♯.16 『砂漠でまず一戦』
岩山エリアから砂漠のエリアに行くには巨大なトンネルみたいな洞窟を抜ける必要がある。エリア移動に必要な場所だからなのだろう。洞窟は非戦闘区域のセーフティゾーンに設定されていて、モンスターが現れることはなかった。
モンスターが出現することがなく安全なのだとしても洞窟特有のジメジメとした空気と出口に近付くほどに感じられる熱気のためにここで長時間過ごしたいとはお世辞にも思えない。
「お、結構速く見つかったな」
「え?」
「どうだ? 見えるか? アレがゴーレムだ」
ハルが洞窟の出口の遙か彼方を指差した先にいるのは巨大な石の塊。
どんなに注意深く観察しても全く生物に見えないそれは俺が採掘をしていた時に見つけた亀裂の入った岩の形をした採掘ポイントの何倍も大きかった。
ハルが言うにはそれがモンスターだということらしいが、自分の目で見てもただの岩のようにしか見えなかった。
「えっと…それって、あれ…だよな?」
確認するようにハルが指差した方向を俺も指差すとハルが首肯する。
「そうだ。アレだアレ。あのでっかい岩みたいなのがそうだ」
「岩…みたいなのって、まんま岩だろ」
その時、砂漠の砂が巻き上がるほどの風が吹いた。
俺たちは未だ洞窟の出口付近にいるために砂が目に入ることは無かった。それ幸いと風に舞う砂の向こうをよく目を凝らしてみると微かに岩が動いた気がする。
「それがゴーレムっていうモンスターなんだよ」
「マジ?」
「マジもマジ。大マジだ」
一度も見たことはないが砂漠の熱気による蜃気楼のせいではないのだとすると、やはりあの岩がゴーレムというモンスターなのだろう。
「と、いうわけだ。三人とも準備はいいな?」
「ええ」
「りょーかい」
ハルに一言にライラとフーカがそれぞれの武器を構え、始まろうとしている戦闘に備える。
「ユウ、先に言っておくけどさ、砂漠じゃ日中長時間外にいるだけでダメージを受けるからな。まあそのダメージは微々たるものだが戦闘が長引けば無視できない量になるからな。HP管理には十分気をつけろよ」
「お、おう」
「それじゃあライラ、さっそく先制攻撃をよろしく!」
「任せて<アイス・アロー>」
すかさずライラが氷の矢を岩のようなゴーレムへと発動させる。放たれた氷は砂漠の熱に溶かされることなく真っ直ぐ飛んでいき、ゴーレムの頭部らしき岩の先に命中した。
この一撃が戦闘の始まりを告げる鐘になったことは言うまでも無い。
戦闘に参加すべく俺も剣銃を抜き、剣形態にして構え砂漠に一歩足を踏み入れた途端、俺のHPゲージに初めて目にする変化が起こった。HPゲージが明滅し約30秒に一度、少しずつではあるが減少を始めたのだ。
ハルが言ったように常にHP残量に気をつけていなければ直ぐに危険域に陥ってしまうかもしれない。
モンスターとは別の脅威を含んだ砂漠というエリアに俺は人知れず戦慄を覚えていた。
「来るわよ!」
ライラが撃ち出したつららが命中した瞬間、ゴーレムは重低音の鳴き声をあげて動き出した。
一般的なプレイヤーの背丈よりも遥かに巨大な身体は全てが硬く頑丈な岩で出来ている。ゴーレムの体は俺が戦ったことのある昆虫型モンスターが全身に纏っている甲殻と比べるまでもなく明らかにゴーレムの体の方が硬いように思う。
硬く鈍重な体のせいで動きは遅いみたいだが、元が巨体だ。振り回される腕を避けるのにもそれなりの距離を取った方が確実で安全だ。
ハルの説明を受けるまでもなく、遅い動きを補って余りある攻撃力と防御力がゴーレムの特徴。
「――っ、ユウ! フーカ! 止まれっ」
ライラが放つ氷の矢の先制攻撃を受けて反撃を行ったゴーレムの拳が地面にめり込むと同時に地震を彷彿とさせる揺れが俺たちを襲い、衝撃と共に舞い上がった砂埃が俺たちの視界を奪う。
「うおっ」
絶対に転んだりしないと咄嗟に膝をついて揺れに耐えている俺を襲ったのは舞い上がった極細の弾丸のような砂粒。
一つ一つにダメージは無いが、俺の接近を妨害することは勿論、怯ませることにも成功していた。
HPゲージが熱に侵され絶えず減少の気配を含み続けていることも相まって本来ダメージなどないはずのこの砂粒が攻撃力を持っているのかのような錯覚をしてしまう。
何よりもこの砂粒に僅かな痛みは感じてしまっているのだ。そのことが殊更俺の危機感を煽り、実際にHPにダメージが無いのなら無視するべきなのに、そうではないのかも知れない。だとすればしっかりと防御するべきだと思ってしまった。
ゴーレムが攻撃をする度に砂粒が舞い上がるというのなら、ダメージの有無の見極めは速くしなければならないはずだ。
「くそっ、やっぱり硬いなあ!」
砂煙の向こうで僅かに声を弾ませるハルがゴーレムの背中に斧を突き立てた。しかし、その刃は堅い岩の体に弾かれてしまい、その真価を発揮する事は出来ていない。
このパーティでは魔法を使うライラを除いた三人は近接戦闘を行うプレイヤーだ。そのなかでも一撃の威力に重きを置いた斧を使うハルの攻撃が効かないのだとすれば、より軽い武器を使う俺やフーカの攻撃など殆ど意味が無い可能性が出てきた。
「ユウさん、行くよっ」
「え!? けど――」
「だいじょーぶ。なんとかなるからっ」
どう攻撃すればいいのか迷っている俺をフーカが引っ張っていく。
手など掴まれずとも、その姿勢を目の前にしてしまえば俺は反射的にその後を追っていた。
「ハル! 退いてっ」
「硬いぞ!」
「知ってるっ」
一撃の威力で劣るのならその何倍も多く重ねて攻撃すればいい。
「行くよ、<ライトニング>!」
背中で語ったそれを地で実行するするフーカが発動させたアーツの剣撃が白い光の軌跡を描きながらゴーレムを斬り刻んでゆく。
それでも防御力が高いゴーレムには先程の戦闘で見せた程の威力を発揮出来ないようで、ゴーレムのHPの減りは僅かなもの。
けれど確実に減らせている。
防御力が高いというだけで、フーカの攻撃を完全に無効化出来ているわけではないようだ。
「はああああ!」
フーカに負けてはいられないと気合いを込めて一閃。剣形態の剣銃を振り抜いた。
手に返って来た感触は≪鍛冶≫スキル習得の際に金鎚で素材を打っていた時と似ている。岩よりも硬い金属を思い出されるそれも、一回打っただけでは形を変えたりしない。何度も何度も打つことでようやく形を自分の思ったとおりに変えることが出来るのだ。
「二回目、来るぞ!」
ハルが叫んだのと同時にゴーレムの太い腕が大きく振り降ろされた。
咄嗟にバックステップして回避した俺の目の前で、地響きをあげて揺れる砂の大地を掴み、必死に揺れに耐える。
「ユウくん、避けてね。<アイス・レイン>」
軽快な声の注意に振り返った俺の頭上にいくつもの氷の矢が出現した。それがライラの魔法だと気付いた時にはゴーレムに無数の氷の針が降り注いでいた。
慌てて振ってくる氷を避けてライラに文句を言おうとしたその時、
「よしっ。俺たちも追撃だ。行くぞ、ユウ、フーカ」
ハルの号令に促され、俺とフーカは同時にゴーレムに襲いかかる。
ライラの魔法をまともに受けたことにより、想定以上にHPを減少させたゴーレムを見て俺は無意識のうちに拳を握っていた。
戦闘は順調に進んていく。
回避を繰り返し直撃を免れながらも、常に減り続けるHPに気を付けつつ果敢に攻撃を仕掛ける。
ライラ以外の攻撃がゴーレムに与えるダメージは微々たるものに過ぎないが、その少しずつが蓄積されていくことで目に見える程のダメージ量になる。
四人で絶えず攻撃を続けたことで俺たちは確実に勝利に近づけていた。
「大きめの使うわ。みんな、時間を稼いでちょうだい」
ライラの体に漲る光が一層強くなる。
熱気が強く感じられていた砂漠に微かな冷気を含んだ風が吹く。
「ユウ、フーカ、見ての通りだ。俺たちでゴーレムの足を止めるぞ」
ゴーレムの移動速度が遅いとはいっても全く移動しないわけじゃ無い。俺たちに足止めを頼んできたことから察するに、力を集中させているライラが撃ち出そうとしている魔法は対象が一定の場所にいなければクリーンヒットさせられないのだろう。
ライラとハルに言われた通り、俺とフーカはそれぞれゴーレムの足を狙って攻撃を仕掛けた。
硬い金属を削るような攻撃はゴーレムの足に小さな傷跡を残した。一度ならず何度も同じ場所を狙って攻撃を加えることで傷は広がってゆく。
「そろそろ倒れろっ<ライトニング>」
それなりに傷が広がった段階でフーカはその傷の逆方向から渾身の力でアーツを使い直剣を振り抜いた。
ゴーレムが繰り出す攻撃にも負けないくらいの轟音と共にゴーレムの足が崩れ前のめりの格好で地面に倒れる。
「こっちも、砕けろ!」
負けずと俺も渾身の一撃をゴーレムの足にお見舞いする。
両足が崩れてしまえば成す術があるはずもなくゴーレムは両手を広げたまま地面に突っ伏した。
「ライラ!」
ハルが叫ぶ。
今こそが最大の好機だと。
「ありがとう。もう十分よ。<アイス・ストーム>」
冷気を万全に含んだ竜巻がゴーレムを飲みこんでゆく。
砂の大地までも凍らせて吹き荒れる風が静まった後、その場に残されたのは霜の張った地面とそこに氷像のように凍らされたゴーレム。
瞬く間に減ってゆくゴーレムのHPゲージが残り僅かになった瞬間、ハルがアーツ<爆斧>を使い、それを砕く。
一連の攻撃が終わり、氷が砕ける音と共にゴーレムは光の粒子となって消滅した。
「勝ったねっ」
静まり返る砂漠にフーカの声が大きく響く。
剣を天高く突き出して勝利をアピールするその姿を以てして、俺も他の二人のように戦闘の終了を実感しホッと肩を撫で下ろした。
「ほら、ドロップアイテムを見てみろよ」
そう言って近づいてきたハルに言われるまま俺はコンソールに表示された戦闘のリザルト画面を見た。
獲得した経験値は先程の戦闘より少ないが、それは戦ったモンスターが雑魚モンスターの一種であるゴーレム一体だけだったからだと納得できる。
この戦闘で獲得したアイテムはそれまでに手にしてきたドロップアイテムと毛色の違うものだった。
「『石像の金塊』ってなんなんだ。石像ってのがゴーレムだとしても金塊?」
モンスターの素材アイテムのように思えるが、ハルの反応からすると違うようだ。
「ま、それが今回の狙いだな。一回で落ちるなんで意外と運が良いじゃないか、お前」
腰に手を当てハルも自分のリザルト画面を確認している。
「あたしも落ちたよっ」
「フーカはいつものことだろ」
「引きが良いからねっ」
「はいはい」
嬉しそうに手を振って告げるフーカにハルは顔を顰めて、というよりも羨ましそうに呟いていた。
「あら? ハルくんは落ちなかったの?」
「うっさい」
心底意外そうに問い掛けるライラにハルは今度こそ悔しそうに応えてた。
「お姉ちゃんも落ちたんだね。ってことは、手に入らなかったのはハル一人だねっ。ぷぷぷっ」
「だから、うるさいっての」
悪戯っぽく笑うフーカの頭を叩き、ハルは俺の方へ向き直った。
「これ、お前にやるよ」
ストレージから取り出したアイテムを俺へ投げ渡してくる。
「これは?」
「三人が手に入れたやつ程じゃ無いにしても、それも合わせて売れば少しだけどお前の目標額の足しになるだろ」
行動の意味が分からないという顔をしている俺にハルが告げる。
「いいのか?」
「まあな。でも、無料でやるんじゃないぞ。お前が工房を持ったら俺にアクセサリを造ってくれよな」
「へ?」
「当然、材料は俺が持ち込むけどさ、NPCには作り出せない仕上がりで頼むぞ」
「いや、そうじゃなくて。なんで俺がアクセサリを作れるって知ってるんだ?」
ハルが≪細工≫のスキルで出来ることを知っていようとも、俺がそのスキルを習得したことは知らないはずだ。
砂漠に赴いてまで金を貯めようとする理由もただ剣銃の強化のために自分の工房を持ちたいとしか話していない。
「ユウさんってアクセサリ造れるの?」
「あ、ああ。まだ作ったことはないけどさ」
キラキラと輝く目をしたフーカのそれは決してキャラクターエディットの時に設定しただけではない。というかそんな設定なかったはずだ。
彼女の感情表現が成せる業なのだとすれば、このゲームにはまだまだ俺の知らない未知の要素が隠されているらしい。
「だったらあたしもこれあげるよっ。それであたしにも何か作ってほしいなっ」
差し出してきたのは今回の戦闘で手に入れた『石像の金塊』。
「ちょっと待ってくれ。だからこれはどういうことなんだ?」
二人の行動の意味が全くと言っていいほど分からない。
苦労してゴーレムを倒して手に入れたはずのアイテムなのにこうも簡単に他人に渡すなど、俺からすれば考えられない行為だ。
「えっと、ユウくんは≪細工≫のスキルを習得したんだよね?」
ライラが間違っているかと問い掛けてきた。
「そうだけどさ。俺ハルに言ったっけ?」
「あん? そんなこと俺が見て分からないわけないだろ」
胸を張って言い切るハルだが、それでは何の説明にもなっていない。
意味が分からないという顔をしている俺にライラがそっと教えてくれた。
「実はね、ハルくん昨日のうちに剣銃の強化に複数のスキルが必要になるってことを調べててね。掲示板に書かれてたのを見つけたみたいなの。実際にどのスキルが必要かは解らなかったらしいんだけど、ハルくんが大体の予想をつけていて」
「それが当たってたってことだ。ズバリ、剣銃の強化に必要なスキルは≪鍛冶≫と≪細工≫と≪機工≫だろ?」
ニヤリと自信まんまんに訊ねてくるハルの予想は当たっていた。
驚いて目を丸くする俺を見てハルが嬉しそうに大きくガッツポーズをして見せた。
「≪機工≫ってのは知らないけど、他の二つは確かに必要だな」
「だろ!」
「だからってそれがなんでアクセサリを作れって話になるんだよ」
「あのね、アクセサリっていうのはほとんどの場合、NPCショップで売ってるのよりもプレイヤーが作った方が性能が良いの。だから、ね?」
だから≪細工≫のスキルを持っている俺に作って貰いたいということらしい。
知り合いに出来る人がいれば頼みたいという気持ちは分からなくはない。俺だって自分がハルの立場なら頼んでいただろう。
しかし、俺は未だ一度もスキル習得のため以外でアクセサリを作ったことがない。未経験者に頼むのはそれなりにリスキーだと思うのだが。
「わかったよ。でも時間が掛かるぞ。それに良いのが出来る保証もしないぞ」
正直、工房を手に入れて真っ先にやりたいことはアクセサリ作りではない。ハルもそれは重々承知しているはず。
「別にいいさ。アクセサリ製作に使えそうな素材だってまだ持ってないからな」
承諾されたことが余程嬉しいのか、ハルは眩しいくらいの笑顔を向けてきた。
「ねえ、あたしは? あたしは?」
「さっきも言ったけどさ、性能の良いアクセサリが出来る保証はないんだぞ」
「だいじょうぶ。ユウさんの腕は信頼してるからっ」
「見たこと無いだろうに」
「じゃあ、ユウさんの人柄?」
「何で疑問形なんだよ」
「だって見たことないし」
「そらそうだろ」
「とにかくっ、あたしはユウさんを見込んでお願いするのっ。いいよねっ?」
「ああ、わかったよ」
フーカからはゴーレムからドロップした『石像の金塊』を受け取ったのだ。いつかになっても気合いを入れて作らなければ、フーカの信頼に応えられない。
「あの、ね。わたしもお願いしてもいいかな」
申し訳なさそうにライラも『石像の金塊』を差し出してきた。
「はぁ、何度も言ってるけど――」
「いいの。信じるから」
「わかりました。こうなったら二つも三つも同じだから、みんなのアクセサリ、ちょっと先になると思うけどさ、作るよ。でも素材は持ってきてくれるんだよな?」
「もちろんっ」
フーカが三人を代表して元気よく返事をしたのだった。