キソウチカラ ♯.27
時は来た。
なんて仰々しいセリフを俺はコロシアムに来てから何度も耳にしていた。
口に出しているのは揃いも揃ってNPCばかりで、それもシストバーン陣営を示すブローチを身に付けている者ばかりだったのは気になるが、今日が獣闘祭最終日でもあり、同時に領主の座を手にするものが決まる日だということもある。
NPCが口にする言葉はそれに対して言っているのだと思った。
「この全員が合成獣化する可能性があるんですよね」
ブローチを身に付け次に始まる試合に興味を向けているNPCたちを見て、少しだけ怖がりながらヒカルが聞いてきたのだ。
「そうなるな」
あの合成獣化したプレイヤーと同じものを身に付けているのならば当然その可能性はある。ヒカルは俺に否定して欲しかったのかもしれないが、今回は故意に無視して良い可能性ではない。
淡々と肯定する俺にヒカルはまたも不安げな顔をして問いかけてきた。
「あの人たちに知らせたりしなくてもいいんですか?」
「……どうせ信じない」
「そう…だよね」
一歩、NPCたちから後ずさるヒカルはその手でしっかりとセッカの手を握っていた。
そもそもブローチの性能を考えると合成獣化する確率だって低いのだ。可能性の話をするのなら、今はその低い可能性を信じる以外にはないのだろう。
「シシガミたちは無事に勝ち上がったみたいだね」
コロシアムの前にあるトーナメント表は先に決勝戦に進んだパーティを表示している。
それを見てムラマサが嬉しそうに呟いていた。
「次は私たち。ですよね」
「そうだな。出来ることは全部したんだ。必ず勝とう」
「……もちろん」
そうだ。例え短い時間だとしても俺たちはそれぞれにやれることはやった。
結果に結びついてくれることを願うばかりだ。
意気揚々、俺たちはコロシアムの中に入って行った。
試合開始時間まで間もないこともあり控室は素通りして、直接戦闘場に向かうための廊下を進むことにした。
そして、戦闘場に続く扉が開かれた。
ボルテージを増していく観客席にいるプレイヤーの歓声を耳にしながら廊下を抜け、俺たちが戦闘場に出た途端、歓声が一層大きくなった。
「向こうのパーティは……まだ、みたいだな」
戦闘場を挟んだ対岸にプレイヤーの姿は無い。
試合開始時間まで間が無いと思って直接来たせいか、実際に試合が始まるまでには少し余裕があるようだ。
「次の相手っていうのはあの人たちなんですよね?」
「間違いないさ。同姓同名、というのはシステム上あり得ても、姿までも同じというのは偶然という言葉で片付けるのは無理が在り過ぎるからね」
「なにより二人ともっていうのは不自然だろ」
「……やっぱり同一人物」
セッカの言葉に俺とムラマサは揃って頷いていた。
この獣闘祭で俺たちは、これまでも強敵と感じるプレイヤーとは戦ってきた。しかし次の相手は毛色が違う。単純な強さという点でも、シストバーンに付いているということでもない。一度対峙して感じ取ったことなのだが、あの二人はプレイヤーの内面というのがこれまでのそれとは違っているように思えた。
ゲームを楽しんでいるというのは同じ、なのかもしれない。けどその楽しみ方がどう考えても俺とは違っている気がするのだ。
それが悪いとは言わない。個人のプレイスタイルに口を出せるほど俺はあのプレイヤーたちに係わっていない。
しかし、一緒に同じようなことをしたいかと問われれば俺は迷わず頭を横に振り拒否するだろう。
それだけは間違いないのだと断言することができる。
「……まだ来ないの?」
「何かあったのでしょうか?」
セッカとヒカルが試合開始時間間近になっても現れないプレイヤーを心配しているようなことを言っている。
これから戦う相手であり、自分たちと敵対している陣営側のプレイヤーでもあり、これから先も交じり合うことのないと思える相手であるにもかかわらず心配してしまうのは二人が優しいからか、それとも甘いだけか。
「来たみたいだね」
戦闘場の向こうを見つめ、ムラマサが告げた。
ムラマサの声はどこか緊張しているように聞こえ、同時にそれを隠そうとしているようにも聞こえた。
開かれたままの扉を通って現れる四人のプレイヤー。
その内の二人が一度剣を交えたプレイヤーであり、あのパーティの中でこの獣闘祭で戦ってきた唯一のプレイヤーだった。
残る二人はHPに掲載されていた動画でしか見たことは無い。
こうして向かい合ってみてもあの二人がどうして戦ってこなかったのかが解らない。二人だけでも勝っているのだから問題は無いのだろうけど、それだけが理由だとは思えないのだ。
「武器が変わっているようだね」
ムラマサが見つめる先にいるフリックの背に収められている大剣が俺の見たことのある物とは違った。鈍く輝く銀色の刀身から見るに随分大量の銀インゴットを消費して作られているようだ。
銀の武器は耐久度がそれほど高くない代わりに魔法に対する耐性が高いのが一般的。しかしフリックという男は以前魔法を使うような素振りは見せなかった。スキル構成は知らないがあの戦いぶりから推測するに純粋な近接型のプレイヤーのはずだ。
ということは銀は魔法に対する耐性を求めて使われたということか。もしくはただの飾りか。
そしてもう一人。ホワイトホールの腰から紐で括られた一冊の本が提げられている。
分厚い革の表紙に金属製の金具で装飾が施されたそれは『魔導書』というカテゴリの武器だったはずだ。
これまでのプレイで見たことが無いという訳ではないのだが、ホワイトホールが武器を携帯している姿というのが珍しいと思ってしまったのだ。
「あの二人がこれまで戦っていない二人、なんですよね?」
「そうだな」
俺たちが初対面となる二人のうちの一人は見目麗しい女性のキャラクター。
着ている防具はドレスで、武器は見当たらない。戦闘にならなければストレージから取り出さないようにしているだけかもしれないけど、あのドレスは明らかに戦闘向きではないように思える。
つまり最初から戦闘に参加するつもりはないということか。
そしてもう一人なのだが、あれは本当に獣人族なのかと思ってしまう外見をしていた。
フリックは獅子の特徴を持つ獣人族なのは以前にも見た通り。しかしホワイトホールと女性のプレイヤーには獣人族らしい特徴は見られない。ホワイトホールは特徴を隠している、あるいは特徴が少ない外見を選んだのだと以前は思ったが、それが同じパーティで二人となると、最早別の考えが浮かんでくる。
奇しくもそれは自分たちの現状とも酷似しているから行き着いた考えだった。
そしてムラマサも俺と同じ疑問に行き着いたらしい。
「ここまできたプレイヤーが獣人族ではない可能性は?」
「無くはない、程度に思っていたんだけどな」
「では…やはり」
「みたいだな。ホワイトホールともう一人の女の人は多分獣人族ではない。人族か魔人族か、ホワイトホールは魔導書が武器みたいだから魔人族だと思った方がいいと思う」
「あの女性はどっちだと思うんだい?」
「判断材料がないからな。どっちの可能性もあるって思っておいた方がいいだろうさ」
気になるのは残る最後の一人、なのだが、あれは、本当にプレイヤーなのだろうかとすら思ってしまう。
セッカのようにフルプレートメイル――全身鎧を装備していると見ればまだ理解出来るのだが、どうも納得できていない自分がいる。
鎧、と見るにはどうにも生物的過ぎると感じてしまうのだ。
そして、もう一つ。
やはりとでも言うべきか、この場には今日の二回戦に出ていた二名のプレイヤーが居ない。
確か名前は、ヘリオスとセムルズだったか。
戦闘場に上がりながら考え込んでいた俺にムラマサが肩を叩いて告げた。
「始まるみたいだな」
目の前に浮かぶカウントダウンが進み、その時が迫る。
戦闘場の両端に立つ俺たちは始まりの瞬間を穏やかに迎えたのだった。
「安易には動いてこない、か」
先手を取ることは大事でも迂闊な行動はするべきではない。
獣闘祭という名のPVPトーナメントをここまで勝ち進み、実力を示した者同士ならば尚更だ。
「けど、ずっとこのままってことは無いですよね」
「……それは、そう」
「だったらこっちから動いても」
「そうだな」
確かにこの膠着がいつまでも続くとは思えない。
「の割には、動く気配が無いんだよな」
このままでは緊張の糸が切れてしまいそうだ。そう感じてしまうど現状は静かなのだ。
「……動いたっ」
痺れを切らしたのか、それとも何か罠を張っているのか、戦闘場の向こう側からホワイトホールとフリックがゆっくりと歩いて来た。
二人とも武器を持っていない。いや、携帯はしているみたいだが、それだけなのだ。
まるで攻撃の意思はないとでも言っているかのよう。しかしあの相手に限ってそれは無いことを俺は知っている。
だから警戒は解かない。
例えフレンドリーに笑顔を向けられたとしてもだ。
「何の用だ?」
「そうですね。一つ提案を持ってきたのですが」
「提案だと?」
「はい。単刀直入に言います。皆さん、こちらに付く気はありませんか?」
ホワイトホールが告げた言葉に俺たちは唖然となってしまった。
そして次の瞬間に、
「ふざけないでくださいっ」
「……ありえない」
「お断りだね」
と俺以外の三人が言い放っていたのだ。
「へえ、君はどうするんだい?」
「当然、断るさ」
「ハッ。だから言っただろうが。こんな提案するだけ無駄だってヨォ」
「フリック。そうは言ってもだね、彼らの力は魅力的なんだよ。ここで無残に散らすのは惜しいと思うだろう?」
「俺はオマエとは違う。こいつらに求めることなんて一つしかネェよ」
「ほう、それは何だ?」
「――戦いだ」
膠着状態はいとも簡単に終わりを告げる。
フリックがその背にあった大剣を地面に叩きつけたのだ。
瞬時にばらけて回避する俺たちに破砕された戦闘場が礫となって襲い掛かる。
「≪ブースト・ブラスター≫!」
背後に浮かぶ魔方陣が消え、俺は咄嗟に剣銃の引き金を引いた。飛んでくる石の礫に目掛けて。
「ウデを上げたようだな」
感心したように呟くフリックの目の前でいくつもの礫が粉々に砕け散っていく。
それが俺の銃撃によるものだと気付くと嬉しそうにして、大剣を振り回してきた。
石の礫が砕けた砂が舞うなか、風を切り迫ってくる大剣を俺は身を屈めて回避する。そしてがら空きになった腹に向けてすかさずに銃弾を撃ち出した。
「ぐふっ」
攻撃直後ということもあってか流石に回避することは出来なかったようでフリックは強制的に息を吐き出していた。
それでも現実の様に銃弾を受けただけでは死に直結していないのはゲームだからと思うべきか、それとも俺の使う剣銃が撃ち出す弾丸がMPを基に作られているからだと思うべきか。どっちにしてもこの攻撃ではフリックには致命的なダメージを与えることが出来てはいないようだ。
このまま追撃するかとほんの僅かな逡巡の隙に一筋の光刃が撃ち込まれた。
それが誰の手によるものなのか、俺がそれを知った時、既にフリックの姿は目の前から遠ざかっていた。
「下がれ、フリック」
「あン?」
「勝手に始めていいと思っているのですか」
「どうせ勧誘なんて成功するワケねェんだからいいだろうが。それに…元々こうなる予定だったろォが」
ホワイトホールの表情に変化はない。
それはフリックの言葉が真実だということの何よりの証明だった。
「ふっ」
砂煙の中から飛び出してきたムラマサの剣閃が鋭く輝く。
しかし、その刃が捉えるものはなく虚しく空を切るだけに終わる。
それでも、ムラマサたちが合流する時間を作り出すことには成功したようだ。
「ユウ!」
「……無事?」
石の礫を回避と防御に成功していたらしくヒカルもセッカも大きなダメージを受けてはいないようだ。
「さて、二人だけでオレたち全員を相手にするつもりかな?」
フリックとホワイトホールを睨みながらムラマサが問いかける。
そしてその眼光は二人のその向こうにいる残る二人のプレイヤーにも向けられているのだった。
「俺はそれでも構わないんだけどヨォ」
「残念ながらそういう訳にはいきません」
ホワイトホールが感情もなくそう言うと重い足取りで全身鎧のプレイヤーが近付いて来た。
「………」
「紹介しましょう。彼の名はアピス。後は、まあ、追々ということで」
三人が並び俺たちと向かい合う。
獅子の頭を持つフリックと未だその種族不明なホワイトホール。そして素顔すら解らないアピス。こうしてみると異様な光景のようにも思えるが、これまで試合が始まって一度しか戦いらしい戦いをしていない俺たちに観客たちは遂に本格的な戦闘が始まるのかと期待を高める声を上げていた。
「さらに……」
突然ホワイトホールが魔導書を手に取りページを捲る。それが攻撃の予兆だと思った俺たちは咄嗟に身構えたが、結果は俺の予想とは全く違うものだった。
ホワイトホールの足元に影が色濃く広がっていく。
そしてそこから俺たちが見たことのあるものが現れたのだ。
長剣を携えた男と大鎌を持った男。
それは紛うことなきヘリオスとザムルズ、その人だった。
「≪コール・アンデッド≫」
この戦闘場に新たな人がホワイトホールの呟きによって喚び出されたのだ。