幕間 帰還。そして、
ヴォルフ大陸にて俺たちの拠点となっているログハウスにバーニとローズニクスが来た理由は単純。事の成り行きの全てを説明する為だった。
キメラ・バーサークとのレイド戦が終わったあとにしたフレンド通信で告げられた提案を俺は呑んだ。
そして聞いたのだ。
バーニからは獣闘祭の結末を。
ローズニクスからはシストバーンとの領主の跡目争いの結末を。
簡単に纏めるとこうだ。
獣闘祭は俺たちが棄権したことによりシシガミのパーティの優勝。当然のように優勝賞金は彼らのもとに。跡目争いは競い合っていたシストバーンが死んだことにより半ば自動的にローズニクスがその椅子に座ることになった。
これだけならシシガミと話していた通り、ある意味予想通りでしかなく、わざわざ当事者と顔を突き合わせて話を聞こうとは思わなかっただろう。しかし俺が面と向かって話をすると決めたのはローズニクスの一言がきっかけだった。
何か欲しい報酬は無いか?
それは獣闘祭の準優勝者にしてバーニのクエスト達成の立役者でありキメラ・バーサークとなったシストバーンを討伐した者に対する褒美とのことだった。
似たような立場であるシシガミにも独自に褒美を用意したいということも話していたことを知るムラマサたちだからこそあの場にシシガミを呼んだのだと思う。
そして今日。
バーニを通してローズニクスから連絡があった。その内容は準備が整ったとのことらしい。
「ここで間違いないんですよね?」
隣に並ぶヒカルが不安そうな声を上げている。それもそのはず。バーニ、というかローズニクスに呼び出されたのは何とも寂びれた倉庫だった。
長い時間をかけて雨が金属製の壁を所々錆びらせて、窓ガラスには無数のヒビ。廃墟と見紛うくらいの建物の前で俺たちは静かに目的の人が現れるのを待ち続けていた。
キィっと耳障りな音を立てて倉庫の扉が開く。
明かりの無い奥から顔を覗かせたのはローズニクス本人だった。
「お待たせしました。準備が整いましたのでこちらに来てください」
俺たちを倉庫の中に招き入れたローズニクスは動きやすいようにいつもとは違う軽装をしていた。子供服と言ってしまうと怒るだろうが、今ローズニクスが纏っているそれは明らかに市井の人々が纏うそれに近く、以前目にした過度な装飾が施されたドレスとは雲泥の差だった。
「ご所望の品はこの先です」
ローズニクスを先頭に俺たちは倉庫のなかを進んでいく。
外から見た時は廃墟のようだと思っていたが、中に入ると殊の外手入れは行き届いており、今なお現役で使われている倉庫なのだと知ることができた。
「ここにある道具はどれもレア度が高そうだね」
「そうだな。俺も見た事のないものばかりだ」
「……でも、殆どが美術品みたいだよ」
「実用的なものは少なそうですよね」
歩く最中に俺たちは目についたアイテムについて思い思いに話していた。
無造作に置かれているそれらは確かに見たことの無いアイテムばかりで、そのどれもが一級品の風格がある物ばかりだが、それがプレイヤーである俺たちにとって実用的であるかとなると話は別だった。
使い方としてはギルドホームなどを自由に模様替えする時に使うインテリア。飾っておくだけで何らかの効果をもたらすものもあるのかもしれないが、それがどれなのかは解らない。見た限りではここにあるアイテムの殆どが高級な装飾品や美術品であるとしか言えないのが悔しいところだ。
「この先にあるようです」
何やらメモ用紙のようなものを見ながらガサゴソとアイテムの置かれた一角を漁るローズニクスを俺たちは黙って見続けた。
それは何も手伝わないと心に強く誓ったわけでもなく、単純に自分の所有物ではないアイテム、それもある程度の価値があるアイテムには一種のセキュリティのようなものが施されており、勝手に動かそうとすれば何かしらのペナルティが下るという現実から手を出せないだけなのだ。
他人の所有物の盗難防止の為にあるシステムだが、四人のプレイヤーが埃塗れになりながらも懸命にアイテムを探し続ける一人の幼女を見守りつつけるというのは確実に外聞が良くない。
ここにシシガミたちが居なくてよかったと思うしかないのが辛い所であり、早く見つけ出してくれと願うばかりなのだ。
「ありました!」
いくつかのアイテムを退かしてローズニクスが引きずって取り出したのは丸い水晶が中に嵌め込まれた石柱のようなもの。
大概の街に置かれ、日夜多くのプレイヤーが利用するそれこそが転送ポータル。俺たちがローズニクスにこの一連の騒ぎの報酬として要求したものだった。
「これで間違いないですか?」
「ああ。間違いないよ」
ムラマサが転送ポータルの説明文をコンソールを出現させて確認し、返事をしていた。
「でも、本当にいいんですか? これって優勝賞金よりも高くついたんじゃ」
「それは大丈夫だと、現領主の了解も得てきました。何より旧式過ぎて街では使えないようなのです」
そう。これは一般的な転送ポータルとは違う。ギルドホールで販売されているそれとも違う。ある一定の機能に制限させられた、廉価版とでも呼ぶべき転送ポータルだった。
「確か、使用するには予め登録しておいたギルドのメンバーか、ギルドのゲストとして登録されている人しか使えないんだったな」
「そして、転送できるのは設置したギルドが持つ施設とその施設がある大陸の指定した町にある転送ポータルでのみ。自由にどの町にも行けるというわけではない。これで合っているかい?」
「はい。これはギルドポータルというものを作る際に出来た、云わば試作品、らしいです」
つまりは大陸間を移動しようとするのならば、その両方にギルド施設が必要となるということらしい。
現時点で俺たちがこの転送ポータルをギルドホームに設置したとして行けるのは中央大陸であるグラゴニスと今いるヴォルフ大陸だけということになる。
「充分だ。俺たちの願いは元の家に戻ることだったからさ」
そうして受け取った転送ポータルは代表して俺のストレージに入れておくことになった。
ローズニクスを町まで送り届け別れると、急いでログハウスに戻り、転送ポータルの設置場所を決めるための相談が行われた。
最初は誰もが通る一階のリビングに置こうかという話にもなったのだが、結局はログハウスの後ろに小部屋を増設することにしてそこに設置することになった。
増設にはギルドポータルを買おうとして結局使わなくなった資金の一部を宛てがって、数時間の後にそれは完成した。
転送ポータルの使用者として俺たちのギルドが登録されている。
淡い光に包まれてギルドホームに帰還が叶ったのは俺たちがヴォルフ大陸に足を踏み入れて現実の時間で約ひと月が経とうとしていた頃だった。
「おお、懐かしき我がギルドホームよ」
転送を経てそんな第一声を発したのはムラマサ。
「ムラマサさんはここに来るの初めてじゃありませんでしたっけ?」
「……それに、ちょっと大袈裟」
「皆の気持ちを代弁したつもりだったのだけどね。駄目だったかい?」
明るく首を傾げるムラマサに俺は意外にも彼女にこんな一面があるのかと思っていただけだったのだが、ヒカルとセッカは口を揃えて、
「駄目じゃないですけど、変です」
「……ちょっと変」
と言っていた。
「それにしてもたった一月戻らなかっただけでこれか」
俺たちが転送ポータルを使い戻ってきたギルドホームの場所は使わない素材アイテムを貯蓄している倉庫。ゲームだから埃臭いとまではいかなかったものの管理の手が離れた事でいくつかの素材アイテムは使用不可状態になってしまっていた。
だがそれだけならまだいい。
問題は窓の向こうに眼下に見える光景の方。
綺麗に手入れされていた薬草畑には雑草が生い茂り、それ以外の育てていた植物の畑の殆どが全滅に近い。唯一無事だったのは状態異常回復薬の元になる毒草の類くらい。
「……気を落とさないで」
「ん? 大丈夫さ。畑を復元するのは手間だが出来ないことじゃないさ」
雑草を刈り取り、新たに種を植え直す。使えなくなった素材アイテムを廃棄して使えるものを選別していく。
やることは沢山ある。ありはするのだが。
「しかしここを復元したとしても、また同じことになるんじゃないのかい?」
「そうですよ。これからまたヴォルフ大陸に行くんですよね」
「……輝石まだ見つけていない」
「それに向こうの畑も管理できなくなる、よな」
一人で二つの拠点を管理するなど困難の極みだ。どちらか一つに統合すればまだどうにかなるかもしれないが、生憎と畑の面積を広げられるほど土地を持っているわけじゃない。それに一度作り上げた畑を放棄してしまうのは勿体ないと感じてしまうのは無理はないだろう。
二兎を追う者は一兎をも得ずともいうが折角作り上げた二つの畑だ。無駄にしたくはないと思うのは当然のことのはず。
「いい方法がありますよ」
見た限り埃などは無くともそこは一月離れた家屋、掃除したいと考えるのもまた当然の事だろう。一人一人がそれぞれの部屋を分担して掃除する前に全員が使うロビーを掃除し始めたのだった。
はたきやぞうきんを持って見えない汚れを取り除いている中でおもむろにヒカルが告げた。
「前に友達から聞いたんですけど、ギルドを作ったならその運営にNPCを雇うこともできるそうなんです」
「オレも聞いたことがあるよ。雇う条件は様々だけど、結構有能らしいね。店番のようなことを頼んでいる人もいるみたいだし」
「……探してみる?」
「そうだな。それもいいかもしれないな。掃除が終わったらって、どこに行けば探せるんだ?」
「こういうのはやっぱりギルド会館に行ってみるのが一番いいんじゃないかな」
畑を整えることは後回しにして、掃除を手早く終わらせると俺たちはギルド会館へと向かった。
変わらぬ喧噪と活気に溢れるウィザスターを懐かしく思い、同時にこれまでいた町のことを思い出していた。そこもまたここと同じように賑やかしい場所であったのだが、大きく違うことが一つあった。それはそこに居るプレイヤーとNPCの種族。四種族全てが入り乱れているウィザスターに比べ昨日までいた町は獣人族しかいなかった。
始めは何となく物足りなく思ったことでもあったが、その大陸の特色なのだと気付くとそれはそれで楽しめた。
「いらっしゃいませ」
ギルド会館の扉を開けた瞬間、ギルド職員の女性NPCが会館に入ってくるプレイヤーを出迎えていた。
「本日のご用件は何でしょう?」
「えっと、俺たちのギルドで人を雇いたいんだけど」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
職員の女性NPCに案内されるまま会館の奥へと進むとそこに居たのは五十代くらいの男性。注視してみてもその頭上にHPバーが表示されないことからプレイヤーではなくNPCなのだと解る。
俺たちのギルドの従業員となるNPCを雇うための手続きは想像していたよりも簡単だった。
毎月払う給与がある程度あらかじめ設定されていて、それがいくつかのランクに分かれていた。最上級ともなれば支払う給与もそれなりだったが、ギルドを作れるくらいまでプレイを進めた一般的なプレイヤーが雇うNPCならばだいたい二、三回エリアに出てモンスターを狩り得た素材をを売却した額で事足りる額だったのは運営側の配慮なのだろう。
俺は畑とギルドホームの管理を任せたいだけなので店番を頼んだりするのとは違う技能が必要とされる。プレイヤーならば≪農業≫や≪清掃≫などとスキルのように表示されるのだろうけど、NPCにはスキルは無い。だからこそこれらの項目は雇う以前に予めこちらの要望として伝えておく必要があった。
そうして選出されたNPCの中から自分が支払える額の給与分を考慮してさらに絞り込み、最終的に二人のNPCを雇うことに決めた。ついでに言うなら俺以外のギルドメンバーが全員女性だということもあって雇ったNPCも二人とも女性にした。
そうしてギルド会館のロビーで二人のNPCを待っている間にもう一つこの場でしておくことを思い出していた。それはギルドホームの増設。転送ポータルの為にログハウスを増設したように、ギルドホームも増設する必要があるのだった。何より雇ったNPCたちが使う部屋も必要になるので増設する範囲はログハウス以上になる。今回の増設分の資金はギルドホームに貯えられていた金額だけで賄えたのだから俺たちの懐が痛むことは無かったのだが。
「お待たせしました」
ギルドホームの増設の手続きを終えて待っていると、先程俺たちを担当したギルドの職員が二人のNPCを引き連れてやってきた。
一人目のNPCは薄い青の髪を肩の辺りで短く切り揃え、眼鏡をかけた人族の女性。背の高さは俺よりも少し低いくらいで、これがプレイヤーが作り上げたキャラクターならば美人だと称されるであろうことは簡単に想像することができた。
二人目も同じ人族の女性NPCで髪の色は薄い赤、というよりもピンクに近く背中まで伸ばした髪が太陽の光に照らされ綺麗に光っている。目が大きく活発そうな顔つきは同じ空間に居るだけでこちらまでも明るくしてくれそうな印象を与えてくる。
雇うための条件を決めたのは俺の意見による所が大きいが、その実、彼女たちの選出に対してより多くの意見を取り入れたのは俺以外の仲間たちのものだった。俺とすれば与えられた仕事さえしっかりとしてくれれば何も問題ないのだが、ヒカルたちにとっては外見以外にもその性格が大きく選出基準となるらしい。
幸いなのはギルド会館側に提示された資料には簡単な性格とバストアップの画像が添付されていたことか。
などと考えている俺をよそに、ヒカルたちはギルド職員に連れられてきたNPCずっと見つめ続けている。見つめられてバツの悪そうな素振りを見せる二人のNPCを庇うようにギルド職員がそっと前に出る。
「こちらがあなた方のギルドのお手伝いをさせて戴くことになる――」
「ベリーです。よろしくね」
「キウイと申します」
青い髪の方がベリーで赤い髪の方がキウイ。
キウイは微かに人見知りの気があるのか若干声が小さいもののこちらが気にするほどではないようだ。その反面ベリーは人懐っこいのかニコニコと笑い手を振ってくるのだった。
「あのさ、先に聞いておきたいんだけどさ。私達ができるのは農業くらいなんだけど、それでもいいの?」
少し申し訳なさそうにベリーが問いかけてきた。
「構わない。俺が欲しいのは俺の畑の管理をしてくれる人材だし」
「たまには私たちのお茶の相手になってくれると嬉しいのですけど」
「それくらいなら別に構いませんよ」
「……なら問題ない」
「というわけだ。他に聞きたいことはあるのかい?」
「いえ。それなら全身全霊を持って務めさせて戴きます」
納得したのかベリーは自信たっぷりに胸を張り、その後ろでキウイも慌てたように頭を下げているのだった。
人付き合いは俺よりもヒカルとセッカの方が上手い。さっそくベリーとキウイと何やら話し込んでいるようだ。
「さて、給料とかは契約通りでいくつもりなんだけど、畑で育てる植物の種類が増えたり畑自体の大きさが広くなったりした場合はどうすればいいんだ?」
「その場合は彼女たちに相談してください」
「それでいいのか?」
「はい。しかし待遇があまりにも悪いなどの不備が報告された場合は強制的に契約が中断されることもありますのでご注意を」
「当然ペナルティもあるんだろうな」
「はい。お聞きになりますか?」
「いや、いいや。粗悪な待遇にするつもりはないからさ」
「そのようにお願い申し上げます」
深々と頭を下げるギルド職員の様はまさしく俺が雇ったベリーとキウイの上司然としていてどことなく好感が持てた。
多分、俺たちの元に来ると決まるまでにも甲斐甲斐しく世話を焼いたのだろう。
ゲームの設定であり実際にそのようなことが成されていたかなど解らないというのに、俺はそう思わずにはいられなかった。
「あ、それと、一応聴いておくけどさ、二人とも他の種族に対して偏見とかは持っていないよな?」
忘れていた大事な事を訊ねてみる。
ベリーもキウイも俺の質問の意図が分かっていないのか、可愛らしく首を傾げるだけだった。
俺たちがギルド会館から戻ってくる頃には既にギルドホームの増設が終了していた。
「やっぱりゲームだな。増設の速度が異常だ」
「そのお陰でこうしてここに居られるのだから感謝しないといけないね」
「ま、それもそうか」
増設を終えたギルドホームは見て解るほどに変化していた。
具体的に言うと屋敷が一回り大きくなり、庭にある畑が真っ新な状態へとなっている。駄目になった薬草の類の処理を代わりにしてくれたと思えばそんなに悪い気はしなかったが、まさか無事だった毒草の類まで綺麗にされてしまっているとは。
貴重な植物ではないからまだいいが、次にまた増設をする機会があればその時は予め全ての植物を収穫しておく必要がありそうだ。
「ここが私たちの勤め先なんですね」
「あら? 気に入ったのキウイちゃん」
「え、あ、その」
「気に入ってくれたのなら嬉しいです。ここにはお二人のお部屋も準備してあるんですよ」
「私たちの部屋?」
「ということは私達はここに住み込みになるということなのですか?」
「ああ、そういえば、言ってなかったか。ここの立地が関係しているんだけどさ、ここに二人が通うのは大変だっただろう?」
「まあ、それはそうですけど」
「安全面も考慮するのは雇い主の務めってやつさ。勿論無理強いはするつもりはないし、嫌なら使わなくたって構わない。後で案内するけど、転送ポータルを使えば簡単に町に戻ることはできるはずだからさ。多分」
いまいち自信が無かったのはそれが使えるという保証がされていないからだった。むしろヴォルフ大陸では使えないと言われたような気がするのだ。
「転送ポータルですか。使うには高いお金を払わないといけないんですよね?」
「……え? そうなの?」
「はい。だから普段は使うことはありませんし、使えるのはよっぽどのお金持ちくらいなんです」
「あー、それは個人所有の物も含まれるのか?」
「転送ポータルを個人で所有しているなんて聞いたことありませんけど」
キウイの申し訳なさそうな一言に俺は驚きを隠せなかった。
正直これ程時間が過ぎれば少なくはない数のギルドが個人所有の転送ポータルを所有していてもおかしくはない。むしろしていて当然だとも思っていたのだが。
「向こうからこっちに来るのには町の転送ポータルを使うことになるんだけど、それも有料なのかい?」
「えっと、先にギルド会館に届け出を出していれば大丈夫なはずですけど」
「それなら気兼ねなく使ってくれればいいさ」
目を丸くしている二人を転送ポータルのある部屋へ案内しながらそう説明を施していくムラマサはさながらベリーとキウイの反応を楽しんでいる気配があった。
「到着だ」
転送ポータルを設置するために増設された部屋の扉を開ける。
そこにはヴォルフ大陸で入手したそれが全く同じ形で鎮座しているのだった。
手を翳すと転送先の一覧がコンソールに浮かび上がる。
現時点ではヴォルフ大陸にあるログハウスとウィザスターという名の町の二つだけ。ログハウスから見ればこのギルドホームとヴォルフ大陸で活動の中心となる町ラハムの二つが表示されていることだろう。
「問題なく機能しているみたいだな」
「本当に個人で持っているんですね」
「嘘だと思っていたのかい?」
「そのような人は見たことがありませんでしたから」
「……どう?」
「凄いです」
「これで通うことは出来るのは理解してくれたな。次に見てもらうのは二人に使ってもらう部屋なんだけど、どうする? 相部屋の方がいいなら家具を移動するけど」
増設の際に追加した部屋は転送ポータルを設置するものを除いて三つ。ヴォルフ大陸でギルドに加わったムラマサの部屋と雇ったNPC二人それぞれの部屋だった。
内装も広さも同一のそれは相部屋にするには若干狭さを感じるが不便というほどではない。家具の移動は面倒だとも思うが、どうしてもと言われれば仕方ないと納得できることでもあった。
「一人一人の部屋があるんですか?」
「ん? ギルド会館でそう言わなかったか?」
「いえ…その…」
「それも真実だとは思えなかったと」
「ごめんなさいね」
「構わないさ。直接見て貰えば済む話だからね」
転送ポータルが正常に機能していることを確認し終えると俺たちはベリーとキウイをそれぞれの部屋に案内することにした。
階段を上り二階にいくと、その先、太陽の光が窓から差し込んでくる廊下を進み、隣り合う二つの部屋の鍵を取り出した。
「内装は同じだから一纏めにするけど、ここが使ってもらう予定の部屋だ。ムラマサにも一応言っておくけどギルドホームの部屋はどの部屋も同じ広さと家具は置かれているからな。特別優遇してある部屋はないからどこかと交換してくれって言っても無駄だからな」
「心外だね。オレがそんなことを言うと思っているのかい?」
「思ってなんかないさ。それに一応だと言っただろ」
「ふふっ、冗談さ」
「それでどうだ? 相部屋にするかどうかだけは今決めて欲しいんだけど」
部屋の窓に掛かっているカーテンを開けて陽を入れる。
いつの間にかベリーとキウイはクローゼットを開けたり、ベッドに腰かけてみたりと部屋の機能を確認しているみたいだった。
「本当にここを私達が使ってもよろしいのですか?」
「まあ、そのつもりで作った部屋だからな」
「では遠慮なく。使わせて戴くことにします」
「ん。了解だ」
「……それで、相部屋なの? 違うの?」
「えっと、出来れば一人一人別がいいです」
「わかってるって。どっちがどっちの部屋を使うかは二人で決めてくれ。服とか取りに行くのも時間を見つけて自分で――」
「私たちが手伝いますよ」
「……一人じゃ大変」
「でも…」
「大丈夫です。こう見えて結構力持ちですから」
恐縮そうにして断ろうとするベリーとキウイをヒカルが有無を言わさない勢いで制してみせた。
俺は男だからという理由からそれは手伝わないことになり、その間にもう一つの拠点でもあるログハウスの維持のために策を講じることになった。
策といっても実際にはギルドホームと同じ方法を取るつもりで、その為の人材を見つけ出すくらいしかやることはないのだが。
「畑を見せるのはまた後日、みたいだな」
「そうだね。先に荷物を取ってきた方がいいだろうさ」
「その辺はムラマサたちに任せるよ」
と言って俺はギルドホームのロビーから一人で出て行った。
今もなお賑やかしい話し声が扉の奥から聞こえてくる。
一人になってしまいどことなく寂しさを感じた俺の肩にクロスケが停まる。そしていつもの声でホウと鳴くとそのまま目を閉じ羽を休ませているのだ。
「わたしもついて行ってもいいよね?」
「別に構わないぞ。どうせリリィのことを知っている人に会いに行くつもりだからさ」
「知っている人?」
「ああ。俺の依頼を受けてくれるかどうかは解らないけどな」
増設した部屋にある転送ポータルを使い俺は再びヴォルフ大陸へと向かった。
光に包まれ移動した先であるログハウスからでると、そこにはつい昨日までいた景色が広がっている。
「さて、行くか」
そう言って歩き出した俺がこの日の目的を遂げたのは陽が沈み、ギルドホールではムラマサたちがベリーとキウイの転居の手伝いを終えた頃になってしまっていた。
そして、さらに翌日。
プレイヤーたちに新たな噂が流れ始める。
それは俺に新しい戦いの始まりを予感させるには十分過ぎる効果を持っていた。




