はじまりの町 ♯.17
三十個近くになる昆虫型モンスター素材に石像の金塊が三つ、それによく分からない鉱石が一つ。それが岩山と砂漠で得た戦利品だ。
俺とハル、それにライラとフーカという四人で行った狩りは無事に成功を収めたのだが、三人とは砂漠を抜け岩山に戻り、町の近くまで来たときに別れた。
一人町に戻ってきた俺は真っ先にNPCショップを目指すことにした。
目的は言わずもがな、自分専用の工房を手に入れることだ。
十字路を抜けた先で見つけたのは小さなNPCショップ。どこでも手続きが出来ると言われたのだが、こんな町の駄菓子屋みたいな店でも大丈夫だろうかと心配になってくる。
「誰かいるか」
ドアを開け、中を覗くとそこに広がっていたのは複数の机とその上に置かれた怪しい品の数々。
一瞬入ることを躊躇する俺を呼びとめる声が聞こえてくる。
「なにか用かい?」
店の奥から現れたのは腰から下だけのエプロンを付けた割腹の良い女性NPCだった。
「一つ聞きたいのだが、工房の契約ってのはここでも出来るのか?」
NPCとはいえ自分よりずっと年上に見える女性NPCに思わずかしこまった口調になっていた。
「ああ、出来るよ。借りるなら一月五万、買うなら二十万だよ」
「……二十万」
ハルから言われていた通りの価格にほっと一安心し、俺は先にするべきことを思い出した。
「悪いけど、先にこれを買い取ってもらえるか?」
「あいよ」
持っているアイテム類を買い取ってもらうために一つ一つ渡していく。
「全部で二十一万三千Cだよ。どうするんだい?」
「わかった。それで頼む」
表示された金額に納得し了承したことで俺のストレージからアイテムは消失し、所持金が一気に増えた。
元々持っていた分と合わせて約二十二万が俺の工房購入資金だ。
「それじゃ工房を売ってくれ」
「二十万だよ」
元々借りるつもりなどない俺は迷うことなく指定されている金額を支払った。
折角増やした所持金が僅か数秒で元に戻ってしまった。
「場所はどうするんだい」
代金を払ったことで全て終わった気になっていた俺に思いもよらない言葉が掛けられる。
「自分で決められるのか?」
「そりゃそうさ。空いているトコなら好きに決めればいいよ」
そう言って見せてきたのは町の地図。
殆どは暗く書かれているが、脇道に沿うようにある幾つかの建物が赤く塗られている。
「赤いのがまだ決まってない場所だから、その中から好きなトコを選んでおくれ」
四方に別たれた町の構造ではそれぞれが外のエリアに対応した建物を多く建造しているようだ。
鉱石を多く使う鍛冶をメインにした工房を建てようとしている俺は北の岩山エリアが近い場所がいいのだろう。
「ここにするよ」
地図に表示されている赤い建物を指差して告げる。
俺は人通りの多い表通りを避け、裏通りを選んだ。何故わざわざ人通りの少ない場所を選んだのかと問われれば、商売をする訳でもないので一人で作業に集中するなら静かな方がいいという理由だった。
「道具はあるのかい?」
念願の工房を手に入れ満足気な俺に女性NPCが聞いてきた。
「……は?」
工房には立派な設備とまではいかなくても基本的なものはデフォルトで付いているものだと思っていた。
「道具を買わないと何も作れやしないよ。お前さんにはなにが必要なんだい?」
「炉と作業机、それに基本的な工具全部だ」
「それなら、一番安い炉と机合わせて一万六千だね。一緒に買うなら工具はサービスしてやるよ」
まるで俺の所持金を把握しているのかと疑ってしまいそうになる金額だ。それでも道具が無ければ何も出来ないことは明白。仕方ないと思い、炉と作業机を購入すると、俺の所持金は狩りに行く前よりも減ってしまっていた。
「これがお前さんの工房の鍵だよ」
手渡された鍵は銅製のいかにもファンタジー世界に出てくるような形をしている。
普段現実世界で使っている家の鍵なんかよりも大きい工房の鍵は実際に持ち歩くことないゲームではないと不便だったろう。
「まいどあり」
購入した炉や作業机にサービスで貰った工具の数々は俺のストレージに収納されるわけではなく、自動で俺の工房に送られるようだ。
NPCショップを出て俺は自分が購入した工房を目指した。
石造りの建造物に囲まれた小さな建物。
木製のドアと透明なガラスが貼られた窓が一つ。熱気が籠りそうな外観に、俺はゲームの中の季節が夏では無くて良かったと思う。
掛けられている鍵を解錠し、工房のドアを開ける。
工房の中には小さめの炉が中心に、壁際には作業机が置かれ、作業机の上には金槌やペンチなどの工具が所狭しと並んでいる。
「おお!」
思わず感嘆の声が漏れた。
一番低いランクの設備と聞いてそこまで期待していなかったのだが、視界に映る工房は立派な雰囲気を醸し出している。
さっそく炉に火を入れてみた。
メラメラと燃え始めた炉から立ち込める煙は外に繋がっている煙突を通り空へと抜ける。
暖炉で燃える炎のように、揺らめく炉の炎もまた見ているだけで心を落ち着かせるようだ。
「さて、と」
鍛冶をするにはまずインゴットを手に入れる必要がある。
どこかで買うにしても、鉱石から作り出すにしても、工房を買ったばかりの俺には先立つものが無い。
今から岩山に鉱石を採りに行くことも考えたが、壁側に置かれた柱時計が指す時間を見て止めた。
熱中していて分からなかったのだが、現実の時間は昼の一時近くになっている。朝の十時にログインしてからずっと休みなくプレイし続けていたのだから休憩をとるべきだろう。
ゲームの中にいては空腹を感じることはないが、時間的に見ても昼食を取るべき時間になっていることは間違いない。
炉にくべられた炎を消し、俺はログアウトすることにした。
エリアで抜けた昨日とは違い、個人の持ち物になっている工房では安心してログアウトすることが出来る。
これも工房を買った利点の一つだと思いながら、俺の意識はユウから離れた。
現実に戻った俺はまず頭に被っていたHMDを外し、固まっていた体を伸ばす。
軽く肩を回してみたり、背筋を伸ばしたりしていると次第に自分が空腹だということに気付いた。
部屋を出て台所に向かい冷蔵庫を開けると呆然となった。冷蔵庫の中に入っているのは飲み物と夕食用の下拵えを済ましたなにか。昼食に出来そうなものは何ひとつない。
落胆の色を隠すこともせずにリビングに置かれたテーブルに視線を向けるとなにかメモ用紙のようなものが置かれていた。
『声を掛けても返事が無かったので出掛けます。昼は自分でどうにかしてね。母より』
ゲームに熱中して昼食の時間を忘れていた俺も悪いが、息子のために何も用意もせずに出かけるのもどうなんだろう。
自分でなにか作ろうとしても材料すら残っていない。
溜め息を吐きつつ俺は外に何か食べに出ることにした。
「……暑」
夏が間近まで迫っている今の季節、昼間の外は熱気に覆われている。
自然と垂れてくる汗を拭いながら、俺はゲームで火の入った炉のある工房にいた時を思い出していた。
この暑さでは遠出をする気にはなれない。
家から近く涼しくなれる場所を考え、近くのハンバーガーショップに向かうことを決めた。
ハンバーガーショップに着くと直ぐに、出来るだけ量のあるセットを注文して空いている席を探した。
空いていたのは一人用のテーブルだけ。まあ俺は一人だからそれで十分かと思い座って待っていると、ものの数分で注文した品が出来あがり届けられた。
「いただきます」
包装紙を外して一口齧り付くと口の中に肉汁が広がった。
汗をかいているからだろうか、少し濃いめの味付けがとても美味しく感じる。
出来たてで熱々にもかかわらず、俺は瞬く間に一つを食べ切ってしまった。
「……ふぅ」
大きめの氷が入ったコーラを飲み、一息つくと俺はポケットから携帯を取り出した。
ハルに言われたように自分で調べられることは自分で調べようと思い【ARMS・ONLINE】の攻略サイトを検索してみたのだ。
表示されるサイトがいくつもあるせいか、どれを見ればいいのか分からない。
元々何かを調べるつもりで検索した訳でもないのでアクセス数順に表示される膨大な情報量は逆に困ってしまう。
「まあ、なにかあったらその時でいいかな」
携帯を片付け、残っているハンバーガーに手をつける。
二つ目も瞬く間に食べ終え、一緒に買ったフライドポテトも残り僅かになっていた。
店に来て食べ終えるまでにかかった時間は三十分程度。短いようにも思えたがゲームに集中して微かに疲れてた気分をリフレッシュさせるには十分な時間だった。
ゴミを捨て、トレイを片付けて店を出ると再び外気に晒され、熱気が押し寄せてくる。
「もうひと頑張りするか」
不意に外出する事になった昼食は鋭気を養うのに思いがけずも役立った。
頭の中はどのようなインゴットを造り、どのように剣銃を強化させるかで一杯になっていた。