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キソウチカラ ♯.31

 女性の言葉がもたらした効果は絶大だった。

 既に矛を引いていたホワイトホールは勿論の事、ムラマサとヒートアップして戦っているフリックも同様にまるで去っていく波の如く瞬間的にクールダウンしてその武器を仕舞い、ヒカルとセッカが戦っているアピスも同様に無言のまま後に下がっていったのだ。

 何が起こったのか分からないのは俺も同じだ。だからムラマサもヒカルもセッカもそんな目をして見つめてこないで欲しい。

 何か気のきいたセリフが出てくればよかったのだが、生憎と俺はそういうことに向かないらしく、この時もまだ無言のまま。

 俺の代わり、という訳ではないのかもしれないが、口火を切ったのはムラマサだった。


「それで、話を聞いた限りだと君たちはこれ以上闘わないということでいいのかな?」


 突如終わりを告げた試合に観客は戸惑うばかり。

 それもそのはず、この試合の決着の仕方はそれまでの試合とは似ても似つかないものだったのだから。

 誰一人欠けることなく、またそのHPも殆ど残っているような段階でいきなり女性プレイヤーが試合の終了を申し込んできたのだ。自分たちの敗北という結果を突き付けて。

 いってしまえば降参とも取れるその宣言の後、俺たちは攻撃を仕掛けることなど出来るはずもなく、こうして戦闘場の中心で異様とも取れる光景を作り出しているのだった。


「その通りです。何か不都合が御座いましたか?」

「あ、いえ、その……」

「……何で? まだ決着ついていないのに」

「あなた方の懸念は当然です。ですが、これ以上は私たちが戦う意味は無くなりました」


 それまでの勢いはどこに行ったのやらフリックですら女性の後ろに控える騎士のような振る舞いを見せている。

 素の性格は置いておいて元々丁寧な物腰のホワイトホールや寡黙なアピスは言うまでもない。


「その意味が解らないんだ。アンタたちはここに勝つ為に来ているんじゃないのか?」


 獣闘祭はPVPの大会であり、試合を主にしている。それに出場するということは確実に勝利を目指して戦うという意思があるはずなのだ。

 それなのに、目の前の女性はいとも簡単に勝利を棄てた。まだまだ戦える余力を大きく残して。

 疑問と違和感に苛まれた俺の疑問には女性の変わらぬ様子と、変わらぬ表情が答えとして返ってきた。


「それこそどうでもいいことです。勝利を欲しているのは私共ではなく――」


 ふと女性は視線を上に向ける。

 そこには変わらず顔を真っ赤にしたシストバーンがいるのだが、不思議とその怒号は聞こえてこない。息を詰まられたかのように太い首を我武者羅に掻き毟りパクパクと口を開けたり閉めたりしているのだった。

 あの光景も不思議に感じるのだが、俺はそれ以上に自分たちの上役ともいえるシストバーンに対してああも子供が興味を失ったおもちゃに向けるような視線を向けられるものだと思っていた。


「だからこそ、だと俺は思うんだけどな」

「それはあなたの価値観です。あなたは勝利を届けたいと思っているのでしょう? あのNPCに――」


 俺は言葉を詰まらせた。

 あのNPCという言葉が指すのはローズニクスのことであるのは間違いないとはいえ、この女性プレイヤーは俺がそう考えている理由が理解できないというような顔と声を俺に向けてくる。

 俺と女性プレイヤーとでは感じていることも考えていることも、百八十度といってもいいくらい違っているのだ。


「ふむ、わかった。この試合はオレたちの勝ちということで納得しよう。それでいいのだね?」

「ええ。構いません」


 ムラマサの確認に女性プレイヤーは当然というように頷いて見せた。

 それが切っ掛けになったようで、審判を務めているプレイヤーの口から俺たちの勝利が告げられる。

 これにより、決勝を戦うのは俺たちとシシガミたちということが決まり、同時にシストバーン陣営に優勝者が出ないことが確定したのだった。


「ふ・・・・・・フザケルナ・・・・・・」


 いつの間にか貴賓席から出て俺たちのいる戦闘場へと現れたシストバーンが首にいくつもの切り傷を作り、表情を歪め、ゆっくりと近付いてきた。


「勝手に勝負を棄ておって・・・・・・勝手に・・・・・・勝手に・・・・・・」


 もはやシストバーンの言葉は要領を得ない。

 浮かんでくる怒りと疑問をそのまま口に出したかのような呟きが繰り返されるだけだった。


「行きましょう」


 しかしそんなシストバーンの様子ですら女性プレイヤーは興味がないと言わんばかりに無視をして歩を進めようとしている。

 戦闘場から降りて、コロシアムの入口がある方を目指し歩き出す女性プレイヤーの後をフリックとホワイトホールとアピスが続く。

 戦闘場の上に残されているのは俺たちとぶつぶつと呟いているだけのシストバーン。

 そのあまりにもな様子に自然と距離を取ってしまっている俺たちはこれから自分たちがどう動くべきか決めかねていた。

 この場から去ってしまえば簡単なことなのだろうが、あの異様な状態のシストバーンを見てしまうと、このままここに残して行ってしまってもいいのかという懸念が残って仕方ないのだ。


「待てェ!」


 ようやく、そうようやくシストバーンの焦点の在っていなかった瞳が同じ場所を見る。女性プレイヤーが率いるパーティの後ろ姿。それこそがシストバーンの瞳が捉えたものだった。

 しかし、女性プレイヤーは振り向くことをしない。

 自分たちの長が振り返りもしないのだ。当然のようにホワイトホールたちも振り返ることは無い。

 だからだろうか。シストバーンはより強い怒りを露わにして今にも掴みかかってきそうなほど鼻息を荒くしている。


「戦えェ! それが貴様らの役割だろうがァ!」


 その様子はまさに激昂と呼ぶに相応しい。

 荒れ狂うモンスターを思い出させるその様子に俺は自然と警戒心を増していたのだった。


「あの――」


 と声を掛けてきたのはヒカルだった。

 ヒカルの顔は不安を前面に押し出しており、それは隣に立つセッカも同様だった。違うのはムラマサだけでいつの間にかその手は刀の柄に伸び、俺と同じようにシストバーンに向けた警戒を隠すつもりはないらしい。


「下がろう。ここに居るのはあまり芳しくないようだ」


 ムラマサの提案に乗り、俺たちはそっと物音を立てないように戦闘場から降りようと後ろに下がる。

 その様子をシストバーンに気付かれなかった理由は単純にその視界に俺たちが入っていないだけに過ぎない。シストバーンの血走った目が映しているのは今もなお女性プレイヤーの居るパーティのみなのだ。

 ことの成り行きを見守る必要がある。それが俺が今感じている事だった。そう遠くない未来、何かが起こる。そんな予感が俺にだけ聞こえる危険を知らせるアラームとなって脳内で鳴り響いているのだった。


「――ッ、貴様ら如きが邪魔をするでないわ」


 立ち去ろうとする女性プレイヤーに詰め寄るシストバーンをアピスが体を張って静止させ、その隣でフリックが大鎌を担いで睨みを利かせている。

 体格で言えばシストバーンの方がそのモチーフとなった動物のお陰もあってか大きく見える、しかし、現実問題なんの武器も持たないNPCと先程まで自分たちと戦いその実力を知るプレイヤーとでは先のことなど火を見るよりも明らかだと言わざるを得ない。

 シストバーンもそれを理解しているのか、目の前に立つアピスを退けようとも、その隣に立つフリックの横を通り過ぎようともせずに、忌々しそうに睨みつけるだけだった。

 何かを言おうとしても口から出てくるのは恨み言と疑問のみ。それも小さな呟き声で聞き取ることは出来なかったのだが。

 声が小さいのが余程気に障ったのかフリックはシストバーンの足元に大鎌を叩きつけた。

 轟音と共に砕ける戦闘場の床の一部が宙に舞う。


「――ヒィぃぃ」


 尻餅をついたシストバーンを見下すように立つのはいつの間にか立ち止まり振り返っていた女性プレイヤー。

 到底NPCに向けるとは思えない程冷ややかな視線にシストバーンがそれまで真っ赤に染まっていた顔を青白く変えた。

 面白い程に顔色を変化させるシストバーンに向け女性プレイヤー大げさなくらいの溜め息を吐いた。

 次に放たれたのは信じられない言葉。


「そこまで戦いたいのでしたら御自分でなさったらいかがですか」


 特に目立った感情もなくただ平然と事実だけを告げるその一言に返す言葉を失ったのはシストバーンただ一人。フリックとホワイトホールは女性プレイヤーのその言葉が当然だとでもいうように目を伏せている。ちなみにアピスは無言のまま何を考えているのかすら分からないままだ。


「な、なにを言っておるのだ?」


 シストバーンの疑問も尤もなことだろう。俺だって女性プレイヤーの言葉の真意は解らないままだった。

 それでも解ることもある。そもそも自分で戦えるのならばわざわざ他人に頼ったりしないはずで、戦えないから他人を頼り、勝てないから他者に勝利を持ってこさせようとしているという事実。


「出来ない理由は無いでしょう。あなただって剣を持てるのですから」

「な、何をする――」


 淡々と言い放つ女性プレイヤーはシストバーンに近づいていきそっとその胸に触れた……ように俺には見えた。

 実際は胸に付けられたブローチに触れたのだと気付いた時にはブローチの針の部分がシストバーンの胸に深々と突き刺さり、シストバーンは驚きと苦痛で声にならない叫びを上げていた。


「何をしたんだ?」


 胸を押さえ蹲るシストバーンを目の当たりにして俺は思わずといった感じで問いかけていた。


「簡単なこと。この者でも戦えるようにしただけですよ」

「戦えるようにだと?」

「ええ。その通りです」


 戦闘要員でないNPCが戦えるようになるには何が必要なのだろうか。

 敵を葬るための武器か、それとも別の何かか。

 変化は直ぐに現れた。

 シストバーンの瞳から光が失われ、その体が倍以上の大きさへと膨らむ。

 爆発が起きた。

 そう思ってしまう程の閃光が目の前で巻き起こったのだ。


 ガァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!


 それはもはや言葉ではなかった。

 獣のような咆哮がシストバーンの口から放たれた。


「これは…合成獣化なのか?」


 信じられない。

 それが俺が抱いた感想だった。

 以前目にしたプレイヤーの合成獣化よりも何倍も獣のように肥大化した四肢、理性など微塵も残っていないかのような瞳。

 プレイヤーの異常強化の果ての合成獣化ではなく、存在そのものの変化がシストバーンの身に起きたことのように思えてならない。


「待てっ」


 ムラマサの制止が届く前に合成獣となったシストバーンは突如凄まじい跳躍を見せ、どこかへと跳んで行ってしまった。

 シストバーンが向かった先がどこなのか、その答えを俺が知ったのは悲鳴が町の方から聞こえてきたから。

 同時に巻き上がる黒煙と炎が嫌な想像を掻き立ててくる。


「追いかけよう」


 とムラマサが提案を出すが、俺たちは直ぐに返答をしかねていた。

 自分たちが戦う必要がある無しにかかわらず、先ずはこの現状を作りだした張本人が目の前にいることの方が重大な気がする。

 口を横一文字に結んだまま俺は目の前の四人のプレイヤーを睨みつけた。


「何でしょうか?」


 女性プレイヤーは平然とした様子で俺の視線を受け流している。


「合成獣化はアンタたちの仕業で間違いないんだな?」

「今、見た通りです」

「……どうしてそんなことをするの?」

「戦いを望んだのはあの者です」

「でも、あんなふうにすること無いんじゃないですかっ」


 合成獣化は今もなお俺にとっては未知の現象だった。それもそのはず、実際にそれを目にしたのは一度きりで、戦ったのも自分たちではない。

 だからなのだろうか。どこかへ跳んで行くのを止められなかったのは単純にその変貌と出現に驚き対処に遅れてしまっていた。


「教えてくれるか? 合成獣化とは何なんだ?」


 答えるつもりがあるのかないのか、女性プレイヤーは表情を凍らせたままだ。

 そして答えを返すこともなく戦闘場から去ろうとしている。


「待てって……」

「これを――」


 といって手を伸ばしたその仕草の意味を知ったのは俺の視界にある一つのインフォメーションが発生したから。


≪シラユキからフレンド登録申請が来ています。許可しますか? YESorNO≫


 俺がそれに目を奪われている時、女性プレイヤー――シラユキは戦闘場から姿を消していた。

 そして、奇しくもこの時初めて俺はこの女性プレイヤーの名前を知ることになったのだった。


 これからどうするのか。

 シラユキからのフレンド申請を受けるかどうかを後回しにしたとしても自分たちの動向を決める必要はある。

 具体的には戦うか否か。

 迷っている時間はないと言われているかのような爆発が立て続けに起こる。


「――っ!」


 爆発の起こった方を見て俺は再び言葉を失った。

 黒煙を引き裂くように天高く炎が巻き上がっているのだ。


「ユウ、オレたちもあそこに行こう」

「そうですね。ここにはもう用は無さそうですし」

「……合成獣のことも気になる」

「――ちょっと待ってくれ、通信が入ったみたいだ」


 三人の意見には俺も同意だった。

 頷き動き出そうとする俺を呼び止めるかのように耳慣れた音が聞こえてくる。それは騒動と同じタイミングで俺にフレンド通信が入ったことを知らせる音。

 別口で表示されたコンソールに触れそれに応答する意思を見せると次いで聞こえてきたのは人の声。


『力を貸してくれ』


 通信は切羽詰まったような焦りを滲ませるシシガミからだった。

 声の奥で聞こえてくるのは今まさにあの喧騒の中心部にいるであろう証拠ともいうべき爆発音。

 表情を険しくする俺に何事かが起きたことを察した三人は、そのまま俺の言葉を待っている。


「シシガミが戦っているらしい」


 その一言で俺の言いたいことは伝わったようだ。

 俺たちは慌てたように戦闘場から飛び出して行った。



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