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動く、山 ♯.8

 バリスタのトリガーを引くたびに感じられる反動は剣銃のそれに比べるとあきらかに重い。

 床に直接取り付けられていなければその反動でバリスタの砲台自体が歪み、矢の発射にも影響が出てくることもあり得るのだろう。しかし、この砦も含めバリスタや大砲などの設備も今回限りのものだと割り切ればそれでもいいのかもしれないのだ。

 大砲とは違いバリスタは一度に五発もの矢を装填させることができる。それ故に隣でセッカが撃ち出している大砲に比べると連続して矢がグラン・リーズへと放たれている。


「次の矢を持ってきましたよ」

「助かる」


 両手で五本の矢が込められている弾倉を抱えて持ってきたヒカルに矢を撃ち尽くしてバリスタから外し空になった弾倉を手渡した。代わりに手渡された弾倉をバリスタに装填しそのまま次の矢を撃ち出した。

 ムラマサはセッカに大砲の弾を届けている。

 一般的なボーリングの球よりも一回り大きいサイズの大砲の弾は想像以上に重く攻撃力を示しているのと同時に筋力値を示すATKが低いと持ち運ぶことすら大変なのだと言っていた。その為にセッカと呼吸の合ったヒカルがコンビを組むのではなくムラマサがその役を担うことになったのだ。とは言え、俺が使っているバリスタの代わりとなる弾倉もそれなりの重さを有しているらしいが。

 その重い大砲の弾を平然と運ぶあたりムラマサのATKの高さが際立っているとも取れるのだけど。


「それにしても……何だ、これは?」


 ひたすらバリスタのトリガーを引き続ける俺は一向に好転しない状況に対して疑問を感じ始めていた。

 最初の砦の状況を知っているのだから明確な効果が現れるとは思ってはいなかったとはいえ、ここまで大砲の弾やバリスタの矢を受けて平然としているのは妙だとしか思えない。

 人型や動物型のモンスター以外はその挙動に感情のようなものを出してこないのも知ってはいるのだが、それでも攻撃を受ければ怯むこともあるし、大きなダメージを受ければ悲鳴のような叫び声を上げることも珍しいことではない。

 完全に感情が表に出てこなかったのはいわゆるゴーレム系と呼ばれる種類のモンスターと元となった昆虫と同様に見ただけでは感情が読み取れない虫系のモンスターだけだった。

 ならばグラン・リーズもまたゴーレム系なのかというと違うと思う。

 その巨体はこれまでに例を見ないものだとはいえ、姿形を見る限り、龍系であることは間違いないはずだ。

 龍系のモンスターはこのゲームにおいて普通のモンスターとは違う上位種に分類されていた。一部の例外を除き基本的にはクエストやダンジョンのボスモンスターに設定されているものばかりなのだ。強力な個体が多いことに加え、龍系にはより明確な感情が見られるものも稀にあった。

 そういう事実もあってか、龍系の中にはプレイヤーに会話を望むものまでいるほどだというのが俺たちプレイヤーの共通認識だった。

 ならばやはりこのグラン・リーズは龍系のモンスターではないのか。

 姿形は紛れもなく龍系のモンスターそのもの。

 山のような背中から伸びる首も大地を踏み締める四本の脚も、その全てが龍系だと物語っている。


「攻撃が効いていないのか?」


 飛行していく大砲の弾やバリスタの矢は間違いなくグラン・リーズを捉えている。それなのにそれらが命中した様子は全くと言っていいほど見受けられないのだ。


「どうかしたのかい?」

「俺には矢が届いていないように見えるんだけどさ、ムラマサにはどう見える?」

「そうだね。確かにグラン・リーズに命中する前、というよりは矢がダメージを与える前に何かに防がれているように見えるかな。成程。そういうことなのかい?」


 大砲の弾を運びつつムラマサが俺の呟きに対して聞き返してきた。


「はっきりとは言えないけどさ、その可能性は高いと思う。下から見た時には解らなかったけど、ここから見た限りはバリスタの矢はグラン・リーズに命中する前に爆散している…気がする」


 確信があった訳ではなかった。

 微々たるものだとしても確実にダメージを蓄積させられているのかもしれないし、俺の想像通りに全く効果が無いのかもしれない。

 仮定であれば二つの可能性が混在しているに過ぎないのだ。


「それならば、さっきの砦での戦闘でも感付いた人がいたはずではないのかな?」

「気付いたとしてもそれを検証する時間も、それを誰かと相談する暇も無かった、ってことなんじゃないのか」


 あの時のことを思い出すとまず蘇ってくる光景はグラン・リーズのブレスの威力とそれによって壊された砦。次いで無数の蠢く木、リーズ・ウォーク。

 よくよく考えれば、俺は目の前の戦闘に夢中になるにあまりグラン・リーズに対して注意を向けることが出来ていなかった。

 観察不足と言えばいいのだろうか。

 グラン・リーズという巨大なレイドモンスターが本当に攻撃としてはブレスしか行ってこなかったのかどうかということさえ知らないのだ。

 そしてそれはおそらく最初の戦いで今の俺と同じように大砲やバリスタを使っていたプレイヤーも疑問に感じた。けれどその疑問を感じただけに留めてしまったのだろう。

 なによりも俺たち最初の砦にいたプレイヤーは皆バラバラに自分勝手に動き、情報交換を怠っていた。怠ってしまっていたのだ。そのせいで一度目と同じ状況を作ってしまった。

 先に話をしていればこのような事態になっていなかったかもしれない。

 話をしていても同じ結果になっていたかもしれない。

 もし、という仮定ばかりが俺の頭を駆け巡り今のことを考えようとすることを邪魔する。


「くそっ、煙が邪魔で何も見えないっ」


 いつしか俺はバリスタのトリガーを引くことを止めていた。

 矢が命中する度に砕け散る破片が宙に舞っている間に撃ち出され命中した大砲の弾が爆発し黒煙を上げる。二つの遮蔽物が撒き散らされることで予期せぬ煙幕となり視界を奪う。

 指を止めた理由としては効果があるかどうかわからない射撃に嫌気がさしたというよりも、視界を奪う煙幕を嫌ってという意味合いが強い。

 それでも俺一人が射撃を止めた所で現状に変化が訪れることは無く、あのまま射撃を続けていた方が良かったのではないかと思い始めていた。


「せめて着弾の時に障壁のようなものが見えればはっきりするのだけど」


 いつしかムラマサも俺の隣で窓の外に見えるグラン・リーズを注意深く観察するようになっていた。

 セッカも大砲を撃つ手を止め同じように窓の外を見ている。


「……煙、邪魔」

「何も見えませんね」


 苛立たしそうに呟くセッカに同意するヒカルもまた窓の外を見て眉間にしわを寄せているのであった。


「このままでは……」


 ムラマサが不安を露わにして表情を強張らせている。

 この懸念は俺にも予測がついた。

 一度目の戦闘のことを鑑みるとグラン・リーズ一度目のブレスが放たれたのが戦闘が始まってから大体このくらいの時が経過していたのだ。

 時間だけがそのブレス攻撃までの条件ではないはず。咄嗟に考えられるだけでもその時までに与えることのできたダメージやこちら側の戦況。当然のように俺にも解らない隠された条件がいくつも重なり合って砦破壊の一撃の切っ掛けへとなり得るのだろう。

 この最北端の砦に対するブレス攻撃が放たれるもの時間の問題というやつだ。

 刻一刻と迫るその瞬間を警戒し続けていると突然大きな揺れが起こった。

 それと同時に出現した炎が砲撃を受けて黒煙を巻き上げているグラン・リーズを襲う。

 炎は蛇の如くグラン・リーズに巻き付きその熱で焼き続けている。


「アレは…魔法……だよな?」


 思わず疑問を口に出してしまうのも無理はないことだろう。

 ここはヴォルフ大陸。獣人族のプレイヤーの拠点となる大陸であり、獣人族という種族は総じて魔法よりも直接的な攻撃が得意になるようになっている。それだけにこの場であれほどの威力を有した魔法が放たれたことに驚きが隠せないでいるのだ。


「魔法が得意な獣人族ってものいるだろうさ。魔法を使わない魔人族がいるくらいなのだからね」


 ムラマサが言う魔法を使わない魔人族というのはヒカルのことだろう。人族のプレイヤーの集まりである俺たちの中でリリィとクロスケだけが別の種族なのを気にしてその中でもリリィによく似た種族魔人族になることを決めたのだと言っていたことをムラマサの言葉を聞いて思い出した。

 ヒカルは元々近接戦を主としたプレイヤーだ。その為に魔法の類は今も不得手なまま。その高いMPも状態異常を付与するアーツの使用に限られている。豊富なMP故にその攻撃が絶えることが無いのはヒカルの強みの一つになっているのだが。


「それにしてもだ。あれほどの魔法を使ったとなると一回でMPの殆どを消費してしまうんじゃないのか?」


 生憎と俺も魔法が得意なプレイヤーではない。遠距離攻撃を剣銃に頼り、属性を使えるようになったのだってつい最近のことなのだ。


「その都度MP回復ポーションを使うんじゃないんですか?」

「……にしても、持続時間が長い、ね」


 セッカが言うように炎の蛇は消えることなくグラン・リーズに巻き付いたまま。

 瞬間的な威力では大砲やバリスタに劣るのかもしれないが、延々と燃やし続けていることにも意味はある。

 その意味が大きく発揮されたのがこの戦いだったのはここにいる俺たちには幸運以外のなにものでもなかった。


「……見えた。障壁、あった」


 窓の外を指さすセッカに促され目を凝らすとそこには殆ど透明の壁がグラン・リーズを覆うように発生していた。

 炎と太陽の光によってごく稀に目に見えるようになるそれにひびが入ったのはそれから程なくして、炎の蛇が揺らめき消えたのと同じ瞬間だった。

 どんなに強固でも一度ひびが入ってしまえば案外脆くなるものだ。

 大砲の弾とバリスタの矢が偶然そのひびを捉える毎に亀裂は広がっていき、砕けてしまった。

 そこからの砲撃が与えたダメージはおそらく先程までとは比にならないものなのだろう。

 背中に生えた木々が燃え、龍燐と呼ばれる堅固なそれを無数の大砲の弾が命中する度に焦がし、バリスタの矢が切り傷を刻みつけていく。

 HPバーが見えないためにどれ程のダメージを与えることに成功しているのかは不明のままだが、グラン・リーズが時折上げる叫びは悲痛なものに聞こえてならない。

 これが好機と見るや否や俺はバリスタの矢が装填された弾倉を持ってこようとするヒカルに声を掛けた。


「ヒカル、バリスタを頼んでいいか?」

「別にいいですけど、ユウはどうするんですか?」

「俺はこれだ」


 立ち位置を交換して俺はバリスタの隣の窓へ、ヒカルはたった今まで俺がいたバリスタの発射台へと上った。

 俺が撃つことを止めてからもしばらくはヒカルは弾倉の運搬を行っていた。そのお陰でバリスタの発射台の足元には十個近い弾倉が転がっている。

 これならば撃ち尽くすまでかなりの猶予が与えられているはずだ。


「≪ブースト・ブラスター≫!」


 剣銃をホルダーから取り出し構えるのと同時にアーツを発動させた。

 これまでの戦いでMPは消費しておらず回復することは無いが、今は確実に自分のパラメータは射撃用になるように伸びているはず。

 剣銃の銃形態を使う時に見えてくるターゲットマーカーはぶれることなくグラン・リーズを捉えている。

 今ならばこのまま引き金を引いて弾丸を撃ち出したとしてもダメージを与えることはできるだろう。けれどこのチャンス、与えられるダメージは多い方に越したことはない。


「初の実戦使用だ。レイドモンスターであるグラン・リーズには悪いけど実験台になってもらうぞ」


 剣銃の銃身に微かな閃光が迸る。

 それがアーツが使用可能になったことを示す合図であることを俺はログハウスで行った試し撃ちの時に知った。一度使用して次にまた同じアーツが使えるようになった時にも同様のものが見受けられたことから間違いはないはずだ。

 輝石に新たな属性を宿したことで得た新しい剣銃の特性。蓄電が機能している証だ。


「≪インパクト・カノン≫」


 撃ち出すは威力強化の一撃。

 以前使っていたよりもより強力になったそれは隣でヒカルが撃ち出しているバリスタと比べても遜色ない威力を誇っている。

 違いがあるとすればその銃弾とバリスタの矢の大きさに違いが在り過ぎるということくらいか。

 小さな銃弾と巨大なバリスタの矢。その大きさが違いを生む威力の差をも埋めてしまうアーツと思えば驚いてしまうのも無理はない。


「リキャスト時間が前よりも長くなったのが弱点と言えば弱点なのかもな」


 俺の方を見て目を丸く驚いているヒカルとその後ろにいるセッカに苦笑交じりに告げる。


「砲門が増えたと思えば悪いことではないさ。そうだろう?」

「……そう」

「まあ、予め教えて欲しかったですけど」

「見せるタイミングが無かっただけさ。気にするな」


 などと話している内にリキャスト時間が終わり再び使用可能になったようだ。

 閃光を放つ剣銃を構え、俺は再び≪インパクト・カノン≫を放った。

 撃ち出される弾丸がグラン・リーズに命中する。

 攻撃が効くようになったことに気付いたプレイヤーたちは暫くの間、意欲的に攻撃を放っていた。砦に用意された大砲やバリスタ然り、自身が使える遠距離攻撃然り。

 誰も何故突然に攻撃が効くようになったのかということには気にも留めないで。

 俺たちがそれを気にするようになった切っ掛けは単純なこと。

 グラン・リーズの周りに障壁が復活したのだ。


「また当たらなくなったか」


 大砲の弾がグラン・リーズにダメージを与える前に爆砕したのを見てムラマサは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 当然だろう。それが前の戦闘を含め俺たちにようやく訪れた好機だったのだから。


「あれがこの戦闘が始まって現れた兆候ならばいいのだけどね」

「違っていたらこの砦にいる間にダメージを与えることは難しくなるってことか」

「そうでは無いことを祈るよ…って、遂に来たか」


 剣銃をホルダーに戻し、アーツの連続使用と≪オートリロード≫によって消費したMPの回復を待っている俺の目に緑の光が飛び込んできた。

 光が徐々に強くなる。


「皆、そこから離れるんだ!」


 ムラマサの声が大きく砦の中に木霊する。

 突然の光に動きを止めていた者が少なくなかったことがよかったのだろう。誰の声だと口々に疑問を言っていても、驚くほど自然に大砲やバリスタから離れその弾や矢が置かれている反対側の壁へと近付いていったのだ。

 プレイヤーたちの退避が完了するかどうかという刹那、グラン・リーズの口から光――砦を破壊するためのブレスが放たれる。

 窓際から離れ壁に近づいていても感じられる熱と衝撃が俺たちプレイヤーを襲う。

 聞こえてくるのは悲鳴。

 幸いだったのはムラマサが叫んだこととリンドウたちが先導して避難を行ったおかげでグラン・リーズのブレスの直撃を受けたプレイヤーは居なかったということだろうか。

 しかし、それまで攻撃の要となっていた砦の設備の殆どがたった一度のブレスによって破壊されてしまっている。

 俺たちはより不利になってしまった戦いを強いられるのだった。



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