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動く、山 ♯.7

「バカな…速過ぎる……」


 グラン・リーズの出現は突然としか言い表せない出来事だった。

 全くと言っていいほどの想定外。

 いつかはこの最北端の砦付近にまで来る。そう分かっていてもそれが現実になるまではまだ幾分かの余裕が残されていると思っていたのだ。

 一体のリーズ・リザードマンを倒したことで束の間の休息を得られるそう思った矢先の出来事。

 何よりも困ってしまうのが俺たちはまだ砦に辿り着いていないことだ。

 町から出て割と直ぐにリーズ・リザードマンと遭遇してしまった。そのせいで足止めされていたともいえるのかもしれない。そのせいで俺たちはこうしてグラン・リーズの出現に気付くとこが出来たのは良かったのか悪かったのか微妙な所だが。


「どうする? このままオレたちもグラン・リーズを迎え討つかい?」


 迎え撃つ。それが出来ればどんなにいいだろうか。

 砦に備わっている大砲やバリスタの攻撃を受けてもビクともせず、グラン・リーズのブレス攻撃によって砦が破壊された末に残った残弾や爆薬類を一斉に爆発させることで生じた超大規模の爆発でようやくダメージがあったと感じられるほどなのだ。

 実際にHP残量が表示されないことがこれほどまでに不安を煽ってくるとは思っていなかった。どんな僅かだとしても現実にHPが減っていく様というのが戦闘において自分たちにあれほどの希望をもたらしていたとは。戦闘に入る前に剣銃の銃口を向けるだけで相手のHPバーを出現させることができる俺は常にそれを癖にしていた。だからなのだろうか。ムラマサたちよりも不安を感じている傾向は強いのかもしれない。


「止めておこう。今の俺たちの力でグラン・リーズとまともに戦えるとは思えない」


 やはり戦うに最適な装備は砦にある大砲やバリスタとなるはず。


「わかった。今は砦に行くことを優先するってことだね」

「ああ」

「……でも、グラン・リーズは放っておいてもいいの?」

「そうですよ! またブレスを吐かれたりしたら」

「大丈夫、じゃないかな」

「……どうして?」

「何でそう思うんですか?」

「さっきグラン・リーズがブレスを使ってきたのは砦に対してだけだった。二度目のブレス攻撃の時は俺たちが足元近くに居たにもかかわらずだ。グラン・リーズのブレスが俺たちに向くことは無いはずなんだ。少なくとも今のところは」


 グラン・リーズの侵攻の速度が俺の想定を大きく上回っていたとしても、向こう側の攻撃手段が限られているのならばまだ自由に動ける時間はある。そう判断して動くしかないとも言えるのだが。

 それぞれの武器を収めグラン・リーズから離れ、最北端の砦を目指す。

 道中ちらほらと見受けられるリーズ・リザードはこの際無視。

 戦う必要があったとしてもそんな暇はないと言わんばかりにリーズ・リザードの目の前を一気に通り過ぎるのだった。

 モンスターとの戦闘は一定の距離を取ることで逃げることができる。逃げ切るまでの間に攻撃される恐れがあるという問題は残るが、最初から戦うつもりなど無く逃げることを念頭に置いていれば逃げ延びることなどはそれほど難しいことではない。

 何よりも道中見かけたリーズ・リザードの数が多くなかったことも運がよかった。

 ひたすらに戦闘を回避しつつ進む俺たちが次に足を止めたのは周囲の木々や草が不自然な形で折れたり曲がったりしているのが広がっている場所だった。

 この場所で戦闘があったことは明確。そこで気になってくるのは一体何と戦ったのかということ。

 自分たちが戦って感じたことだが、相手がリーズ・リザードだったならばここまで酷い光景にはならないと思う。足元の草木が踏みつぶされるのは仕方ないこととはいえど、周辺の木々が薙ぎ倒される原因は解らないまま。

 後方から近付いてくるグラン・リーズの影に少なからずプレッシャーを感じつつ俺たちは不自然な戦場跡を後にしたのだった。

 そうして走ること数分。

 ヴォルフ大陸最北端の砦が姿を現した。

 砦の作りは先程までいた砦と大して変わらない。違うのは外壁が赤く塗装されていることくらいだ。


「ここでも戦闘があったみたいですね」


 砦自体は無事なもののその周囲にはさっき見つけたのと同じような個所がいくつか確認できた。砦を作る際に出た影響などではなく、それが戦闘の傷跡であることは最早誰に訊ねるまでも無いこと。

 今は砦の中にいるであろうプレイヤーたちの状況が気になるばかりだった。

 戦闘の跡しか残されていないためなのか、砦に近づけば近づくだけリーズ・リザードの姿を見ることは無くなっていた。

 気味が悪い程に静かな場所に俺たちの草木を踏みながら進む足音だけが木霊する。

 そして俺たちは砦の入口となる扉の前で立ち止まった。

 砦に近づけば誰かプレイヤーが出てくるだろうと思い待ってみても一向にプレイヤーが出てくる気配はない。

 この先には誰も居ないのかと疑ってしまいたくなるほどだが、確実に人がいるのだけは疑いようがない事実のはずなのだ。

 でなければ今も俺たちの頭上から大砲の砲門が外に向けらえていく様が見えるはずがないのだから。


「リンドウさんたち無事なんでしょうか?」

「とりあえずは砦に入ってみないことには解らないな」

「だったら入ってみればいいだけのことさ」


 赤く塗られた扉に触れるとその扉は力を加えることなく開く。

 石同士がこすれる音に混じって砦の中のプレイヤーたちの話し声が聞こえてきた。


「……やっぱり人はいる、みたい」

「ですね。でもそれにしては近くに居ないみたいですけど」

「上の方でグラン・リーズを迎え討つ準備をしているんじゃないのかい?」

「だといいんだがな」


 一瞬だけ俺の脳裏を過った不安に眉を顰めつつ呟いていた。


「何がともあれ、ここに居る人に話を聞いてみないとな。俺たちみたいに他の砦から来ているプレイヤーもいるはずだしさ」


 気持ちを切り替えるために明るく告げると俺たちは四人そろって砦の二階部分へと続く階段を上がって行った。

 螺旋階段の道中、外の様子を覗くことのできる小窓からグラン・リーズが迫っている方を見ると、確実にそれは近づいてきていることが分かる。

 いずれこの砦も戦闘に巻き込まれる。いや、既に巻き込まれてはいるのだろう。戦闘前と判断するにしてはこの砦の中に入ってから感じる緊張感は異常なほど高まっているように感じられた。


「何があったんだ?」


 砦の二階に出てムラマサの口から出た第一声がこれだ。

 そこに広がっている様はさながら野戦病院のよう。

 装備を破損させるほどのダメージを負いHPを減らしたプレイヤーたちが意気消沈した有様で地面に座り込んで傷を癒している姿が見受けられた。

 ここが現実ではないおかげで血の匂いなどは無く、純粋にHPの回復を待っているだけのようだが、それにしては装備の破損具合が尋常ではない。


「ユウさん? ムラマサさんも? どうしてここに居るんです?」


 その散々たる有様を横目に知り合いを探していた俺たちに一人のプレイヤーが声を掛けてきた。

 ここで座り込んでいるプレイヤーと同じように防具の端々に傷を刻み込んではいるがまだ元気な口振りは俺にとっては喜ばしい限りだ。


「餡子さんは大丈夫なんですか?」

「は、はい。私はダメージは受けたダメージが少なかったですから」

「……私はってことは誰か大変なの?」

「そ、その…」

「リンドウがね、私たちはシシガミの代わりに戦闘の指揮をしていたんですけど、後ろから狙われてしまって。でも、復活してもう直ぐ戻ってこれるはずなんですけど」

「ボールスか。そういうあんたも無事ってわけじゃないみたいだな」

「これですか? そうですね。前に使っていた防具はさっきの戦闘で壊されてしまいまして、修理するまでは以前使っていたこの防具を使うしかなくなったわけです」


 苦笑交じりでそう言ったボールスの恰好は先のイベントの時に使っていた装備よりも幾つかレベルが低いと思われる装備だった。純粋な性能はまだしもそれに付与された追加効果なんかは完全に劣っている。

 それを使用しなければならなくなったこの状況がこの砦に何か問題が起きたということを雄弁に表していた。


「お待たせしました。回復薬を調達って、あれ? どうしてここにユウさんたちがいるんですか?」

「あ、それ私も聞きたいです」

「シシガミからの連絡では一緒の砦にいたと思うのですが?」


 三人の問いに俺は先程までいた砦が陥落してしまったこと。シシガミとは砦の自爆の後から連絡が取れずにいることと俺たちだけが急いでこの砦に来たことを告げた。

 そしてこの砦にもグラン・リーズが近付いてきていることを。


「そう、ですか。シシガミさんのことですから死んだとしても諦めるようなことはしないと思います。だから、ここに来ていないというのならば何か別の策を練っているのだと」

「オレたちの方からも聞きたいことがあったんだ。どうしてここはこんな有様になってしまっているんだい?」

「それはですね。ここにモンスターの大群が押し寄せてきたからです」

「大群? となると道中戦ったリーズ・リザードマンのことかい? それなら大して問題になりそうな相手では無かったと思うのだけど」

「はい。リーズ・リザードマンだけならば問題にはならなかったと思います。けれどそこにはリザードマンたちを指揮する上位個体、リザードマン・ジェネラルがいたんです」


 リンドウたちの話ではこの砦に現れたリーズ・リザードマンの群れとそれを指揮する五体ものリーズ・リザードマン・ジェネラルによってプレイヤーは傷を負ったということらしい。

 リザードマンの上位個体であるリザードマン・ジェネラルはボスモンスターとして区分される。

 それが五体。

 いくら数多くのプレイヤーがここに居るとはいえ、いや、数多くのプレイヤーがここに居るからこそこの惨状が生まれてしまったのだとリンドウは言っていた。

 連携し慣れていないプレイヤーたちだが個人の実力としては申し分なかったはずなのだ。ボスモンスターであるリーズ・リザードマン・ジェネラルとも果敢に戦いを挑むほどだ、普段の実力を発揮することが出来れば問題なく勝てるはずだった。

 しかし、現実はそう上手くはいかなかった。

 大量のプレイヤーに反してボスモンスターは僅か五体。同じように大量なのは雑魚モンスターのリーズ・リザードマンだけ。

 イベントの功績を求めたのか、戦う相手として強者を求めたのか、どちらにしても必要以上の人員がリーズ・リザードマン・ジェネラルに向かって行ってしまった。

 共に戦いなれないプレイヤーなど自分たちにとっては障害以外の何者でもない。

 相手が巨大なモンスターならばまだ戦い様があったのだろう。しかしリーズ・リザードマン・ジェネラルはプレイヤーよりも頭一つ分体がでかいだけで、その装備の強度が他のリーズ・リザードマンを上回っているだけなのだ。結局互いの動きを阻害し合ってしまい思うように戦闘が出来たプレイヤーの方が少ないというのが実状だったらしい。

 それでも何とか五体ものリーズ・リザードマン・ジェネラルを討伐できた頃にはリンドウたちプレイヤーは当初の戦力の三分の二程度にまで減らされていたということだった。

 生き残ったプレイヤーも装備を破損され、HPを減らし、直ぐには別の戦闘が出来ない者も少なくはないようだ。

 それでリンドウ、ボールス、餡子の三人で最もダメージが多く即座に回復が必要とされたリンドウが街への帰還アイテムを使い戻ることになったのだ。

 そして今、大量のポーションを抱えて砦に戻ってきたということのようだ。


「街への帰還アイテムなんてあったんだな」


 俺の興味はその話に出てきた件のアイテムに向けらえていた。

 驚いたように目を見張り、顔を見合わせるとボールスが自身のストレージから白と黒が斑模倣の羽根を取り出してみせた。


「前に行ったダンジョンでの報酬の一つです。『帰還の羽根』というそのまんまの名称ですが、効果は先程話した通りです。入手の難度が高いのが問題なんですけどね」

「難度ってことはダンジョン内のドロップアイテムではなくダンジョンクリアの報酬か何かなのかい?」

「その通りです。もし興味があるようでしたらこのイベントが終わった暁にでもお教えしますよ」

「いいのかい?」

「大丈夫です。ムラマサさんたちならクリアできると思いますよ」


 帰還の羽根がストレージに仕舞われるのの代わりに今度は大量のポーションが現れた。


「さて、私たちはこれを皆さんに配ってきますね」


 町でポーションを大量購入してきたリンドウに加えボールスも一緒にHPの回復に努めているプレイヤーたちの方へ行ってしまった。

 残された餡子はどこか心細そうにしながらも、


「あ、あの。詳しく教えてくださいませんか? グラン・リーズと戦った時のことを」


 どうやら餡子は情報収集の為に残ったようだ。

 先程の戦闘の説明は俺に比べるとまだ餡子と親しく話すことのできるヒカルとセッカに任せて俺は砦の内部を見て回ることにした。

 砦の構造自体は先程までの砦と大差ない。やはり外壁の色くらいしか違いはないらしい。

 置かれている設備も大砲にバリスタに投石器。

 先ほど投石機があまり活躍していなかったのは、その射程が問題になったから。

 火薬を使って撃ち出される大砲の弾やバリスタの矢に比べ、反動で撃ち出す投石器というものはどうしても距離が稼げないということになる。ある程度の距離まで近づかれた時用の設備なのかもしれないが、先程はその前にブレスを受け投石器自体が破壊されてしまったし、僅かに残ったそれも砦の自爆に巻き込まれ木片と化しているはずだ。

 実際に使われることが無かったためにその威力の程は不明だが、投石器の威力が群を抜いて高いというはずもない。

 大砲とバリスタがこちらに用意された最大の戦力であることは間違いのだ。

 先の戦闘と同じことを繰り返しても意味はない。

 こちらの砦では先に同時に出現するモンスターの一部を倒せたことがいい感じに働けばいいのだが。


「ここでのオレたちはどう動くべきかな」

「ムラマサでも決めかねているのか?」

「先の戦いを思い出すとね。砦の設備だけで十分なダメージを与えられているとは思えないし、かと言ってモンスターの接近も無視は出来ないからね」

「けどそれじゃさっきと同じになるんじゃないか? またブレスを吐かれるとこの砦が耐えられるのは二発まで。三発喰らえば確実に全壊する」

「また自爆させるとしても今回も成功する保証もない、か」


 そもそも先程の自爆攻撃はシシガミの機転によるところが大きい。爆発のタイミング含め、回避のタイミングまでもシシガミの指示によって成功したのだろう。

 何よりも自爆を念頭にして動くのでは駄目だ。自爆しなくてもいいように攻撃するのが基本だろうに。


「ん? どうやら来たようだね」


 砦の中が慌ただしくなる。

 砦の小窓から外を見るとグラン・リーズがこちらの攻撃範囲に入る直前といった様子だった。

 小走りで皆のいる場所に戻ってすぐに俺たちを見つけたリンドウとボールスが声を掛けてきた。


「ユウ、ムラマサ、ここにいたんですね」

「ヒカルさんとセッカさんと一緒になって二人には砦からの砲撃をお願いしたいのですが」

「別に構わないけど、いいのかい?」

「先程の話にもあったようにグラン・リーズの接近に伴ってモンスターの出現が確認されたということでしょうか?」

「ああ。モンスターの対処はどうするつもりなんだい?」

「それは先程リザードマンたちと戦って活躍を見せたプレイヤーたちにお願いしようと思います。ですからユウさんたちには前の砦の時とは違う視点で見て欲しいのです」

「そういうことなら喜んでそうさせてもらうとするよ」

「ヒカルさんとセッカさんには先に担当する大砲とバリスタの調整に行ってもらっています。お二人もよろしくお願いしますね」


 ヒカルたちのいる場所を教えられ俺とムラマサは急いで砦の三階へと向かった。

 忙しそうに大砲の弾とバリスタの矢を用意している二人と合流し戦闘準備に入る。

 大砲の隣に木箱に入れた大砲の弾を、バリスタの横には木樽に入れたバリスタの矢を用意して接近してくるグラン・リーズに照準を定めた。

 二つの武器を担当するのはバリスタが俺で大砲がセッカ。

 射撃と魔法という遠距離攻撃を行った経験のあるメンバーがそれを担い、残るヒカルとムラマサにはスムーズに次弾装填できるようにと手伝ってくれることになっている。

 先走ったどこかのプレイヤーが撃ち出した大砲の弾の破裂音が轟く。

 この砦にいるプレイヤーにとっては最初の、俺たちにとっては二度目となる戦いが幕を開けた瞬間だった。



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