動く、山 ♯.13
リンドウと合流したのは樹上の村の中心にある広場。
枯れ果てた噴水のようなものの跡があることからもここがこの村の交流の中心地であることは明らかだった。
尤もここに人が住んでいたのならばという話だが。
「リンドウは何も見つけられなかったみたいだな」
「その言い方ですとユウさんは何か見つけられたようですね」
「まあ、アイテムは何もなかったけどな。気になる場所があったんだ」
「わたしが見つけたんだよー」
「へえ、リリィさんが」
リンドウが俺に何か言いたそうな目を向けてくる。
その視線は無視して俺はその場所に行きたいという意思を伝えた。同時にその先が何処に繋がっているのか解らないということも。
明確は返事はその場所をじかに見てからという前置きをされてから、俺はリンドウを引き連れて件の場所に向かうのだった。
人気のない建物が並ぶ村を後にどんどん奥へと進む。
どこかに繋がっている穴の前に並ぶ俺とリンドウとリリィ。
そこでリンドウが先程の俺と同じような行為に出た。穴の中に顔を突っ込みその奥に何があるのかと目を凝らす。暗闇に苛まれ確認が困難であることを悟るとこれまた先程の俺のように大声を出して穴の先がどの程度の深さと大きさがあるのか確かめようとするのだった。
「確かにこの穴は気になりますね」
「この村なら松明の材料になりそうなものは取れそうなんだけどな」
「ムリですよね?」
「まあな。だからストレージにあった木材を使って簡単に作っておいた」
火の付いていないそれを二本ストレージから取り出して見せる。
枯れ木に持ち手と燃焼材代わりの布を取り付けられただけの松明はリンドウと合流するまでのわずかな時間で作り上げたものだ。少しだけ昔、陽の光も月の光も届かない洞窟を探索した時のことだ。必要に駆られて松明を作ったことがあった。今回はその時の作成レシピが残っていた為にあり合わせの材料と道具で容易く作り上げることができたというわけだ。
「ってなわけで、この奥に行ってみないか?」
再び俺はリンドウを誘う文言を告げた。
先の見えない穴の中に進もうというのだ。準備が万全なんてことはありえないだろう。それでも必要最低限な物は視界の確保と戦闘時に使う回復役等々、ある程度は即座に頭に浮かんできた。
この時は戦闘イベントの真っただ中という状況だ。回復薬は存分に使っても問題ないくらいは用意してあるし、松明だってここがゲームの中で現実ではない故に殆ど半永久的に使用可能なのだ。
後は俺たちが暗闇に対する恐怖を乗り越えてこの穴の中に入って行くことを決断するだけ。
一頻り思案を巡らせた後、リンドウは俺の提案に乗ってきた。
そして言い出した俺を先頭に二人と一体の妖精は縦に並んで穴の中へと入って行く。
身を屈め頭が天井に当たらないように進む時間はそれ程長くなく、直ぐにいつものように立っていても問題ないくらいの高さのある空間へと出た。
「行き止まりというわけではないようですね」
松明の炎で先を照らすリンドウが呟く。
俺も即座にリンドウと同じ方向に松明を向けるとその先には暗いトンネルの入り口が口を開けて侵入者を待ち構えている。
「それじゃあここは最初の休憩地点みたいなものか」
円形に広がっているこの場所もそうだが、これまで穴の中を進む道中にモンスターに出会うことは無かった。安全安心な探索と言えば聞こえがいいが単純に実りの無い探索ともとれるのだから困ったもの。
何より松明の明かりは穴の中でアイテムを探すには少しばかり心許なく巨大なアイテムならともかく、小さな鉱石や地面にひっそりと生えているような植物を見つけるには至っていない。尤も、この場所にはアイテムは無いと言われてもそれを否定する材料を何一つ持ってはいないのだが。
「先を急ぎましょう。まさか、ここで戻るなんて言い出しませんよね?」
「それこそ、まさかだな」
進むべき方法は一点のみ。
奥へと続いている道は眼前のそれたった一つだけなのは俺からすれば悩んだり迷ったりすることが無くて助かるというものだ。
二本の松明に照らされた道を行く。
火の明かりがなければ穴の中は即座に暗闇に包まれ、顔だけで振り返った先は何も見えない。比喩でもなんでもなく来た道は暗闇に包まれたというわけだ。
「また開けた場所にでるみたいですね」
最初の休憩地点を立ってから大して時間は経っていないはずだ。それなのに次の地点が見えてきたということはこの穴の中の全体像はそれほど大きいわけではないのかもしれないとすら思えてくる。
「何か変な臭いがしませんか?」
「臭い?」
次なる休憩地点に突入した途端リンドウが問いかけてきた。
漂ってくる臭いに集中したことで俺はその正体に気付くことができた。
ここ最近、と言うよりはこの季節なかなか嗅ぐ機会に巡り合えないそれは一つしかない。
「ああ、これは油の臭いだな」
それも一昔前に普及し今ではあまり目にすることのない石油ストーブに使う燃料である灯油の臭いだった。
今にして思えばこの時点で警戒心を強めていればよかった。
警戒心など微塵もないような顔で「ここはどういう場所なんでしょう?」などという問いに答えようと思わなければとすら思ってしまう。
先ほどの開けた場所には何もなかった。ここもそれと同じ可能性は決して低くなくどうせここも同じだろうと考えたために些か注意力が散漫だったのは否めない。
そのせいで対処が遅れたのも事実だ。
でも、だからと言ってこんなことにならなくていいと思う。
突如俺たちを襲った突風が持っている松明の炎を少しだけ奪い、その奪われた火種が周囲の油に移り俺たちの行く手を遮るほどに炎を燃え滾らせたのだ。
「ちょっと、なんなのさ、これ!」
外着のフードの中から飛び出してきたリリィが信じられないものを見たと言わんばかりに叫び声をあげて飛び回っている。
「落ち着け。火の勢いは強いけど、壁際から燃え広がる気配はないみたいだ」
この言葉の通り、松明から燃え移った火は休憩地点であると思われていたこの空間の壁際を囂々と燃やすに留まっている。
「けれどこの炎をくぐり抜けて先に進むのはちょっと難しそうですね」
「確かにな。火を消す手段があればいいんだけど」
「残念ですが私はそういう魔法は使えませんよ」
「俺もだな」
ちらりと上空のリリィを見るが俺の気持ちなどどこ吹く風の変わらぬ様子で炎の揺れる様子に高揚して飛び回っているままだ。
「となれば燃えている大本を絶つのが一番な気がするけど」
「それって、この地面にねっとりこびりついている油ですよね」
しゃがみ地面に触れるリンドウは自身の指に付いたそれの粘着性を確かめるみたいに親指と人差し指を動かしていた。
「無理だな」
「無理ですね」
俺とリンドウの意見が合致する。
「自然鎮火するのを待っていてはどれ程の時間が必要なのか分かったもんじゃないな」
「どうします? 戻りますか?」
リンドウが訊ねる通り、炎が燃え移ったのは行き先となる道とその周囲の壁と地面だけ。俺たちが来た道は無事なままだった。まるで見知らぬ誰かに帰れといわれているような感じがしてどことなくイラっとしてしまう。
この炎の広がり方には何か作為的なものを感じる。
先ほどの突風だってそうだ。
そもそもこんな閉鎖的な場所に風が吹くこと自体おかしいのだ。
風を吹かせた何者かの意図が何だとしてもこのまま引き返していたのではその意図に負けた気になってしまう。だから、
「戻らない」
という選択になり得たのだ。
「だったらこの炎をどうにかしなければいけませんね」
「そうだな。何か使えそうなものは」
奇しくも空間の半分を占める炎によってこの空間の全てが照らされている。アイテムを探すことは勿論のこと、現状必要なものを探すのは幾分か希望が持てるというものだ。
空間内にあるモノは限られている。
地面に無造作に転がっている油まみれの石。どういう経緯で持ち込まれたのかもわからない木樽とその近くに落ちている元が何かだった木片。
それらを組み合わせれば何かが作り出せる可能性はあるのだが、難儀なことにここにあるアイテムを取得することができないのだ。
つまり手にすることは出来ても、それを使って何かを作り出すことは出来ないということ。取得していないままでは当然自分のものになっているのでは無く、誰のものでもない、云わば開かれる前の宝箱に眠る財宝と同じ状態なのだ。
プレイヤーがそれを手に入れようとするならば本来はそれらを持つだけでいい。
所持したことによって所有したと認識され、それはプレイヤーの物へと変わる。
しかし、この場所にあるモノはその常識の範疇から逸脱しているようなのだ。持ってみても取得されたという気にはならず、確認の為にコンソールを開きストレージの一覧を捲ってみてもそれの名前は無い。
無いのだからそれらは俺の手の中にあってもまた俺の物にはなっていないということを示すのだった。
「このまま投げても攻撃力は持たないんだろうな」
などと言っても確かめずにはいられず、俺は手の中にある油まみれの石を適当に炎の中へと投げ入れた。
燃え盛る炎の中に投げ入れられた油まみれの石はまるで可燃材のように、一瞬だけ投げ込まれた周辺の炎の勢いを増長させ、瞬く間に視認できなくなっていた。
「そのようですね」
「これは…お手上げってやつか」
「意外ですね。もう諦めるのですか?」
「冗談だろ」
「ええ。冗談ですよ」
いつまでも消える素振りの無い炎を前にして俺は不思議と気分が高揚していくのを感じていた。
これまで変化らしい変化が無く、平穏という名の停滞に包まれていたこの場所にようやく訪れた変化なのだ。例えそれを乗り越えることが困難でも、変化があったという事実に変わりはない。そしてその事実こそがこの先に何かがあるという確信のような気がしていた。
「火を消す手段はいくつか知っています」
「水をかけたり、土で覆ったり、か?」
「それ以外にも爆発で炎を吹き飛ばすという方法もあります」
「爆発ねぇ。この閉鎖空間では遠慮したいな」
「同感です」
「要は酸素を絶てばいいんだろ?」
火災の消し方の究極の所その燃焼を止めることに繋がる。大量の水や土を掛けるのもそれに通じると言えるだろう。
「この空間全体を水や土で覆うのは現実的じゃない。となれば酸素が供給されている箇所だけでも塞ぐことが出来ればなんとかなる…のか?」
自分で言っておいてなんだが、なかなかに難儀な条件だと思う。
キャラクターの背よりもはるかに高い通路の天井まで完璧に塞ごうとするのならばそれは普通の方法では出来ないことだと容易に想像できる。
自分が使える技というものは嫌というほど理解しているつもりだ。だからこそリンドウが何かいい手段を持ってはいないのかと期待したのだが。
「二人ともがこの状況に適した魔法が使えないのに?」
その一言で俺の期待は綺麗に砕け散ったのだった。
「あー、となると別の方法を選ぶしかないってわけだけど」
そもそもほんの僅かな火種がここまでの広がり様を見せたのだ。この炎が通常のそれとは異なっていることを物語っていた。
「さて、どうしたものか」
咄嗟に思いついた全ての方法は自分たちの力不足故に水泡に帰した。
自分たちが出来る方法でこの状況を打開するとなれば、そう考えて行き着いたその答えの一つに俺は心底嫌そうな顔をした。
「何か思いついたのですか?」
俺の表情が変わったことに気付いたのだろう。リンドウが期待を込めた瞳を俺に向けてきた。
「期待を裏切るようで悪いが、全く、微塵も、完っ全に、お勧めできない方法だぞ」
念を押すように前置きをしてそれでもいいかと視線で問いかけると、リンドウは神妙な眼差しで頷いていた。
俺の嫌そうな顔の意味も、これから言おうとしていることも、全て分かったというような顔をして、
「構いません、教えてください。ユウさんが思いついた方法を」
そう力強く告げたのだった。
目の前のリンドウが覚悟を決めたのならば、俺だって覚悟を決めないわけにはいかない。
それが例え、どんなに無謀な策に思えたとしても。
「ポーションを使いながら駆け抜けるのさ。この炎の中を、ね」
囂々と燃え盛る道を見据え俺は言い放った。
そして見逃さなかった。リンドウが決意を秘めた目で俺を見つめていながらも、その表情が若干引き攣っていたのを。