまうだろう。

 俺は強化術式によりポーションが切れてもある程度の自動回復は望めるがリンドウはそうでは無い。これでは残っているポーションの全てを渡してしまえばよかったとすら思ってしまう。


「って考えている余裕はない、か」


 俺とリンドウが立っている場所に向かって火球の飛礫が降り注ぐ。

 慌てて駆け出して前に出たことで直撃を免れることはできたとはいえ、俺たちが立っていた地点には先程と同様のガラス化した地面が現れていた。


「ユウさん。まずは思い思いに攻撃を仕掛けてみましょう」

「それで弱点を探すってわけだな」

「その通りです」

「わかった。俺は左から攻めてみる」

「でしたら私は右ですね」

「任せたっ」


 俺とリンドウは左右に別れエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムに攻撃を仕掛けていく。

 右と左。このモンスターに置いてそのどちらが危険で安全かなんてことはない。武器を持たず攻撃を繰り出してくるのは常に燃え盛る炎を宿す両腕。利き腕などという概念はないらしく攻撃をする方向を決めるのはその相手がより近い方、たったそれだけだった。

 俺たちは巨人の腕が振り回される度に副次的に生じる火球に気を付けていればいいだけではない。無論その本体である腕の攻撃にも気を配らなければならない。

 目の前で燃え盛る炎を宿すその風貌のせいで攻めあぐねていると次第のエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの攻勢が増していく。

 必死の思いで回避をし続けているがどうにも攻撃に転じる隙というものが見つけられない。

 なにもエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの動きが速いというわけではない。高速戦闘を得意とするモンスターに比べると遅いくらいなのだ。しかし、その炎が常時発動型の障壁の役割を果たし、また同時に心理的にも二の足を踏む結果となっていた。


「う、うおおおおおおおおおお」


 自分の中に芽生えた恐怖を振り払うかのように叫び、剣銃の刃をエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの炎の無い腕の関節へと叩きつける。

 その刹那、炎が俺の防具を焦がし、僅かに俺のHPを削る。

 減少したHPはポーションと強化術式の効果によってすぐさま回復するがその痛みは今も自分の身を焦がし続けているかのよう。

 幻肢痛という言葉を思い出し、俺は奥歯を噛みしめそれを意識の外へと強制的に追いやった。


「後ろががら空きですよ! ≪サウザンド・スピア≫!!」


 エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムを挟んで反対側、ちょうど俺と対称線上に立つリンドウの持つレイピアの刀身に光が灯る。

 リンドが放つのは細剣スキルにあるアーツの一つ。その名の通り光が千に分裂し、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの炎の無い腰を穿つ。

 苦悶の表情というものがゴーレム種にはないが、この叫びは意識外から受けたダメージによる苦痛を現したものだと信じたい。


「俺も行くぞ! ≪インパクト・スラッシュ≫!」


 右足に体重を乗せ踏ん張るとそのまま左足で強く地面を蹴る。

 アーツの光宿す剣閃が今なお俺の頭上にあるエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの腕を避け、その胴体を捉えた。

 俺の威力上昇の剣撃とリンドウの無数の刺突。

 二つの攻撃が同時に命中するとエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの本体を構成しているであろう黒く焦げた石の破片が宙に舞った。

 効果あり。

 そう判断したのが早計だったのか、それともエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの防御力が俺の想像の上をいっているのか、HPバーの減りがそれほど芳しくはない。


「避けてください!」

「避けろっ」


 俺とリンドウの叫びが重なった。

 どちらか一方が狙われるということが常だったから二人同時に攻撃に晒されるという可能性を失念していた。

 両腕を広げ振り回し前と後ろにいる俺たちを同時に殴りつけたのだ。

 まるで巨大な丸太で殴打されたかのような衝撃が襲い、俺とリンドウを弾き飛ばす。

 ガクンと減るHPを目の当たりにして一瞬の油断が自分にあったことを悔やんだ。悔やんだからとはいえ現状が改善するというわけではないのだが。


「ぐっ、痛ッ、追撃が来るのは……こっちかッ!」


 体勢を崩しながらも俺は地面を転がってどうにかエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの拳を避ける。

 目の前の地面を打ち抜いた拳の迫力に気を引き締め直して、乱暴に剣銃を振るう。


「くそッ、まだ来るかッ」


 俺を狙った拳が三度襲い掛かる。

 今度は反撃をするも暇もなく、俺は回避に集中することを強いられていた。

 それでも、エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムのラッシュが永遠に続くというわけでもなく、俺に反撃のチャンスは訪れるだろう。それに、俺に攻撃が集中するということはリンドウが比較的自由に行動できるということだ。

 現にリンドウに対してのみ無防備を晒すエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの体の至るところにレイピアの鋭い一撃が突き刺さっている。

 問題なのは先程のように大きなダメージを与えることのできるアーツを発動させる余裕がないこと。

 そして俺が攻撃を引き付けリンドウがダメージを与えるという構図は暫くの間続き、とある地点で急激に変化をみせた。

 変化の理由がリンドウの攻撃によるヘイトの蓄積が一定に達したのだろうということは容易に想像がついた。


「次は私が引き付けますから、ユウさんは攻撃に集中を」

「わかった」


 役割が入れ替わった瞬間に俺はストレージのある通常のポーションを煽った。

 急激にHPが復活したことで幾許かの冷静さを取り戻し、攻勢に移るのだった。

 俺の持つアーツの全てば連撃ではなく一撃の威力や速度に重きをおいたものばかり、自分の攻撃の特性を熟知するからこそできる攻撃があるというもの。

 速度強化のアーツを発動させて繰り出す攻撃は正確にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの炎の無い個所を斬り付けていく。


「ユウさん!」


 焦ったかのようなリンドウの声が響く。

 よくよく考えれば俺とリンドウでは武器も攻撃する手段も違うのだ。リンドウが攻撃に集中していられただけの時間と同じ時間が俺の攻撃する時間として与えられる保証はなく、こうして急にエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムが俺を捉えるということに対しても何も違和感はないのだ。

 警戒の外側から繰り出された拳が俺の体を打ち抜き、凄まじい衝撃を伴って俺を吹き飛ばす。


「くっ、大丈夫だ、リンドウも気を付けろ」


 背中を打ち付けながらもリンドウに告げ、俺はどうにか離さずにいられた剣銃を強く握りしめた。

 引き付けと攻撃という役割が消失し、リンドウも俺が戦線に復帰するまでの間、一人でエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの攻撃を耐えるしかなくなっていた。

 エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの一本目のHPバーが半分を切ったとはいえ、まだまだ戦闘は続く。

 この戦闘が長くなってしまうかもしれないという覚悟を決めたその瞬間だった。俺の耳に聞き慣れないポーンという電子音が聞こえてきた。

 これが何の音なのか。

 エクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの放つ音ではないことは確かだ。

 その正体を俺が知ることになったのは戦闘中にもかかわらず視界を遮るかの如くでかでかとシステムメッセージが表示されたからだ。


『スキル≪剣銃≫のアーツが一定数使用されました。これにより該当スキルを進化させることが可能となります。進化させますか? YESorNO』


 初めて目にするそれに戸惑う俺に決断を迫るかのようにエクスプロージョン・フレイム・ゴーレムの攻撃を回避しているリンドウが遂に回避に失敗したのが見えた。

 短い悲鳴を上げながら俺と同じように吹き飛ぶリンドウを見て俺は自然と腕をコンソールへと伸ばし、それを見ずに操作し始める。

 そして、俺に変化が起きたのだった。



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