動く、山 ♯.9
グラン・リーズのブレスを受けて破壊されてしまった大砲やバリスタは修理を試みるまでもまく使用不能だと解る。
大砲の砲身は歪み、バリスタは根元から折れてしまっている。
どうにか残されている設備は当初の三分の一以下の数にまでなってしまった大砲とバリスタと使えないという判断から奥の方に仕舞われていた投石機くらいのものだ。
幸いにもグラン・リーズが接近してきているためにその射程内に捉えることが出来そうなのが救いか。
「無事か?」
砦を揺らすほどの衝撃を耐えるようにしゃがみ込んでいた俺に同じような恰好をしたムラマサが問いかけて来た。隣ではセッカとヒカルも同じようん互いの無事を確認し合っている。
「俺は問題ないけど、これらは使えなくなったみたいだな」
「そのようだね」
戦う手段を失ったも同然のムラマサが至極残念そうに呟いている。
「……魔法なら戦える、よ」
「あと、ユウの射撃も通用しますよね」
「そのはずなんだけどな」
障壁が復活してしまった以上ダメージを与えることは難しくなったはず。
そもそも何故障壁が消滅したのか、その仕組みすら分かってはいないのだ。
「何か気になっていることがあるのだね」
「何かっていうか、グラン・リーズの障壁のことなんだけどさ。なんでさっきは障壁が消えたんだろうって思ってさ」
「思い当たることが無いわけではないのだろう?」
「そう、だな」
グラン・リーズにダメージを与えるには障壁を無くす必要があるということが分かったことは戦況が前に進んでいるといって過言は無いはず。
問題はその障壁を消す方法。
大砲やバリスタを含めた全ての攻撃のダメージを蓄積する必要があるのならば、前回の砦の戦いでは一度も障壁が壊れることが無かったことからもこの砦での破壊は諦め、次の砦での戦いに備えダメージを蓄積させることに集中するべきなのだろう。
しかし、そうではないとしたら。
前回の砦の戦闘の時には無くて、今回の戦闘の時にはあったもの。
これまで自分の目で見てきた限りそんなことは一つしかない。
「俺に思い当たるのは一つだけ。プレイヤーの誰かが放った魔法」
炎の蛇がグラン・リーズを長時間焼き続けたその光景は俺の記憶に色濃く残っている。
「確かに、それしか無いのかもしれないけどね、オレにはどうも魔法が直接的な原因とするには些か不公平感がある気がするんだけどね」
ムラマサが俺と同じ疑問にぶつかって出た答えに同意するように俺は頷いていた。
このゲームにおいて種族という概念が追加されたことで、それまで自分のキャラクタービルドに委ねられていた個体差というものが種族によって強制的に現れるようになった。それが獣人族は魔法が苦手という認識に繋がっていた。
全ての大陸で同時に戦闘が始まるこのイベントで獣人族が不利になるようなことが予め決められているとは思えないのだ。
「でもそれ以外に考えられませんよね?」
「……そうでもない。プレイヤーの攻撃って思えば、不公平でもなんでもない」
「大砲とかバリスタもプレイヤーの攻撃と言えば攻撃ですよ?」
「それらを使っていない攻撃という意味なんじゃないのかい」
「……そう」
「だったら最初の砦でも障壁を壊せていたんじゃないんですか? だって、今と同じように設備が壊されて使えなくなったんですよね?」
「壊されていたのかもしれないよ」
「え?」
「ただ単にオレたちがリーズ・ウォークと戦っていたせいでその瞬間を目撃できなかっただけなのかもしれないということさ」
無数のリーズ・ウォークとの戦闘時、俺はグラン・リーズの接近に対しては警戒をしていたもののその動きや障壁の有無にまでは意識を向けることが出来ていなかった。だから俺はここで初めてグラン・リーズの周りに障壁が張られていることを知ったし、それを壊さなければダメージを与えることが出来ないことを知った。
ムラマサが告げる可能性に思い当たる節があるのは俺だけではないようでセッカもヒカルも納得したように目を合わせている。
「障壁を壊すための条件、か」
俺の想像通りなのだとしても、どうしても決定打に欠ける。
用意されていた設備がダメージを与えるものに限定するのならば、ひび割れた障壁を壊すのに一役買ったのが不自然に思えるし、そうでないのならば最初の砦の戦闘であそこまで一方的と思える展開に追い込まれることはなかったはずなのだ。
何が切っ掛けで、何が決め手となったのか。
どちらの攻撃が重要だったのかを確かめる方法は一つしかなく、それを実行することに関しては何も異議はないわけなのだが。
「……今度は、炎の鳥」
ブレスを受け融解した砦の外壁とそこにあった窓が歪み広がったことで出来た空洞の向こうに再び真紅の炎が巻き上がっているのが見えた。
セッカの言葉に誘われるように空を見上げると巨大な炎の鳥が大きく羽ばたいた瞬間だった。
降り注ぐ炎の羽根がグラン・リーズを覆う障壁に当たり細かな火の粉が舞い散る。
「どうやら魔法だけでは足りないみたいだね」
「でも、ここに残っている設備なんて少ないですよ」
「解っているさ。それにどうやら残されている大砲も使われているようだよ」
何度目かになる炎の鳥の羽ばたきと、それによる火羽根の雨に晒されているグラン・リーズに再び大砲とバリスタによる射撃が開始された。
大砲とバリスタの射撃による連続する爆発音と火羽根が障壁にぶつかり生じた轟音のなか、それまでにない物もグラン・リーズに飛んで行っていた。
それが投石機によるものだと解ったのは飛んでいく巨石の描く軌道が他のそれとは違っていたからだ。
弧を描き飛んでいく巨石がグラン・リーズの障壁にぶつかるとそれはごく小さな石と細かな砂へと変わっていく。
「オレたちも攻撃に参加しよう。何が重要なのかまだ解らないが、出来ることは残されている。そうだろう?」
攻撃をしなかった時間が経過するごとに俺のMPもそれなりに回復していた。これならば先程と同様の射撃を行うことに何ら影響は残されていないだろう。
それに、使わなかった投石機は今も近くに眠ったまま。
原始的な固定砲台なのだとしても、都合のいいことに撃ち出すための弾は無数に存在している。弾切れの心配をしなくて済むのは嬉しいことなのだろうが。
「ユウとセッカはさっきと同じ攻撃を頼む。オレとヒカルは投石機の準備だ」
「わかりました!」
「……任せて」
「了解!」
投石機の準備に掛かる二人を余所に俺はブレス攻撃によって開かれた窓から障壁を展開し続ているグラン・リーズに照準を定める。
セッカも自分が使える魔法を発動させてここで誰よりも早く攻撃に参加していた。
飛んでいく魔法は光の弾。炎や雷など属性で表すとそのまま光。通常のモンスター相手では特出した性能はないが、幽霊系やアンデッド系にならば他に類を見ない程の効き目ががある属性だ。
回復魔法に長けたセッカが選らんだ攻撃魔法は消費するMPと与えるダメージの割合のバランスがいい、使い勝手のいい魔法なのだと言っていた。魔法の再発動までの間隔も短く、今回のように遠距離から連続して攻撃を行う必要性のある場面ではなによりも頼りになる魔法なのだとも。
「準備できました」
「そこを退いてくれるかい?」
「え?」
「危ないですよ」
ムラマサとヒカルが押してきた投石機には既に足元に転がっている瓦礫の一つがセットされている。
ゼンマイ仕掛けのそれから勢いよく飛んでいく瓦礫がグラン・リーズに当たり砕け舞い散る。
「どうだ?」
降り注ぐ火羽根。連続して撃ち出される無数の大砲の弾とバリスタの矢。それに加わる投石機による攻撃とプレイヤーたちの攻撃。
それら全てが重なり合い、グラン・リーズを覆う障壁に亀裂が入るまでそんなに時間は掛からなかった。
二度目となる亀裂が転機となる。
先ほどは聞こえなかった障壁の砕ける音が聞こえてきたのだ。
半透明な障壁の欠片がバラバラと降り注ぎ、消えて行く。無防備となったグラン・リーズに俺たちプレイヤーのHPを削るための攻撃が再開された。
障壁が復活するまでの短い間、それがプレイヤーに与えられた時間だった。一度目と違うのはこの時間がとても短いということを皆が知っているということ。
回復は後回しにして全力での攻撃が止め処なく繰り広げられていく。
そして、十分と経たずに障壁が復活した。グラン・リーズのブレス攻撃の予兆という結果を残して。
眩い緑の光はこの時、プレイヤーたちにとっては恐怖の対象でしかない。
ブレスが放たれる。そう思った刹那の出来事だ。再び出現した炎の鳥がグラン・リーズの顔を覆うように取り付いた。
「手を休めるなっ!」
ムラマサの檄が飛ぶ。
その声に促されるように俺は逃げることを止め、攻撃を続けることを選んだ。
炎の鳥を避けるように降り注ぐ魔法や砲弾、銃弾や矢、そして瓦礫の数々。
緑の光が一際強く輝く。
先ほどと同じように揺れる大地を踏み締めるも、先程とは違うことが一つ起きた。プレイヤーのいる砦にブレスが命中することがなかったのだ。
その代わりとでもいうように、炎の鳥は極々小さな火の欠片と化し、プレイヤーたちの攻撃も同様にかき消されてしまっていた。
初めて大きなダメージを受けたと言わんばかりによろめくグラン・リーズは俺たちに勝てるかもしれないという希望をもたらした。
「ブレスも防ぐことができるんですね」
「……凄い」
ヒカルとセッカが驚いたように呟いた。その後、どこからともなく歓声のようなものが巻き起こった。
グラン・リーズのブレスにではなく、プレイヤーたちの声に揺れる砦に漂い始めた明るい空気を嘲笑うようにグラン・リーズが初めて見せる行動をとったのだ。
まるで水浴びの後の犬のように全身を震わせ水滴を振り払うかのように、その巨体を揺らすグラン・リーズの周囲に無数の木の葉が舞った。
それは木々のあるところならばどこでも目にするような何の変哲もない木の葉のはずだった。
現に俺の目に映るそれは見慣れた形と色をしている。
しかし、その木の葉が地面や砦、プレイヤーに触れたその瞬間に緑色の光を伴った爆発が起こったのだ。
「下がれ、みんな。それに触っちゃだめだ!」
慌てて砦の奥へと駆け込む俺たちの前で連続して起こる爆発はその原因が小さな木の葉だとは思えない程の規模があった。
「何が何でも砦は壊してくるということなのか」
ムラマサが忌々しそうに呟いている。
一度の強力なブレスによって破壊されるのも、今のように断続して爆発に巻き込まれるのも結果としては砦が破壊されるという点で同じ。
寧ろ今の爆発の方がプレイヤー側にも被害が出やすいという点では嫌な攻撃だとも言える。
爆発が収まった時にはグラン・リーズは歩を進め、地面には無数の凹みと焦げ跡が残され、砦のあちらこちらにも同様の傷が刻み込まれたいた。
プレイヤーたちの多くはまだ戦えるくらいのHPは残しているようだが、即座に障壁を破壊することに移るにはHPもMPも消費させられてしまっている。
戦闘に即時復帰が叶うプレイヤーは当初に比べるとごく僅かまで追い込まれてしまっているのだ。
「私たちはこのまま攻撃を続けましょう」
「……何もしないわけにはいかない」
「そうだね。けど最低限の安全は保障させてもらうよ。グラン・リーズの接近がある程度の距離にまで来たら迷わずに退避する。それだけは守ってくれるかい?」
「わかりました」
「……わかった、よ」
「ユウもそれでいいね?」
「あ、ああ」
グラン・リーズがみせた初めての攻撃。それがもし最初の砦で使われていたらと思うと嫌な汗が背中を伝う。
砦の中にいたおかげで難を逃れた形になった俺たちはまだしも、さっきの俺たちのように地上で戦っているプレイヤーにとっては不可避の攻撃となっていたことだろう。爆発の範囲から逃れようとしても降り注ぐ木の葉は無数に存在し、何かに触れるごとに爆発しているのだから。
一つ一つの威力は低いかもしれないが、あれだけの数と連続性があるとなれば逃げ切ることなど出来るはずが無い。
あの場所にいたかもしれないプレイヤーに自分を重ねてしまっている俺の肩にムラマサはそっと手を置いて、
「他の人たちは無事だと信じるんだ」
「頭では解っているつもりなんだけどな」
「どっちにしてもここでオレたちが彼らに出来ることは何もない。そうだろ?」
「解っているさ」
「ならば動くべきだ。ほら、見てみろ。動ける人はオレたち以外にもいるみたいだぞ」
ムラマサの言うようにプレイヤーによる砲撃が三度再開された。
ゲーム慣れしているからなのだろうか、少しくらいの不利はものともしないで果敢にも攻撃を仕掛けている。
「すまない。もう大丈夫だ」
自分にも言い聞かすようにそう告げるとムラマサはヒカルと共に再び投石機による攻撃を再開した。
「……私たちも行こう」
「ああ」
セッカと並び剣銃の引き金を引く俺はここでも≪インパクト・カノン≫を発動させた。
グラン・リーズの行動パターンにはまだ不明な点も多いがそれでもこちらの戦い方というものは大方確立されたようなものだ。
まずは障壁を壊す。
次に無防備になった本体に攻撃を加えダメージを与えていく。
そして、障壁が復活した後の攻撃に備える。
簡単に言うとこれらの繰り返しなのだ。
それらを行い、五つの砦が破壊され尽くされる前にグラン・リーズを討伐する。
自分たちがすべきことを再認識して行った攻撃の果て、三度グラン・リーズの障壁は砕け散った。
「今だッ」
誰かも解らない声が砦に響く。
無我夢中で繰り出される攻撃を受けてもなお、グラン・リーズはその歩みを止めようとはしない。
そして今回も障壁が復活した途端に別の攻撃を繰り出してきた。
亀のように伸ばした首で砦の一部を貫いたのだ。
「ここまで、か」
「確かに。ここが限界のようだね」
「わかりました。早く逃げましょう」
「……待って、せめて後一回だけ」
「駄目だ。次のチャンスがあるのだから今はMPを無駄にしないことが大事だよ」
「……んー、わかった」
「急ぐぞ!」
渋々といった様子でメイスを仕舞うセッカを見届け、俺は螺旋階段の入口付近に転がっている瓦礫を足で退けながら告げた。
首だけでも砦に届いたということは、それだけ接近を許していたということ。
これ以上砦の中にいたのではその崩壊に巻き込まれるか、グラン・リーズに踏み潰されてしまうかのどちらかだ。
誰から言い出したわけでもなく俺たちは揃って攻撃を中断し砦から退避することを決めた。
俺たちと同じような判断を下したプレイヤーは少なくないようで砦から蜘蛛の子を散らすように駆け出していくプレイヤーの姿を螺旋階段を下りていく最中に目撃した。
人がいなくなって砲撃が止んだこの砦をグラン・リーズはゆっくりとした速度で振り回した尻尾で薙ぎ払う。
ガラガラと音を立て、て崩壊する砦を眺める俺たちの前で、急旋回をしたグラン・リーズが本来の侵攻経路に戻ったのだった。
「急いで三つ目の砦に行こう。次の戦場はそこになるはずだ」
道中最初に戦うこととなった二つ目の砦は既に無くその侵攻の妨げにはならない。平然と素通りされてしまうことだろう。
しかし、裏を返せば二つ分の砦の距離があるということだ。
想定より長く与えられた時間を有効に使うためにも俺たちはまず近くの町にある転送ポータルを目指すのだった。




