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動く、山 ♯.6

 リーズ・ウォークとの戦闘を数多く繰り返していくと次第にその戦い様というものを理解してより効率的に討伐できるようになっていった。

 たいしたダメージを受けること無くさくさくと倒すこと数十体。

 自分たちの近くにいるリーズ・ウォークが粗方いなくなったことで俺たちはようやく一息つくことができたのだった。


「随分と近付いてきたように見えるね」


 刀を鞘に戻し多少減ってしまったHPをポーションで回復させていくムラマサがグラン・リーズを見て複雑そうに深く呟いていた。

 グラン・リーズが一歩一歩進む度に地面が揺れる。

 その全貌とまではいかないのものその姿の大半が見え始めた頃。グラン・リーズはその龍の咢を大きく開いた。

 それが先程と同じブレス攻撃の予兆であると気付くよりも早く、グラン・リーズの口から先程と同程度の威力のブレスが吐き出される。

 ある程度の距離を保ってリーズ・ウォークと戦っていた俺たちですら立っていられないような衝撃が辺り一面に広がった。

 薙ぎ倒される木々。

 巻き上がる大地。

 まるで怪獣映画かと見紛う光景が僅か数メートル先に広がっているのだった。


「そんな……」


 絶句して呆然と立ち尽くしているヒカルの隣でセッカも俺もムラマサですら同じように立ち尽くしていた。

 圧倒的な暴力。

 それを目の当たりにして自分たちの無力を嘆くことすらできない。それほどまでにグラン・リーズと俺たちの間には埋め難い差というものが存在していた。


「……砦は大丈夫なの?」


 砲撃を続けていたプレイヤーを心配するセッカに俺は何と返したらいいのか迷っていた。

 気軽に無事だと伝えるには砦の現状は悲惨なものに成り果てていたのだ。


「大丈夫…なはずさ。砦はまだ破壊されきってはいないからね」

「でも、大砲とかバリスタは殆どが使用不可能になっているんですよね」

「そうだね。あの惨状を見る限りそれは疑う余地は無さそうだ」


 ムラマサが言うあの惨状というのは一度目のブレスを受け融解した砦の表面の状態が砦の九割近くまで広がっていること。そしてプレイヤー側最大の戦力となっていた大砲等の設備が軒並み破壊されていることだった。

 今の砦はせいぜい壁として使えるくらい。

 それでもプレイヤーのHPを守り切ったという意味ではその役目を十二分に発揮しているともいえるのか。


『……聞こえ…か? 聞こえる……ら…応答…て…れ……』


 最初キーンという耳障りな音を立てて、ノイズの混じった声が聞こえてきた。

 電波が届き辛い場所からの電話のように途切れ途切れな状態でもその声は紛れもなく俺たちに一瞬の安心感を与えたのだった。


「ユウ、聞こえているね?」

「ああ」

「良かった。みんな無事だったみたいですね」


 シシガミの声は俺たちだけではなくこの砦の近くにいるフレンドでも何でもないプレイヤーも含めた全員に届けられていたようだ。

 よくよく思い返せばその声はフレンド通信を使って届けられたものでは無かった。

 おそらくは無事だった砦の設備の一つを使って声を届けているのだろう。

 そして、フレンドになっていないプレイヤーも含めここに居る全員に対して同時に話しかけなければならない理由など考えられる限り一つしかない。


「……待って、続きがあるみたい」


 セッカが言うようにノイズ混じりのシシガミの音声には続きがあった。

 そしてそれは俺が予測していた中でも最悪に近い内容となっていたのだ。


『申し訳ないが、砦にいるプレイヤーたちと相談した結果、この砦では戦闘の続行が不可能だと判断して放棄することとなった。その際、残存する大砲の弾も含めた火薬の類に一度に火を点け爆発させる。その威力は俺にも予想がつかない、それ故に小型モンスターを担当してくれているプレイヤー諸君は出来る限り急いで退避して貰いたい。自爆の予定時間は今から三分後。それがグラン・リーズの進行速度を考慮して出した時間だ』


 この言葉を皮切りに、リーズ・ウォークと戦っていたプレイヤーは戦闘を中断し一斉に散って行った。

 そして半壊、というよりは全壊に近い状態になってしまっている砦からも大勢のプレイヤーが退出して行っているのが見えた。


「逃げてどうするんですか?」

「次の砦に合流すべきだろうな。全く手応えが感じられなかったとはいえ、この戦闘で得られた情報は有用なはず。だったら俺たちはそれを次の戦場にいるプレイヤーに伝える必要がある。そうだろ?」

「ああ。オレも同感だね」

「……でも、次の砦に知り合い、いるの?」

「あー、どうだろ? バーニたちがいれば…ってそれならフレンド通信すれば済む話だもんなぁ」

「こういう戦闘では共に戦っている全員が味方なんですよね? だったら選り好みしなくてもいいんじゃないんですか?」

「や、それはほら、俺って少しだけ人見知りだから?」

「何を今更……」

「そうは言ってもな。知らない人に声を掛けるのって結構勇気いるだろ」


 呆れるムラマサに何故か大きく頷いているセッカ。ヒカルに至っては俺の言っていることの意味が解らないという顔をしている。


「とにかく、ここが自爆する前に移動しよう。シシガミも言ってるからな、爆発の威力は予想できないってさ」


 いつの間にか近くに見えていた他のプレイヤーたちの姿は消えていた。

 流石はこのイベント戦に参加しているプレイヤーだ。その身体能力も初心者や中級者のそれを軽く超えているようだ。

 全力でグラン・リーズと砦から距離を取ろうと走る今もリーズ・ウォークは沸き続けている。

 一体一体対応していたのでは対比することは不可能。

 戦闘を避けるように蛇行しながら進む俺たちは念のためと武器を鞘に収めることはしなかった。

 例え自分たちに戦うつもりなどなくとも、モンスターはこちらの意思と無関係に襲ってくる。

 その時なす術もなく攻撃を受けるだけでは逃げられるものも逃げられない。

 砦の表面にある融解した跡が確認できなくなるくらいまで俺たちが遠くに離れた頃を見計らったように、グラン・リーズが砦に到着した。

 頭部で砦を壊し、その巨大な足で俺たちが戦場にしていた場所を踏み抜いて行く。

 まさに蹂躙。

 自然災害の如く広がっていくその様を俺たちは離れた所で見ているしかできない。

 そして瓦解していく砦にグラン・リーズが足を踏み入れたその時だった。シシガミの言葉通りに砦で爆発が起こったのだ。

 飛散する砦の破片。

 石の飛礫に木材の欠片。

 そこにプレイヤーがいればひとたまりもないだろう衝撃と熱が一気に周囲を破壊し焼き尽くした。


「グラン・リーズが進行方向を変えましたよ」


 ヒカルが驚き俺たちに告げる。

 砦を全壊させるほどの爆発は俺が予測していなかった効果をグラン・リーズにもたらしていた。


「引き返したってことなのか?」

「みたいだね。そして進行方向には」

「最初に戦場になるはずの最北端の砦がありますね」

「……そこにはリンドウたちがいるよね?」

「そのハズなんだけど……」

「どうかしたのですか?」


 コンソールを操作しながら怪訝な顔をしているムラマサにヒカルが問いかけていた。

 ゆっくりと旋回し、最北端の砦へと向かうグラン・リーズの進行速度を考慮するに砦に到着するまでまだ暫く猶予がある。

 このまま走って移動して、町にある転送ポータルを使うことで先に砦に到着することすら可能だった。


「リンドウに連絡がつかない。リーズ・ウォークと戦っているだけなら話す余裕くらい彼女たちならあるはずなのだけど」


 戸惑い動揺を見せるムラマサにヒカルとセッカは心配そうな視線を向けていた。

 他の三つの砦の様子を知る術はないが、少なくともリンドウたちがいる砦では何かが起こったということにほかならない。

 よりにもよってその将たるシシガミが持ち場を離れた時に、と思ってしまうのと同時に、彼女たちですら対処しきれていないかもしれない状況などそう多くあるはずもないことは容易に想像がついた。

 想像できるが故に戸惑ってしまうのだろう。

 となれば俺たちに出来ることは限られている。

 リンドウたちを無視して町に戻り消費したアイテムの補充や装備の修理をして整えるか、グラン・リーズが進行方向を変えた先の最北端の砦に俺たちも向かうか。


「このまま砦に行こう。転送ポータルを使えば先回りできるとしても、出来るだけ急いだほうがいいはずだ」


 俺が選択したのは砦に向かうこと。

 先の戦闘でいくつかのアイテムを消費したとはいえ戦うには十分な量は残されている。武器や防具の消耗具合もまだ危惧するほどではなかったことからも、三人はその選択に意義を唱えることは無かった。

 町までの道筋は平穏そのもの。

 グラン・リーズが接近したことでモンスターは姿を隠したのか現れることなく大通りではない獣道を使ってショートカットしたというのに小型のモンスターとの戦闘が起こることは無かった。

 町では自爆した砦から逃げ延びたプレイヤーたちが傷を癒している光景がいくつも目撃された。死に戻りを起こして教会で復活したプレイヤーもごく僅かながらいるようでイベントに再び参加しようかどうか迷っている様も同様に見受けられたのだ。

 このイベントがもたらした効果の一つなのだろう。

 町にあるショップはNPC、プレイヤー問わず客足が絶えることなく賑わっており、活気に溢れているようだ。

 ショップと同じように人の列が途絶えていないのは転送ポータルを有する建物。

 別の戦場である残る四つの砦へと向かって行くプレイヤーが次々と転送されていくためか、転送の際に見られる淡い青の光が消えることも無かった。

 そんな連続する転送の光の一つに混ざった俺たちは瞬時に最北端の砦へと移動した。


「グラン・リーズはまだ見えて来てませんね」


 転送され最北端の砦の近くの町に出た俺が抱いた疑問と同じ内容をヒカルは言葉に出していた。

 町の様子はたった今までいた町の様子とそう大差は無い。賑わっているのはどれも戦闘に関係しているショップや施設ばかり。


「しかし、何事も無かったというわけでもないようだ」


 そこにはまるで俺たちが砦を諦め町に戻ることになったのと同じような空気が漂っているのだった。


「……だったら、この感じはどうして?」

「さあな。リンドウと連絡がつかないのと無関係ではないはずだけど」

「砦に行ってみればわかることだろう。オレたちも気を引き締める必要があるようだ」


 どことなく不安を感じつつ俺たちは町の外へと出た。

 町の外、つまり人の気配が薄くなるごとにそれは姿を現し始めた。

 古臭い鎧を纏った長身のプレイヤーくらいの背丈のそれには尻尾がある。頭部は蜥蜴。手に持っているのは刀身が曲がった片手剣。

 俗にいう『リザードマン』という種のモンスターが我が物顔で辺りを闊歩しているのだった。


「一匹か。群れからはぐれた個体なのか、それとも偶然一匹だけが出現したのか。皆はどっちだと思う?」

「……はぐれたって方に一票」

「私もセッカちゃんと一緒です。リーズ・ウォークみたいにこのイベント独自のモンスターだと思いますから」

「ユウはどう思う? ユウも二人と同じ意見なのかい?」

「そうだな。俺もはぐれた個体だと思う。問題はそのはぐれた理由だけど」

「リンドウたち、この先の砦にいるプレイヤーの攻撃に晒された結果だと考えるのが妥当なのだろうけどね」

「確証はない、か」

「その通りさ」


 何かを嗅ぎ回るような素振りで歩き回るリザードマンの一体を注意深く観察しながら俺たちは会話を続ける。

 わざわざあのリザードマンと戦う必要はないのだろう。

 しかしこの先で起きている何かの原因の一つかもしれないそれを無視することは俺には出来なかった。


「戦うつもりなのかい?」

「まあね。そんな時間は無いのかもしれないけどさ」

「何か気になっていることがあるんですね」

「リーズ・ウォークというよりもグラン・リーズと関係がありそうだってことなのだろう?」

「確認すること自体はそう難しくないはずだ」

「……戦ってみればいいだけ」


 その通りと言わんばかりに俺は頷いてみせる。

 そしてリザードマンがこちらに気付くよりも早く俺は銃形態の剣銃の銃口を向けた。

 表示されるのは『リーズ・リザードマン』という名と一本のHPバー。

 今の所ただのモンスターであることは明らか。しかし、不思議と何か小さな違和感を拭い切れずにいた。

 撃ち出される弾丸はリーズ・リザードマンの鎧の無い露出した右腕に命中した。

 僅かに減少するHPは先程のリーズ・ウォークに比べると少ない。どうやら全身を覆っている鱗が天然の鎧となって弾丸の威力を削いでいるようだ。

 俺が放った最初の一発を合図にしてリーズ・リザードマンとの戦闘が始まった。

 リーズ・リザードマンの性能はリーズ・ウォークに比べると特質的なものは見受けられなかった。その分意識を向けずにはいられなかったのはその戦い方。戦法でも戦術でもない。純粋な体の動かし方がプレイヤーのそれに酷似しているのだ。

 素人剣術丸出しの動きはゲームを始めたばかりのプレイヤーのようと感じる最中、俺が思い出していたのは共に戦ったNPCのこと。

 プレイヤーに比べると少しだけ動きが滑らかだったそれらは敵として向かい合うとこのようなのかもしれない。

 そして動きがプレイヤーと似ていると感じるからこそ戦い辛いそう思わせるのかもしれない。

 一対四という数にものを言わせ安全に且つ迅速に勝利を収めた俺たちは他にリーズ・リザードマンがいないかどうか一通り警戒を向けたがそれは杞憂に終わった。


「……これが理由なのかな?」


 セッカの戸惑いは解る。

 リーズ・リザードマン自体の動きがプレイヤー然としているだけで個体としては大した強さは感じられない。

 それが何体か同時に現れたからと言っていくつものプレイヤーとの戦闘経験があるリンドウたちが簡単に遅れを取るとは思えないのだ。

 疑問の答えが出ないまま、俺は咄嗟に振り返った。

 グラン・リーズがその姿を現したのだ。



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