はじまりの町 ♯.18
昼食を終え再び自分の工房に戻って来ていた俺は自分のストレージと睨み合っていた。
工房の購入のために持っていたアイテムの大半を売った俺に残されたのは数個のポーション類と何の価値もない石ころだけ。
「やっぱ採りに行かないとどうしようもないな」
NPCショップで貰った工具のなかにはピッケルが含まれていた。
新品とまではいかないが、所々錆びが付いてはいるが、刃零れ一つしていないそれはまだまだ使用に耐えられるもののはず。
ピッケルを手に取りストレージに収めると俺は岩山エリアに向かうために立ち上がった。
「ユウ君、いるー?」
鍵を出現させ工房から出ていこうとした瞬間、ドア越しに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうかしたのか」
聞き覚えのある声に俺はなにも考えずにドアを開けるとそこには俺の良く知る顔と全く知らない顔が仲良く並んでいた。
「よかったぁー。一応ログインしてるのはわかってたけど、場所も間違ってなかったみたいだね」
満面の笑みを見せるリタの隣で不機嫌そうな少女が俺を見上げてくる。
全年齢対象のゲームだからといってこれほどまでに年齢の低いキャラクターを作っているプレイヤーは初めてだ。
「ちょっといい? マオが話しあるって言うから連れて来たんだけど、時間ある?」
「話?」
時間があるかないかと言われれば答えはどちらでもないだ。
採掘に行こうとしてたからには用事があるとも言えなくもないが、それは別に今直ぐでなければならない理由はない。
リタの話の方が重要そうだったら採掘はまた別の機会にすればいいだけだ。
「とりあえず、中に入るか?」
「うん。おじゃまするね」
黙り込んだままのマオもリタの後に続いて俺の工房に入っていった。
「うわぁ。いい感じだねー」
工房の中を見渡してリタが言った。
「まだまだ、これからだけどな」
リタの工房や鍛冶屋NPCの工房のように施設が充実していない俺の工房にあるのは必要最低限のものだけ。リタが顔を綻ばせ見ているのは昔の自分を思い出しているからかもしれない。
「それで、話ってなんだ?」
もともと一人用の工房には椅子が炉と作業机の前に一つずつの計二つしかない。
リタとマオにそこに座るように促して俺は近くの壁に寄り掛かるように立っていることにした。
「あ、うん。ほらマオ、自分からちゃんとお願いして」
マオの背中を押しつつリタが告げる。
モジモジと口籠るマオは少女というよりも幼女という風にしか見えない。
「ね、ねえ。見せなさいよ」
「何を?」
「証の小刀って言うんでしょ。リタから聞いて知ってるんだから」
強気に問い掛けるマオの後ろでリタが申し訳なさそうに手を合わせている。
「あの、ね。ユウ君。マオはアクセサリを造る生産職なの」
自分は防具屋だと言っていたリタのようにマオもアクセサリショップを営んでいるのだろうか。
この小さな身形でどのようなアクセサリを造っているのか気になったがそれを確かめる術を俺は持っていない。それに何故マオが俺の持つ証の小刀に興味を持ったのかも気になるところだ。
「こんな子供が?」
「子供じゃないやい」
「いや、どう見ても子供だろ」
腰まで伸びた長い髪、全身にフリルが縫いつけられたドレス。俺の腰までしかない身長の女の子はどこからどう見ても子供にしか見えない。
現実にいるプレイヤーがどのような容姿をしているかなど知る由もないが、ここでこのようなキャラクターを作り上げたからには少なからずプレイヤーの趣味が反映しているはずだ。
「失礼な奴だな。私はβ経験者だぞ、オマエより先輩だ、敬え!」
腰に手を当て怒るマオの姿は、やはり駄々を捏ねている子供という印象しか与えない。
「悪いな。俺は初心者だから誰かを敬う気にはなれないんだ」
憮然とした態度でそう告げる俺にマオは面を食らったような顔をしている。
ピンっと空気が張り詰めたかと思った途端、小さな笑い声が聞こえてきた。
「なんだよ?」
笑い声のする方に視線を向けると、そこには微笑ましそうに俺とマオを見守るリタがいた。
「ユウ君って、そんなふうに話すんだね」
「ほっとけ」
リタはいったい何を言っているんだというように、マオが不思議そうに俺とリタを顔を見比べた。
「いいから、早くソレを見せなさいよ」
椅子から立ち上がりマオが俺に詰め寄って来たかと思うと、俺を睨みつけたまま上着の裾を掴んで揺らしてくる。
「揺らすな」
「もう。ユウ君も意地悪しないで」
「はあ、わかったよ。ほら、壊すなよ」
「壊さないわよ」
上着の内ポケットから取り出した証の小刀をマオに渡した。
嬉しそうに証の小刀を机に置き、鞘から抜いて、柄を外す。剥き出しになった刀身を真剣な眼差しで見つめているマオの目は仄かに発光しているように見える。
「何をしてるんだ?」
見ているだけなので証の小刀が破損する心配はないが、傍から見る限りマオが何をしているのか解からない。
「あれは鑑定ね。スキルにあるの、装備やアイテムの効果を使用しないでも確認出来るの。結構便利なのよ、特に私たちみたいな生産職には」
「へえ」
変わらず真剣な眼差しを向けるマオを見ながら、感心したように呟いた。
「本当にこれはオマエが初めて作ったのか?」
視線を変えずに訊いてきた。
「オマエじゃない、ユウだ。名前で呼べ」
「むぅ。じゃあユウ。答えてくれ、これは本当にユウが作ったのか?」
疑っているような言い草にじゃっかんムッとしながら、
「当たり前だろ。他人の作ったものを自分が作ったなどと言うつもりはないぞ」
心外だというように答えて見せる俺にマオは一人むうっと唸っている。
「普通に鍛冶で作ったんだよな?」
「そうだ。っていうか、マオは何が言いたいんだ」
考え込むように話すマオに俺は苛立ちを感じ始めていた。
最初言葉を選んでいるのかとも思ったのだが、どうやらそういう感じではない。話す態度は真剣そのものだ。
だとすればこの言い淀む感じは何なのだろう。
「気に障ったのならあやまる。でもよく覚えておいてほしいの、ユウが作った証の小刀っていうアクセサリの性能は普通じゃないの」
普通じゃないと言われてもこのゲームの普通がどの程度なのか知らない俺は答えようがない。
「んー、これを見てもらった方が分かりやすいかな?」
リタが取り出したのは一般的なゲームでもアクセサリに分類される指輪。宝石や装飾が一つもないこの指輪は最も手に入り易い廉価な素材を使った品のようだ。
「『アイアンリング』私が作ったアクセサリだ」
そう告げたのはマオだった。
アクセサリを作る生産職と言っているだけあって指輪の形は綺麗に整っており、適当な石を付けるだけでも十分高価な指輪になりそうだ。
「これの性能はATK+2。今作れる指輪の中では平均的な性能ね」
平均的というからには他のアクセサリも似たような効果をもたらすものが大半なのだろう。無論、上質な素材を使えばこれ以上の性能のアクセサリを作れるのだろうが、マオが問題視しているのはそこじゃない。
≪鍛冶≫スキルを習得するために試しに作ることになるアイテムがアクセサリとして認識され、これ以上の性能を持っていることが不自然だと言っているのだ。
「ユウ君の証の小刀はDEFとMINDに割合の上昇効果あったよね?」
「ああ」
装備中は防御に補正有りとの表記はどれ程の効果があるのかいまいち把握していないが、リタの解釈で大体間違いはないだろう。
割合ってのは自分のレベルが上がるだけで効果が高くなるということ。あらかじめ決められた分しか上昇効果がないアクセサリよりも性能が上ということだ。
「なあ、ユウの鍛冶を見せてくれないか?」
分解していた証の小刀を元に戻してマオが言った。
「別に構わないけど、今は無理だ」
「何で?」
「素材が無い」
素材さえあればこうしてリタ達と話をすることもなかったのだろう。今ごろ工房を手に入れる目的だった剣銃の強化に勤しんでいたはずだ。
「そういえば。ユウ君はどこかに行くつもりだったんじゃないの?」
思い出したようにリタが聞いてきた。
「ああ、鉱石を採りに行こうと思ってたんだ」
「じゃあじゃあ、コレあげるから鍛冶を見せてよ」
マオがストレージから取り出したのはいくつもの鉱石。よく見知った鉄鉱石から未知の鉱石まで、大小様々な鉱石が作業机の上に無造作に置かれた。
俺が取りに行こうとしていた岩山で採れるのは鉄鉱石と瑠璃原石だけ。ほかの鉱石は採掘できる場所すら知らない。
「なんでそこまでするんだ? 言いたくないが、鍛冶についてなら俺よりもリタの方が詳しいだろ。経験だって豊富だ、作れる物の種類も多い。今更初心者の俺が作るものになど用が無いのではないのか?」
ただで素材を渡し鍛冶を見るだけというのはどう考えても割に合わないような気がする。机の上に置かれた鉱石のなかにはマオが苦労して採りにいったものも含まれているだろうに。
「ユウが初心者だからよ」
マオがそれまでのどんな表情よりも真剣な顔つきで告げる。
「どういう意味だ?」
「私やリタみたいなβ時代から生産職をしているとどんな素材を使ってどんな作り方をすれば自分の望むアイテムが作れるか解るようになるの」
自分の望むものが作れるという発言に驚く俺にリタも黙って頷いてみせた。
「でも、だからかな。ユウが作った証の小刀みたいなアクセサリが初心者の手によって作られたなんて信じられないの。効果が割合で上昇するアクセサリや装備は私たちにも作ることは出来るよ。でもね、それにはこの近くで採れる素材だけでは無理なの。もっと先のエリアで採れる鉱石やモンスターの素材が
必要なの」
つまり、現段階で作れるようなアクセサリではないと言いたいのだろう。
マオの表情を見る限り、嘘を吐いているようにも思えない。製品版になって仕様が変わったと考える前に、二人は何回も検証をしてみたはず、それで不可能、あるいは不可能に近いと判断したからこうして俺のところまで来ることにしたのだ。
「わかった。それならコレは遠慮なく使わせてもらう。俺がする鍛冶を見たいなら好きにすればいいさ」
分からないことは素直に訊ねる。生産の経験者としてのプライドもあったはずなのに、初心者の俺にも何の遺恨もなく聞いてきた。僅か数時間前にハルに諭されるまで出来なかったことをこの幼女は当然のようにしてみせた。
俺がその思いに応えるには実際に鍛冶を見せるしかない。
自分ではなにも特別なことをしたつもりはないのだが、それでもマオにとってなにか発見が有ればいいと思う。
「ありがとう」
並べられた鉱石を選んでいる俺にマオが小さく告げる。
恥ずかしそうに俯くマオに俺は何も言わず口元だけを僅かに綻ばせてみせた。