動く、山 ♯.12
暗くジメジメした場所を想像していた俺の予想をそこは軽々と裏切ってきた。
見えざる手に定められた道を外れ森の中は確かに陽の光が届かず仄暗い。しかし、暗いだけでジメジメという擬音が漂う湿気塗れの場所ではなく、どことなく清涼感溢れる場所となっていた。
「相も変わらず何もない、か」
残念という思いにすら慣れてしまったかのように呟いていた。
ここに至るまで、何かが採集できそうな場所はいくつか見つけることはできた。だが実際にそこで何かしらのアイテムが採取できた試しはない。
それもそのはず、採取にしろ採掘にしろフィールドでアイテムを手に入れる時に現れる採集可能なことを示す兆しのようなものが見受けられなかったのだ。
地面に落ちている石を拾うこととなんらかの生産系アイテムを手に入れることは同じような手段であっても大きく違う。生産系のアイテムを手に入れるには採集可能だという兆しを見つけ出す以外に手段はないのだった。
「ここって、思っていたほど暗くは無いんですね」
「そう…みたいだな」
隣に並ぶリンドウが森の中を見回して呟いていた。
巨木の枝葉の隙間から差し込む太陽の光が足元を点々と照らし出す。
生産系アイテムの探索やこのエリア自体の探索に差し支えるほどの暗さではないにしても、小さな何かを探すにしては手元が見難いこの状況に対する難点の一つであることには変わりないのだが。
「とりあえずこっちにはっきりとした道は無いんだ。俺たちが好きなように進めばいいんだとして、リンドウはどこに向かうべきだと思う?」
「何処と言われましても」
さっぱりと言うように両手を上げるリンドウにつられたように俺は苦笑していた。
どこに行くべきなのかはわからない。
定められた道を外れてしまった者の宿命とでもいうのか。
何か一つでも手掛かりが見つかっているのなら、それを頼りに進む道を決められそうなものだがそれもない。
何事も決めるのは自分の意思一つ。
そのはずなのに決められない。
理由は解っている。ここで俺が何をすべきなのか、本当の所自分でもそれが解っていないからだ。
「ユウさん。ちょっとこっちに来てくれませんか?」
立ち尽くす俺をリンドウが呼んだ。
どうやら俺が迷って動けない間もリンドウはここで何かを探し続けていたらしい。
「これって何かが通った跡に見えませんか?」
リンドウが指し示した先。そこには草木が踏み潰された跡が一筋の道のように出来ていた。
「獣道? けどここに動物なんて」
確かめるように辺りを見渡しても動物はおろかモンスターの影すら見つけられない。
ここに何かが居た痕跡として獣道があるのだとして、それを作ったのが何なのか、この時の俺はその道が指し示す先よりも誰がどのような目的でそれを付けたかということばかり気になってしまっていた。
「確かめてみませんか? この先が何処に繋がっているのか、そして誰がこれを付けたのか」
「この先、か。そうだな、俺は行くべき道も解らないんだ。この跡を道だと思って進むのも悪くないのかもな」
「なんか、変に暗いですけど、どうかしたんですか?」
「別にどうもしない。ただ…どっちに進めばいいのか解らないってのが気持ち悪いだけだ」
顔を覗き込んでくるリンドウが俺がいまいち何を考えているのか解らないというような表情を浮かべている。
「どうした?」
「どうした? じゃありませんよ」
何気なく訊ねた俺の口調を真似してリンドウが俺の両肩を掴み真剣な眼差しを向けてきた。
「ユウさんがいきなり訳の分からないことを言うからじゃないですか」
「そうか? 悪かったな。気にしないでくれていいから」
「気にしますよ。まったく、未知のエリアは進むべき道が解らないのが普通なのに」
「え?」
「お忘れですか? マップがあったって未踏破エリアは常に全容が表示されるわけじゃないですよね」
「あ!?」
忘れていた。
そうだった。このところ俺の行動範囲に真新しいエリアというものが無かったためか失念していたことだが、予めマップに進む先の全てが表示されるなんてことは無いのだ。
何故忘れてしまっていたのだろうという自嘲の笑みが漏れる。
そして思い出してしまえばこの状況だってなんてことも無いように思えてくるから不思議なものだ。
気分を持ち直したのが伝わったのかリンドウが俺の手を引き、
「気を取り直して行きましょう。折角道しるべのようなものが見つかったんですから」
「そうだな」
確かにリンドウが見つけたこの獣道はそれまで見つけることの出来なかった手掛かりと言って差し支えないだろう。なによりもそれを辿ることでどこかに行き着く。そう信じられるようになったのもリンドウのおかげなのだが、恥ずかしいのでそれは秘密だ。
「行きましょう」
森の中。
草木が踏み潰されてできた獣道を辿り俺たちは進む。
掌を広げてそこに点々と差し込む太陽の光の温かみを感じながら。
「それにしても、ここは何でこんなに広いんでしょう?」
「何でって、そういう場所だからじゃないのか?」
「それを言ってしまえばそれまでなんですけど、そもそもモンスターの胴体がこんなエリアになっているのも不可解ですよね」
「不可解、か」
「ユウさんはそう思いませんか?」
「どうだろうな。こういうのもありなんだと思うし、同じくらい変だとも思う、かな」
平穏な状況で歩く道中、やはりここでも採集のポイントとなる場所を見つけることができた。残念ながらそこでも一度として採集することは出来なかったのだが。
「他のみなさんはどうなんでしょう?」
採集できない採集ポイントを調べている俺にリンドウが問いかけてきた。
「何かいいアイテムが見つかっていればいいんですけど」
「俺たちの現状を鑑みると望みは薄いんじゃないか」
「そうですよね」
見つけた採集ポイントをどれだけ探ってみても何も変化が起きないことに大きな溜め息を吐く。
「何してるのー?」
「見て解らないのか? ここに何か無いかと探してるんだよ」
「ふーん。で、なにを?」
「何をって…何だろう」
よくよく思い出すと自分が何を探しているのかはっきりとしなくなってきた。
求めているアイテムの種類すらはっきりしてはおらず、何かがあればいいというような何ともあやふやなままの探索なのだ。
遺憾ながら、それでは何も見つからなくて当然なのかもしれないとすら思えてきた。
「ねぇねぇ、何かあるとすればあそこじゃないの?」
「あん?」
「この先に何かあるっぽいよ」
「この先に――って、えっ、何で!」
あまりにも自然に会話しているために気付くのが遅れた。
「なんでこんな所にリリィが居るんだよ」
「なんでって、ユウがいるんだからわたしもいるよー」
当然でしょ、と言いながらひらりひらりと俺の顔の前に舞い降りてくるリリィが俺の手にある指輪にそっと触れた。
自分が身に付けているアイテムだからこそ、この妖精の指輪の効果を知っていてもモンスターの胴体であるこの場所にまでリリィが自発的に来ることが出来るとは思っていなかった。それ故にこの場所にリリィがいるということに驚いてしまったのだ。
「それよりも、この先に何かあるというのは本当なのですか?」
俺とリリィの意味のない言い合いにリンドウが割って入った。
「なにかは知らないけどさー、この先に変な木が生えている場所があるんだよ」
「変な木ですか?」
「そうだよー。なんか見慣れないし、形も変だったから気になったんだー」
リリィの言葉を受け何か思案顔になるリンドウに俺は自分の考えを告げた。
「行ってみればわかるさ。リンドウも行ってみるつもりなんだろ?」
「ユウさんさえ良ければですが」
「俺に異存はないさ。リリィ、俺たちをその場所に案内してくれるか?」
「いいよ。ついて来てー」
先行して飛んでいくリリィの後を追い、獣道とはまた別の道を進む。
獣道ですらない道というのがここまで険しくなったとは思っていなかった。まるで本来の道は別にあるそう言われてる気分だった。
それでも、と俺たちは歩みを止めることはない。
誰に向けられたわけでもない文句は時折口から漏れ出てしまっていたが。
「ちょっ、こんな道しかないのかよ」
邪魔な枝を掻き分けて進む。
縦横無尽に飛行しているリリィからすれば何も影響がないのかもしれないが、徒歩で進む俺とリンドウには面倒でしかない。
文句を言いながらついてくる俺にリリィが子供を諭す親のような口調で告げた。
「文句言わなーい。これが最短距離なんだからね」
「リリィにはそうかもしれないけどさ」
言っても仕方ないことと知りつつも小言を漏らしつつも俺は忙しなく邪魔な枝を折ったり横に押しやったりしながらそれに続く。
「もしかして、あれじゃないですか?」
「そうそう! あそこ。変でしょー、あんな形の木は初めて見たよー」
俺が面倒な道筋にうんざりとしながらついて行く隣で背伸びをして遠くを見通すリンドウが指さした先を俺も見た。
自分の目を疑いたくなるような光景だったが、それを確かめるためにと進んだ先に広がるそれが紛れもなく現実であることに俺はどことなく落胆の色を露わにした。
「確かに普通の木ではないけどさ。なんか想像してたのとは違う」
変な形の木という一言で俺が想像していたのは森の中にある洞窟の周りに生えた別種の木、あるいは森の中に遺跡に纏わり付く蔦と苔といったものだった。しかし目の前に広がっているのはそのどちらでもない。木と蔓と葉によって作られた家屋が集まる樹上の村がそこにはあったのだ。
「あれはツリーハウスとかいうものでしょうか」
「ええっ! ハウスっていうのは家ってことだよね?」
「木の上に作られた家という感じかと。ほら見えますか? 建物の下は普通に木の幹ですよ」
「あーホントだー」
「上から見てたから気付かなかったのかも知れませんね」
リリィが勘違いした理由はそれだけではないのだろう。知らなかったから、それが最たる理由である気がした。
「誰か住んでいるんでしょうか」
「どう、だろうな」
ぽそっと呟いたリンドウの一言に俺も同様の疑問を抱いた。
ここが村だとすればそこには人が住んでいた形跡があるはずなのだ。モンスターの胴体で生活するという常識外の存在を夢見つつ俺たちはその村へと向かうことにした。
目的地が見つかれば目の前の邪魔となる木々もさほど気にならなくなった。軽快な足取りで進んでいくと程なくして樹上の村がその全貌を現した。
「人の気配は無さそうだな」
「モンスターも居ないみたいですし手分けして探索してみますか?」
「そうだな。なら俺は奥に行ってみることにするよ」
「では、私はこの辺りを探してみますね」
リンドウと別れ俺は樹上の村の奥へと進む。
道すがら横目に木の上に作られている家屋に視線を送る。
おそらくはここに人がいた時に使われていたものなのだろうか。所々腐り使い物にならなくなった木製の梯子が地上から家屋の入口へと伸びている。
「あれは登れそうにないよな」
「ムリじゃない? ほら」
リリィが梯子の一部に触れるとそれは何の抵抗も無く崩れ去ってしまった。
「となると登るには別の方法を探すしかないか」
自分で梯子を作るという方法も残されているが、それは最後の手段にしておくべきのように思えた。材料も近くに生えている木からとれば事足りるような気がしてもそれが出来るとは思えないからだ。
収集出来ないという状態が今もなお続いているのならば梯子の材料を得ること自体困難なことと成り得るのだから。
「それよりもさ、奥に行くんじゃないの?」
「あ、ああ。そうだな」
リリィを引き攣れ俺はさらに奥へと進む。
俺が確認しただけでも全ての家屋と地面を繋ぐ梯子は似たような状態で使い物にならない。希望を持つならばリンドウが担当している中に入れそうな家屋があることだけど、それも可能性としては低いと言わざるえないだろう。
寂れた樹上の村というのが俺の抱いたこの場所の印象だった。
本来は木々に囲まれ、木々と共生しているような村のはずがここまで生命力と言うものが感じられないものかと言いたくなるような雰囲気が漂っている。
それに家屋だけじゃない。移動の際に常に触れていただろう地面や使っていたかもしれない梯子にも言えることだったが、それらにも人の居た痕跡というものが見られないのだ。
まるで初めから人が居なかったかのような感覚に苛まれて俺は居てもたってもいられずこの村の最奥へと駆け出していた。
「ここで行き止まりか」
村の最奥には壁がある。
正確には壁のように高い山の急斜面だ。
折り重なった地層によって自然にできたストライプ模様の急斜面が作り出すあまりにも綺麗な景色に俺は言葉を失くしていた。
暫くこの景色に心奪われていると不意に右手に何かを感じた。どうやらリリィが俺の袖を無言で引っ張っているようだ。
「なんだよ?」
もう少しこの景色を見ていたいという未練のようなものを感じつつ、リリィに問いかけたというのに返ってくる言葉は無かった。
リリィが無言なのは驚きのあまり目を丸くして口をぽかんと開けたままだったから、しかし、驚いたその視線が捉えているのは俺が見ていたものとは少しばかり違うらしい。
「何を見つけたっていうんだ」
リリィが俺の袖を引っ張る方を見るとそこにあったのは小ささプレイヤーがしゃがむことでどうにか通れるくらいの穴が急斜面の一角に見受けらえた。
それが本当に穴なのか、急斜面についた汚れなのかを確認するためにも俺はその場所に近づいて行くことを決めた。
見た限りそれはやはり穴だった。
手を地面について顔をその穴の中へと突っ込むとその先は暗闇に包まれ何も見えない。
「わっ!」
山の頂上から叫ぶ時と同じように声を出すと、自分の声が俺の耳に反響して返ってきた。
どうやらこの先にはそれなりに広い空間が広がっているらしい。
少しばかりワクワクする自分の心を抑えつつ首を引っこ抜いた俺にリリィが心配そうな視線を向けてきた。
「一人で行くつもりなの?」
「まさか。リンドウと合流してから行くかどうか決めるさ」
などと言いながらも俺の心の中ではここに行くことを決めてしまっていた。
言葉には出さないもののこの時の俺の頭の中にはどうやってリンドウをこの先に誘うかということばかりが駆け巡っているのだった。




