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キソウチカラ ♯.30

 突如シストバーンが叫び出す数分前。

 ユウと離れフリックとの一騎打ちに出たムラマサは目の前の相手の異様な風貌に再び息を呑んでいた。


「それが君の本来の武器というわけか」


 二本の大鎌の切っ先が地面を削る。

 ガリガリ、ガリガリ。まるで死神の嗤い声のように。


「行くゼェ!」

「来いッ」


 左右交互に振るわれる大鎌の黒い刃が迫る。

 巨大なれど鎌という武器の形状上、下手に防御すればムラマサの刀ごと奪われかねない事態になり得る。絡め取られると言えばいいのか、そうなってしまう可能性が在るというだけでやり難いと言ったらこの上ないのだ。


「オラオラ、どうしたァ。その程度かよ」


 ムラマサが大鎌の攻撃を避けてばかりで反撃してくる気配がないと知るとフリックはニヤニヤと嗤ってみせた。

 言葉も攻撃も荒く、力任せなようにも見えるがその実フリックの攻撃は基本に忠実だといえる。

 防御の上から無理矢理攻撃を通そうとするのではなく、防御の無い場所を狙って的確に攻撃を繰り出す。左右に武器を持つフリックだからこそなのだろうか、攻撃にフェイントをほぼ同時に織り交ぜてくるのだから余計に質が悪い。

 片方の大鎌を刀で防ごうとしてもその反対側からもう片方の大鎌が迫ってくる。

 さらにはもう一方の大鎌に注意を向ければたった今打ち合わせている大鎌で刀を掠め取ってしまう。

 しかしそれも束の間。ムラマサは持ち前の戦闘センスを如何なく発揮させて徐々にフリックの動きに対応し始めた。

 大げさに回避するのではなく紙一重で避け、刀で攻撃を防御するのではなく切っ先を当てて力の向かう方向を変える。それだけでこれまでの回避一辺倒の時以上の戦闘を繰り広げているのだ。


「これでどうだい?」


 戦闘の間に出来た一瞬の空白。

 そこでムラマサはフリックに向かって笑いかけていた。


「――チッ。こんなに早いのかヨ」

「それに関しては、前の試合相手に感謝するしかないだろうね。偶然にも回転を動きに取り入れていたのだからね」


 武器が違えども攻撃の威力を増すために遠心力を使うのは同じ。それが常に防御にも生かされているということも同じだった。だからこそムラマサはある程度は直ぐに慣れると思っていた。問題だったのは武器が二つあること。それもこうして注意深くフリックの動きを観察することで目が慣れ、動きに体も対応させることができた。

 刀を水平に構える。

 それまでなら刀身を指でなぞることで属性を宿らせていたのだが、この試合に臨む前にヒカルと行った訓練とスキルのレベルを上げることで必要が無いように変化させていた。

 今度の属性を使うために必要となるアクションはただ一つ。あらかじめ決められた構えを取ること。それは剣道の試合開始の時のように一律であり、同時に剣を使うプレイヤーであるからこそ自然な動きに昇華させることができるものだ。

 ムラマサの場合は正に今している動き。刀身を水平に構える動きそのものだった。

 複数の属性を使い分ける方法は以前なら刀身を撫で始める地点を変えることで変化を付けていた。その為に発動の動作が変われば当然のように属性を変えるための手段も変わる。それが今度は構えを取る時間に置き換わっていた。

 自分で属性の発動順を決めることができ、変化のタイミングも自由自在。等間隔にする必要はあるがそれでもこの変化は使いやすいものに変わったとムラマサは感じているのだ。


「ン?」


 何かに気付き、フリックは顔を顰める。

 その刹那、ムラマサは攻撃に転じていた。

 刀身に宿るは氷の属性。冷気を纏い、刀身の周りには微かな氷の粒が舞っている。


「はあッ!」


 刀がフリックの目の前を横切る。

 あと一歩、フリックが踏み込んでいればこれまでにないダメージを負ってしまっていたことだろう。そうならなかったのは偏に微かに感じた違和感に踏み止まったから。

 この一歩が惜しいと感じていたのはムラマサの方だ。

 もう一歩踏み込むことができなかったのはこの一撃で倒しきれるという確信を得られていなかったからに他ならない。

 それでもこの一撃がフリックに回避行動を促らせたのは事実。それはそのままフリックと相対するに足る威力があると認識させることができた証ともいえよう。


「逃がさないよ。次だッ」


 ムラマサは再び同じ刀を水平にした構えをとる。

 同じ構えと言えど先程と違うことが一つだけ存在した。それはその構えから攻撃に移るまでの時間。先程がカウントにして1だとすると今は2。そしてそのわずかな違いが生み出した違いというのが刀身に宿る属性となって現れたのだった。

 ムラマサにだけ見える新種のゲージバー。円形のそれはムラマサが構えを取るたびに満ちてゆき、満タンになってその次にまた色を変える。

 これはユウの剣銃の残弾数を示した数字のように、その武器を持つプレイヤーにだけが見ることのできる特殊なもの。出現の切っ掛けとなるのは武器の強化か、スキルの習得か。ムラマサはそれを二つが揃って初めて現れるものだと思っているが、サンプルとなるのが自分とユウだけでは確証を得ることは出来ずにいた。


「今度は雷かよッ」


 フリックが苦々しげに呟く。

 ムラマサの刀身に宿る光が先程待った極細の氷の粒に当たり弾ける。

 線香花火のようにバチバチと弾けるそれがフリックにムラマサの使う属性の正体を教えていたのだった。


「疾れ、≪イカヅチ≫!!」


 刀を振る度にその射線に沿って雷光が疾る。

 近接戦を主とした刀を用いてムラマサは意外なことに遠距離攻撃を実現させてみせたのだ。


「当たるかヨォ!」

「それはどうかな?」

「何っ!?」


 二本の大鎌をだらんと構えたままフリックが雷光を避けようと移動した。

 ムラマサの放つ雷光はジグザグの軌道を描きつつも、その始点と終点は常に直線で結ばれている。このアーツを習得した時、ムラマサがイメージしたのはユウの使う剣銃の銃形態による銃撃だ。MPを基にしたとはいえ撃ち出すのは弾丸。物体であるがゆえにそれが自由自在な軌道を描くということは無く、常に直線であることに変わりないのだ。

 しかし、ムラマサが放っているのは銃弾ではなく、雷。端的に言ってしまえば自然に起こる現象でもあり、魔法という概念であってもそれは純粋なエネルギーである。

 自然界の雷と同じような特性があるこの攻撃はフリックの予想に反して、まるで意思を持ったかのように動く。

 彼の持つ二本の大鎌を追いかけ、フリックを攻撃すべくその方向を転換させたのだった。


「ア、ガガガガガガァァァァ」


 文字通り電撃に打たれたフリックは全身を痙攣させた。


「て…テメエ……」


 ガクッと力を失くし膝をつくフリックが射殺さんばかりの視線を向けてくる。


「どうだい? 痺れたかな」


 笑みを浮かべるムラマサが三度同じ構えをとった。

 もはやこの構えはフリックの警戒を強める効果も有しているかの如く、フリックの表情に強張りが生じた。


「次は……火だ」


 ムラマサの視界にあるゲージバー。スキルの名称を取って≪魔刀ゲージ≫とでも呼ぶべきものの色が赤く変わる。

 その色が表す属性が火であることは先程ムラマサの口から出た言葉からも明白だった。

 最初に氷で次いで雷、そして火。以前使っていた風の属性も合わせて四つの属性が現れたことになる。


「燃やせ≪カガリビ≫!!」


 刀身に宿る炎が激しく揺れる。前の二つの属性が発動した際に現れた現象を氷の粒と雷の線香花火だとするのなら、今回は蜃気楼すら発生させそうなほどの熱。

 この刀では切ったその瞬間から焼き尽くしていくことだろう。

 それが例え鋼鉄の鎧であっても。


「クソがァ!」


 咄嗟にムラマサの攻撃をフリックが防御したのは自身の専用武器である大鎌ではなく、ホワイトホールの手から渡された大鎌の方だった。

 フリックが顔を顰め攻撃を受けた大鎌を投げ棄てる。

 刀身を受けた大鎌の石突が刀の熱によって柔らかくなり、大鎌に比べれば殆どないと思われる刀によってぐにゃりと曲げられているのだった。

 更にはその熱がほんの僅かだがフリックのHPを削る。

 攻撃らしい攻撃では無かったためにそれを防ぐ手段は近づかないようにするしかない。しかし今が戦闘中であるがためにそれは無理というものだ。

 フリックが近付こうしなくてもムラマサは否応なしに攻撃を仕掛けてくる。この試合が始まって以来初めてとなる微妙な均衡が崩れた瞬間だった。





 同じ戦闘場の上で巻き起こった爆発に鉢合わせた時間。

 それはシストバーンが声を荒げるよりも前で、同じようにムラマサとフリックの戦闘に変化が生じ始めるよりも前の頃。

 ヒカルとセッカは対峙している相手――アピスは感情はおろか表情すら読み取れない、一言でいうなら戦いにくい相手だった。

 このゲームではモンスターでも僅かな感情というものは存在した。それが敵意や戦意という類の物だったとしても、有るのと無いのとでは違う。攻撃してくると危険を知らせる何か第六感のようなものがあるとして、それは相手の意思を察して感じることが多い。

 同じ全身鎧を纏っているセッカでも、その顔が見えなくても、感情というものは感じ取ることができる。

 なのに、アピスにはそれがない。

 攻撃を仕掛けてくると分かっていても、それが何時、誰を狙って行われるかは実際に攻撃を繰り出してからでないと察知することが困難なのだ。


「……危ないよ」

「ありがとう、セッカちゃん」


 爆発の余波を受け、僅かに体制を崩すヒカルをセッカが受け止める。

 二人の視線の先にいるアピスはこの爆発を受けても微動だにしていない。それだけアピスの防御力が高いであろうことは対峙している二人にとって今更過ぎる事実でもあるのだ。

 これまで試合が始まり、アピスというプレイヤーと自分たちが戦うことになってからというもの、ヒカルとセッカはそれぞれの得意な攻撃を繰り出していた。

 ヒカルは短剣で斬りかかり、セッカはメイスを振るう。

 効果的ではないタイミングではアーツを使うことは避けているものの、その攻撃に油断は無く、防御の弱そうな場所である頭や関節を狙っているというのに、効果があるとは思えないのだ。

 勿論ダメージが全くないというわけではない。しかし自分たちが想像していたよりも与えるダメージの量が少なすぎるのだ。これまでの攻撃全てのダメージを換算したとしてアピスの頭上に浮かぶHPバーは僅か1パーセントすら減っていない。

 それなのにヒカルとセッカはこれまでの戦闘と爆発でHPを半分以上減らされてしまっているのだった。


「……これじゃ、だめ。ちょっと待って、ヒカルちゃん回復するから」

「え? うん。わかったよ。でも、その前に皆には言わなくてもいいの?」

「……大丈夫。気付く…はず。≪サークル・ヒール≫」


 言い終わるや否やセッカは回復魔法たるアーツを発動させた。

 今回セッカが使ったのは自身を中心にし一定の範囲内にいる仲間を同時に回復できるというもの。広範囲を同時に回復する≪ラージ・ヒール≫と似た性質を持つがまったく別種のアーツである。最も大きな違いといえばその効果が及ぶ範囲だろう。≪ラージ・ヒール≫が常に一定の範囲内にいる仲間を回復させる能力を持つのなら≪サークル・ヒール≫は使用者のスキルレベルに回復範囲を依存する。今でこそこの戦闘場を覆い尽くすほどの回復範囲を手にしたセッカだが、このアーツを習得した初めの頃は自身の周り数十センチ程が効果範囲という使い難いことこの上ないアーツだった。それ故にここに至るまでかなりの練度を要し、同時に時間も掛ったのは言うまでもないことだろう。


「……これで大丈夫」


 HPの回復が停まったその時、セッカは満足そうに呟いた。

 その視界の左上に移る四本のHPバーも総じて安全圏となる半分以上はおろか、八割程度まで回復しているのだ。

 白煙舞い上がる戦闘場でHPが回復するという現象を目の当たりにしたことでおそらくユウやムラマサはセッカの無事、そして共にいることが分かっているヒカルの無事を確信したことだろう。それにより自身の戦いにより集中することができるはずとヒカルとセッカは再び目の前に立ち塞がるアピスに集中する。

 全身を鎧で覆ったこのプレイヤーは未だ動く気配はなく、ただ立ち塞がっているだけ。

 それだけにもかかわらず、今も尚異様な圧迫感を醸し出しているのだった。


「どうすればいいんだろう?」


 困惑した声を漏らすヒカル。

 もし仮にアピスが果敢に攻撃を仕掛けてくるようなプレイヤーならばまだ取っ掛かりが掴めるのかも知れないが、これまでアピスが取った行動は基本的にヒカルとセッカの攻撃に対応して見せただけなのだ。

 反撃らしい反撃といえば二人の攻撃に合わせ拳を繰り出すだけで、それも必殺の一撃にはなり得ないことは戦っている二人は勿論の事、それを行ったアピスも分かってはいるはず。なのにアピスはそれ以上追撃を加えるでもなく、反撃の手を止め歩みすら止めてしまっているのだった。


「……攻撃が効いていないわけじゃない、けど――」


 セッカもまたヒカルの困惑に同意しているのだった。

 確かに自分たちの攻撃は全く無意味ではない。確実に、ほんの僅かでもHPを減らしているのだから。

 問題なのはその値が少なすぎるということ。アピスの防御力が高いのはセッカとヒカルの攻撃力が低いのか、どっちにしても思うようにHPを減らすことが出来ていないのだから一緒と言えば一緒なのだが。


「このまま私たちが動かなかったらあの人も動かないのかな?」

「……かも知れない、けど……」


 そう、これもまたけどなのだ。

 反撃してこなかったのだからヒカルとセッカが手を出さなければ動かない可能性はある。しかし、それでは何時まで経ってもこの試合に決着を付けられないことに他ならないのだった。

 睨みあいは続く。

 静寂を含んだ試合運びをしているヒカルとセッカの隣でユウとムラマサはそれぞれ自分たちが対峙している相手との戦いに変化が現れ始めていた。

 だからと言ってここで焦っても仕方ないとセッカは隣に立つヒカルの短剣を持っていない方の手を握る。

 ヒカルに焦らないようにしようという意思表示だったのだが、それは自分にも言い聞かすための行為でもあった。


「……ゆっくり戦おう。いつか何かが起こるはず、だから」

「うん!」


 自分たちの戦闘が均衡したままだとしても、残る二人までもが同様だとは思えない。

 戦況を変える何かが必ず起こり、それが自分たちの戦闘二もなんらかの影響を及ぼすのであろうということは、二人からしたら想像に難くない未来の姿でもあるのだった。





 シストバーンが叫んだのを耳にしたのは当然のように俺とホワイトホールだけではない。

 ムラマサと戦っているフリックも。

 ヒカルとセッカが戦っているアピスも。

 そして、その後ろで今なお動きを見せないあの女性プレイヤーもだ。


「どうした? シストバーンはアンタらのトップなんじゃないのか?」


 目の前で苛立ちを露わにするホワイトホールの視線は俺ではなくコロシアムの貴賓席から身を乗り出しているシストバーンに向けられている。

 ホワイトホールたちはシストバーンの半ば腹心として動いてきた。それなのに、まがりなりにも自分たちの上役であるその人を睨みつけているのはどういうことだろうか。

 疑問を投げかけた俺すら無視してホワイトホールは持っている魔導書を畳んだ。


「ここが引き時なのでしょう」


 いつの間にか近付いて来ていた女性プレイヤーが穏やかに告げる。


「解りました。私が二人にも呼びかけましょう」


 そう言うとホワイトホールはいそいそと後ろに下がり、代わりに女性プレイヤーが前に出た。


「今度はアンタが戦うのか?」


 選手交代を彷彿とさせる動きに問いかけたが女性プレイヤーは目を伏せ表情を変えず首を横に振るだけ。

 何が彼女の武器なのかすら分からないが、手には何も着けず、鎧すら着ていない。そして両の手には何も持たれていない。戦う意思があるのかどうかすら疑わしいものだ。


「だったらどうして前に出てきたんだ?」

「あなた方に告げます」


 再び俺の質問は無視されて女性プレイヤーが言葉を紡ぎ出す。


「この試合、私共の負けです」


 それは俄かには信じられない言葉だった。



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