キソウチカラ ♯.35
四本目のHPバーに突入した時に起きた変化は、何もなかった。
少なくとも表面上では何も変わってはいないように見える。
表面的な変化が無い事が今まで通りであることを知らなければ、俺たちは今回、何も変わっていないのだと思い先程と同じような戦法を選んでしまっていたことだろう。
だが、俺たちは知っている。
眼には見えなくともキメラ・バーサークがHPバーを減らされる度にその性質を変化させていることを。
「今度はどう変わったんだ?」
「さあ、どうなんだろうね。また一つずつ確かめて行くしかないとなると面倒だが」
「……次も同じだよね」
「そう思いますけど…」
四人集まって正面に居るキメラ・バーサークを見ながら言葉を交わす。
俺の勘でしかないのだが、キメラ・バーサークはそのHPバーによって弱点となるものが違う気がする。一本目は今になっては確かめることができないが、二本目が属性、三本目が攻撃をするタイミングとそれぞれ違う要素が弱点となっていた。本来ならそれらは同じモンスターに全てが同時に用意されているものであり、HPバーの一本毎に異なるというのは珍しいを通り越して初めて目にするという外ない。
NPCがモンスター化したということも含め、この事実もまたキメラ・バーサークの特異な点を物語っているのだった。
だが俺の勘が正しいのだとすればそれは喜ばしいことでもある。
現在の四本目のHPバーになったキメラ・バーサークに試す項目が属性でも攻撃のタイミングでもないということが確定するからだ。
「どうやらその心配は無いようだぞ」
「どういう意味だ?」
キメラ・バーサークを挟んで向こう側にいたはずのシシガミが仲間を連れ立って俺たちのもとに来たのだ。
「今度はキメラ・バーサークの弱点を探す必要はないということだ」
「あれを見てください」
ボールスが錫杖を鳴らしながら指をさす先でキメラ・バーサークの外見以外の部分に変化が現れた。HPバーの下に付かされる複数個の灰色のアイコン。
プレイヤーにとっては見慣れたそれがどのような意味を持つのか。
先ほどのシシガミの言葉をそのまま受け取るのならアレが今度の弱点になり得る可能性であるはずなのだ。
「今度は状態異常に対する耐性が変化したみたいなんです」
ボールスの言葉に一番大きく反応して見せたのはヒカルだった。
俺たちのパーティで唯一状態異常を技として使う彼女が今度の主役になりそうだ。
「こちらにも状態異常を操ることに長けた者がいる」
そういうシシガミに促され前に出てきたのは餡子だった。
いつの間にか彼女の持つ鍛冶槌の先に無数の針が取り付けられて、まるで華道に使う剣山を彷彿とさせるものに変わっていた。
餡子がさらに一歩前に出てヒカルに話しかける。
「あの、あなたが使える状態異常の種類を教えてくれませんか?」
「いいですけど」
「も、もちろんわたしが使えるのも教えますから」
個人の戦術たるスキルの事を聞くのだから当然だというように餡子が慌てて付け足していた。
「いいんですか?」
「そ、その大丈夫です。シシガミさんには了承を得ていますから」
「それならいいですけど」
「あ、ありがとうございます」
勢いよく振り下ろされる餡子の頭が地面と水平になって止まる。
その勢いのせいで一瞬解らなかったが、どうやらそれはただのお辞儀だったようだ。
「まずはわたしが使えるのを言いますね」
そう前置きをしてから餡子の口から出てくる状態異常の数は、正直言って驚くべき数だった。
俺が知っているものから知らないものまで、ありとあらゆる状態異常を付与する攻撃が可能なようだ。
「なんでそんなに使えるんだ?」
思わず俺は餡子に聞いてしまっていた。
今が戦闘中でなければ良かったのにと思わずにはいられない。そう感じるほど餡子の持つ状態異常攻撃の種類は膨大だった。
「あ、それは…」
「俺が話そう。よいか?」
「お、お願いします」
「では餡子はこのままヒカルと打ち合わせを続けろ」
「はいっ」
ヒカルと念入りに話始めた餡子を見てシシガミが僅かに微笑んだように見えた。
「さて、理由は解らぬがキメラ・バーサークが動きを止めている間に作戦を立てなければならぬな。とはいえ見た感じそれほど時間はなさそうだが、ふむ、それでも聞きたいか?」
「ああ、勿論だ。教えてくれると有り難い。何せオレたちのギルドマスターが気になって仕方がないという顔をしているものでね」
ニヤニヤと嗤いながら顔を見てくるムラマサに、俺は咄嗟に顔を逸らしていた。
「わかった。餡子が数多くの状態異常攻撃が可能な理由は一つだ。そういうスキルを習得しているからに他ならぬ」
「流石にスキルの名前なんかは秘密にしているというわけかい?」
「PKの連中に知られたら面倒だからな。いずれは知ることになるのかも知れぬが、その時は出来るだけ遅い方がよいだろう」
「確かに」
「しかし、秘密にするというのなら話しても構わない。そなたらはああいった連中とは違うようだからな」
そしてシシガミが告げた餡子のスキルの名は≪異常状態異常攻撃耐性≫。異常という単語が二つも入ったそのスキルはシシガミが秘匿しようとしていたこともあってか俺だけではなくムラマサも名前すら聞いたことのないものだった。
付け加えるならその名前の長さも初めて耳にしたものだった。
単語を区切れば四つもの言葉が連なったそれは明らかに現時点での俺たちが使用しているスキルよりも圧倒的に多い。
「それだけのスキルを身に付けるためにはどんな条件があるんですか?」
「餡子の場合に限ればそれほど難しい条件ではないらしい。それこそ初心者でもこれからそれを習得することが可能なくらいだ」
「でも、それを広げたくないというのなら難しくはないが簡単でもない方法なのだろう?」
「その通りだ。クリアすべき条件はたった一つ。状態異常系のスキル以外を習得しないこと。そして状態異常系のスキルを習得し続けること」
シシガミの言葉に俺たちは一様に言葉を失っていた。
その条件というものは確かに難しくはないと言えるだろう。やろうと思えばできる、そう思わせてくるのだから余計にタチが悪い。
しかしそれはある意味諸刃の剣だ。
状態異常系のスキルしか習得できないというのならば当然のように基礎能力上昇系のスキルはおろか専用スキルすら覚えられないということに他ならない。
レベルアップの恩恵で上昇するパラメータは良いとして、スキルで底上げ出来ないというのはそれを普通に行っているプレイヤーよりはパラメータが低くなってしまうということ。
状態異常付与系のスキルを使うプレイヤー全般に言えることだが、状態異常が効き難いモンスターやプレイヤーとの相性は最悪になってしまう。対人戦がそれほど表立って頻繁に行われなくなって久しいとはいえ、知られれば常にカモとして狙われてしまう恐れがある。
これから習得しようとしているプレイヤーには注意を促せばいいだけだろうが、既に習得してしまっているプレイヤーにとっては隠しておきたいことであるのは間違いない。シシガミが念を押してから話し始めたのにも納得ができた。
「スキルを使って上昇できないパラメータは装備品で補っているのだが、それでも足りないのは拭えられない事実なのだが」
「それを補って余りある実力だってことなんだろ。餡子というプレイヤーがさ」
「うむ。相違ない」
俺の言葉にシシガミはどこか嬉しそうに頷いている。
シシガミからスキルの話を聞いて思考に耽っている間にヒカルと餡子の相談が終わったらしく二人並んで近付いてきた。
「キメラ・バーサークに効く状態異常は何か解ったのか?」
「はい。見たことのあるアイコンと無いアイコンを餡子さんと照らし合わせた結果、キメラ・バーサークのHPバーの下にある暗くなっているアイコンは全て耐性ありで表示されていない腐食の状態異常だけが効くことが分かりました」
ヒカルの隣で頷く餡子を見てシシガミは納得した顔を見せているがムラマサは何かに引っ掛かりを覚えているようだ。
首を傾げている彼女の疑問は俺も直ぐに気付いた。
こういうモンスターのHPバーの下にある灰色のアイコンというものは何かをきっかけに明るくなるものだ。それは大概状態異常が効果を発揮していることを表すものなのだが、それは違うというのだろうか。
自分一人考えていても答えなどは出やしない。そう判断したムラマサがヒカルと餡子に問いかける。
「普通ならそれは反対だと思うんじゃないのかい? あれだけの数があるアイコンなんだ。その内のどれかが本物で残りはフェイク。これまでの感じを考えるならその方が可能性としては高い気がするのだが」
「その、最初はわたしたちもそう考えました。でも、あの下にあるアイコンは多すぎるんです。現状判明している状態異常の殆どがそこに表示されている」
「だったら…」
「なのにあそこには表示されていないのがあったんです。まるで隠しているように」
隠してある、その一言に俺とムラマサは自然と二人の考えに納得してしまっていた。
これまでとの共通点が隠すものであるとするならば、これ以上に相応しい共通点はないだろう。
「準備は良いか? そろそろ動き出しそうだ」
シシガミがキメラ・バーサークを睨みつけながら告げる。
俺たちはその一言に促され気を引き締め直す。
最後の一歩手前。キメラ・バーサークのHPバーの本数が示すそれが事実なら間違いないはずだ。
「そういえば、ヒカルはその腐食ってやつを使えるのかい?」
「……使ってるの見た事ない、よ?」
「大丈夫です。今使えるようにしましたから」
「戦闘中にスキルを習得したのか?」
「そうですよ。腐食はまだ覚えていない状態異常でしたから問題ないです」
「使い方のコツはわたしが教えましたから、その、多分大丈夫だと思うのです、けど」
「うん。任せてくださいね、餡子さん。ぜったい使いこなして見せますから」
力強く言い放つヒカルに餡子は満面の笑みを見せた。
「行くぞ。最前線はヒカルと餡子。俺とユウとムラマサはその後に続き、牽制を攻撃をする。ボールスとセッカは回復を引き続き頼む」
「任せてください」
「……分かってる。誰一人死なせないから」
「あの、私は何をすれば?」
「リンドウはヘイトの引き付けを頼む。ヒカルが攻撃に回ったために一人では困難かと思うが――」
「問題ありません。私一人になっても……」
「いや、あの、私まだ死んでませんけど」
まるで自分が死んで敗走したかのような物言いに黙ってはられずにヒカルは小さく呟いていたが、それはシシガミとリンドウが作り出している、まるでRPGの最終戦に向かう主人公パーティが醸し出している雰囲気にかき消され届くことはなかった。
「さて、本格的にキメラ・バーサークが動き出したようだ」
ムラマサが抜き身の刀を構え告げた。
キメラ・バーサークの咆哮が轟く。
それが合図となって中断していたレイド戦が再開することになる。
先ほど立てた作戦通りに先陣を切るのはヒカルと餡子だ。
ヒカルは短剣を構え、餡子は無数の針が飛び出した鍛冶槌を軽々と持ち上げて走り出した。
普段の戦い方と装備の重量の違いなのだろう。自然とヒカルの方が前に出て餡子はそれを追う形になってしまう。だがその後の攻撃の精度は餡子の方が上だった。腐食の状態異常を使った経験値の差が出たようで確実のその状態異常の効果を蓄積させていた。
「やっぱり効果が出てくるまでそれなりに攻撃の回数を重ねなければならないようですね」
右に左にと動き回りながら鍛冶槌を振り回す餡子はこれまでに見せていたよりもいい動きをしている。
弱点が変わったとしてもキメラ・バーサークの体の構造はこれまで通り。メインの武器となるのはその両腕であることも変わらず、そして防御が緩く無防備な場所も同じ足元のまま。
餡子もこれまでの戦闘でその特徴を嫌というほど理解しているのだろう。鍛冶槌が振る舞われる場所が決まってキメラ・バーサークの足。それも基本的には片足に集中させて、それが困難になれば即時に離脱するというように。
連続して同じ場所を攻撃し続ければそれだけで相手の防御を破壊することは出来る。それは剣でもできることで、打撃系の武器でするならばその威力は剣以上になることは当然だった。
最初は右足に攻撃を集中させていたためかキメラ・バーサークの防御が崩れたのは右足の方が先になった。
膝が折れ、地面に手を突くキメラ・バーサークは強制的に無防備な背中を晒されてしまう。
「今です、ヒカルさん。全力で攻撃を」
「わかってますっ。≪エロージョン・エッジ≫」
ヒカルが叫んだその攻撃が意味するのは文字通り『腐食』。本来は金属を腐らせて武器や防具を使えなくするための状態異常だが、今回キメラ・バーサークに通用すると仮定し使用したとして結果が出るのはもう少し先のことになるだろう。
だからこそ、このチャンスに出来る限りの攻撃を加えそれが現れるようにしなければならない。
キメラ・バーサークが立ち上がる前にと、ヒカルは短剣で何度も攻撃を加え、餡子は鍛冶槌で何度も叩きつけた。
腐食の効果を持つ光を纏う短剣と同じ効果の光をその鍛冶槌の先の無数の針に宿した攻撃が連続してキメラ・バーサークを襲う。
カウント出来ない程の攻撃に晒されていたキメラ・バーサークがゆらりとその体を起こしはじめる。
「ヒカルさん、引いてください」
いち早く攻撃の手を止めた餡子が叫ぶ。
立ち上がりさえすればキメラ・バーサークは反撃をしてくるだろう。それが解っているからこそ餡子は引き、ヒカルは残った。
この違いはそれぞれが持つスキルにあった。ヒカルは基礎能力上昇のスキルを持ち、餡子は持たない。基本的なパラメータの違いはそれぞれの引き際を変え、戦い方に違いを与えていた。
まだ戦えると判断したヒカルは一人残り攻撃を加え続けている。
「どうして、逃げないのですかっ?」
餡子がヒカルに向かって叫び問いかける。
果敢にも攻め続けるヒカルだがいずれキメラ・バーサークの反撃にあってしまうであろうことは火を見るよりも明らか。
ヒカルの目はその前に何としても腐食の効果を出して見せるという意思が込められていて、それは少し離れた場所で二人の戦闘を見ていた俺にも解るほど強いものだった。
離れた場所で見た俺にも解るくらいだ。すぐ近くで、共に隣に並び戦っている餡子が気付かないわけがない。それでも前に出るのを躊躇する理由は自らの安全ラインというものと現状の見極めに難儀しているせいなのだろう。
「もうっ」
どんなに反撃の危険があろうとも引こうとしないヒカルに餡子は遂に見ているだけにはいかないと、その戦いの中心へと駆け出していた。
短剣を振るうヒカルと共に餡子は鍛冶槌を振り続ける。
それから間もなく、腐食の効果がキメラ・バーサークの体に現れた。
まずHPバーの下に腐食の状態異常を示すアイコンが現れ、同時にキメラ・バーサークの体のありとあらゆる箇所に痣のようなものが浮き出てきた。
全身に腐食の痣が浮かぶとキメラ・バーサークは牛のようなまだら模様になった。
「今ですっ。皆さん全力で攻撃を」
状態異常が現れたことによりヒカルは餡子の手を引いて真っ先に戦線から離脱した。減少していたMPとHPを回復させる必要があるからだ。それに反して俺たちはこの攻撃の間はずっと大きなダメージは負うことなくMPも十分なほどに回復している。
「任せとけ」
ヒカルたちと入れ違うように前に出た俺たちはそれぞれの持ち得る最大の攻撃を繰り出した。
それが腐食の効果なのだろう。驚くほど攻撃が通りやすくなり、キメラ・バーサークのHPが俺たちの攻撃ごとに削らていく。
先ほどの弱点属性を突いた攻撃よりも、弱点部位を突いた攻撃よりもHPバーの減少が速い。
四人分の攻撃が与えるダメージが四本目のHPバーの残存HPを上回ったことでHPバーが砕け散った。
「次はどうなる?」
想像していたよりも速くキメラ・バーサークの四本目のHPバーを破壊することができたことに若干の拍子抜け感は否めないが、今気になるのは最後のHPバーに突入したことによる変化のほうだ。
こういうモンスターの定番で言えば最後はそれまでの状態変化が全て起こるというものだろうがキメラ・バーサークの変化は姿や攻撃方法などではない。弱点が変わるというもので、全てが同時に発生するとなれば完全な弱体化に他ならない。最後の段階に進んだにしてはそぐわない、そう思えるのはあながち間違いではないはずだ。だとすれば起こりうる変化は何だ? そう考えている俺の脳裏に過ったのは今までの全ての弱点が無くなること。元々弱点が限られているモンスターが残る僅かな弱点も消えたとなれば倒すことはそれまで以上に容易ではなくなってしまう。
俺たちがどうにか優勢に戦闘を進められているのはこの弱点を的確に突くことが出来ていたということが要素としては大きいというのは間違いない事実だった。
考えながらキメラ・バーサークの変化を見極めようと目を凝らす。
そうした先で俺の目に映ったものが答えだとするのならば、これはキメラ・バーサークとの戦闘が始まって初めてとなる目に見える外見的な変化だと言える。
「しかし、これはどういう意味を持つ変化なんだ?」
戸惑ったような声を漏らすムラマサの動揺は仕方の無い事のようにも思えた。
初めてみせたキメラ・バーサークの変化は俺からしても異常なこと。体に浮かぶまだら模様を起点に赤くなり発熱しているのだ。
「赤色、発熱となれば考え得る可能性は一つしかないだろう」
「シシガミもそう思うかい?」
「確信は……もうすぐ出るだろうな」
シシガミがキメラ・バーサークから離れてこちらに近づいて来る。その後ろに居るリンドウはレイピアの切っ先を下げ、攻撃に出るか変化が収まるのを待つか決めかねているようだ。シシガミの指示を待つ、パーティの足並みを揃えるという意味ではそれは正しい事のように思えるが、俺個人としては一人のプレイヤーとして判断が出来ていないように思えてならなかったが。
しかしそれも個人のプレイスタイルでしかない。わざわざ他人である俺が口出すことでもないことだ。
「これが最後の変化だというのか」
驚きの声を上げるなか、俺たちの目の前でキメラ・バーサークが丸々に膨張した。
離れていても伝わってくる熱が否応にも危機感を煽ってくる。
そして程なくしてキメラ・バーサークの体の膨張が限界に達しようとしているように見えた。
「攻撃しても大丈夫なんでしょうか?」
「解らない。けど、このまま放っていたら駄目なのは解る」
ヒカルの問いに俺は自分の正直な思いで答えていた。
このままでは爆発していまう。そう感じる俺は攻撃して良いものかと悩んでいた。現在のキメラ・バーサークは触れれば割れてしまう風船のよう。かといって触らなければ割れないかと問われれば今も膨張を続けているその体は正に爆弾としか言いようがなく、時間が経てば爆発してしまうことも想像に難くはなかった。
「……問題は爆発の範囲、だよね」
「ここにはまだ他のプレイヤーも少なからず居るみたいだからね。出来るだけ爆発はさせたくはないのだけど」
「そんな方法があるんですか?」
「いや。自爆するモンスターなんてものはこれまで戦ったことは無いからね。オレには解らないけど、シシガミたちはどうなんだい? 何かいい対抗策を知っていると嬉しいのだけれど」
「無くはない」
「本当かい?」
「ああ。爆発する前にHPを全損させて消滅させればいい」
「そんなこと出来ると思っているのかい」
「無理…であろうな」
俺たち全員の顔を見回してからシシガミはきっぱりと答えていた。
確かにシシガミの言うように瞬時に倒すことが出来れば全て解決となるだろう。しかし、それができていればこれまでの戦闘も今よりもずっと楽に事を運べていたはずだ。
「となればもう一つの案に賭けるしかない」
「もう一つ?」
「キメラ・バーサークの周囲を何かで覆い爆発を抑え込む」
「何かっていうのは、何なんです?」
「一番適しているのは土の魔法だろうな」
シシガミの提案に答えを返したのはムラマサだった。
幾つもの属性を使い分ける彼女だからこそ、それにいち早く気付くことができたようだ。
「っても、土の属性が使えるのはムラマサだけだし」
「こちらでもボールスだけだ」
「二人で完全に覆い尽くすなんてことできるのか?」
「無理、です」
「ムリだな」
ムラマサとボールスが揃って首を横に振った。
膨張を続けるキメラ・バーサークはその大きさを最初の頃の倍近くにまで膨らませていた。ただでさえ大きいレイドモンスターだ、それが倍化したとなれば覆い尽くすなんてことは容易ではないということだろう。仮に覆い尽くしたとしてもその強度も上げなければならない。生半可なものでは爆発を完全に抑え込むなんてことできるはずが無いのだから。
「でも、それしか方法が無いんですよね?」
困ったようにヒカルが問いかけてくる。
俺には代案のようなものは浮かんでこない。だからこそ他の仲間たちに期待していたのだが、この短時間では見つかるわけもなく、どうやら一つでも手段が見つかったのは朗報だったようだ。
「わかった。それなら考え方を変えよう。全域を覆い尽くすのが無理だとすれば、炎を逃がすための穴を空ける場所を作ればいい。そうだろ?」
脳細胞をフル回転させながら一つ一つ浮かんできた考えを取捨選択して残ったものを皆に問いかけていく。
「穴か。確かに爆発による被害を抑えたいのだから人のいない方向へ爆発を誘導すればいい。町の中で人がいない場所となると……空か」
シシガミの呟きに俺たちは揃って空を見上げていた。
曇り一つない青空には当然のことながらプレイヤーの姿はない。確かに被害が無い場所というのに適したものとしてこれ以上は無いだろう。少なくともこの短時間で見つけられる場所としては最上だ。
「次はキメラ・バーサークを覆う方法です」
「……魔法だけでは無理。だったら何かで補うしかない」
「そうだな…ムラマサとボールスに聞きたいんだけど、何かベースのような物があったとして、それを魔法で覆うようにして強度を上げるだけなら出来そうか?」
「ベースが何かによるな」
「何か心当たりがあるんですか?」
「無いわけじゃない」
そう言って俺が見たのはキメラ・バーサークがレイド戦が始まるに破壊した町の瓦礫の数々。
石造りの建物や道路が壊されたことで現れたそれは、積み重ねることで簡易的な壁を町のなかに作り出すことが出来そうだ。
本来壁として使うには隙間を埋めたり、強度を上げたり、高さを揃えたりと色んな細かな調整が必要なのだが、この一瞬、爆発に耐えられるだけでいいのだとしたらそれほど細かくする必要はない。
「使えそうか?」
「やってみるしかないだろうね」
「ちょっと待ってください。なんか変です」
頷き合う俺たちの先でキメラ・バーサークに更なる変化が起こった。
丸々と膨張を続けていた体に比べ小さくなってしまった手足から水を掛けられた泥人形のように溶けだし始めたのだ。
手足が溶けると次は頭、そして体と。このまま前進が融解してくれれば良かったのだが、キメラ・バーサークの変化はその中心部に核のようなものを生み出して止まった。
「小さくなったとはいえアレが爆発すればかなりの威力になりそうだね」
「……やっぱり無視できそうもない」
「それに、時間もなさそうですよ」
一様に目にしたキメラ・バーサークの核の上に浮かぶHPバーが徐々に減少を始めていた。
本来のそれの役割は表している者の体力を映すこと。だがこの時のHPバーは俺にとっては重力に従って落ちていく砂時計のように見えていた。
「アレがカウントダウンならば、全損した瞬間に爆発するはずだ」
誰かに確認するかのような呟きにムラマサたちは揃って神妙な眼差しで頷いている。
「急ぐぞ。時間は無さそうだ」
シシガミの合図をきっかけに俺たちは瓦礫を積み上げ始めた。
良かったのはキメラ・バーサークの核が元のキメラ・バーサークよりも小さいこと。とはいえその大きさはそれを支えている支柱のような骨も含め、俺の頭の上まであったのだが。それに自分の体が本来の肉体ではなくキャラクターのものだったのも幸いした。筋力も持久力も何もかもが現実のそれを大きく上回っており、両手で抱えて運ぶしかないものも大して重さを感じずに運べていたのだから。
急ピッチで積み上げられていく瓦礫が俺の目線まで上った時、ムラマサとボールスがそれぞれ覚えている土属性の魔法を使用した。
細かな砂粒が瓦礫の隙間を埋め周囲をコーティングし尽したその時、咄嗟にムラマサは別の属性を放っていた。
空気すら凍らせるような氷の属性。
瓦礫を覆いできた綺麗な土壁の外装を分厚い氷が覆っていく。
「タイムリミットだ。全員ここから離れるんだ」
刀を鞘に納めることもせずにムラマサが走りながら告げる。
俺たちがレイド戦と外の境界線ギリギリまで離れたその時だ。
氷に覆われた土壁から天高く灼熱の炎が一本の柱のように出現したのは。